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ビブリオテカ



 シルドの発言を受け、固まる二代目アズール王。

 目を大きく開いて、思わず彼女は叫んだ。


「シルディッド! 何を言っているのです!」


 狼狽しながら駆け寄り、あわあわとしながらもシルドと初老を交互に見比べて。


「罠ではありません。確かに私は斬首をよくしていましたが、ルカの君がそれをすることはありません」

「……」

「ルカの君は古代魔法を研究していました。先も言いました通り、ルカの根源を探り、己の存在意義を見つけるためです。これから二人で協力してもらい、どうすれば根源に辿り着けるかを」

「辿り着く方法は、既に見つけていますよ。サイリス様」

「……え?」


 呆然とする二代目アズール王に対し、うぅむと言って顎髭を触る初老。

 うぅむ、うぅむと言いながら何度も触る。撫でる。それをしばらくしてから……ピタリと手を止めて。


「やはり知っているのだな、蒼くん」

「ようやく僕を見てくれましたね」

「驚いた。だがそんな予感もした」


 シルドと初老を何度も見て、理解できないという顔をするサイリス。

 その横で沈黙していたステラは、しばし目を閉じてから、口を開いた。


「青少年」

「はい」

「私とサイリス様は、離れていた方がいいかな」

「お願いします」


 言葉を受けて、ステラはサイリスの腕を掴むと、幅三メートル級の布の上に乗り、ゆらりと地下空洞の端へ移動する。

 一体何のまねです、とサイリスは何度も言って、端に到着してもシルドたちの所へ行こうとする。それを強めに止めたステラは、二代目アズール王から強く睨まれた。


「ステラ、離しなさい!」

「駄目です」

「ルカの君には今日に至るまでシルディッドとの交流を極力禁止していました。試練突破の妨げになる可能性があるからです。それは貴方も知っていたでしょう!」

「存じています」

「ようやくその縛りが解けたのです。ルカの君はずっと古代魔法を研究し、ルカの根源に至ろうとしていた。これからシルディッドと協力し根源への研究に入るのです。やっとなのですよ!」

「──青少年の言った通り、既に根源に辿り着く条件を解明していたとしたら、どうです? サイリス様」


 射抜くような目でステラから放たれた言葉を、二代目アズール王は受け止めきれなかった。


「……何を、言って……」

「サイリス様には解明しているとは言わず、古代魔法がルカの根源を解明する鍵とだけを伝えた。全ては、王都に『青少年を縛り付けるための策』だとすれば辻褄が合います」

「どこがどう合うのです。い、意味がわかりません。そんなことをして何の意味があるというのですか」

「“ビブリオテカ”の魔法習得条件の開示こそが、そもそもの目的だったということです」

「……?」


 サイリスは、ステラの言っていることが丸でわからなかった。こんな展開を彼女は望んでいない。

 ここからはシルドとルカの君が和気あいあいとしながら古代魔法の研究に励む予定だった。それを温かい目で見る予定だったのだ。こんな展開を、彼女は望んでいない。こんな……


「サイリス様。私は青少年への第三試練、終始不思議でした。いつもの貴方らしくない試練だったからです。ただし、ルカの君が関与していたとなれば合点がいきます。今まで司書の試練に無頓着だったルカの君から……青少年の第三試練の内容について指示があったのではないですか」

「……ッ」


 図星だ。ルカの君から第三試練はこうするように、と細かく指示されていた。


「その中にはこうも言われていたはずです。『“ビブリオテカ”第四の発動条件を満たした際、その後の展開は早めに終わらせてよい』と」

「……それは」


 こちらも正解だ。シルドの第三試練は後半、展開の早いものだった。シルドへ見せたいシーンを終わらせると即、次のシーンへと移っていった。

 サイリスはルカの君を信用している。

 今まで対立や喧嘩等は一度もない。良好な関係なのだ。だからルカの君から第三試練の指示があった際は心から嬉しかった。

 ようやく司書の方にも興味をもってくれたのだと。ステラはサイリスへ言葉を続ける。


「ルカの君は別の目的をもっていたのです。だから青少年の第三試練をあそこまで過酷にした」


 何故こうなる。どこで間違っている。サイリスの心で否定したい現実が目の前で展開される。彼女の想定していたものとは……、明らかにかけ離れている。

 ──ルカの君が、私を、騙すなんてことが


「サイリス様、落ち着いてください。騙してなどいません。ルカの君は最初から自分の目的のためだけに行動していたのです。しかし、その目的をサイリス様に言えば必ず貴方様は青少年を『逃がす』選択をする」

