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“ロマノス・ベィ ── 女神胎堕”

【ご連絡】

今話はグロテスクな描写があります。

描写の所はスクロールで

読み飛ばして頂いて問題ございません。


人の数だけ魔法あり、と言われるアズールでは

優しく温かい魔法もあれば、その逆も然り。

苦手な方は、ご注意ください。



 禁術とは文字通り禁止された術のことだ。シルドのいる世界でいうなら発動してはならない魔法を指す。

 禁術指定にする際、何故その魔法を禁術にしたのか理由を添えるのが習わしとされる。呪われたる原因を「〜式」とし、単純ながらわかりやすい説明を添えるのだ。

 よくある例としては、大量殺人や精神崩壊である。ミュウがクロネア王国でシェリア王女に発動した“喰人鬼”も、無差別大量殺人式と称された。


 では、この魔法は。

 万人滅失……とある。数多ある禁術の中でも、この理由を書いた魔法は一つしか存在しない。

 それはこの魔法特有の理由もあるが、どちらかというと忌避されている方が有力であろうか。忌み嫌われているのだ。

 疎まれ蔑まされ恐れられている。だから禁止された。封印された。歴史の闇に滅失された……はずの魔法。


「ジン、僕の後ろに。絶対に前へ出ないで」

「おぅ」


 始まりは、一つの像である。

 女性の像。女神だ。優しい微笑みをして慈悲深く空を見つめる。二十代前半で、像でありながらその美しさは眩しいほどだ。自愛に満ちた目をしており、女神像と呼ぶに相応しい外見をしている。


 女神は愛おしそうに自らのお腹を撫でた。それだけで彼女の身に何が起こっているのか想像できる。

 生まれるであろう新しい命を心から待ち望んでいる彼女の表情は、誰もが幸せそうだと思えることだろう。

 しかし女神は嘆く。

 一時の幸せなど。

 偽りでしかなかったと。

 ……腹が、膨れる。

 異常に膨れる。

 ありえないほど膨れる、膨張する、膨れ上がる……。


 女神の腹部はわずか数秒で巨大化していった。ありえないほど膨れ上がり、通常の妊婦の二十倍はあろうかと思えるほど肥大化する。

 女神の顔は苦悶に満ち、手で顔を覆いながら上下左右に顔を振る。声があれば絶叫しているのは間違いないであろうか。しかし彼女は像ゆえ声など出ない。それでも泣き叫ぶ彼女の様子は、見る側からすれば顔を背けたくなる光景である。


「ん、ジン、う、後ろにに、いるかかか」

「あぁ、いる。大丈夫だ」


 裂け目が生まれる。女神の腹からだ。上から縦一線にピィー……と綺麗に入り、そのまま下に到達。ほぼ同時、女神の動きが停止する。目は虚ろ、顔を覆っていた手はぶらりと垂れ下がって、口はだらしなく開いている。

 切れ目の入ったその線から。

 にゅるり、と小さな手が出てくると。

 ばぁ、と赤子が出た。

 無数の赤子・未熟児が大量に、カエルの卵が孵化するかの如く、それはそれは大量の数となって女神の腹より誕生した。そのまま勢い任せて出てきた子らは、破裂した水のような音を立て地面に転がる。

