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第三試練 解答



「道理で都合のいい展開が続いたわけだ」


 シルドは息を吸い、大きく吐いた。空で何度も鳴っている木笛の音色にうんざりしながら、残り時間を再度認識する。

 残り十分。

 遺体を見ても、シルドは至極冷静であった。二代目アズール王の暗殺を知っていたためだ。心のどこかでそれを見せられる可能性もあるのでは、と思っていた。

 ……本当に見せられるとは思っていなかったが、心構えをすることはできた。


「死因はわかっていないんだよな」


 二代目アズール王の死因は不明である。暗殺されたと噂されているだけで、実際の殺害方法は何もわかっていない。もちろん犯人もわかっていない。


 当時、いつもの時間に起きてこない女王を不思議に思ったメイドが第一発見者であった。一般的な王にしては珍しく、二代目は自分から起き身支度を済ませ散歩するのを日課にしていた。

 夫は病死している。子は二人。しかし一人は幼児の際にこちらも病死。呪われているのではと、心ない者らに言われたが、徹底的に調査した結果、事件性は一切なく、本当に不運としか言いようのないものであった。


 しかし、彼女を嫌っている身内によって呪われた女王という悪評を広められていった。世間は悪評に染まるかと思われたが、善政をしていたサイリスに対する国民からの評価は絶大であり、結果として好悪入り混じる世論だったとされる。

 そんな中、突然に起きた女王の死去。

 世間は大いに盛り上がった。呪われだ、いや暗殺だ、身内だ、いや外部だ。噂や憶測の記事は飛ぶように売れた。


 明らかに初代より民のことを考え、善政をした女王の物語は、なんとも悲しい結果で終わったのだ。なお、状況的に暗殺だとする意見は根強い。身内犯……とりわけ父親が犯人候補の筆頭に上がる。


「本当に外傷なしか。眠っているみたいだ」


 それも安らかな寝顔……もとい死に顔だった。シルドは書斎へ来る前、“ビブリオテカ”でいつでも対応できるよう周囲をかなり警戒していた。ただ、誰かに見られている、と感じることはなかった。


 周囲の人を探知する、中級・陣形魔法“フラッチ──気配網”を発動。

 第三試練の疑似空間に、もし自分の知らない場所へ突如放り込まれたら使おうと思っていた魔法だ。残り数分で帰還するので、最後まで取っておいた魔法を使う。それでも周囲には誰もいなかった。


「図書館の地下空洞は、入る方法を知っている人しか来れない場所……」


 サイリス女王も先刻「図書館下の地下空洞には、本湖に飛び込み、『アズール図書館の司書』と言えば入れるよう工夫しております。それ以外の方法で入れる手段はございません」と言っている。

 つまり、犯人は「ルカの君」か「既に司書となっている者」か「それ以外」となる。


 ……しかし、シルドに「犯人探し」をする時間はない。調査など、この与えられた時間内ですることは不可能である。

 悲しいことに、シルドのやるべきことは、彼女の最後を見る以外なかったのだ。……ふと、サイリス女王は一冊の本を握っていることに気づく。シルドが昨日、アズール図書館内で読んだ彼女の書物と同じであった。


 タイトルは「アズール国民へ」。

 以下抜粋すると、“……人生に悩み、答えが出ないとき。未来に不安を覚えるとき。きっと苦しむであろう。いくら考えても見果てぬ先はわからない。永遠にたどり着けぬものではないかと、答えが出ないのではないかと、不安に支配されるときもある。どれだけ考えても、辛いときはある。

 また、自分だけならまだしも。

 その答えの分からない問いに「友」が囚われていた際、貴方ならどうするだろうか。……私は、歩みをともにしたい。決して癒やすことは叶わないけれど、支えることはしたいのだ。それがきっと、巡り巡って、愛するアズールの民への助けにもなると信じているからだ……”

 

 本を閉じ、元の場所へ。


「……なるほど」


 シルドは心の中で納得する。昨日読んだ時は、後半の内容は二代目アズール王の親友にして、コルケット家の二代目当主、コラン・コルケットへのメッセージだろうと考えていた。

 しかし違うのだ。この「友」という文言は……「ルカの君」へのメッセージだったのだろう。

 ちょうど、その時であった。

 擬似空間の揺れを感じる。


 ──ザ。

 ──ザザザ、と。お約束の雑音も聞こえてきた。周囲全てが雑音とともに変化していく。第三試練の擬似空間は、終わりを迎えようとしていた。そして消える最中、シルドは確かに見たのだ。

 眼前でこと切れていたサイリス・フォン・ファーク・アズールが……、目を大きく開けてこちらを凝視している様を。ホラーじゃないんだからと苦笑して、大丈夫ですよと別れの言葉を投げかけてから、青年はゆっくりと目を閉じた。



