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夢で見た彼女



   ★ ★ ★

   ☆ ☆ ☆

   ★ ★ ★




 第三試練突破のため、蒼髪の青年は最後の舞台に上がる。


 いつものように本湖へ飛び込み「アズール図書館の司書」と告げれば、目の前で金色の扉が開き、するりと中へ誘われた。

 しばし目を閉じてからゆっくり開けると、何度も見たアズール図書館の地下空間が現れる。至る所に本棚があり、本も隙間なく収容されている──

 はずであった。

 シルディッド・アシュランの眼前には、その光景がなかった。

 目に飛び込んできたは、回転大本棚であったのだ。


「……」


 一瞬、間違えた? と思う。ちゃんとアズール図書館の司書と言えなかったのか、と。しかし直ぐに思い直し辺りを見渡した。

 もし間違えていたのなら金色の扉など現れなかったはずである。しかし実際に出現し誘われた。となれば、問題なく移動でき、今の場所が「正解」である。ここが正しい場所なのだ。自分は「アズール図書館の内部」へと移動させられた。何故なら……


「よく来たね、青少年」


 彼女がいるのだから。ここで間違いない。

 いつものあの人がシルドの方へ歩いてくる。ステラ・マーカーソン。今日も半纏を着ており優しく微笑みながら手を振ってくれている。

 ……はて、と。

 そこまで見てシルドは違和感を覚える。いつもの彼女と何かが違う。最初はその違和感に首を傾げるも、相手の顔を見て察した。……目の下に隈がある。シルドの視線に気づき、やや苦笑しながらステラは頬を掻いて。


「なぁに、面白い本を昨晩見つけてしまってね。夢中になって読んでいたら徹夜してしまったのさ。青少年ならわかってくれるだろう?」

「はい、そうですね」


 ステラは嘘をついていると青年は思った。

 今日最後の試練を受けるシルドのことを考えて、きっと眠れなかったのだろう。また、そんな不甲斐なさを弟子に悟られぬよう、小さな嘘をついている。だからわざわざ嘘だと言う必要もない。そっと言葉を添えるだけでいい。

 

「僕なら大丈夫ですよ。信じてください」

「……うん。そうだね、下の下だ。失礼した」


 青年がにっこりと微笑んで頷くと、やや照れくさそうにステラは顔を逸した。シルドが改めて辺りを見渡し、やはりこの場所はついさっきまで自分がいた場所だ、と再確認する。

 間違いなく、アズール図書館の館内である。目の前には回転大本棚が元気に回転しており、朝見た時と同じであった。しかし、妙な点もある。いつも引っ切り直しに出入りしているはずの本が……、一冊もいないのだ。

 また、妙に静かでもあって。確かに閉館すれば本の役目もなくなるであろう。ただ、そんなに直ぐ彼らは機能を停止するであろうか。閉館してそこまで時間も経過していない。にもかかわらず、この静かさは少し変である。


「さて、ここで青少年に問題といこうか」

「問題ですか?」

「あぁ、何、戯れさ。解けなくても大丈夫だ。第三試練を前にした余興だと思っていいよ」


 にっこりと優しい笑みを浮かべるステラ。

 いつもの彼女に戻ったと蒼髪の青年は嬉しくなる。


「アズール図書館の司書を目指す人間には、おおよそ協力者がいる。青少年にとっては外で待っている五人のことだね」


 ジン、ミュウ、リリィ、モモ、リュネ。

 五人が外で待機しているのは筒抜けのようだ。


「実際、私にも当時、そんな仲間がいてね。さて問題だ。その仲間とは誰か当ててごらん」

「ピュアーラ・マルケットさんですね。『食の天井』を経営している」

「中の上」

「他の協力者は、ゴードさん」

「ほぉ。上の上だ」

「あと、これは勘なんですけど、強いて言うなら僕が王都へ来る時の空船の船員で、確かドナールさん」

「──ッ」


 シルドの言葉を受けて、ステラ・マーカーソンは閉口した。

 ピュアーラ・マルケット。食の天井を経営しているマスターである。シルドが初めて王都へ来た際、初日に学校入学試験を受けたはいいものの、宿を探せず行き倒れていたところを一晩世話してくれた女性である。その後もシルドは定期的に食の天井へ行き、彼女の食事を堪能している。


 ゴード。シルドが住まう浮島・ローゼ島にあるカフェ「ロギリア」を経営する六十過ぎの男性。ロギリアは学校生活においてシルドがジンやミュウ、モモらと会う定番の場所にもなっている。