 生きていない。生まれたもののまだ外に出るには早すぎたのだ。少しだけ動いてはいるものの、とても生命として動ける体ではない。


 さらに女神の腹より無数の黒い手が出て、外に出た子らを残さず回収する。黒の手が赤子を取り、ひょいひょいと女神の腹へ投げていく。

 ボールを持って遊ぶかのように、無造作に放り投げる。その光景は異様であった。異様で異常で、異質極まりないものだった。

 一体この魔法は何がしたいのか、見る者全てが嫌悪する魔法創造物であろう。赤子らを残さず全て回収すると……、再び女神は手で顔を覆う。


『赤ちゃん』


 声が、聞こえた。

 像であるためどこから出しているのか不明ながら、しかし確かに聞こえる。


『私の赤ちゃん』


 泣いている。


『どうして死んでしまったの……』


 さめざめと泣く女神。

 女神のようだった女。

 女の見た目をした◼。


『こんなにも待ち望んでいるのに……。ねぇどうして。どうして生まれてくれないの』


 ◼の形をした異形。

 異形を模した異怪。

 異怪すら躊躇う◼。


『足りないのね。そうよ、足りないの』


 足りない。

 なら手に入れればいい。


『必要なのは何』


 ◼が欲しがるは何か。

 何かとは◼である。

 ◼はどこにあるのか。

 ◼はここにあるのだ。


『あぁ、そうね。そうよね。◼にはやっぱり◼よね。うん、うん』


 ◼が必要だ。

 ◼が何より必要だ。

 ◼が絶対に必要なのだ。

 女神は笑う。

 ならば◼を手に入れよう。たくさん◼を用意しよう。用意し拵え馳走しよう。たくさん◼を揃えるのだ。揃えて並べて◼をたくさん。◼が必要だ。◼がいる。◼を集めねば。◼がないならば準備すればいい。どこにでもいる。たくさんいる。だって◼だから。繁殖する。いくらでもいる。少しだけ集めればいい。少しだけ◼を。そうだ、大丈夫だ。何も悪くない。たくさんいるじゃないか。◼はいくらでもいるじゃないか。ならいいよ。そうだいい。大丈夫。悪くない。誰も悪くない。問題ない。解決する。◼を集めよう。たくさん集めよう。誰も悪くない。問題ない。◼を集めて準備しよう。たくさん集めて馳走しよう。◼がほしい。たくさんほしい。◼がいる。たくさんいる。◼がいない。どうしていない。何故いない。逃げたのだ。◼は逃げたのだ。駄目だそれは許さない。逃げたら◼を生み出せない。◼が必要だ。◼を集めよう。◼を逃がすな。追え。追うのだ。◼を集めよう。◼を集めよう。◼がほしい。どうしてもほしい。◼がほしい。どうしても◼がほしい。◼を集めよう。◼を食べよう。食べよう。◼を作ろう。作るのだ。どうしても作るのだ。◼がほしい。◼を集めよう。◼を集めよう。集めて食べよう。お腹に入れよう。◼が必要だ。どうしても必要だ。何故なら大事なものだから。◼を生み出すのに必要なものだから。だから食べよう。食べて糧にしよう。◼を集めよう。集めて食そう。食して糧にしよう。そして生み出そう。◼を生み出そう。◼を食べて◼を生み出そう。必要なことだ。絶対に必要なことだ。◼を集めよう。まだ足りない。まだ全然足りない。◼を集めよう。◼を集めて食そう。たくさん食べよう。お腹に入れよう。お腹に入れて栄養にしよう。◼を集めて◼を食して◼を生み出せばきっと大丈夫。◼がいる。◼を集めよう。◼がいる。だから集めよう。◼を集めよう。まだ足りない。全く足りない。◼を集めよう。◼を集めよう。たくさんたくさんいる。たくさん◼がいる。やった集まった。◼が集まった。しかし逃げた。逃げたのだ。◼を産みたいだけなのに。逃げたのか。許さない。だから食そう。◼を集めよう。そして食そう。美味しい。素晴らしい。これはいい。◼を集めよう。◼を集めよう。よいよいよいよい。◼はよい。◼を集めよう。たくさん集めよう。◼を手に入れよう。たくさん手に入れた。やった美味しいこれはよい。◼を集めよう。もっとたくさん集めよう。◼を食そう。いい良いこれはいい。美味しいたくさんお腹に入れたい。そしたらいつかきっといつかいつかきっといつかいつかきっときっときっといつかきっときっときっときっときっと救われるためにいつかきっといつかいつかきっといつかいつかきっときっときっといつかきっときっときっときっときっと



『私の赤子と会えるはず』



 ※ ※ ※


 

