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月夜の告白



 満天の星空、二つの月。

 星々に照らされるは草の海。

 僕らは今、ここにいる。二人だけでここにいる。


「今日の夜空は本当に綺麗だ。最高だね」

「えぇ。本当に綺麗」

 

 僕の言葉をモモも返してくれてはいるけれど、どこか遠くを眺めている。

 緊張……しているのだろうか。もしそうなら、ちょっと嬉しい自分がいる。何せ先から僕の鼓動は爆発しそうなほど激しいのだから。

 おまけに頭はこれからやるべきこと、言うべきことを落ち着きなく反芻しまくっている。

 にもかかわらず、言葉につまる。緊張で上手く言えない自分がいて、鼓動の激しさは増すばかりであった。


 張り裂けそうな体に、乾く舌。落ち着きを取り戻すべく深呼吸。それでも効果のほどはなく、ただひたすら躍動する心臓の鼓動が、耳に聞こえるぐらいひっきりなしに叩いてくる。少し沈黙の後、モモが鯨を指さしながら少し上擦った声で聞いてきた。


「あ、あそこにいる鯨とは、もう話はすんだの?」

「うん。今朝してきたよ。また会おうって」

「そう……」


 着いた場所は、辺り一面に草原が広がっているも、暗闇のためほとんど見えない。

 見上げれば大きな鯨は少し先に見え、今日も優雅に浮いている。真上には二つの満月があって、15分もすればその双月が一つに重なるだろう。風がサッと頬を撫でる。とても気持ちよく、火照った体を優しく冷ます。落ち着きなさい、と言ってくれているようだった。


 ほんのり寒いけど、今日はそこまでじゃない。そよ風が草原を静かに泳ぎ、草と共に歌を奏でる。やや言葉に詰まりながらも、二人で談笑しながら近辺を歩く。

 周辺の草は大変優しい手触りだった。絹のような柔らかさを持っていて、ずっと撫でたくなるほどに。激しかった鼓動も、幾分か和らいでくれた。


「最初は笑っていなかったよね」

「最初?」

「モモと初めて会った時だよ」

「あぁ。……フフフ、そうね、あの時は笑顔なんて忘れていたの」


 一年試験。一年生に一回だけある試験。

 彼女はその身分と優秀さから、出席を免除されていた。だから初めて会ったのは試験当日。わざわざ僕のところへ来て、夢を追う無意味さを示すため、現れた。


『何でも、入学の儀。学校が始まった初日に男の子は自分の夢を語ったそうね。私は人には興味がないけれど、その人物の夢にはとても興味が沸いたわ。一体全体、どうしてそんなことを夢として掲げたのか……って。本当に不思議だったの。だってそれは──愚かとしか、言いようがないものだから』

『聞き捨てならないね。僕の何が、愚かだって?』

『全てよ』


 二人で思い出し、笑い合う。いやはや、本当、最初の会話がこれなのだ。どうかしている。一体全体、あの時の自分が今を見たら、果たして信じてくれるだろうか。まず信じないだろうな、お互い最初の印象は最悪といっていい。完全にバチバチな険悪ムードだったのだ。


「超怖かったなぁ」

「何よ、怖い中にも可愛さはあったわ」

「あったかなぁ」

「そこは肯定して。愚かね」


 プイッと横を向く。あの頃と変わったところはたくさんあるけど、変わってないところもある。

 試験の休憩時間中、彼女から喫茶店であるロギリアの拭き物を僕だけに見せられ、喫茶店に来い、という意味不明な合図を出されて二人で落ち合う。

 皮肉を交えながら話しかければ「絶賛毒舌モード」のモモから唇裂な言葉で反撃される。苦虫を嚙み潰したような心境だったけれど、ただ、その会話の中で……一つの矛盾点を見つけた。


