征服少女
「“嘶きの風掌”」
上から声が聞こえた。地上に伏された私の真上から、魔法名が告げられた。
“嘶きの風掌”。私が作った魔法だ。魔力を風圧に還元して、おまけで拳の形にこしらえて相手を叩き潰す魔法。もう一度言う、私が作った魔法。断じて、この世に出回っている魔法書にはない。
「死ぬ……かと思った。いや、死ぬ一歩手前だった」
ゼェゼェと荒い息をしながら蒼髪の青年は何とか立っていた。私も、まだ驚きを隠せずに何とか立つ。背中から鋭い痛みが走るが、別に死ぬほど痛いわけじゃない。むしろ、目の前に立っている血だらけの彼と比べれば大したことはないだろう。
私が今喰らわされた魔法……間違いない。何度も頭をそのことがよぎるけど、悩んだって意味がない。この考えを正しくするには、確かめる他ない。後方へ飛んですぐさま告げる。
「“紅── 」
「──蛇砲”」
私と彼、双方の周囲より炎蛇が出現し、そのまま炎砲をぶつけた。火炎の勢いは二人の間でぶつかって爆発し、生じた猛風が突き抜ける。……間違いない。信じたくはないけど、これではっきりした。
「反則じゃないかな、『魔法書を読む以外にも魔法を習得できる方法』を持っているってのはさ」
「いやいや、歴代二位相手に真正面からぶつかっても即殺が目に見えてたんでね」
「……ってことは」
「うん。ボコボコにしてくれて、どうもありがとう」
──やはりか。
最初から私の魔法を見て習得するのが目的だった。どうりで都合よく魔法の習得条件を教えてくれたはずだ。私がそれを聞いて油断して、気分良く魔法を連発させる魂胆だったのだ。
まさか自分の魔法を見られただけで“ビブリオテカ”に登録されるとは思わなかったよ。結構な数の魔法を発動しちゃったと思う。策士だなぁ、それにまんまと乗った私も情けないけどさ。
「で、二つの目の魔法習得条件ついての説明もしてくれるの?」
「それまでしちゃったら僕に勝ち目が一切なくなることになるかな。といっても、おおよそ見当はついてるだろうけど」
そりゃあね。
さっきの魔法書を読めば会得できるのとは違い、今やったのは魔法書を読む必要なく会得できるものだ。ただ、彼の行動や言動、身振り手振りも踏まえれば、いくつかの制約もしくは条件が必要ということは明白だね。
問題はそれがはっきりとはまだわからないということだけど……。この戦闘で全部把握するのは困難。けれど、間違いなくわかっていることは二つ。
一つは、その魔法の「名」を発動する前に予め知っておかねばならないこと。
そして二つは、発動する魔法を実際に肉眼で確認しておく必要があること。
彼は発動する時、必ず魔法名を口に出していた。古代魔法の本から発動する際、制約の一つとみて間違いない。本ってのは記すものだからね。そしてもう一つが大事だけど、実際に目で見ておく必要があることだ。
彼は“嘶きの風掌”と“紅蛇砲”を発動させたけど、二つとも実際に私がつい先ほど見せた魔法。魔法名を知っていても、意味がないということ。何故なら魔法名だけじゃ、魔法書みたいにどういう魔法かこと細かく説明してくれないしね。
しっかりとそれを頭の中で「理解」できる欠片が不可欠なんだ。やはり、理解することが彼の魔法発動条件の鍵になっているのは間違いないだろう。
「面白くなってきたよ」
「そうかな、僕はしんどいだけさ」
「正直だね」
「そうでもしないと今の自分が保てない」
そう、既に彼の足は私の方から見ても震えている。やはり戦闘というものに慣れていないのだ。当たり前か。蒼髪くんは自分の頭をかきながら……おぉ、血がピューって出た。本人それを見てドン引きしてる。じゃなくて、頭をかきながら頷いた。参ったなぁと心底不安そうに。今にも倒れそうな雰囲気だけど、ガチッと両足を地に立たせ、本も左手にしっかりと──!?