 女神の腹が縮小し、元に戻った。彼女は笑顔になる。とても美しい微笑みだった。


「「……」」


 ガイとソランドは視界に映る「それ」を見て、身動きせずに固まった。目をこれでもかと大きく開き、凝視し、本当に発動されたのかと現実を認識するのをためらうほどの衝撃に見舞われていた。

 “女神胎堕”が発動された。

 確かに、間違いなく、この世に具現化されてしまった。

 無言で見つめ、息を吸い……烈火の如き燃える感情を露わにして、ガイとソランドは吠える。


「「この外道がぁ!!!」」


 ガイ王が飛び、ソランドが即座に「“空想群獣・超絶怪獣・狂荒劇”」を発動する。

 地より生え出るは百を超えし巨獣の群れ。大害獣が爆誕したかの如く、その場にいた者は呆然と見るしかない獣の集まりが、まるで最初から地下に隠れていたかのように湧き出た。全て空想上の怪物であり、見た目も多種多様な化け物どもが大群となって現出する魔法である。


 彼らを動かすためには膨大なルカを必要とするも、それをガイ王がルカ操作で補填する。

 ガイとソランドのお織りなす、対集団殲滅用の魔法だ。それをシルドとジン、女神に向けて発動した。

 女神の口がそっと開いて。

 彼女の目、耳、鼻、口、裂け目の入った腹、股から……黒く赤く混色した夥しいほどの触手が展開される。その速度、強靭さ、数、全てが規格外であり常識外れであった。


 発動すればいかなる敵の集団であろうとも決定的な成果を出す“空想群獣・超絶怪獣・狂荒劇”を、触手らはご馳走と言わんばかりに凄まじい勢いで突貫する。

 そして掴んだ獣を一瞬で女神の腹に入れた。どこに入っているのか疑いたくなるほどだが、底のない穴に遠慮なく入れていく。無尽蔵に収まる腹であった。


「ガイ! 絶対に捕まるなよ!」

「当たり前だ!」


 無数の手に捕まれば、彼女の腹に入れられる。そうなれば二度と帰ってはこれない。

 数万人が滅失された、異常すぎるがゆえ歴史の闇に葬られた禁術である。

 最終的な解決手段は一つのみ。

 贄を捧げるしかない。

 贄が滅失するまで待つしかない。

 つまり、町と人を差し出す以外ない。解決方法が他にないのである。この暴走した魔法と戦った記録は数点あるが、その全てが敗北となっている。町と人が消えている。勝てた記録が残されていないのだ。


 女神はしこたま腹に贄を入れてから満足そうに消えるその日まで、もしくは空腹で魔法自体が消えるまで、周囲の人間を隔離するしかない。

 発動することは同時に周囲の死を意味する。そんな魔法も存在し、今、ガイとソランドの前に実体化されたのだ。


 このままいけば、王都は消える。


「ソランド、死転を使え!」

「お前も巻き添えを食うぞ!」

「それ所じゃねぇだろうが!」

「……ッ!」


 百を超えた巨獣の群れは、残り十数体となっていて。圧巻たる速度の食事。女神は光悦とした表情をしながらよだれを垂らしている。

 このままいけばソランドの大切な人たちまで女神に食われることになる。そんなことが……あってたまるものかと、秀才なる創造魔法の使い手は決起した。


「“死転・屍・英傑兵団”」


 アズールはクローデリア大陸の全土を統一した。その統一の歴史は並大抵のことではなく、騙し討ちや裏切りは当たり前であった。

 当然、同じように、味方の犠牲も日常のようにあった。子供の頃から一緒にいた友、命の危機を救ってくれた盟友、何度も戦い、時には酒を交わしたこともある敵。


 全てが幸せな最後を迎えられるわけではない、無情な死をくらう者もいた。しかし、それでも、成さねばならぬことがあった。彼らのためにも、全土を統一し、アズールとしての大国を樹立するのだ。だから、死んでいった彼らを悲しむ暇などなかった。

