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二代目の想い


『ルカの君。貴方自身が言っていたように、まず貴方は人と魔法を知るべきです。同時に膨大なルカは危険なため、解消できる手も考えましょう』

『……』

『求められるのは、魔境に存在する膨大なルカを半永久的に使用する施設を建造し、そこへ王都の住人を訪れさせ、人と魔法の両方が集まってくるような場所。……そうですね、加えてルカは施設運用特化に全振りさせましょう』

『……』

『常にルカを消費し続け、一年中稼働する施設。魔境暴走の起きる要素を絶つ、常に燃費・消費を最大とする施設。……これら全て余すことなく実現する──、アズール図書館を建造します』



 ──ザ。

 ──ザザザ、と。

 眼の前の景色に雑音が生まれる。数秒後、周囲全ては雑音とともに変化していく。擬似空間の再構築が始まった。

 ここでの役目は終わったのか、とシルドは辺りを見渡す。どうしてもこの空間変更の時は、自然と周囲を見てしまう。

 次はどこに飛ばされるのか不明なので、シルドにとっては、おっかなびっくりの心境なのだ。そうしていると景色は徐々に明らかになっていく。彼にとって、見慣れた場所が見えてきて。


 シルドは橋の上に立っていた。

 視線の先に、建設中の、彼が何度も見た……アズール図書館が見える。


「おぉ……!」


 思わず声を上げ、キョロキョロと顔を左右に振る。橋から下を見ると、プカプカ浮いている本があって。

 本湖だ。

 何度も見たことのある、あの本湖だ。

 シルドにとって思わず叫びたくなるほどの衝撃だった。自分の時代の史実通りになっている。この選択は、間違いではなかった……?


 いや、わからないと直ぐに思い直す。まだ油断はできない。浮かれるなと自身を律した。

 ただ、失敗しているとも思えない。ある程度の道筋を立てることはできたのだと素直に彼は思った。心の中は、やはり嬉しかった。


「よし……やった!」

「そういう風に言ってもらえると、こちらも嬉しくなりますね」


 弾むような声がして、そちらを振り返るとサイリス王女が歩いてきていた。


「ルカの君。人の姿になることが上手になりましたね」

「……え?」

「どうかしましたか?」


 思わず素っ頓狂な声を出してしまったシルドは、あー、と声を出しながらトコトコと橋の端により、少しだけパニックになった。目を瞑り、落ち着けと諭す。


 ……僕の演じる「これ」は、いつの間にか「人の姿になる魔法」を会得していたのか。知らなかった。いやまぁ当たり前だけど。


 シルドの脳内で「自分は金ピカ」から「人」であると再認識し、こほんと咳をして二代目アズール王を笑顔で迎える。


「まだ慣れていないよ」

「御冗談を。どこからどう見ても人ですよ。ただし『ここから出られない』のがやや残念ですね」

「私はルカそのものだから。ここを出れば消滅してしまう……ということだろうか」

「はい。いつか出られるといいですね。焦る必要はありませんよ。貴方はたくさん生きられる。ずっと生きられるのですから……」

「……?」


 サイリスの言葉に、シルドはやや引っかかった。まるで自分はもう生きられないと言っているようで。

 シルドの脳裏に「二代目アズール王の暗殺」がよぎる。彼女は三十七歳で暗殺されるのだ。犯人は見つからず、未解決事件として歴史に残る形となる。

 迷ったが、相手の未来を変えないよう言葉に注意しつつ言葉を投げた。


「死を予感しているのか」

「まぁ身内に対して斬首しまくっていますから当然ですね。死は身近にあります。ただ、それ以上に私は……『ずっと生きられる』ことが羨ましく思います」

「生きられる」

「はい。あぁ、ごめんなさいルカの君。貴方にとっては迷惑な話でしたね。忘れてください。それよりほら、上手に出来ているでしょう? 膨大なルカを全て本に具現化させ本湖を作りました。これで警備や雑用、諸業務において彼らに任せることができますよ!」