 また、ロギリア周辺はシルドたちが第二試練のためクロネアに行く際、密偵四十人と戦った場所でもあった。


 この二人においては、ステラは当てるであろうと予想していた。ピュアーラは彼女と親友であり、シルドが王都へやって来た際に万が一のことを考えて事前に連絡しておいたのだ。また、ゴードもステラの協力者であり、彼の名字は意図的にシルドへ伏せていた。

 ゴード・マーカーソンと言ってしまえば直ぐに「ステラの祖父」とバレてしまうからだ。彼に対しても、シルドに何かあれば少し世話をやいてほしいと言っていた。


 そのため、この二人においてはステラが司書を目指していた際の協力者であったということは、シルドにバレても仕方がないと考えていた。

 だから、ドナールの名を言われたことに、心底驚く彼女がいて。しばし固まり、落ち着いた声で問いを投げる。


「何故、ドナールも私の協力者だと思った?」

「空船に本部屋はないそうですから。ジンたちに聞きました。だからもしかしたらそうかなぁって」

「ふむ」


 ドナール。シルドが王都へ初めて来る際に乗った空船の船員である。屈強な身体をしており、シルドの船旅をサポートした男だ。ただし、シルドは船内でひたすら本を読むだけであったため、彼との接点はほとんどなかった。

 ちなみに彼もまた名字を伏せている。ドナール・マーカーソンと言ってしまえば「ステラの父」とバレてしまうからだ。彼女は司書を目指す際、親友や家族に協力してもらっていた。やれやれと息を吐きながら両手を上げる茶髪の司書。


「まいったね。上の上、大正解だよ」

「よかったです」

「成長したね、青少年」

「たまたまですよ」


 謙遜するな、と言いながらもステラは内心嬉しくなった。

 ……緊張と緩和の両方を見事に調整している。良い状態だ。ここまでの道のりが、実に素晴らしく青少年に働いている。この状態なら、きっと大丈夫。上の上だ。

 心でそう思いながら、さらなる檄を飛ばそうと口を開くも、直ぐに閉じる。ステラにとって楽しい時間は……終りを迎えるようだ。


「やぁやぁ、楽しそうだね、お二人さん」


 声がかかる。小さく、誰にも聞こえない程度の溜め息をつくステラ。彼女は本当なら最後にシルドを抱きしめたかった。頑張っておいで、と。しかし、残念ながらそれは難しいようである。

 ステラが何も言わず膝をつき、頭を下げて。それだけでシルドは相手がどういう立場なのか察する。おおよそ予想はしていたものの、やはり彼女はアズール図書館において……極めて重要な役職にいるようだ。


「数日ぶりだね、シルディッド」

「えぇ、お久しぶりです」


 ふふん、と上機嫌に彼女は笑う。

 夢に見ていた姿とほぼ同じであった。最初に目につくのは、夜空を照らす星のようなベリーショートの金髪であろうか。目は大きく、吸い込まれそうな灰色の瞳をしていて。魅力的でありながら、不思議と冷たさも感じ取れた。小さな顔立ちをしているものの、どこか不健康そうな細身をしていて。綺麗ではあるものの、枯れ葉のような儚さも同居させている。

 その時。

 シルドは夢で見た彼女との違和感を感じた。しかし、相手の左目付近にはっきりとある二本の傷跡が、痛々しい痕跡が、夢で何度も見た彼女であると肯定せざるを得ない。


「私の合図以降、調子はどうかな?」

「すこぶるいいですよ」

「それは良かった。体調は万全にしておいた方がいいだろうからね」

「はい。ありがとうございます」


 美と傷、輝きと暗さ。対比的なそれを一緒にした女性。外見上は美しい女性で、星のような輝きを持っている。

 しかし、彼女の裏には暗い歪さが潜んでいるとシルドは思った。灰色の瞳の奥から感じとれる、氷のような冷たさは何だろうか。何度も見た左目の傷跡は、誰からつけられたのか。光と影を共存させている彼女の姿は、どこか底しれぬ闇を感じさせる。