 ※ ※ ※



「おかえり」



 目を開ければ、一人の女性が立っていた。何度も夢に出てきてはシルドと会話し、第三試練の始まりも告げた……かの女性だ。今もベリーショートの金髪は星のように輝いている。灰色の瞳で、じぃ……とシルドを見つめるファリィ・クサリー。

 対し、彼女の左目付近の二本の傷跡を、シルドは静かに見つめる。その傷は痛々しくも確かに刻まれていた。自らをファリィ・クサリーという、アズール図書館にて現れる謎の存在。


 横にはシルドの師匠であるステラ・マーカーソンがいた。何故か少し寝ぼけているように見える。やや髪が乱れていた。

 何かあったのかな、と思うシルドを見て、ステラは涙を流す。良かった……、と小さく呟いた。


「ステラさん……!? 何かあったんですか」

「ううん、大丈夫だよ、青少年。無事でよかった」


 ステラは不安と安堵の入り混じった顔をしていた。シルドの五体満足を確認し、彼女はほっと胸を撫で下ろす。本当に、心から、安堵しているように見えた。

 色々と聞きたいシルドであったが、それを……金髪の彼女は待ってくれそうにない。


「本題に入ろう」


 安心も束の間であった。

 ファリィ・クサリーは蒼髪の青年を気遣う言葉はなく、直ぐに解答を要求してきた。シルドはそんな彼女をしばし見つめる。ファリィは挑戦的で、しかし穏やかな目つきでこちらを見つめていて。


 まだ第三試練の真っ只中だ。体は無事なれど、試練を解けたかは別問題である。

 ファリィは金髪を手櫛で梳いて、指を鳴らす。途端、ルカの粒子が上空に集まり何度も回想したお約束の文章となった。


 “擬似空間として構成されたクローデリア歴1000年の王都へ渡り、初代アズール王とソランド・コルケットの前に現れた「謎の存在そのもの」となって彼らと邂逅し、一切やり直しのきかない自己判断と、死を含む自己責任の全権をもって、アズール図書館を建造するまで導き、司書を誕生させ、かつ司書の誕生は真実のものと完全一致するよう辿り着いた後。

 何故、アズール図書館の司書が存在するのか、述べよ”。


「解答を頼むよ」

「はい」


 ステラは何も言わない。この状況を邪魔することなど彼女にはできず、ただ、心の中で祈るのみだ。シルドは落ち着いた口調で話し出す。


「膨大なルカを存在させる魔境と呼ばれし場所で、ガイ王とソランドの前に『謎の存在そのもの』が現れた。二代目アズール王曰く『ルカの君』と称されていたそれは、『人』と『魔法』に多大なる興味をもっていた」

「……」

「二代目アズール王としては、魔境暴走を起こさないよう、半永久的にルカを活用する施設を必要とした。同時に、ルカの君の要望にも応える必要があった。そこで『ルカを無尽蔵に消費し、かつ人と魔法書の集まる施設』……アズール図書館を建造した」


 目を瞑り、にっこりと微笑むファリィ・クサリー。シルドはその反応を肯定とみる。


「二代目アズール王はルカの君へ人の姿になる魔法を教えていたので、かの存在は、魔境の近隣であれば活動可能だった。つまり、図書館を自由に動ける。人とは何か、魔法とは何か、存分に間近で見ることを可能とした」


 シルドは橋の上でサイリスに「ルカの君。人の姿になることが上手になりましたね」と言われたことを思い出す。

 その時は上手く対応できず素っ頓狂な声をあげてしまったけれど、シルドの思っていた以上に王女は、ルカの君に献身していた。


「魔法書は、アズール人の作り出した叡智の結晶です。図書館にいるだけでその結晶は無限に入ってくる。また、それに関連して……『ルカの君の興味を引く人間が現れる』ことだってあったでしょう」

「……」

「そんな人が現れた際、サイリス女王はルカの君へ『地下空洞へ誘ってみるといい』と言ったはずです」


 シルドは先刻サイリスから聞いている。「図書館下の地下空洞には、本湖に飛び込み、『アズール図書館の司書』と言えば入れるよう工夫しております。それ以外の方法で入れる手段はございません」と。

 つまり、既にこの段階で「司書」という言葉は存在し、その先の展開まで確立していたと考えられる。


「二代目はルカの君に『人を知るべきだ』と諭しました。図書館にいれば知識と魔法書は無限に入ってくる。しかし、人そのものを知ることは接触しなければ不可能です。二代目が一番手を焼き、用心したのはここだったと思います。自分の死後も、ルカの君と会話できる存在を必要としていたから」