『人に興味がないって言ってるのに、キミ、普通に僕と話してるよね。ここに来るよう合図したのもキミだったはずじゃ』

『…………』


 無言の睨みは、今でも覚えている。


『違うわ。たまたま私がここのお店の織物を机の横に出して、それをたまたま貴方が見て、そしてたまたま二人の行き先が一緒になっただけのことよ』

『ふぅん、随分と偶然が続いたんだ』

『えぇ。こういうこともあるのね』

『でも、だからと言って興味がない人と話す必要はないんじゃない?』

『そうね。ならもう話さないわ』


 あの時の拗ね方は、今と変わらない。変わってないところもちゃんとある。本質だろう。性分だろう。

 そうして彼女と短いながらも言葉を交わした後、喫茶店のマスターであるゴードさんやメイドのルルカさんのおかげで、僕はモモの真意に気づくことができた。


『モモ・シャルロッティア。キミは、昔、夢を信じていたはずなのに、それを諦めてしまった女性だ。僕と逆なんだ。だから来たんだろ? 夢を諦めた者として。夢を信じ追い駆ける僕のもとへ。夢とは諦めるものであるという軸を曲げないために。それを是であると実行するために』


 今思っても、よくあそこまでたどり着けたと思う。奇跡に近いだろう。モモとの激闘は二日ながら濃いものだった。

 その後はマリー先生のおかげで試験に勝ち、彼女は学校へ通うようになった。


「そう言えば、一年試験からモモは学校へ来るようになったね」

「えぇ。貴方に助けられたから」

「……助けたっけ?」

「フフ、秘密にしておきましょう。こればっかりは秘密なの」


 ふぅむ。気になるが聞くのは野暮いうもの。

 それに……、そろそろ本題に入ってもいい頃合いだ。

 さぁ。

 もう、いいだろう。

 頑張れ、頑張れ。

 頑張れ。

 勇気を前へ。


「モモ」


 鼓動は少し弱くなった。

 でも乾いた舌は健在だ。上手く言葉に出てくれない。

 しかも緊張のためか声も小さくなっている。

 落ち着けよ、大丈夫だ。

 頑張れ。

 今日のために、頭の中で何度も練習してきただろ。

 頑張れよ。


「フフッ」


 そんな時、前にいたモモが後ろを振り返っては、クスリと笑い出す。


「モモ、かぁ。シャルロッティアさん、じゃないんだよね」

「え? あ、うん。……え?」

「フフフ。大変だったんだよね」


 大変? 何が?

 モモと言ったのがまずかったのだろうか。

 意中の人は「モモかぁ」と同じ言葉を2、3回言いながらどこか楽しそうにしている。フフッと、笑いながら左右に体を揺らしている……。怒っているわけではなく、本当に嬉しそうだった。


「どうしたの? シルドくん」

「えぇっと。……どうして笑ってるの?」

「教えない」

「えぇ!?」


 驚く僕に、微笑むキミ。

 いきなりハプニング発生するも、乾いていた舌は、不思議といつもの状態に戻っていた。

 ……。

 うん、大丈夫。

 心の中で深呼吸だ。

 頑張れ、頑張れ……!

 いけ……!


「明日でクロネアも終わりだね」

「えぇ。何だかあっという間のような、途方もなく長かったような、そんな感じ」

「うん、僕としては長かったかな。不安との戦いだったよ」

「でも?」

「楽しかった。あぁ、本当に楽しかった……。皆と来れてさ、心から良かったと思うよ」

「そっか」

「何より……モモと来れたことが、一番嬉しかったよ」


 鼓動が、一気に跳ね上がる。

 あぁ、もういいよ。

 そのまま爆発してろ。

 ここままいくからさ、爆発後も気合で鼓動しろ。お前の宿主はそんな弱くない。

 そう決意して口を開く──前に、モモの方が先に言葉を発した。


「私は、一緒に来ていいのか不安だったわ」

「そう? いつも落ち着いていたように見えたけど」

「見えるよう全力で頑張ってただけよ。邪魔にならないよう、でも何とか力になれるよう」

「うん、ずっと見守っててくれたよね」

「……」 

 

 風が、そっと流れる。横から泳いできた風は、彼女の髪を優しく揺らす。

 僕の髪も同じだろう、心地良いせせらぎに身を任せる。

 視線が重なって、静かな世界が作られていく。黙っているけど辛くない、沈黙が世界の粒子となって広がっていく。世界に二人だけしかいないような景色があって、僕と彼女がここにいる。