「私が何者か、気になるだろう?」

「えっ……。そう、ですね。正直とても気になります」

「近々わかるよ。まぁそれは置いといて、だ。まずは自己紹介からいこう」


 そう言って金髪麗女は左手を差し出す。自然とシルドも左手を出して握手をした。

 ニッコリと微笑む彼女に、つられて笑顔で返す蒼髪の青年。

 対比共存をその身に宿す、一人の女性が、自身の名を口にする。


「ファリィ・クサリーだ」

「シルディッド・アシュランです」


 本来ならド緊張する所、どこか違和感のある相手を前に、シルドの頭を最初によぎったものは……失礼ながら。

 ファリィ・クサリーの名字。

 クサリ。



 ……鎖。



 ※ ※ ※



 同時刻。アズール図書館の外にて。

 夜空を見上げながらミュウ・コルケットが将来の夫の服をちょいちょい、と触る。


「ねぇ、ジン」

「あん? んだよ」

「ずっとここにいるの暇じゃない?」

「まぁな、だが帰るつもりはねぇぞ」

「それはそうだけど。せっかくならご飯食べながら待ってようよ」

「駄目だ。酒も駄目だ。何かあった時に動けないだろ」


 その言葉に、ミュウはもちろん、後ろで談笑していたモモ、リリィ、リュネの三人がジンを見る。

 何かあった時に動けない。

 それはまるで、これから何かが起こる、と捉えることもできる言葉。四人の視線を受けながら、面倒そうにジンは外を見て。


「ミュウ、アズール図書館の秘密事項は知っているか」

「うん、『王律厳守』でしょ。王様しか知ることができないやつ。でも王律厳守に該当するのは結構あるから、別段不思議じゃないよ」

「ありゃ表向きだ。本当は『歴代王印・絶対禁事』だ」

「……え?」


 ジンの投げやりの言葉を受けて、ミュウ・モモ・リュネの表情が固まる。

 予想外の言葉が飛び出したためである。

 リリィが炎を複数出しお手玉をする危険な遊びをやりながら、彼女にとって初耳の文言を尋ねた。


「ねぇモモ。歴代王なんちゃらって何?」

「歴代王印・絶対禁事。王律厳守の中で最も重要度が高い事項のこと。歴代の王様しか知ることを許されない門外不出、他言無用にして口外禁止の最高機密事項。知った者は例外なく極刑に処される」

「……え、怖。それって……?」

「うん。一般的な王律厳守と違うところは、王自身すら知ったことを外部に漏らさないよう契約をするの。破れば破滅がもたらされる」

「物理的にな。確か口ごと裂けて絶命する癒呪魔法を受けるはずだ。仕方ないな、ヒヒッ」


 アズール王になるには、様々な契約を必要とする。将来ジンも行うものだ。国民に知らせる必要のないことでも、王は知る意味がある。たとえそれが、どんなに血生臭いものであったとしても。危険なものでも。アズールの汚名でも。

 血と肉に塗れたものであっても。

 国の長になる者は知る。他者に話せば即死の秘密事項として。

 んー? と難しそうな表情をしながらリリィは将来アズール王の后を見た。


「半分ぐらい知っちゃってるシルドやばくない?」

「うん。私もまさか歴代王印・絶対禁事とは思わなかった。でも、私たちもある程度知ってるよね、ジン」

「その段階までは大丈夫なんだろ、知らんけど。問題はここからだろうな」

「ジン王子」

「何だよ」

「手は打ってあるのですか」


 モモが直球にジンへ問う。短く、けれど核心を突く問いである。

 モモ自身、シルドのことを案じているのは当然だ。そして目の前の王子もまた、モモの想い人のことを大事にしている。それは重々承知している。だから長々と質問を述べるのではなく、シンプルで率直な文言とした。問いを受けた次期アズール王は頭を掻きながら……図書館を見て。


「一応はな。しかし俺がどうこうできる問題でもない。やれることはやったが、あとはシルド次第だ。あいつがどこまで踏ん張れるかだな」

「……わかりました」

「待つってのは面白くねぇなぁ。退屈だわー」

「皆様、そうでもないようですよ」


 モモの付き人であるリュネ・ゴーゴンが最後に言葉を添えて、視線を橋の下へ向ける。

 つられて皆も下を見れば、おぉ、と感嘆の声が四人からあがった。

 アズール図書館の周りにある本湖が、薄っすらとであるが、光り始めていて。ははん、と意地悪く笑うジンは視線を再度図書館に移した。館内の方からも、同じように薄っすらと光を確認できる。


「いよいよってか、盛り上がってきたな」

「モモ。大丈夫?」

「うん、ありがとう、大丈夫。ミュウはジン王子の傍にいてあげて」

「いらんわボケ。ミュウ、俺はいいからその精神弱々女の傍にいてやれ」

「かっこつけちゃってー」

「うるさい」


 怪訝そうな顔をしながらジン・フォン・ティック・アズールは“ルカ・イェン──魔統”を発動させ、目を瞑る。ルカの流れを見て、中の様子を伺えないか試してみたのだ。


 ……ルカの反応を見るに、シルドは図書館内にいやがるな。ん? もう一人いるな。ありゃシルドが以前から言っていた司書か。近くにいるからまぁ話の途中って感じか。となると、第三試練とやらはまだ始まってねぇのかよ。ちんたらやってねぇでさっさとやればいいのに暇な奴らだ。


 ……しかし妙だな。





 館内には、二人しかいないぞ。




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