……なるほど、それが二つ目の方法で魔法を会得し、発動した時の証拠みたいなものかな。先ほどからずっと左手に持っている本が、今は赤色に発光してパラパラとめくれていっている。赤色ってことは、やはり魔法書を読んで会得した緑色のとは違うってことだね。
「他にも魔法を会得する方法、ありそうかな。何せ古代魔法だし」
「いや、『この場においてはこれ以上はない』よ。本当だ」
「ふぅん」
……何故だろう。嘘のように聞こえるし、本当のようにも聞こえる。
まぁこの際、どちらでもいいか。
さて、私はまだ全然いけるけど、シルドは限界に近づいていると思う。だから、長期戦にもっていけば勝てる。でも、それはしたくないと強く思った。目の前で何とか立っている彼を見ていると、身体の芯から何故かそう思えしまった。もちろん口に出すなんてことはしない。
だから、私は笑った。ちょっとだけだけど、彼に私の心の内をみせるように笑った。
それを見た彼も、笑った。……通じたのか通じてないのかわからないけど、こういう時は不思議と繋がるものだ。だから──
「“氷天界”」
今の位置よりさらに後方へ飛んで、魔法名を言う。蒼髪くんの上空に、特大の氷塊が出現。ただの氷なんだけどね。しかし、重さや大きさはほんの数秒で作れるものじゃない。かなり大きいから、走って逃げれる時間もない。つまり、受け止める他ない。
短期戦だよ、シルド。もう終わりにしよう。この数分で……否、数十秒で終わりにしよう。その時間に、キミの全てをぶつけてきなよ。赤色ではなく緑色に発光をした本を左手に、すぐさまシルドは大声で叫んだ。
「“濾過の網”……!」
落ちてくる“氷天界”とシルドとの中間に、網目状の陣が出現。“氷天界”が陣に接触すると、氷は水へと変化した。へぇ、陣形魔法にもそういうのがあるんだ。氷を水に変えるだけの魔法なんて普通考えないけどさ。世界は広いね、そしてその魔法書を偶然か必然か読んでいた彼も面白いよ。
けど、私がその大自然の一部である「水」を利用しないわけがない。落ちてきた水が喰らいついてきたら怖くないかい?
「“水狼牙”」
水は狼へと変化して落下しながらシルドへと向かっていく。わふん、数は“氷天界”が魔法の網を通れば通るだけ増していくぜ。まだ氷の塊は半分しか濾過されていない。結構やばいんじゃないかな。
そのまま蒼髪くんは水狼の鋭い刃の餌食となった。首を噛まれ、足に腕、そして頭と雪崩式に襲われ喰われ、ほんの五秒程度で彼は狼たちの群れへ飲み込まれていった。
同時、私の背中より衝撃が走る。その勢いは止まらず私は上空へと飛ばされた。飛ばされている最中、なんとか後ろを振り返れば丸い球体となった土の砲丸があって。先ほど私がシルドを風の爆圧で叩き潰した後、続いて攻撃したあれだ。彼の声が聞こえる。
「“岩砲”」
「──クッ!」
風の刃で岩の砲丸を切断し着地する。見れば、奥の方で蒼髪の男の子が立っている。
後ろを振り返れば「先ほど襲われた蒼髪くん」もいたのだけれど、徐々に形をなくして無に帰っていった。よく見れば足がなかった。
……事前に自分の分身を作り出す魔法を発動していたのか。そんな魔法まで習得しているんだね、困ったな。その時だった。
「──ッ!」
寒気が……悪寒がした。体中を疾走した。全細胞が警告した。
今までで一番ヤバいのが来る!
視線を横にして、それを見れば、答えは既に提示されていて。
轟々と、灼熱をその身に宿した天をも焦がす赤き龍が……、私に向かって放たれていた。同時、私もその魔法名を即座に唱え
「「“朱龍”……!」」
二匹の龍が、正面より激突する。
衝撃は続き、互いに貪るように喰らいつき、激しく空で旋回してから──。
空に咲く花のように一輪の輝きを放ち、対消滅した。この魔法は私が実技試験の際に発動したやつだ。上空で咲いた花の下、私とシルドは視線を交差させていて。自分の汗が頬を伝うのがわかる。
「まさか“朱龍”まで見られていただなんて驚いたよ」
「たまたま遠くで見ててね」
「ちょっと前の自分の分身を作れる魔法もさ、そうそうあるものじゃないよ」
「うん、たまたま今日の朝、紳士的な足無しを目撃したんだ。リリィには来なかったのかい?」
「来る……? 何を言ってるかわからないけど私は朝から学校にいたからさ。合格してるのは明白だったし」
「ハハハッ……。リリィ、らしいね」
落ち着いている。もう彼には精神的に、身体的にも時間がないはずなのに。
それを見せないようにしているのは精神力の強い証拠だ。しかし疲労困憊な状況も見て取れる。視線は相変わらず私を見据えているけど、視界がぼやけていると思う。ところどころ私を見ているのか微妙な目の動きだ。
限界なんだね、シルド。そうでもして、私を止めたいんだね、シルド。
でも何で? 私なんか特に仲良しでもないし、会ったのは今日だけだよ。手伝うどころか、止めようとする義理なんてない。アハハ、私に惚れてるからとか? だったらそれはそれで面白いね。モテモテの征服少女ってのも悪くないぜ。……ま、たぶん別の何かだろうけど。今はいいや。
「終わりにしようか? シルド」
「うん、何だか悪いね。リリィ」
何で謝るんだよぉ。ちょっと恥ずかしいじゃないか。でもいいや、そういうのも嫌いじゃない。
お互い向き合って、黙って、笑って。もうやるべきことは一つと決まって。次の攻防で勝負が決まると確認して。少しだけこの闘いが終わってしまうのが何だかもったいない気がするけれど。そうだね、終わりにしよう。この劇も、幕を閉じることにしよう。
だって私は征服少女。
為すべきことは征服にあり。
「いくよ」
蒼髪で本を持った青年と、赤髪で征服少女もとい私との戦いが。
終わりを迎える。