 話を替えたいのか、サイリスは本湖を指差す。そこからはシルドの知っている話をしてくれた。膨大なルカをいかにして利用するのか。

 やはり常時運用し続けることが最も効率がよく、そのために、ありとあらゆる方法で消費しているという。


 膨大なルカを本に具現化させ、本湖として常時展開させている。夕方のメンテナンスはもちろん、警備や雑用、諸業務において彼らに任せることを可能とした。

 図書館内にある本らにもルカで本に込められた願い・想いを増幅し意志とさせる。人が入っていそうなぐらい元気な本たちは、魔境から湧き上がるルカが原因だったのだ。


 ちょっとやりすぎな気がするも、納得するシルド。また、地下三階から四階に至るまで、各階にもルカを活用するよう、ありとあらゆる細工が施されている。


「図書館下の地下空洞には、本湖に飛び込み、『アズール図書館の司書』と言えば入れるよう工夫しております。それ以外の方法で入れる手段はございません。陣形魔法によって空間を飛び越えて地下空洞に入れないよう、こちらもルカをふんだんに使って防御しております」


 改めてアズール図書館とその周囲を説明すると、わかりやすく例えるなら、お風呂場にある(おけ)である。桶を仰向けにし、その中はポッカリと何も入っていないものとする。

 中心に縦長の筒を置いて、底と密着させる。筒の上にちょこんとアズール図書館があり、かの図書館に向けて四方より橋が架けられている。

 橋から下は普段は本湖となっていて、ルカで構成された本がプカプカ浮き、どんぶらこっこと周囲を旋回している。本湖のさらに下は、何もない真っ暗な空間だ。なお、筒の中はアズール図書館の地下空洞となっていて、所狭しと本棚と本があるのだ。


 世界最大の図書館には、相応のものが用意されており、そしてそれは全て魔境のルカを消費するためのものであった。

 息を粗くしながらも、心から楽しそうにサイリス王女は笑っていて。


「どうです? これなら魔境暴走など、まず起こり得ないでしょう?」

「あぁ、ありがとう。本当にありがとう」


 シルドがお礼を言うと、えへへと照れ笑い。

 彼女の顔を見ながらシルドは次期二代目アズール王に感謝しつつ、けれど少し悲しくなった。……どうして彼女は王女なのに、護衛が一人もいないのだ。



 ※ ※ ※



 シルドは「そこ」からぼんやりと外を眺めていた。あれからさらに時間が進み、かの施設が完成された年まで進んでいた。

 今、蒼髪の青年はアズール図書館の屋上にいる。トントン拍子に事が運び、まさかここまで一気に来るとは思わなかった。

 ……寒気がする。言いようのない、これで本当に合っているのだろうかと不安がどこまでもシルドに迫ってくる。そんな気分であった。



 “擬似空間として構成されたクローデリア歴1000年の王都へ渡り、初代アズール王とソランド・コルケットの前に現れた「謎の存在そのもの」となって彼らと邂逅し、一切やり直しのきかない自己判断と、死を含む自己責任の全権をもって、アズール図書館を建造するまで導き、司書を誕生させ、かつ司書の誕生は真実のものと完全一致するよう辿り着いた後。

 何故、アズール図書館の司書が存在するのか、述べよ”。



 第三試練のほとんどを消化した。

 残りは司書を誕生させること、そして何故、存在するのか述べること。ただし、真実のものと完全一致するよう辿り着く必要が前提だ。

 この真実のものか否かは試験を出題した者のみ知っている。そのため、シルドが深く悩む必要はない。シルドにとって目下大事なのは、司書を誕生させることである。


「こんな所にいたのですか、ルカの君」


 声の方へ目を向けると、二代目がこちらへ歩いて来る。全身を黒のスマートカジュアルで統一しており、橙の髪はポニーテールにしていて、見惚れるほどの美しさだった。

 手には小さな瓶を持っており、どうやら酒であるようだ。頭上に疑問符を浮かべながらシルドは「ルカの君」となって口を開く。


「酔っているのか?」

「えぇ、存分に」


 ひらひらと手を仰ぎながら、楽しそうに彼女は笑う。王女なのだから護衛はいて然るべきだが……周りには彼女以外、誰もいない。


「私はいつ殺されてもいいように護衛はおりません。父上からそう言われております」

「……」

「お気になさらないでください。会うたびに首を斬っていましたら避けられるようになりまして」


 当たり前だとシルドは思う。

 ほんの少しだけガイ王に同情した。


「父上のやることは全て私の考えと違います。民を無下にしていて、国のこと、国の行く末しか考えていない。私はそういう考え方は嫌いです。民あっての国なのだから、民のために政治をやるべきなのです」