「……」

「図書館から動けず、外に出ても数時間しか体を維持できないルカの君からすれば、是が非でも青少年を王都に残す必要があった。だから目的を言わず、しかし目的のため水面下で動いていた」

「……何の、ためにですか」

「──もう一度言います。ルカの根源に至るための条件を満たすためです」


 呆然とする二代目アズール王。やはり、ここまで言われても理解できなかった。本当は理解したくないのか、と自問するも、自答できない。


 ルカの君はサイリスに内緒にして、別の目的のため行動をしていた。それが、あまりにも彼女にとって衝撃だった。どうして、と彼女の中で悲しみが渦巻く。

 そんなサイリスを落ち着かせるために体を支え続けるステラ。二人の様子を見ながら、ふぅと息を吐く初老。地面を見つめる初老を、シルドは表情を変えず見つめていて。顎髭を触りルカの君は口を開く。


「完全に悪者にされてしまったようだ」

「純粋に目的を達成したかっただけでしょう?」

「そうだ。だがサイリスに言わなかったのは申し訳なかったと思っている。彼女には感謝しているからね。後で謝るよ」

「僕から古代魔法を奪った後に、ですか」

「その通りだ。そして今、一つの疑問があるよ、蒼くん」

「何でしょうか」


 思惑を見抜かれたというのに、ルカの君は余裕のある素振りを見せる。


「私の考えを看破したのは見事だ。ステラとかいうあの娘もね。しかし解せんよ蒼くん。仮に看破していたとしても、このまま話を進めれば『キミの死体が完成するだけ』だよ。私はサイリスにも、そして間違いなくキミにも大きく感謝している。嘘じゃない」

「えぇ、わかっていますよ。だから僕を『殺す』のではなく、“ビブリオテカ”に『触れる』ことにしたのでしょう?」

「その通りだ。蒼くんのこれまでの道のりは見てきたからね。私にも感じ入る所がある。殺したくはない。だから何故だ、蒼くん。何故に死を選ぶのだ」

「そうですね……」


 殺す? 死体? 何故そんなことを言うのですか! と遠くから二代目アズール王の声が聞こえた。

 こちらの声も聞こえるようにステラが何かしているのだろうとシルドは思う。サイリス女王の声は悲鳴に近かった。信じていたものに裏切られたような情念が声に込められている。


 シルドは一度目を瞑り、これから始める自分の役目を確認して、ゆっくりと開けながら“ビブリオテカ”を優しく撫でた。

 初老の目は羨ましそうにランランと輝く。おもちゃを見た子どものような目をしていて。


 古代魔法“ビブリオテカ──一期一会の法魔”。

 十五の誕生日を迎えたあの時より、ずっとシルドの傍にいてくれた魔法。

 夢を諦めない、きっかけを作り出してくれた魔法。


「ずっと不思議だったのです。どうして僕がこんな大それた魔法を手に入れることができたのか」

「……」

「役割があるのかな、と。身分不相応にも考えたりもしました。そしてようやくわかったのです」

「何をだい」

「僕の魔法は、このためにあったのだと。初老……ルカの君と呼ばれし者よ。僕は貴方の暴走を止めるために王都へ来たのです。司書になる夢を叶えることと一緒に」

「──そうか。残念だ」


 グラリと、揺れ始める大地。

 揺れ、震えていく。地震ではない。シルドの前にいる存在から発せられる圧だ。


「改めて、サイリスの試練、合格おめでとう」

「ありがとうございます」

「ここから先は雑事だよ。とるに足りない、人で言うなら残業のようなものだ」


 第三試練はあまりにも過酷だった。

 特に初代アズール王戦は、死と隣り合わせのものだった。おそらく、どんな猛者であってもガイ王に殺されるものだった。何故、それをシルドに試練として課したのか。

 答えは明白である。

 必要だったのだ。

 第四の発動条件を満たすために──

 

