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二代目アズール王




 アズール図書館の試練を通して、シルディッド・アシュランは大きく成長している。彼の人生は中々に波乱万丈といえようか。

 普通では体験できないものを蒼髪の青年はしていて、ある意味では他人に自慢できるものかもしれない。しかし、眼の前で起きた事案をどう片付ければいいのか、さすがのシルドも困惑せざるをえなかった。

 舞った。

 ガイ王の首が、鮮やかに宙を舞った。

 首から下はその場にいて、頭だけ緊急脱出するかのように上空に飛ぶ。うわぁぁと周囲が絶叫する中、ヒュルヒュルと生首は下に落ちてきて……。


「“刹那縫合”」


 元にあった場所まで着地すると、ピタリと止まった。縫合された。

 切断された箇所には、ルカの細い糸があり、一切の痕跡なく縫合される。結果として、最初から何事もなかったかのような状態となっていて。


 二代目アズール王、サイリス・フォン・ファーク・アズールの十八番である特級・癒呪魔法“刹那縫合”。

 本来なら切断された体を縫い合わせる魔法であるが、それを彼女は独自に魔改造し、生首だけを縫い合わせることに特化した魔法へと進化させた。

 斬られた初代は「はぁっ、はぁっっ!」と何度も自分の首を触り、無事繋がっていることを確認して……。


 生きている。しかし先ほど殺された。けれど即座に縫合されて。やっぱり彼は生きている。即殺即治を体現し、狼狽する父親の様子を嬉しそうに眺めている姿は、まさに魔王の風格であった。


「うん、ちゃんと生きていますよ。父上」

「お前また俺を殺しやがったなサイリスぁ!」


 生首が飛ぶ。

 治る。


「はぁ、はぁぁっっ……!」

「殺すとか言わないで父上。ちゃんと生きていますでしょう。殺人なんて私したくありません。生きているのだから、問題ないのです」

「あるに決まってんだろうがぁああああああ!」

「ところで、先ほどのルカの君への封印。まさか……ここにいる皆でやろうとしていたとか、そんな恐ろしいことしていませんよね?」

「え、そうだけど」


 その場にいた全員の首が飛んだ。

 それはもう、鮮やかに飛んだ。

 皆の生首・緊急脱出である。

 即、治る。


《ハァッ、ハァッッ……!!》

「い、生きてる?」

「ぅぅぅ、だからサイリス様に黙ってやるの嫌だったんだ!」

「あぁぁぁ、く、首飛んだぁ」

「お母さん……お母さん……!」

「死んだ祖父が見えたよ」

「は、は! しし死んだよ今。今!」


 全員が倒れ込み、首を触りながら粗く息を吐き、吸う。生きている。ちゃんと生きている。生死の境をその身でもって体験させられるのは、何度繰り返しても慣れない。

 今すぐにでも、この場から離れたかった。暗黒の世界からやって来たのではと思う女が、淡々と言葉を紡ぐ。


「私に内緒で本当に酷いことをしていたのですね。悲しい。アズールの未来を考えるなら、封印ではなく協調でしょう? そうは思いませんか、父上」

「お前のそういう甘い考えが駄目なんだよ! これはアズールの未来がかかったことなんだ! 仲良しこよしでやっていけるほど世の中甘くねぇのは何度も言ってんだろうがよ! 実の父親の首をポンポン飛ばしやがって、お前はやっぱ反逆者だ!」


 なんという言葉を! と周りの者らが迅速に後ろへ引く。ソランドも一緒だ。全員でガイを贄に捧げる。誰も助けない。


「ねぇ皆様」


 サイリスの声が空に響く。

 同時、ガイは“ルカ・イェン”を発動。


「お前ら俺に続け、謀反者を断罪するぞ!」

「今、私に対して反逆者とか謀反者とかブスとか言ったのは誰ですか」


 全員でガイ王を指さす。

 初代アズール王の首が飛び、治る。

 それを数十回繰り返した後。


「もう、無理……」


 ガイ・フォン・レイリック・アズールが全面降伏するまで、そう時間はかからなかった。



 ※ ※ ※



 サイリス・フォン・ファーク・アズールの継承魔法“ジャラン──座標遊び”。


 彼女は極めて高位の癒呪魔法を扱えるとともに、彼女自身もまた継承魔法の発現者でもある。

 超有能な、まさに天才のそれであった。

 点と点である座標を指定することで、それを結ぶことも、切断することもできる。繋ぐことも、解くこともできる。

 解読が極めて難しい魔法であり、最初は魔法研究機関の職員らでも何の魔法なのか理解不能であった。本来、継承魔法の発現者は自らの魔法を理解できない。専門家による分析の後、わかるものだ。


