これまでの歩み
「まさか、古代魔法が目覚めたとは考えもしませんでした。夢物語に出てくる魔法です。信じろ、という方が無理でしょう」
はにかむように笑うサイリス。その横で私もですと頷くステラ。シルドから見ると、ステラは二代目アズール王をとても尊敬しているような印象を受けた。
ただ、第三試験を始める前に、変な口調で話していたサイリスのもとへは頑なに近づいていなかった。今は横にいる司書を見て、よほどステラにとって受け入れがたい話し方だったのだろうとシルドは思った。
当然ながら青年は知らない。彼のために、ステラは禁術まで用いて二代目と戦いをしようとしたことを。穏やかな口調でサイリスは言葉を続ける。
「私も二代目の女王をしていましたが、古代魔法については見たことも聞いたこともありません」
今から約二年前。
シルドが古代魔法を発現した時。
ルカの君は、アズール図書館に貯蔵される魔法書を読み漁っていたこともあり、ありとあらゆる魔法を発動できるに至っていた。
まさに、歴代最強の魔法師と呼ぶに相応しい力を身につけていたのだ。莫大なルカを持っているため、魔法の精度も凄まじかった。
ルカの粒子を検出し、発生場所や持ち主を特定する上級・陣形魔法“季節の索敵”を極限にまで向上させ、クローデリア大陸中を索敵範囲とした。
古代魔法の波長を感じるたびに“季節の索敵”を発動し探す。それを何回も繰り返し、一年ほど経過しようとしていた頃……。
ようやくチェンネルという田舎を探り当てたのだ。しかし、ここで問題が発生する。ルカの君は首を傾げた。
『……ずっとチェンネルにいる。何故だ?』
『ルカの君。確かに存在はしているのでしょうが、今も尚、眠っているだけなのではないでしょうか』
『では、急ぎ回収せねば』
『落ち着きましょう。直ぐに調査を出します』
『調査など待てない。回収をしてくれ、サイリス。私は待てな──! うう、動いたぞ!』
『古代魔法が独りでに?』
『違う。人のルカも感じる! 古代魔法の使い手が既にいるのだ。サイリス、大至急、古代魔法のもとへ向かってくれ』
そこでサイリスはシルディッド・アシュランと出会った。
可能な限りシルドに迷惑をかけないよう、また彼の記憶に残らないよう、最低限の接触だけに務めた。
彼女は触れた瞬間に相手とリンクを作ることができる。サイリス・フォン・ファーク・アズールの継承魔法“ジャラン──座標遊び”である。
点と点である座標を指定することで、それを結ぶことも、切断することもできる。繋ぐことも、解くこともできる。今回の場合、繋ぐことに特化する。彼女とシルドの間に繋がりが生まれた。シルドは口を開く。
「ちょっと待ってください」
「はい、なんでしょうか」
「僕、いつサイリス様と会ったのですか?」
「会いましたよ。ジョングラスで。正確にはチェンネルから一緒にいましたが」
え、とするシルド。必死に脳内で記憶を探る。こんな金ピカの髪をした女性に会ったのなら、忘れることなどないと思うのだが、と失礼なことを考えつつも思い出そうとする。
……ジョングラスへは馬車で行ったはずだ。そこで空船に乗り、王都へ向かったよね。うん。
確かゆっくり観光してから出発しようと思ってたのに、直ぐに出発するとかで大慌てで港へ向かったはず。ジョングラスの図書館に行きたかったのに行けなかったから覚えてる。全力疾走で行こうと……、する、前に……? 誰かから、ポンッと肩に手を置かれたような気が……。
そうだ。
チェンネル出発から馬車に乗ってくる人は停泊所ごとに交代していったけど、唯一彼女だけ僕と一緒で、最初からいた。
フードで顔はほとんど見えない。時々ちらりと見える金髪はとても綺麗だった。ナンパも結構な頻度でされていて。それでも、顔を覆ったフードを一度たりとも脱ぐことはなかった。
ちなみに占い師をやっている方で、僕の占い結果は『七転八倒』だそうだ。そして最後にこう言われた。