 ゆえに、散っていった英傑らをソランドの特級・創造魔法として生み出したのだ。魔法ゆえ、直接彼らをここへ召喚できるわけではない。死者を転生などできようはずもない。


 ならば、ソランドの目に焼き付いた彼らの勇姿を、少しでも相手に魅せつけてやろう。そんな想いが、この魔法には込められている。

 また、相手側に変化があった。“女神胎堕”を発動した発光体は、苦しそうにうずくまっていて。


「ジぃ……ン……!」

「いるぞ、大丈夫だ」

「も……ぅ」

「あと少しだ」


 錯乱だろうか、禁術の代償だとソランドは悟る。畳み掛けるは今しかない。前線で奮闘しているガイを視界に入れながら、ソランドの心に今も生きている英傑らへ……、全力で敵を掃討しろと命を出した──と同時、発光体も叫んだ。


「我慢できない!」


 光の速さかと見間違うほどの一瞬で、“死転・屍・英傑兵団”全てを触手が掴み。

 数秒で女神の腹へ収めた。同時、ガイ・フォン・レイリック・アズールとソランド・コルケットの服を……いつの間にか触手が掴んでいて。


 二人を腹へ──


「「──ッ!?」」


 収めることはなかった。シルドとジンの眼前で彼らは転がる。ガイ王は直ぐに起き上がるも、まだ生きていることは不思議でならなかった。

 横にいるソランドの心臓の鼓動が激しく鳴る。鳴り響く体が生きていると伝えてくれた。ガイを見ると、同じように彼もこちらを見ていた。唖然とする二人。


 一度でも“女神胎堕”を発動させてしまえば、もはや取り返しはつかない。発動した魔法師ですらどうにもならない。

 女神を壊すしか解決方法はないと思えたのに、何故かとうの女神は完全に機能を停止していて。


「ぜぇっ! っぁ……!」

「重畳だぜ、シルド」


 銀髪が前に出て、軽く女神を叩くと、あっけなく彼女は瓦解する。何が起きているのかと理解不能な二人を、ジンは涼しげに見つめながら、蒼髪の青年に視線を移す。シルドは左手にある、“ビブリオテカ”を閉じていた。


 古代魔法“ビブリオテカ”は魔法を発動させている際、左手に本となっている“ビブリオテカ”を持っていなければならない。

 これは絶対であり、例外はない。発動中に閉じてしまえば魔法を維持することが叶わなくなる。しかも“ビブリオテカ”は発動した魔法を一度しか使えないため、戦闘中、不用意に閉じることはまずない。


 シルドはこれを「逆手」に取り、“女神胎堕”を強制的に解除した。シルドとジンは当然ながら、このことを知っている。

 しかし、何も知らないガイ王とソランドから見れば、ありえない光景であった。彼らはこう思わずにはいられない。


 こいつは、“女神胎堕”を自在に操れる……!

 もしあのままいけば、自分らは殺されていた……!


「話がしたい」


 シルドが息を整えながら言葉を紡ぐ。その様子を満足そうに見て、ジンは心臓に手を置いた。

 どうにも自分も“女神胎堕”と同じようだ。

 ジンを現在この空間に存在させていることが可能な“ルアナ”。これを解除する際、魂を拘束する危険性ゆえ、術者の魔力切れか、ジンの同意がなければ解除できない。

 ただし、“ビブリオテカ”の本を閉じれば強制的に解除される仕様が“ルアナ”にどう影響するかは……判断できなかった。

 結果は“女神胎堕”と同じ。ご都合主義のような展開は、残念ながらならないようだ。

 

「ならば一旦、俺も消えてやるのが筋かねぇ?」


 ここでジンが二度と現れることができないと相手に知られたら状況は大きく変わる。それを避けるため、シルドにしかわからないよう消えると伝える。感覚が無くなっていく。ここまでのようだ。

 ジンはシルドに最後の言葉をかけようと口を開くも、出てこない。何か気の利いた言葉を言おうとするも、やはり出てこない。だから苦笑しながら目を瞑り、友へ思ったことをそのまま言った。


