特級魔法
過去?
何故征服をするのか、原因をひも解くためにだって?
そんなもの話す必要ないよ。つまらないし意味がない。どうでもいいし価値がない。
けれど、どうしてもというなら話すよ。何、別段長々と語るものじゃない。
故郷で暮らしていた人たちが一人残らず皆殺しにあっただけ。終わり。あぁ、私を除いてというのが欠けていたね。それだけだよ。数年前、ちょっと遠くの川原に魚を獲りに行って、一時間後ぐらいに帰ってきたら皆、殺されていただけの話。
魔法の総本山「ジックマ」と呼ばれていた小さな町。魔法に関しては極めて上位にいる魔法師が多かったけれど、一時間で皆死んじゃった。
事切れている両親。周りには兄弟や友達、町の皆。そして目の前に立ってこちらを見据えている若い男。
私?
もちろん発狂したよ。絶叫しながら男に向かって突進していった。生まれた時から自然魔法を使いこなし詠唱破棄も可能だった私は当時の最強魔法でそいつに立ち向かった。負けちゃったけどね。そして男に首根っこ掴まれながら言われたんだ。
『詠唱破棄をやってのける自然魔法の使い手とは面白い。が、まだ子供か。……俺が憎いか? だがお前の弱さでは俺を殺せない。ならばどうすればいいか。そうだ、お前が強くなればいい。
征服しろ。お前の強さを持って、俺を服従させ、ひれ伏させるがいい。もうお前にはそれしか残っていない。征服し続けろ。その先に俺がいる。十年後が楽しみだ。どこまで強くなっているか楽しみだ。それまでに征服し続け、己が力を高め続けろ。そうしてやっと──お前を殺してやるよ』
復讐なんて、無意味だから止めろとか言う輩がいる。実際、私もそう思ってる。だからあいつに復讐してやるとかもう思ってないよ。正直顔も憶えてないし、憎しみなんて三日で飽きたし。私がわざわざ行ってやるのも面倒だ。
でも、征服は悪くないと思った。
自分の力を誇示し、揮う。強者は覇者となり、弱者は愚者となる。自然界の掟だ。自然魔法だけにね。だから私は征服する。邪魔な者は排除するだけ。今までずっとそうやってきた。負けなしの一本道。私は覇者だ。
そんな女の子の過去でした。はい、終わり。もっといろいろ当時のことを思い出せば征服に対する私の執着にも説得力が増すのだろうけど、これ以上話すのも正直面倒なので、割愛。しつこい奴は嫌われるよ。
だからさっさとこの戦いも終わりにしよう。私はまだ征服の途中だ。歩き続けている半ばだ。征服少女の道のりに小石はいらない。邪魔だから、蹴り飛ばすだけさ……わふん。
※ ※ ※
原始魔法ってのがある。
魔法を大別すると七つに分けられるっていうのが世間一般の常識だけど、中には八とか九に分けられると主張する学者さんもいる。その時挙げられるのが原始魔法ってわけ。
文字通り原始的な、極めて魔法の初めと推測される魔法のこと。創造魔法なら小さい陶器を、陣形魔法なら相手を数秒拘束する陣を……というもの。
そして、自然魔法の原始魔法といわれているのは──火。小さな火球をポンッと生み出す魔法。人類が初めて魔法を手に入れた時、一番最初に発現させた魔法といわれている。それほど火とは私たちに身近でなくてはならないものだ。今は初級魔法として人々に認知されている。
右手を挙げて、手を開く。この世に生まれるは火の球体。けれど大きさは広く熱く、灼熱と情熱が入り混じった巨球へと形を変える。
魔法の炎という意味で“魔炎”。原始魔法ということもあって魔法名も極めて単純明快。だからこそ強さや規模は魔法師に委ねられる。大きく広く強く熱く。燃えろ燃えろ、どこまでも。私の情念を糧に育て。そして其が想念を、眼前たる青年へ。さよなら、シルド。
「“魔炎”」
投げつけた炎の巨星は、速度を一切殺すことなく蒼の男へと降り注ぐ。
さぁどうする、シルド? 火を止めようにもさっき出した“紅蛇砲”を一時的に止めた陣形魔法は一度使った。だからもう発動させることはできないでしょう? 防壁の魔法を出すのもいいね、でも今度の魔法はかなりの魔力を練りこんであるよ。威力は絶大だ。そうだね、あるとするならば──
「“氷天界”」
火の対となる水をさらに凍らせた、氷だよね。赤色に光った本を持ちながらシルドは告げた。彼の眼前に現れるは巨大な氷の塊。大きさは私が放った“魔炎”よりもやや大きい。本来なら敵の真上に出現させるものだけど、場合によっては自分の盾にもなる。