 しかし、彼女自身は知っていた。理解していた。一人だけ自分の生み出した魔法を熟知していたのだ。

 彼女がこの継承魔法を発現したのは6才の頃である。当時、サイリスは“ジャラン”を独学で完全理解した後、少し考えて、継承魔法のことを誰にも伝えなかった。


 天才ゆえ、周囲に伝えるのは時期尚早だと判断。隠したまま、彼女はクローデリア大陸を隅々まで渡った。

 特に国にとって重要な人物らと片っ端から会い、彼女の可愛らしさ・美しさを武器にボディタッチを繰り返した。その際、全員の首に手を当てている。


 マーキングである。


 これにより、いつでも首の右と左を座標指定し、結び、切断することを可能とした。


 いつでも殺せる。


 呪いの魔法ではないので解呪も不可だ。防御不可にして絶対斬首の完成である。彼女の邪魔をしようものなら、誰が相手であろうとも即、首チョンパが待っている。舞っている。首だけに。二代目ジョークの一つである。なお、笑わないと首が飛ぶ。


「父上、今後は私が引き継ぎます。安心してください」

「あんまりだ……」

「どれだけ頑丈な封印をしようとも、いつかは解けるものです。もしくは外部から解かれるでしょう。そうなった時、ルカの君がどうなされるか。……王都消滅で済めばまだマシでしょう。私なら、絶対にその程度では許しませんよ」


 そう言うと彼女は親指と人差し指をギュッとつけて、パッと離した。

 後ろにあった軍事施設は崩壊を始める。既に“ジャラン”で座標を指定されていたようだ。指定後はどうにでも扱える彼女の手により、無残な瓦礫と化していく施設。


「安心してください。職員は外に出していますよ、父上」

「……」

「冷静になりましょう。私はただ、首を斬っただけです」

「頭おかしい」

「えへへ、褒めないでください」


 恥ずかしげな表情でサイリス王女がガイ王に言うも、とうのガイ王はじめ、皆は、崩壊していく施設をただ傍観するしかなかった。

 封印される一歩手前のシルドですら、彼らの顔を見て哀れに思えるほどで。ガイ王のやろうとしていたことはシルドからすれば断固拒否するところ、ここまで問答無用で推し進める二代目を見ると、彼女もまた初代の娘なのだと感じ入る。

 やることが極端だ。迷いがない。同時にシルドはこうも思う。


 ……話が出来すぎている。

 僕にとって都合が良すぎる。

 裏がある。

 

「ごめんなさい。私がもう少し早く気づいていれば、こんなことにはなりませんでした。本当にごめんなさい」


 サイリスはシルドに心底謝るように頭を下げる。直後、あとは私がやりますから全員帰るように、と有無を言わさぬ気迫で周囲に言い放つ。

 まだ何か言いたげなガイを引きずる形で、その場に居た者らは撤収した。そうして彼女とシルドは改めて向かい合う。

 橙色をした髪を優雅に手ぐしで梳きながら、二代目アズール王は再び頭を下げた。何回頭を下げるつもりだろうとシルドは思った。


 誠心誠意、謝罪する王女。次期の女王となる存在。その謝罪にどれだけの価値と意味が含まれるのか、わからないシルドではない。

 また、彼女の心を読むことができず難儀もしていた。あの状況で颯爽と現れたのはいささか疑念がある。完璧なタイミングであったのだから。信頼しては危ないと青年は直感する。そんなシルドに対し、恥ずかしそうにサイリスは口を開いた。


「え、と……。せっかくだから、お話しましょう。私、ずっと貴方と会ってみたかったのです。ルカの君」


 屈託のない笑みを浮かべながら、サイリス王女はシルドの手を握る。暖かかった。シルドの中で、相手の真意を探るべきだとする気持ちが強くなる。危険な相手だ。


 状況を整理。

 サイリス・フォン・ファーク・アズール。二代目アズール王。600年続くアズール王国の歴史の中で、最も国民からの人気が高い。賢王サイリスと呼ばれ、彼女が行った政策はほとんどが国民に対するものだった。減税や復興政策、内紛停戦に奴隷解放、挙げればキリがないほどの功績は、もはや伝説に相違ない。


 対して、身内からは嫌悪されており、過去にジンの言っていた言葉を使うと「魔王」「殺人女王」「首斬女帝」「歩けば血しぶき」と並ぶ。そこまで嫌われるものだろうかとシルドは思っていたが、確かにあの首チョンパを見れば納得せざるをえない。あれは怖いとシルドは頷く。

 ゆえに三十七歳の若さで暗殺されたのも、あの傍若無人ぶりを見れば合点がいく。このまま彼女との雑談をし、何故あそこまで(都合のいいタイミングで)自分を助けようとしてくれたのか、真意を探るべきだろうか。