『頑張ってね』
『はい』
──シルドは思い出し、ポカンとサイリスを見る。ふふん、と手でフードの形を作り、あの時の私ですというアピールをした。
アズール図書館にある魔境のルカを惜しげもなく使い、無理矢理にチェンネルへ飛んだのだ。そんなこと可能なのかと疑いたくなるも、実際に彼女は最初からいたのだから信じるしかない。
ルカの君と呼ばれる規格外な存在が、それを可能としているのか。人の領域を超えているとシルドは直感した。
サイリスはシルドと接触した後、王都へ戻りルカの君に事情を伝えた。何もしなくても彼はこちらへ来てくれると。……アズール図書館の司書になるために。
『何が何でも彼を援護しよう。いや、もうここへ呼ぶのだ。サイリス』
『ルカの君。いきなり古代魔法を調べさせろと言って素直に応じる人はいません。これ以上、我々が関与すれば怪しまれる可能性があります。普段の司書への試練と同じようにしましょう。もちろん援護も駄目ですよ』
むぅ、としかめ面をするルカの君。
数秒後、何か思いついたような顔をして。
『夢の中でのみなら可能ではないか』
『夢の中、ですか?』
『彼は夢を追ってここへ来たのだろう。ならば寝ている際に見る夢の中でのみ会うようにすれば、不思議な「夢」繋がりと意識してくれるに違いない。既に“ジャラン”で繋がりを作っているのだろう? ならば触れた相手の夢に介入できる癒呪魔法“夢枕”を使用しよう』
『……ちょっと待ってください。その夢の中に入るのは』
『サイリス以外、誰がいるのだね。演劇は好きだろう? 可愛らしい女の子で演じたらいいのではないか。十代の男性は可愛い幼女が好きだと、この前読んだ本に書いてあったぞ』
※ ※ ※
シルドはあの日以降(サイリスに触れられて以降)、何故か夢を見る。夢でしか会えない金髪の少女。左目にある二本の傷跡は自分が二代目であるというサイリスの遊び心である。
また、ルカの君はシルドが王都へ来る空船で退屈しないよう本部屋を手配した。サイリスすら驚いた、凄まじい手際の速さであったという。
かなり舞い上がっていたのでしょうね、と二代目アズール王は嬉しそうに語った。引きこもってばかりだった存在が、元気ハツラツとばかりに動き出したのだ。
そうしてシルドは王都へ訪れる。
アズール王立学校を受験後、直ぐにアズール図書館へやって来た。あとは今日に至るまで奮闘し努力し、頑張る姿をルカの君とサイリスはずっと見てきたという。応援していたそうだ。
微笑むサイリス・フォン・ファーク・アズールと、ステラ・マーカーソン。二人の笑みを受けてから、シルドは改めて頭を下げた。
なんとなく、二代目アズール王の言いたいことはわかっている。どうにも、こちらから出向いたはずが、向こうも待っていたようである。
さすがにこの状況はシルドにとって想定外であった。また、落ち着いて過去話を聞いているシルドの中で、次の展開も当然ながらわかる。ゆっくり息を吸ってから吐いて、気持ちを切り替える。
「では、僕は『ルカの君』と……、今から会うのですね」
「いいえ、もう会っていますよ」
「え?」
言葉に詰まる。まさかの返答だった。
「貴方を切望していたのです。我慢など、できるはずもありませんでしたよ」
「……しかし」
「いの一番に会いに行かれました。ルカの君はアズール図書館から外出できるのは数時間程度ですが、それでもその時間を最大限使い、貴方に会いに行かれました。ふふっ、それはもう緊張しているようでした」
「……えっと」
「シルディッド・アシュラン。貴方が王都へ来て『最初に会った人』は誰でしたか」
眼前にいる、サイリス女王が指を鳴らす。
シルド、ステラ、サイリスの下に陣が灯り、陣形魔法を発動したのだ。
瞬く間に別の場所へ移動された。そこは、シルドにとって見たことのある景色だ。