「ここの草原は、夏の季節になると『光幻』を発するそうなんだ」

「光幻?」

「あぁ、草そのものが光を発するもの。その際、周囲のルカも反応して、辺り一帯に光り輝くたくさんの粒子が舞う。とても綺麗で、幻想的なんだって」

「そう。でも今は冬ね。見れなくて残念」

「うん。ただ、今日ぐらいは草原たちにも騙されてもらおうかなって」

「……騙す?」

「……騙す」


 言葉を発したと同時だった。

 僕たちがいるのは夜の草原。

 光なき草の海。

 そんな中、奥の方から……ポゥ……と光が生まれて。


「え?」


 とても小さな、優しい輝き。

 僅かな煌めきは最初は一つ。

 でも段々と、ゆっくりと。

 小さな光の波が僕らに向かって広がっていく。

 ポポポ……ゥ、と広がっていく……。

 それはたくさんの粒子であろう。

 光り輝く、美しき星の煌めきであろう。


「大丈夫。害はないよ」


 モモを不安にさせないよう、そっと言った。

 輝きの波は僕たちを優雅に越えて、地平線の先にまで広がっていく。

 闇夜に浮かぶ草の海であったのが、今や光る粒子を泳がす壮大な草原となった。

 辺り一帯が「星雫の絨毯」のように……言葉に出来ない美しい海へと変貌する。


「鯨は『幻覚』の『神然魔術』を使えるんだ」

「神然魔術って限られた魔物のみが使える、自然界へ干渉できる力のこと?」

「そう。本来は蜃気楼を操る神然魔術だったそうだけど、千年の末に『対象を幻覚へ陥れる』魔術へと昇華したそうだよ。ここまで出来るのはクロネアでも鯨だけだろうね」


 僕が鯨の中にいた際、時折皆の姿を見失うことがあった。僕だけが一人残されて、鯨が人の姿となって現れたものだ。あの時は色んな意味で警戒したものである。

 タネを明かせば、あれは鯨が僕以外の皆に神然魔術を使い幻惑させ、僕を見つけられぬようにしていたのだ。鯨は相手を幻惑の泉に落とすことができる。となれば、この光る輝きの正体はもちろん……モモが頷きながら答えを述べる。


「草たちに夏だと幻覚させているのね」

「うん。『光幻』は夏限定だから。一回ぐらいなら問題ないそうだよ」

「……こんなに綺麗なんだ」


 桃髪の女の子はそっと光を手に取る。呼応して粒子はふわっと浮いて、儚く消えていく。

 無数の輝きがあちこちで咲き誇り、風に揺られて舞っている……。

 本当に綺麗で、声にならないほどだった。まるで精霊が祝宴をあげているようだ。もし本当にそうならば、これほど心強い応援もない。だからいくんだ。そのためにここへ来たんだ。



「“白映し”」



 “ビブリオテカ”を発動させて、魔法名を告げる。

 モモはこちらを向いて、何の魔法を言ったの、と口を開こうとする。

 でも、尋ねる必要はもうない。

 チラリと、視界に何かが通り過ぎて。

 上からそれが、落ちていった。

 ──雪。

 空を見上げた僕らの目には、雲一つない星空から、白く冷たい雪が舞い降りた。

 でも、この雪は普通のとは違う。落ちる速度が凄くゆっくりで、チラホラ光っているからだ。


「雪が光を反射しているの?」

「うん。魔法で作った雪で、近くにある光を白色に反射する作用がある。雪国で生まれた魔法だね」

「そうなんだ」

「……一言で言うとさ」

「うん」

「これをモモに見せたかったんだ」

 

 僕らの眼前に広がる世界は──、もう、どうしようもないほど美しかった。

 こんな光景があるなんて、夢にも思えないほどに。

 空から舞い落ちる氷の結晶。

 しんしんと降る雪は、のんびりとしながら白の光を放っている。

 草原から舞い上がる星の結晶。

 ゆらゆらと昇る煌めきは、日光を凝縮させたように輝いている。

 上も下も、右も左も、どこを見ても僕たちの世界は光で満ちていた……。

 本当に夜なのかと、そう思えるほどの眩しさがここにはあって。輝きと雪と幻想世界の演奏は、見るものを優しく虜にしていく。


「綺麗ね」

「綺麗だ」


 二人で、小さく言葉を繋げながら……、自然の演奏会を鑑賞する。

 先まで緊張の極限状態だったのに、峠を越えたのか落ち着いている。ただ、残念ながら頭の中は真っ白だ。自分でも笑ってしまう。落ち着いたかと思えば次の段階である何を話すかを忘れてしまっているのだから。