「助けてくれて、ありがとうございます」

「とんでもない! むしろ父上の非礼、重ねてお詫び申し上げます」


 同時に、シルドは思った。

 今この時、アズール図書館建造を二代目に進言するチャンスでもあると。サイリスがこちらに詫びの気持ちを持っているのなら、上手く活用できるのではないかと。

 しかし、この場でそこまで持っていくのは難しい。今は彼女との関係を構築する方が大事だろうか。


 ──なりきれ、とシルドは改めて自分に言い聞かせる。謎のルカそのものになるのだ、と。

 目まぐるしく変わる展開に目眩がしそうだが、自分を見失わず前進すべきだ。やや震えるものの、シルドは口を開く。


「正直に言って、貴方らを信用できなくなりつつある」

「はい、当然だと思います。しかし私としても魔境をこのままにはできない。民が危険な目にあいます」


 歴史に記された通り、国民を大事にする人柄のようだ。

 ……シルドは、演技の可能性もあると頭の隅に置いておく。油断するな。


「魔境暴走の件は理解している。こちらとしても看過できない」

「はい。ですので、私は貴方の望む形を実現したく思っています。ルカの君」


 シルドの鼓動が鳴る。

 ここでアズール図書館を建造しろといえば、一気にゴールへ近づく。

 じんわりと、蒼髪青年の手に汗が出る。相手に気づかれてはいけない。落ち着けと自分に叫ぶ。


 ……なりきれ、と言ったはずだぞ僕。落ち着くんだ。僕は今、何になっている。超高濃度によるルカの塊が、自我をもった存在のはずだ。そんな存在は何をしたいのか、何を望むのか考えろ。

 この場で、アズール図書館を建造してくれと言うべき──、ではない! 

 今ではない。イメージしろ。ルカの存在として、サイリス王女から問われたものに、何を望んだのか。自分が膨大なルカの塊であることは理解しているはず。となれば……まず言ったのは、おそらく……


「魔境であるここを上手く活用し、膨大なルカを半永久的に消費し続ける施設を望む」

「……ふむ。何故そう思われたのですか」

「貴方らが不安がる魔境の危険度を下げれば恐怖も幾分か解消されるはず。解消するためには、膨大なルカを消費する施設を作るしかない。そのため『何を建造するのか』は貴方に任せる」


 シルドは、図書館という文言は使わなかった。使えばあからさまであるからだ。

 サイリス王女の真意も不明な今、安易に言うべきはない。また、どうしてもシルドは考えてしまう。


 ……話が出来すぎている。

 初代があれだけ狂人だったのだ。二代目は善人、という保証は……断じてない。疑え、最後まで。その中で答えを掴め。


「私はルカだ。知っていることはそれだけだ。自分が何なのか、どんな存在なのかわからない。ただ、わからないからこそ……人を知りたい。魔法を知りたい。そのためには貴方らの協力が不可欠だ」

「なるほど」


 シルドは「謎のルカそのもの」を「子供」だと考えた。

 今まで人の来なかった場所。ルカだけの存在する場所に、突如として人がやって来た。大いに興味をもったはず。人とその織りなす魔法に羨望に近い情をもったはず。


 好奇心は行動を起こす何よりの原動力だ。だからガイ王やソランドとも交流したはず。

 しかし、彼らは自分を利用するためだけに行動した。決別されたのだ。その時、感情が暴走し、魔境暴走が起きたのも頷ける。


「中々に難しい問題でございましょう」


 その時にサイリス・フォン・ファーク・アズールが降臨した。アズールの首チョンパ祭りを開催し話し合いの場を設けてくれた。

 国の未来を思うならガイ王の行動も理解できる。膨大なルカは危険だからだ。しかし彼女はその道を選ばず、別の方向を選んだ。


 貴方の望む形を実現したいと、言ってくれた。その時、ルカそのものは何を考えただろうか。好奇心旺盛な存在はサイリス王女を拒絶しただろうか。

 ……おそらく、歩み寄りをしたのではとシルドは結論づけた。自分はルカそのものだ。今まではルカしかなかった。そんな時、人がやって来てくれた。嬉しかったはずなのだ。


 だが、このままでは「興味のある人」から遠ざけられてしまう。それは嫌だ。ならばこの邪魔なルカを人が安心できるレベルにまで下げればいい。そうすれば再び人と交流できる。協力はしたい。

 もしかしたら、サイリス王女はそこまで読んでの行動だったのかもしれない。しかしそれでもいい。

 シルドは今、謎のルカそのものになっている。王女の手の内まで考えて行動はしなかったはずだ。単純に純粋に、好奇心で動いていたはずだと──。


「わかりました、ルカの君」


 目を細めながら二代目アズール王は笑う。温かいようで、瞳は冷たくも感じた。

 今はこれでいいとシルドは頷く。焦る気持ちもあったけど、落ち着ける理由もあった。昨日、図書館の三階にある「霙回廊」にて復元されていた「アズール図書館・奇跡の建築」に、アズール図書館の建設年はクローデリア歴1002年とあった。今は1001年だ。


 つまり、まだ一年ある。この場で図書館を建造してくれと言ったら、やる気満々の二代目主導による創造魔法師らによって、瞬く間に建造される可能性がある。それだと辻褄が合わなくなる。

 何かあるとしたら、この先だ。

 二代目の真意を探れる可能性もあるだろう。今この瞬間にも斬首される可能性はありそうだが、シルドにとって不安に押しつぶされそうになりながらも、グッと堪えて進んでいくしかない。


 「謎のルカそのもの」となって考え動いた先に……。

 いつか図書館へ辿り着けることを信じて──、やるしかないのだ。




「図書館を建てましょう」




 着いた。


 固まるシルドの前で、サイリスは楽しそうに笑うのだった。青年の脳裏をよぎるは、未来を知っている者ゆえの疑問。


 ……彼女を暗殺したのは、誰なのか。


 

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