「……貴方が王になった際、そのような政治を?」

「もちろんです。既に邪魔者は“ジャラン”で済ませております。いつでも斬首可能です」


 済ませるとはマーキングのことだろうとシルドは思った。

 改めて暗殺された理由がわかる。この考え方をしていれば、確かに三十七歳の若さで殺されるだろう。どう考えても身内犯である。無事に戻れたら、ジンに報告してあげようとシルドは決めた。

 サイリスは持っていた瓶を開け、酒を少し飲んだ。ちょびちょび飲むのが好きなんです、と笑いながら空を見上げて。


「人は自由であるべきです、ルカの君。責任と生死を噛みしめながら謳歌すべきなのです」

「美しい考えだ」

「ふふっ、ありがとうございます。私はまだやりたいことがたくさんあります。政治はもちろんですが、旅もしたいのです」

「旅を?」

「えぇ。子供の頃にクローデリア大陸を渡り歩きましたが、あれほど楽しいことはありませんでした。色んな方に出会いました。殺されそうになったし、返り討ちにしたこともあります。それでも本当に楽しかったのです」


 あぁ、と王女は吐息する。


「命が足りない、足りなさすぎます。もっとやりたいことがあり、もっと今を生きたいのです。しかし私はきっと殺されるでしょう。敵が多すぎる」

「……」

「嘘ではありませんよ。本音です。そう遠くない未来でしょうね」

「現状を冷静に分析している貴方ならば、やり方を変えればいいと思わないのか」


 その時のサイリス王女の瞳は。

 冷たく、哀れみの色をしていて。

 クスリと笑う。


「思いませんね。変えるということは民から国でしょう? それは私が嫌悪する父と同じやり方ですよ。父を選ぶというのなら、死を選びましょう」

「……考え方を変えるつもりはないけれど、貴方は生きることを望むのだね。叶うなら、ずっと」

「そうです。えぇ、その通りです。私は永遠を生きたい。不老不死を手に入れられるのならば、私はどんなものでも差し出すでしょう。本当に、何でも」


 その時シルドの中で、サイリスの瞳の冷たさを感じていた理由がわかった。柔らかな物腰で、民のことを思い、しかし身内には残酷なまでに厳しい。

 そんな彼女の瞳の奥には……未来への絶望がある。生き続けたいという渇望がある。


 自分の生き方を変えるつもりはない。その先にある「暗殺」も理解している。

 しかし生きたいのだろう。未来をどこまでも歩んでいきたいのだろう。だが叶わない。このやり方では、敵が多すぎるから。

 また、仮に殺されなくても、永遠を生き続けるということはできないから。老衰で死ぬ。避けられない運命は、未来への絶望なのだ。


「ルカの君。私は、貴方が羨ましいのです。どこまでも生きていける貴方が」


 ──ザ。

 ──ザザザ、と。


 眼の前の景色に雑音が生まれる。サイリスはピタリと停止して。数秒後、周囲全ては雑音とともに変化していく。擬似空間の再構築が始まった。ここでの役目は終わったのか、とシルドは吐息した。

 何回か見ているので少しずつ慣れてきてはいるものの、決して楽しいものではなかった。また、サイリス王女の未来を知っている身として、彼女の生への渇望は理解できるものであって。

