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魔法書大全



 魔法書大全。

 クローデリア大陸中から集めたありとあらゆる魔法書が、そのエリアにはある。

 三階と四階は魔法書大全のエリアとなっており、年齢問わず老若男女がそこへやって来る。僕も例に漏れず、ここにある魔法書を読み、理解した先に魔法を習得している。ただ、完璧に使いこなせているかというと、そうでもないだろう。


 どれだけ多くの魔法を手に入れても、僕の地頭が悪いとどうにもならないからだ。数百を超える魔法を現在“ビブリオテカ”に登録しているものの、いざ戦闘となった際、最適解とされる魔法を発動できるかといわれれば難しい。

 事前準備をできれば違うだろう。ただ、奇襲などされようものなら上手く対処できるだろうか。とにかくストックを貯めればいい、として読むだけにするのが一番駄目だ。魔法に失礼である。

 だから、今所持している魔法の中で充分に事足りる系統の自然や創造魔法の書は今回、読むのを遠慮した。何せ時間が足りない。夜を迎えれば、もう悠長に本を読んでいる時間はないのである。


 と、なれば癒やし系統の魔法を最優先に読むべきだ。クロネア王国でその頂点とされる“祝福の輪廻”を使ってしまった。他にも陣形魔法の五本指である“不可侵結界”と“不死人”も発動済みだ。出し惜しみはしない主義だけど、数多ある魔法の中で最上位のものを使用したのは、第三試練では痛手ともいえる。

 けれど、まぁ大丈夫だ。何せここはアズール。人の数だけ魔法があると称される国。きっとそれに類する魔法もあるだろう。癒呪魔法の癒やし系統と、陣形魔法を中心に出来るだけ魔法書を読むことに尽力しよう。


「……と、思ったのに」


 現在、僕はアズール図書館四階の奥にいる。三階と四階の違いは大まかに言うと年代別だ。主に三階の入り口付近から最新の魔法書が並び、四階の奥に向けてドンドンと古い魔法書が並んでいく。

 そのため、昔の魔法書を読みたい人は四階の奥に行けばいいのだけれど、昔ということは古いともいえ、経年劣化もあり「古書残響」と呼ばれるエリアに格納されることもある。その判断の基準は知らない。


 話を戻すと、僕は四階の奥にいる。

 三階に到着するや否や、本たちに誘拐された後、四階の最奥へ押し込まれ、現在その本らに囲まれている状況であるのだ。

 ……一体全体、何がしたいのだろうか。確かに今日読む予定だった本らは三階を中心に周る予定だった。最近の魔法書の方が文章も理解しやすいし、時間のない今はそちらを読んだほうが効率的だからだ。

 そのため、この状況はややまずいともいえる。今までこんなことはなかった。あ、でも、昨日おじちゃんが言っていたっけ。魔法書たちが荒ぶってるから近づかない方がいいよ、と。まさか誘拐されるとは思わなかったが。


「それで? 僕に用事があってここへ連れてきたんでしょ」


 コクリと頷く本たち。ざっと見た中でも今から六百年より前の本たちだ。さすがの本も六百年も経過すれば、本来なら経年劣化でとても読めるものではない。

 ただし、ここは魔法の国だ。アズール図書館はその劣化を修復することが可能である。本棚大回転による修理はもちろん、霙回廊の復元、さらに地下三階にある「紙憩湯」エリアにいけば風化や湿気により生じた独特の匂いや着色汚れも直すことを可能とする。至れり尽くせりである。ちなみに紙憩湯は大浴場で、本しか入れない。


「ごめんね、今日は三階を中心に読む予定なんだ。だから戻っていいかな」


 ブンブンと横に振り、拒否を示す魔法書たち。遠くから利用者の方から「大丈夫ー?」と声をかけてもらえたので問題ないと元気に返す。

 魔法書は一階や二階にいる本たちと違い、基本的に「人に対して」は大人しい本が多い。読ませてやる、という思いがあまりない。必要な人が勝手に向こうからやって来るので、どうぞ読むといいよという感じなのだ。中には主張の強い魔法書もいるけれど、大体の魔法書は落ち着きのある本だ。