「待ってるぞ」


 ガイ王とソランドは戦慄する。彼らからすれば「いつでも呼べ、待ってるぞ」と聞こえた。

 しかしシルドは違う。「皆でお前の帰りを待ってるぞ」と聞こえた。だから黙って頷く。想いは充分伝わっていた。そしてジンの魂を入れていた人形は、静かに機能を停止した。


 シルドとジンの作戦は一つだけだった。人体実験間違いなしの拘束を受けるわけにはいかない。また、倒しても駄目だ。相手が素直に敗北を受け入れることなどないだろう。この状況では、勝っても負けても不正解なのだと考えた。


 求められるのは、圧倒的な実力を持ちながら、それを制御できる相手であるとガイ王とソランドに思わせればいい。

 そう思わざるを得ない実力と現実を見せつけてやればいい。倒すのではない、負けるのでもない、不気味で不安定な橋を架けてやるのだ。


「交渉を要求する」

 

 淡々と落ち着いてシルドは告げる。

 沈黙する初代ら。


「私はいつでも“女神胎堕”を発動できる。しかしそれを消したのは、貴方らと交渉したいからに他ならない。銀髪の男を消したのも同様である。敵意はない」

「「……」」

「しかし、いきなり攻撃されたとあっては、こちらも迎撃しなければ危険と判断した。ゆえに不本意ながら魔法をいくつか発動した。重ねて言うが、私に貴方らと戦うつもりはない。ただ、いつでも魔法を発動できること、再度伝えておく」


 第三試練は、ガイとソランドの前に現れた「謎の存在そのもの」になれとしていた。初代アズール王らと邂逅し、現在に存在するアズール図書館を建造するまで導けと。


 どうしろってんだと心底シルドは思ったが、受け入れるしかない状況下の現実逃避は無意味である。腹をくくり、今やるべきことを考えた。

 シルドの演じることになった「謎の存在そのもの」は、初代二人らと接敵したはず。どういう勝負をしたのかまでは皆目見当つかないけれど、少なくともシルドは「ガイ王とソランドに負けた」とは考えなかった。

 もし敗北を喫していたのなら、人体実験よろしく幽閉・捕獲されていただろう。断じてここが「図書館」になるとは思えなかった。


 ならば、きっと打ち勝ったか、それに準じたものになったはず。ガイ王とソランドはその後も生きている記録が当然ながらあるので、「謎の存在そのもの」から殺されてはいないはずだ。

 何らかの過程を得て、交渉の場へ至ったと結論付けた。となると、こちらも同じような状況にしなければ。つまり──



 切迫と欺瞞を作り出せ。



「私は、貴方らが『ルカ』と呼ぶものの集合体だ」



 言うまでもなく、シルドは演劇をしたことはない。演者など無縁の間柄だ。「謎の存在そのもの」になるなどぶっつけ本番もいいところである。しかし、やらねばならないのだ。彼は思考する。


 ……考えろ。僕は莫大なルカの塊……。元々からそこにいたのか奇跡の連続で偶発的に生まれたのか不明だ。

 ただ、どちらにせよ、本来なら人と交わることのない存在であったはずだ。

 それになりきれ。

 どういう思考をしたのか考えろ。ルカの集合体・塊。初めての人との接触であったはず……。何を考えたのだろうか。今まではルカの波として漂っていたはず。そんなルカそのものは、ガイ王とソランドをどう見たのだろう。考えろ、考えろ……!