 また、少しだけ、展開の雑さも感じた。

 見せたいシーンを終えたら即、次の疑似空間構築に……嫌な予感もする。


 そう考えていると、徐々に空間の再構築が完了していく。場所はどこになるのか、相変わらず不安も心に巻き付く。

 いつでも臨戦態勢になれるよう、“ビブリオテカ”を発動させ身構えた。


「……地下空洞?」


 新たな擬似空間は、シルドにとって何度も見た光景であった。アズール図書館の下にある地下空洞である。

 シルドが本湖に飛び込み「アズール図書館の司書」と言えばまず連れてこられる場所だ。ここへ辿り着くことは、第一試練の突破を意味する。


 視界いっぱいに広がるは本棚たち。本は無造作に収まっており、見慣れた光景でもある。自分の知っている景色となって、青年はほっと胸をなでおろす。

 ここに来たということは……、やはり次に来るのは「司書」に関係するものであろうか。シルドにとって、いよいよ「核心」に迫るものと対面するということだ。


 ふぅと息を吐き、否が応でも緊張する気持ちを落ち着かせる。何度やっても緊張というものはやって来るものだなと当たり前のことを考えて……。


「おそらく、第二試練を決めた場所に何かある」


 書斎へ向かう。

 第二試練となる本を選んだあそこへ向かう。


 心臓の音が強くなっていく。


 どこまでも続いていきそうな本棚の配置は、普段見ない人には中々の恐怖かもしれない。ただ、普段のシルドにとっては癒やしの空間である。


 鼓動が激しい。

 心臓の音は耳まで聞こえる。


 緊張と安堵を上手く調節しろと自分自身に命令した。第三試練は「司書を誕生させろ」とあった。まだ仕事が残っている。どこまでこの擬似空間を見せてくれるのかわからないが、連れてこられた以上、何かがあるのだろう。


 安堵……できない。

 緊張だけは、勝手に強くなっていく。


「ここは変わらないんだな」

 

 書斎はシルドの知っているものと同じであった。第二試練を決める際、そして合否を明らかにする際に訪れた、あの場所だ。

 普通に考えれば「司書」絡みであるも、次点で横槍の可能性も否めない。何故ならあの初代アズール王が何もしてこなくなったからだ。


 あの狂王が、である。明らかに変であろうか。再び手刀で腹に穴を開けられてはたまらないと思いつつ、もし本当に来たらどうしようと少し怯えるシルド。


 限界まで緊張している気分だった。

 心臓を太鼓で叩かれているようで。


「ふぅ」


 書斎の扉の上には、ぼんやりと紺色の球体が浮かんでいた。

 深呼吸し、覚悟を決めて。

 扉を開けて書斎へ入った。

 人がいた。

 やはり、二代目アズール王であった。

 サイリス・フォン・ファーク・アズール王であった。あの時より、少し歳を重ねたようだ。死んでいた。同時、カチッと、どこかで音が鳴る。



 ボーン。


 ボーン。



 木笛が鳴る。心に響く木笛の音色。ただし温かい色では断じてなく、淡く寒い冷色。木笛が鳴る。木笛が鳴り響く。ボーン、ボーンと五月蝿い。木笛が鳴る。木笛の音が轟く。

 こと切れている「サイリス女王」を前にして、黙って見つめるシルドの上で、どこからともなく木笛が鳴っている。狂ったように、擬似空間の中心にいる一人の青年へ木笛が鳴る。

 思い出すは、第三試練を始まる前に告げられたあの言葉……。


『第三試練が終わる際、シルディッドにだけ聞こえる木笛を鳴らそう。ボーン、ボーンという風にね。いつまでも終わりのない試練は精神的にこたえるものだ。私からのささやかな贈り物だよ』

『いいのですか』

『まぁね。これぐらいならいいだろう。木笛が鳴れば、その十分後にシルディッドはここへ帰ってくることになる。木笛の音色が、シルディッドにとって安堵と喜びになることを願っているよ』


 自らをファリィ・クサリーと名乗った金髪の女性からそう言われた。

 ボーン。

 ボーン。

 無慈悲に、無遠慮に、轟き響く木笛の音。

 ただただその音だけが木霊する。



「材料はもう、出揃っているということか」



 制限時間は、残り十分。

 十分後に、第三試練の答えを示せ────




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