 ここまでくれば、もはや第三試練の答えは出揃っている。

 絶望的な状況から開始されたこの試練も、ようやく終わりを迎えるのだ。瞑っていた目を薄っすらと開け、うんと一度頷いてから、ファリィ・クサリーは催促する。

 彼女の反応を見て、改めてシルドは息を吸う。長い道のりであった試練の解答を、告げる時がきた。


 いざ話し始めれば直ぐ終わってしまうものだけれど、この話をするまでの道のりが……文字通り、命懸けであった。

 死の絶望を何度も経験した。

 しかしジンや二代目の助けを受けて、この場所にいる。師匠であるステラはシルドに見えないよう両手を組んで、彼に聞こえない声量で「いけ、青少年……!」と檄を飛ばす。


 シルドは告げる。


「アズール図書館は、司書を必要としていない。本来司書は図書館の運用に必要不可欠ながら、膨大なルカを用いて半永久的に運用可能なアズール図書館では、司書の存在理由はありません」

「……」

「ただし、ルカの君と対話できる存在は必要であった。永遠を生きるであろうルカの君を、その時代に生きる人間が、傍にいる必要がある。かの存在を孤独にさせないように……。魔境暴走を抑える意味も込められている」


 第三試練 

 “……。何故、アズール図書館の司書が存在するのか、述べよ”。解答────



「ルカの君を永遠に孤独にさせないよう、その時代を共に生き、会話できる友が必要だから」



 ファリィ・クサリーが即座に返答した。



「正解だ、シルディッド。……おめでとう」



 ※ ※ ※



 この試練において、何度シルドは死を覚悟したか。初代アズール王との戦闘は、もう一度やれと言われても即拒否の事案であるのは間違いない。


 ステラが怒り叫び、禁術まで使い試練を中止にしようとしたのはこのためであったのだ。どこの世界に「クローデリア歴1000年の擬似空間に行き、初代と殺し合う試験」があるのだ。

 どう考えても死ぬであろう。頭イカれているのかとステラは腸が煮えくり返る状態であって。


「まずは、良かった……!」


 涙を流しながら喜ぶステラを、シルドとファリィは優しく見つめてて。涙を拭う司書の姿を見てから、ファリィはシルドの方へ顔を向けた。


 シルドも少しだけ歩いて、ファリィと向かい合う。この時、ステラは「シルドを背中越しに見る形」となる。

 シルドはステラだけに見えるよう、両腕を後ろに回し、手で何かしらの合図を送った。そんな二人のやりとりが合っていることは当然知らず、ファリィはご満悦に口を開く。


「知ってしまえばどうということはない。そんな試練だよ。手品も初めて見せられた際は無理難題なものだと思うが、種明かしを見たら『なぁんだ、こんなものか』と思うだろう」

「……」

「第三試練も同じさ。初めてあの長々とした試練内容を見た時は絶望しただろう。しかし、いざ挑んでみれば、シルディッドにとって難しいものじゃない」

「走馬灯は何度か見ましたけどね。大腸も引きずり出されましたし」

「え、と……う、うん。そんなこともあったね」


 まるで他人ごとのように話すファリィ。じっと見ていると、耐えきれなくなったのか「ごめんごめん」と謝りだし、シルドの体で見えなかったステラへ首を傾ける。


「悪かったよステラ。しかしシルドの『兼業を認めて欲しい』という要望に応えるにはこれしかなかったのだ」

「中の上、存じております。大丈夫です」

「ありがとう」


 ステラからの許しを得ることができ、ほっと胸をなでおろすファリィ。

 いやぁ、よかったよかったと頷きながら、ふと思い出したようにシルドへ告げた。


「一つ謝らないといけないことがあったのを思い出した」

「大丈夫ですよ」

「最後の最後だ。二代目アズール王の遺体だね。あれは私の試練において見せる必要はなかった。申し訳ない」

「大丈夫ですよ」

「二代目の死因については私も思う所があってね、思わず映像をシルドにも共有させてもらったのだ。結局、犯人はわからずじまいの未解決事件さ。二代目を殺した犯人は、本当に誰なのだろうか」

「大丈夫ですよ」

「……」

「……」

「……シルディッド?」

「どうかしましたか」

「何が大丈夫なのかな」



 目を細め微笑むシルドの顔は、どこまでも優しくファリィを見つめていて。

 ステラもまた、その様子を、ニッコリと微笑む。


 してやったりといった顔で。


 威風堂々と。


 蒼髪の青年は第三試練の扉を撃ち抜く。




「犯人は貴方なのだから。

 ルカの君を演じている二代目アズール王──、サイリス・フォン・ファーク・アズール様」



 彼女は試練についてシルドの解答を正解だと返答した。 

 第三試練合格とは──、一言も言っていない。




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