 ただし、「本に対して」……正確には「七大魔法の派閥」においては結構喧嘩する。たとえば表三法と称される自然・陣形・創造魔法は、裏三法と称される癒呪・付属・継承魔法と相性が悪い。ちなみに古代を入れて七大魔法だ。

 具体的にいうと、ふわふわと自然魔法書が宙を浮いて移動していると、付属魔法が横から来て背表紙にぶつかる。「あ?」と自然魔法書が振り向くと、「んだコラ?」と付属魔法書が対峙する。

 ヤンキーの喧嘩である。当たり前だが魔法書に魔法を発動できる力はないので、本の角などで互いをぶつけあったり、中のページを豪快に開きどれだけ偉大な魔法書かをアピールして威嚇し合ったりする。意味がわからないけど、こういうことをちょくちょくやっている。


 ただし、人間に見られるのは恥ずかしいらしい。比較的上空で行っていることが多い。誰得なのだろうかと思い、以前ステラさんに毎度のごとく質問をしたことがある。「日常だから」と返された。このあたりから、質問しても適当に返されるんだなと学んでいった。さて、そんな小話はさておいて……。


「頼むよ。時間がないんだ、明日は必ずここに来るから、三階に行かせておくれ」


 ブンブンと横にふる魔法書たち。見れば、向こうから三階の魔法書らが入り込もうとしているけれど、四階の魔法書らに拒否されている。僕ってこんなに人気だったのか。

 ごめんね、と連呼しながら魔法書らに別れを言って包囲網を潜り抜けようとする……も、魔法書が本を軽く開き、僕の服を挟む。それも複数の本たちから。行かないで、と言っているように聞こえた。


「……」


 こんなことは今までなかった。

 一度もなかった。

 だから、改めて振り返る。


「読んでほしいの?」

 

 コクリと頷かれる。


「理由は教えられないってことでいい?」


 コクリと頷かれる。


「そっか。なら読むよ。欲しいのは癒呪魔法の癒し系統と、陣形魔法だよ」


 待っていたとばかりに四階に存在する魔法書の中で、癒呪魔法書と陣形魔法書が動き出した。それ以外の魔法書は身を引き、本棚に戻っていく。三階から来ていた本らはそれを見て、持ち場へ戻っていった。

 ……きっと何かあるのだろう。

 魔法書たちが僕に何かを言おうとしている。けれど伝えたい内容まではわからない。だからなんとか読むこと自体を優先させて、少しでも僕の力になれるよう動いてくれている……と思う。


 それにメリットもある。

 最近の魔法書の中で、最上位の特級魔法は当然ある。ただし、特級魔法ゆえ内容も複雑なためか、一つの魔法に対し何十冊と書かれているのだ。残念ながら今日それを読んでいる暇はない。

 しかし、古い魔法書だと上級以上でも一冊にまとめられていることがままある。僕は理解すれば習得可能なので、そう考えればこちらを優先させた方がいい。こちらの考えを先読みしてくれたのか、そういう類の本が数点近くにやって来た。


「ありがとう」


 限られた時間の中で、必要な魔法だと判断した魔法書を読む。読む。読む……。攻撃・防御・索敵・補助系もやはり欲しいな。自己判断で決めるのは少し怖いが、自分の人生がかかっているのだ。弱気になるなよ。前を向こう。

 そして……。

 集中するだけの時間が始まる……。

 その時間は、もうあっという間だったと思う。無我夢中で読むというのは本当に時間泥棒だ。昼を過ぎ、夕方も軽々と通り越していく。館内の窓から見える景色は、気づけば夕暮れ時であった。

 

 読むだけに特化したのは久しぶりだ。でも、とても楽しかった……。ふふっ、こんなに夢中に読みまくったのは本当に久しぶりなのだ。ただひたすらに読書にふけることは、やっぱり楽しい。楽しすぎて、たまらない……!