「これが無事終わったら、ちゃんとサイリス様に謝ってくださいね」

「誓おう。大丈夫だよ蒼くん、その左手だけ斬り取るだけだ。殺しはしない……が」

「抵抗すれば?」

「仕方のないこともある。わかっているのだろう? 私はアズール図書館内にある全ての魔法書を読み、会得していることを」

「えぇ、存じております。それでも──、僕の諦める理由にはなりませんね」

「……何故だ」

「皆が、待っているからです」

 

 二人の話を遠くから聞きながらも、未だサイリスは混乱の極地であった。しかし、この流れを止める術も彼女にはなかった。

 ステラは何となく事態の概要を掴めていた。ただ、ルカの君に対し、シルドの勝てる方法もステラには浮かばなかった。

 それでも司書は笑う。

 シルディッド・アシュランならやってくれるはずだと、信じているから。


「……ルカの君、始める前に一ついいですか」

「なんだね?」


 シルドはちらりとサイリスを見た。

 今にも泣きそうな顔をしていて、ステラに支えられている。二代目アズール王なりに思うところがたくさんあるのだろう。口を開けるも、邪魔をしないよう閉じる。それを繰り返していた。


「……? どうかしたのかね、蒼くん」


 サイリス・フォン・ファーク・アズールは、試練を始める前『私の試練を──、始めよう』と言った。

 最終試練を始めよう、ではなかった。

 それは、彼女の心の中で、いつでもルカの君が入れるよう席を空けておいたことに起因する。


 今回、ルカの君はシルドの第三試練をこと細かく指示してきた。もしかしたら、後で私も入れてほしいと言ってくるかもしれない。その時がきたら何と嬉しいのだろう。

 後から彼が入ってきたら、胸を張って最終試練と言えるのだ。だから空けておこう。ルカの君のために。そう、サイリスは思っていた。


 シルドは彼女の想いを受け止める。

 そして、微笑みながら口を開いた。


「これを最終試練にしませんか」

「んー……? あぁ、司書の試練とやらか。今さら私にとってはどうでもいいのだが」

「だからですよ」

「……?」


 笑顔で、淡々と、遠慮なく。

 クハハと笑いながら。

 シルディッド・アシュランは初老を見据える。


「身勝手な引きこもり爺さんに、引導を渡してやるってことです」


 言葉を受けて。

 しばし固まり、髭をピクピクさせてから……初老もまた、笑顔になる。


「ははっ、いいぞ、うん。実に面白い」

「それは何よりです」

「覚悟はいいかね」

「とっくに出来ています」


 場所はアズール図書館の最下層、過去に魔境最深部と呼ばれた深淵。

 上空には本湖の群れがあり、シルドたちを優しく照らしていて。

 中央にはぶっとい柱があり、その中には大量の本棚と本たちが眠っている。

 そしてその上を辿っていけば、かの図書館へと繋がる。


 相対するはルカの君。

 図書館全ての魔法書を掌握している。

 

 挑むは蒼髪の青年。

 古代魔法の所有者である。


 何故、彼は古代魔法を手に入れたのか。

 何故、前世の記憶があるのか。

 何故、魂が二つあるのか。

 古代魔法“ビブリオテカ──一期一会の法魔”とは、そもそも何なのか。一期一会の「魔法」ではなく、「法魔」としているのは何故なのか。


 それら全てをまとめる集大成が──

 今こそ明かされる。




「それでは」




【 アズール図書館の司書 】




「愛しき古代魔法の使い手よ」




【 最終章 】




「最後の試練を──、始めようか」




【 ビブリオテカ編 】




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