「どうかしたの?」


 すると、横から声がかかって。

 見れば、笑顔でこちらを見ているキミがいた。

 雪と光の欠片たちが、彼女の笑顔に花を添える。

 

「……」


 うん。

 もう、考えるのはやめだ。

 思ったことを伝えよう。


「モモ」

「ん?」

「ありがとう。今日まで僕を助けてくれて」

「フフッ、お礼なんていいのに」

「いいや、モモがいてくれなかったら、僕はここにいなかった」

「……そうかな」

「そうだよ。モモが傍にいてくれたから、本当に頑張ってこれたんだ」


 キミが横で微笑んでくれたから、ずっと頑張れた。

 辛い時に励ましてくれ、悲しい時に寄り添ってくれ、嬉しい時に笑ってくれた。

 こうして一緒にいることが奇跡のようで。

 だから、これからも一緒にいたい。

 友達ではなく────、それ以上の関係として。


「伝えたい、言葉があります」

「その前に、私も貴方に伝えたい言葉があります」

「え?」


 思わぬ言葉に素っ頓狂な声を出してしまう。

 見れば、モモは先ほどまで笑顔のはずだったのに、その表情が、どこかぎこちない。髪をしきりに触り、左手で服をギュッと握っている。口を開け、閉じる。三回ほど同じ動作を繰り返して、息を吸って静かに吐いた。そして、視線を真っすぐこちらへ向けて。


「私はね、シルドくんの思っているような女ではない」

「……」

「最初はさ、知ってるでしょ? 貴方の夢を打ち砕きにきたの。たかだか夢を幼少時に壊された引きこもりが、偉そうに傲慢ぶって現れたの。どんなに言葉を見繕うとも、この事実だけは変わらない」


 左手だったのが、今や右手も服を握っている。

 けれど目だけは僕を見ていた。

 決して視線を逸らすことなく、ありのままの自分を懸命に伝えようと。


「おかしいのよ。私はおかしい女なの。初対面から一方的に挑発して、貶して、でも助けられて、救われて。その後は図々しく貴方の横を歩いてきた。世界一厚顔無恥な女が……私」


 いつもの彼女とはまるで違い、必死に言葉を探しながら話している。

 常時冷静な表情は今はなく、高ぶる感情が口から次々と出ていく。

 一度決壊したダムの水を止めるすべはない。

 それと同じように、溜めていた想いが、モモの口からあふれ出しているようだった。


「このままじゃ駄目、なんとかしないとって思った。なんとか自分を変えなければならない。でないと……こんな『身勝手な女が貴方の傍にいることは、許されない』んじゃないかって。どうすればシルドくんにした酷いことを償えるのか……私は結果的に回答を見いだせなかった」


 視線は変わらない。

 ただ、目からひとすじの雫が頬を伝う。


「だから最初はシルド君にひたすら協力することに専念したの。幸い、アズール図書館の司書を目指すという私でも協力できることがあったので、積極的に行動したわ」

「うん」

「最初は償いだった。これに協力してシルド君がアズール図書館の司書に一歩でも近づければ、罪悪感も消えていくだろうって。実際、少しずつ消えていったと思う。でも同時に……『別の感情』が大きくなっていった。気づいていなかったのが、段々と意識するようになっていって。気づけば、もう、誤魔化しようがね……なくなっていったの」


 耳は真っ赤となり、身体は硬直するも、必死になって自分を奮い立たせているモモ。

 そんな、初めて見る彼女の姿はとても綺麗だった。かっこいい、可愛い、というより綺麗だった。僕が思うモモ・シャルロッティアだし、初めて見る彼女であっても、やはり本質は変わっていない。キミは誰よりも自分と向き合えている、強く凛々しい女性だ。僕よりも遥かに心が綺麗だ。