「私は、初めて人と称されし存在と出会った。貴方らだ」

「「……」」


 きっと僕が演じるこの存在は、ガイ王とソランドと出会うその時まで、ずっとこの場にいたはず。

 誰も入れない禁忌だったのなら、現れた二人に強く興味を持ったはず。慎重に言葉を選べ。相手もこちらの出方を伺っている。


 ……思えば、どうして二人はあそこまで攻撃的だったのか。問答無用で僕の右腹に手刀ぶちこむなんて正気の沙汰じゃない。狂人だからで片付く話ではあるけれど、他に理由があったとしたらどうだ。

 やはりジンの言っていた通り『昔、何かあったんだろうよ。その経験を活かし、最初から敵と見ている』と考えるのが自然か。なら──


「貴方らの過去に、似たようなことがあったのかもしれない」


 シルドがそう言った時、変化があった。二人の反応は、無表情ながら目を開き、口を結び、シルドを凝視したのである。

 ──是だ。何かあったのだと直感する。だからあそこまで執拗な攻撃から始まった。攻撃する必要のない相手だと伝えることに成功すれば、光が射すはずだとシルドは確信する。


「私はずっとここに居た。来たのは貴方らが初だ。危害を加えるつもりは毛頭ない。重ねて言うが、先の攻防は身の安全を守るためであり、敵意はない」

「何が望みだ」


 初めて相手からの反応があった。シルドの鼓動は一段と強くなった。

 つばを飲み込み、落ち着けと何度も自分に言い聞かせながら……冷静な口調で言葉を紡ぐ。


「私は、人と魔法を知りたい」

「それ以外にあるか」

「ない。私は、貴方らのことを知りたい」

「「……」」


 再び沈黙する二人。張り裂けそうな心臓に大丈夫だと言い聞かせ、初代らの返答をシルドは待つ。

 これが今できる最善手だと彼は思った。これ以外に考えられないのだ。複雑な要求は、この時点ではまだしていないはずだろう。図書館などまだ先の話だ。今はとにかく、二人との安定した関係を構築する以外ない。


「「…………」」


 しばし沈黙の後、ガイとソランドは互いを見る。

 そのまま目で何かの意思疎通をして、ヒョハ、とガイ王は笑った。つられてソランドも苦笑する。初代アズール王は朽ち果てた“女神胎堕”を再度見て、ニヤけながら口を開く。


「まぁ、このままいけば二人とも死ぬな」

「互いに歩み寄りも一興か」

「だがよ、ぶっちゃけ懸けだぜ」

「それを乗り越えての王であろうさ、友よ」


 楽しそうに笑い出す二人を見て、気づかれぬよう、シルドは心をなでおろす。

 たぶん、交渉は上手くいったようだ。二人とも魔法を解除した。戦意なしの現れである。もしかしたらブラフで、即座に殺される可能性もなくはないが、今やるべきことに一定の成果があったことを、シルドはたまらなく嬉しかった。


 その時である。


 ──ザ。

 ──ザザザ、と。

 眼の前の景色に雑音が生まれた。

 ガイ王とソランドはピタリと停止して。

 数秒後、周囲全てが雑音とともに変化していく。擬似空間の再構築を開始したのだ。

 辺りを見渡しながら、シルドは状況を整理する。しばし考えた後、ここでやるべきことは終わったのだと判断した。

 だから次の段階にいく。おそらく次の擬似空間でも、何かを決断しなければならない事態が起こる。


「やるしかない」


 次の目標はアズール図書館の建造だ。魔境とされる危険な場所であっても、ガイ王の“ルカ・イェン”でどうにかなるであろう。

 ならば、上手く交渉して図書館建造の方へもっていくしかない。シルドにとって、どうもっていくか難しいところである。ただ、先の戦いもジンの協力を得ながら何とか前進できたのだ。不安がっている場合ではない。やるしかない、と彼は力強く頷いた。



 新たな空間が作られていく。

 先と同じ場所だ。

 あれから、一年ほど経過したようだ。

 シルドの目の前で、一つの結果がもたらされる。




 ※ ※ ※




 軍事施設が建造されていた。


 やり直しは、当然できない。



「……」


 青年の心が揺れる。

 絶望──などはしなかった。

 彼の瞳は熱く燃えていて。


 もう、絶望に暮れたりはしないと決めたから。

 皆が、待っている。


「上等だ」


 シルドの心は、折れていない。

 諦めない。





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