迷いなくシルドはそれを選んだ。凄いよ、自然魔法というよりも魔法という一概そのものを的確に把握する才能はあると思う。だから……
私は“魔炎”をキミにぶつけたのさ。
上昇する。地面より上へ“紅蛇火”に乗ってとにかく高く移動する。炎の塊と、氷の塊は相互に衝突し今は大量の水蒸気となって辺り一体を霧が包んでいた。だから彼は私を視界に収めることができない。今頃私が霧の中から攻撃してくる魔法に対しどう対処するべきか思考している頃だろう。
見えた。霧に包まれ見づらい中、シルドは──前を向いたまま。私が上空にいることに気付いていない。
いける。もう魔法名も告げない。告げたらまた彼に返されるかもしれないし。……ま、こればっかりは会得しようと思ってもできないだろうけど。火と、水と、雷と、風と、氷の集合体。
具現化されるは、一刀の長剣。
合わさり混じり、交差し重なる。
私の魔法の中でも数年前に作った当時の最高傑作。単純だよね、小さい時はとにかく合体させれば最強なんて思ってたからさ。でもね、案外間違いでもないんだなぁ。単純ゆえの特に弱点というものがなく、一撃必殺にはもってこいの魔法。名を“虹笛”。虹色のように綺麗で、笛のように相律な威力を誇る。
私の……勝ちだ。
放つ。“虹笛”は余計な動作など一切せずに、私の使命をただただ瞬速で実行した。まだ霧は晴れない中、放たれた一剣は私の想いとなってキミを穿つ!!
光があった。
長剣の光。霧の中へ入り、獲物をとらえた証の光か。上空で確認するため凝視する私。三秒、時間にしてそれぐらい。なのに、私にとってはそれはそれは長く感じた。……何で? 何故長く感じる。短く感じるならまだしも、長くなんて。まるで──不安、みたいじゃないか。
「いくよ」
霧が晴れた。正確には霧が爆散した。
其がを中心にして、まるで雲のように立ち込めていた濃霧が消えた。現れるは、私が情念の想いを込めて放った長剣に射された蒼髪の青年……ではない。
長剣は、彼の直前で止まっていた。激しく小刻みに揺れ動きながらも“虹笛”はシルドの至近距離で止まっていたのだ。
「何で」
気付いたのは──いや、違う。驚いたのは、シルドが立っている地面。陣がある。それも今までみたことがないほど巨大な陣。この魔力球場よりもさらに大きな、陣。
赤色の本を片手に携えながら、蒼炎のように燃え上がる瞳を宿した青年がこちらを見る。陣はさらに光り輝き、魔力を増していく。……すごい、何だこれ。こんな桁外れな魔法、今まで感じたこと──ない!
長剣が、シルドの前で止まっていた“虹笛”が光の粒子となって破散した。粒子は「十二」の欠片となって彼の周囲へ移動する。そして、欠片は再び長剣となった。十二本の剣となった。
「特級魔法……!」
その魔法は、ある男の子の故郷にずっと前から存在していた魔法。
図書館の地下深くに刻まれていて、代々町を守っているそうです。何でかはよくわからないけど、その魔法があるからシルドの故郷は安全なんだって。
七大魔法が一つ陣形魔法によって他の部外者が村人を襲おうとしても町に入ることすらできない防壁が生まれる。仮に中にいたとしてもいざ危害を加えようとするものなら即座に発動、放たれた魔法を十二倍にして相手に返すという反則的ともいえる強力な魔法。
温かいし、安らぎもくれて、守ってくれる。
ずっと前から住民を守ってくれた、護りの魔法。彼が初めて見て、初めて赤色の光を放ち“ビブリオテカ”に登録した特級魔法。シルドが唯一持っている特級魔法。
「言ったろ? 出し惜しみはしない主義なんだ」
「うん、かっこいいよ」
「ハハハ、かっこいいなんて久しぶりに言われたよ」
十二の長剣はグルグルと彼を中心に旋回し、徐々に一つに収束していく。
あぁ、これは。本当、かっこいいなぁ。眩しいし、ずるい。最後の最後にこんな奥の手使うなんてさ。しかもキミ、特級魔法これしかもってないんでしょ? すごい貴重じゃん。こんな意味のない試合に使うなんてさ。
そうでもして私に勝とうとしてくれたんだ。もう何も残らないってのにさ。アハハ、うん。これは、まぁ──。
仕方ないか。
「うん。私の負けだよ、シルド」
ニッコリと彼は笑った。
私も同じように笑顔になった。
集合された虹色の剣は狙いを定め、十二の輝きをもって。
「“守護一天”」
私を、光の世界へと誘った。
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