初代アズール王とソランドの二人と殺し合いをした……、アズール図書館の最下層にある場所である。またここかぁ、とシルドは思った。
見上げれば本湖たちが見え、彼らの放つ光は最下層まで照らされていた。上空にある本らの数十冊はゆっくりと降下し始め、最下層をより明るく照らしくれるよう配慮してくれている。
そして、シルドの前に……。
一人の初老が立っていた。
『おっと』
『あ、すいません』
王都へ初めて来た際、一人の初老と会っている。最初に出会った人だ。田舎者ゆえ、都会の熱気に当てられて、つい顔を上にして歩いていたら、前より歩いてきた初老の男性とぶつかってしまったのだ。
『すいません、余所見してまして……』
『あぁいやいや、大丈夫だよ。蒼くんはアズールが初めてかい?』
『はい、そうです。広すぎて驚いてます』
『ワハハ、そうだろう。私もそこはたいそう気に入っていてね。実に素晴らしい。ところで、夢は叶いそうかな?』
『……え』
『おや、夢を持ってここに来たのではないのかい? 若いというのに』
『あ、あぁ! いや、えっとですね。そうですね、夢……は夢なんですが、これまた難しい夢でして』
いきなり夢のことを聞かれたシルドは、思わず言葉に詰まった。
やや驚きながらも、話を適当に合わせたところ……
『ほぉ。では、難しい夢だから諦めることもあるのかね?』
『……いえ、それだけはありえません」
『何故かな?』
『僕は、夢を必ず叶えるためにここに来たのです』
『ワハハ、そうかそうか。なら頑張りたまえ。その言葉、決して忘れぬようにね』
終始穏やかな口調で話し、紳士帽子を華麗に被る初老の男性は、ニッコリとしながら去っていった。
たった数回の会話であったのに、彼の眼差しと言動にシルドは引き込まれるものがあって。その時の彼が、今、目の前にいて。
「お久しぶりです」
「あぁ、久しぶりだね」
高身長で、紳士帽子と紳士服を着こなす一人の初老。服の色は紺。黒の眼鏡に白毛の髭。
経験を重ねた者だけが出せる聡明な気迫と落着きある佇まいの彼は、見た目は老人なれど、瞳の奥から強固な意志を感じさせる。初老は嬉しそうに……シルドへ一礼した。
「そういえば、自己紹介はまだだったな。サイリスから『ルカの君』と呼ばれている者だよ、蒼くん」
「シルディッド・アシュランといいます」
「知っている。蒼くんも私のことは、彼女から色々と聞いたのだろう?」
「はい」
シルドはこれまでに初老と会った回数は二回である。一回目は王都へ来て直ぐだった。
そしてもう一回が、クロネア王国へ行く前、第二試練の謎解きに関係する本「魔法の入門」をくれた時だ。
たった二回の間柄なのに、シルドにとって只者ではないと感じていた相手であった。初老は両手をあげてパン、と叩く。パンパン、と何度も叩いて。次第に拍手をしていく。下手くそな拍手だった。
「おめでとう、蒼くん。長かったね」
「ありがとうございます」
「一人の司書が誕生したことを嬉しく思う。同時に、サイリスから聞いている通り、私の境遇も理解してくれたかな」
「もちろんです」
「ありがとう……! では早速、その“ビブリオテカ”を一度触らせてもらってもいいかな。ずっと触ってみたかったのだよ」
「お断りします」
「…………」
※ ※ ※
え、とする二代目アズール王とステラ。
ポカンと、口を開けたまま固まる初老。
青年は静かにその様子を見つめてから、表情を変えぬまま、淡々と言葉を紡ぐ。
「触れば“ビブリオテカ”を奪うつもりでしょう? 僕の左手ごと斬り落として」
ルカの君は表情を変えない。
初老はシルドの名前を最初から知っていた。
しかし初老はシルドと初めて会った時から、今日に至るまで。
一度たりともシルドの名前を言っていない。
全て蒼くんで統一している。
興味がないから。
人にはもう、興味がないから。
ルカの君の視線は今もずっと。
古代魔法“ビブリオテカ”に向けられていた。