 あぁ、僕は本当に本の虫だな。この時間が、ずっと続けばいいのにと思ってしまうよ。



 ※ ※ ※



 時間ギリギリまで魔法書を読み、よいしょっと立ち上がる。軽く立ち眩みがするも、後ろにいた本らに支えてもらった。

 気づけば、朝の拉致された際に集まっていたときの数倍はあろうかという魔法書らに囲まれていた。……全然気づかなかった。

 固まった体を軽く動かす。ポキポキとした骨の小気味よい音が鳴って。その間も、魔法書らは僕をじっと見つめていた。


「うん、読みたかったのは読めたよ。時間ギリギリまで付き合ってくれて、本当にありがとう」


 コクリと頷く魔法書たち。

 本来ならこれで去っていく。

 けれど、不思議と彼らはそこに留まっていた。


「……? どうかした?」


 じっと僕を見る。

 な、なんだか恥ずかしいな。本当に中に人がいるんじゃないか。


「え、と。それじゃ行くね」


 一階にある入口へ向かうため、“画の彼方”がある絵画を探す。一冊の魔法書があっちだと教えてくれて、絵画の方へ歩き出す。すると、本棚にいた本たちが一斉に出てきて、僕を追うようについてきた。……え、と。なんだこれ。

 そのまま絵画の前に到着する。少し考えて、後ろを振り向く。数百の魔法書が僕を見ていて、あまりの多さに圧倒される。思わず一歩引いてしまうほどだ。

 彼らは何も言わない。本だから当たり前だけど、それでも口があるのなら何を言おうとしているのか、ちょっと聞いてみたくもなった。だから問いを投げかける。実際のところ、何となくわかっていたりもする。


「今日、僕が第三試練を受けること、知ってる?」


 コクリと頷かれた。眼前にいた魔法書たちは、皆同じように頷いた。

 ……そうだよね、知らないわけないよね。

 言葉は話せない。けれど、伝わるものだってある。今がそうだ。

 

「行ってきます。またね」


 そう言って絵画に入った。

 本たちは静かに、けれど一冊も動かず、見送ってくれた。



 ※ ※ ※

 


 外は暗くなっていて。夜と呼んでも問題ない時間帯である。

 図書館から外に出ると、見知った人らがそこにいた。ジン、ミュウ、リリィ、モモ、リュネさんの五人。まさかの登場に思わず面食らう。全員が笑いながら僕に手を降ってくれて、思わず笑顔になる自分がいた。


「まさかだよ。さすがに驚いた」

「そらこっちが言いたいわ。とっくに閉館時間過ぎてるのに出てこないからよ、第三試練始まってんじゃねぇかと思ったぐらいだ」

「……え?」


 今さらながら、ジンに言われて気づく。そうだ、アズール図書館は夕方を過ぎると閉館する。この門限は厳しくて、閉館時間に近づくと本たちが館内の人らを強制的に連れ出すのだ。

 ちなみに「こどものえほん」は閉館時間より一時間早く閉まる。グズる子供を親が連れ出す時間を確保するためだ。それ以外は例外なく外に出る必要がある。しかし今日に限って、そんなことはなかった。本たちが待ってくれていたのか。


「もはや語ることはねぇだろ」

「あぁ」


 ニヤけながら話すアズールの次期王に言葉を返す。初代と二代目のことを考えると、次の王様が彼で大丈夫なのかと思ったりもするが、まぁ仕方ない。

 ……それに、ジンの言う通りだ。

 もう、語ることはない。僕の状況を知っている五人の前で、気前の良いセリフなど出てくることはない。

 そう思っていたら、モモが目の前にやって来て、僕の手を両手でぎゅっと握ってくれた。彼女もまた何も言わず、目を瞑り、優しく強く手を添えてくれて。ゆっくりと目を開ければ、綺麗な瞳を向けてくれる。


「行ってらっしゃい」


 それだけで、充分すぎるほどの元気をもらう。

 言葉はこれ以上いらない。

 語ることもない。

 本たちもそうだった。彼らは話すことができない。

 それでも、通じるものがある。

 繋がるものが、きっとある。だから……


「うん、行ってきます」


 願いと想いを言葉に乗せて、橋を降りた。

 直ぐに湖に浮かぶ本に囲まれる。小声で「アズール図書館の司書」といえば、正方形となった金色の門が現れて、中に吸い込まれていく。緊張はある。恐怖もある。不安もある。

 でも勇気がある。希望がある。想いがある。だから大丈夫。やれることの準備はやった。あとはそう──


「夢を叶えるだけだ」


 さぁ、いこう。

 いざ、第三試練へ──



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