 だから惹かれたんだ。

 ずっと前から、初めて会った時から……。



「改めて、モモに伝えたい言葉があるよ」

「私も、シルドくんに伝えたい言葉があるの」



 いつの間にか僕らは向かい合っていた。

 目と目が自然と交差する。

 距離は2歩程度の間隔。

 白き雪がさんさんと降り。

 光の花弁は儚く舞う。

 白光交わる星空の下で。

 僕らは無言で見つめ合う。



「「────」」

 

 

 モモ。

 一年試験のこと、償わなければならないとしたら、もう充分にしてくれているよ。

 謝る必要なんて全くない。

 仮にモモが僕の立場だったら、償おうとする相手を許さない? 謝らせる?

 キミは首を横に振るだろう。

 僕だってそうさ。

 なら、償いの話はこれで終わりなんだ。


 一年試験の時に言ったよね。僕らは真反対の人間だって。

 夢を幼少の頃諦めて青年になって信じた僕と、夢を信じていたはずなのに諦めてしまったモモ。

 背中合わせで立っていた僕らだからこそ、きっと互いの境遇も痛いほどわかる。

 そんな僕らだからこそ、誰よりも理解し合える。

 ぶつかることもあるだろうし、喧嘩もするだろう。

 でも、手を繋いで一緒に歩いていきたいんだ。

 だって今、僕らは背中合わせじゃない。

 向かい合ってここにいる。

 これまでも、今も、これからも。

 一緒にいたい。



 だから言うんだ。




「「 貴方が、好きです 」」



 

 敵対したあの時のキミも。

 協力してくれる今のキミも。

 どちらも限りなく愛おしく。

 ずっと傍に、いてほしい。




「僕と」

「私と」

「「 付き合ってください 」」



 

 瞬間、雪が天を舞った。

 光の粒子が躍りだした。

 雪と光は周囲を華やかに舞い上がり。

 僕らの頭上で大輪の花を咲かせる。

 そんな中で、僕らは変わらず見つめ合った。


 またひとすじ、モモの頬を涙が伝う。

 それは先のものとは違い、悲しさからくるものではない。

 きっと別のもの。

 だから一歩前へ出た。

 彼女も一歩こちらへ来て。

 二人の距離がゼロになり。

 モモの涙を優しく拭いて。

 互いに返答を口にする。




「「 喜んで 」」




 どこの世界に、二人で好きだと言い、告白し、了承する恋人がいようか。

 どこの世界に、これほど不器用な二人がいようか。

 それでも……。

 こんな世界だからこそ、出会うことができた。

 

 もっと上手な告白の仕方があっただろう。

 将来、思い出しては悶絶するだろう。

 でも、精一杯、二人で想いを形にできた。

 今の僕の最大限を言葉にした。

 伝えました。


 今もモモと視線を交差させていて。

 彼女の頬に手を添えれば。

 キミは静かに瞼を閉じる。

 

 頭上にあろう二つの月は近づいていく。

 徐々に距離を詰めていき、最初はぎこちなく、けれど少しずつ合わさって。

 二つの月は一つになる。

 

 僕の人生は前途多難にして波乱万丈だけれども、決して辛いものではない。

 助けてくれる人がいる。

 愛してくれる人がいる。

 だから頑張れる。

 頑張ってみせる。

 



 これが僕の────




「シルドくん」

「ん?」

「手……すっごく震えてる」

「ッ!? モ、モモの耳なんて真っ赤じゃないか!」

「き、緊張したの! 鼓動で全身が爆発しそうだった!」

「僕なんて1回爆発したよ!」

「生きてるじゃない!」




 たった一つの物語。

 キミと歩む、物語。








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― 新着の感想 ―
[良い点] 2人がお互いの気持ちを言葉にして やっとここまで来たかと思うと感動です! カッコよくおさまったと思ったのに最後はやっぱりシルドくんっぽい笑 「月が綺麗ですね」と告白するみたいな表現があっ…
[良い点] ジンがいないところ [気になる点] ルーゼンさんや他の極長の魔術が知りたい [一言] 素晴らしい回でした!感動したし最後のしまらなさがとてもシルドらしくて本当に楽しんで読ませていただきまし…
[良い点] 最高、ただそれだけです
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