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最後のクロネア観光




 目を疑うような光景がそこにはあった。

 目の前に、第四極長『妃人』フレイヤ・クラメンヌが立っていた。

 相も変わらず麗しき美貌だ。繊細な火花の髪は今日もパチリと燃えている。

 

「──」


 思わず言葉が出ない。

 何せ彼女とはあの摩訶不思議な問答を終えて以降、全く会っていなかったのだから。それゆえ突如として現れた第四極長を見て、思わず固まってしまう自分がいた。恥ずかしながら口も開けてたと思う。そんな僕を『妃人』は楽しそうに見つめていて、オレンジ色の髪先から、踊るように火花がパチリと生まれる。


「茫然としているけれど、大丈夫?」

「え? あ、うん、大丈夫ですよ」

「本当?」

「もちろん。最初は驚いたけど、いやぁ偶然ですね」

「魂は驚いたままね」

「……」


 そうだった。この女人、相手の心が見えるのだった。

 まるで数年間休載していた小説を久しぶりに読むみたいで、すっかり忘れていた。

 え、と彼女は何をしにここへ来たのだろう。


「貴方に愛の告白をしに来たの」


 ……。


 …………。


 うん?


「告白?」

「えぇ」

「誰が」

「私が」

「誰に」

「貴方に」

「何を」

「愛の告白を」

「……」

「……」

「──ッ!?」

「さて、冗談はこれぐらいにして。えぇ、本題に入りましょう」


 ……冗談。冗談? ……あ、うん、まぁ、ですよね。

 あぁびっくりした。

 本当に死ぬほど驚いた! 見ればフレイヤさんはもちろん、モモも涼しい表情で微笑んでいる。本題に入る前の軽い余興だったというのか。やめてくれ、こういうやりとりに僕は慣れていないんだ。あと二人とも少し仲良さそうだけどいつの間に?


 店前の通路を歩く人や魔物は『妃人』がいるためか、立ち止まってはこちらを見ている。それを配慮したのだろう、フレイヤ・クラメンヌは指を鳴らす。途端に通路側と店の間に黒い布がかけられて、外から店内が見えなくなった(どこから出てきたんだ黒い布)。

 続いて彼女が手を叩くと、温かい火玉がポンッと生まれ、周囲を優しく照らし始める。さらには、いつの間にか店内の客は一人もいない。僕とモモと、第四極長だけとなっていて。いつぞやの、彼女と初めて会った時と同じような舞台となった。


「本題と言っても、私から感謝の言葉を述べるだけなのよね」

「感謝、ですか?」

「えぇ、えぇ、素敵なことよ、シルディッド・アシュラン。三傑レイヴン・バザードを倒し、シェリナを助けてくれて……本当にありがとう。心から感謝いたします」

「いや、別に僕は」

「いいえ、ここであの出来事をなかったことにしたのなら、私は文字通り『愚者』になる。言うべき時に言うことこそが、言葉を発する意味を形作るの」

「……そうですか。なら、頂戴します」

「ウフフ」


 満足そうに笑っている。相変わらず特徴的な話し方だ。モモから聞いた話では三傑が憲皇でジンたちの前に現れた時、外にいたモモと『妃人』は数回程度の言葉を交わし、すぐさま直行したという。それほどの異変を二人は感じ取った。

 ルーゼンさん同様、彼女たちが僕が来るまでの時間を稼いでくれていなかったら、手遅れになっていただろう。そう思うと咄嗟の決断力に頭が下がる。こうして三人で話し合うことすら、叶わなかった可能性もあったのだから。


「私が伝えたいことは感謝だけ。それ以外には特にないの。だから何か質問をしていただけると嬉しい」

「シェリナ王女とはどのようなご関係で?」

「親友ね。昔からシェリナのことを知っているから、あの子の気持ちなら魂を見なくても手に取るようにわかる。初対面の時は凄かったのよ。普通なら魂が私に対し警戒する動きをするものだけど、全く動揺していなかった。でも二人きりになるとコロコロ動くから面白いの」


 親友というよりは、姉のような印象を受ける。モモとリュネさんのような関係に近いのか。


「今回の件で、シェリナは随分とアズールに寄ることができた。また、本人の心も大きく成長してくれた。これまでの魂は輝きが弱く、表情も暗いことが多かったけど今は違うの。輝きは強くなって、表情も明るく顔色だって良くなった。笑う回数も増えたし、今日も朝からミュウ・コルケットとずっと談笑していたそうね。一時間ほど前にジン王子を討伐しに行くとかで一緒に出かけたそうだけど」


 ……ジン! そうか、討伐されたか。

 どうやら、今日のうちにジンと会うことはなさそうだ。今回、彼は覗きの集大成を見せると豪語していたから、いろいろ準備をしていただろう。しかし、ミュウに加えシェリナ王女も来たのならもはや手の打ちようがない。悪は滅びた。


「それでは、私は帰りましょう」

「……もうですか?」

「えぇ、目的は果たしたから。感謝の言葉と、最後に貴方を見たかった。どちらも達成できた以上、お邪魔虫ならぬお邪魔鳥は退散するのが道理。あぁ、最後に言っておこうかしら。……シルディッド・アシュラン」

「何でしょうか」

「前も言ったけれど、貴方には魂が二つある。けれどそれが貴方の人生に影を落とすことはないでしょう。気持ちの問題。前世の記憶があるのなら、それをどのように捉えるかで意味が変わる。私がわざわざ言う必要もなく、既にわかっているでしょうけどね、えぇ。私に何か言うことはある? お願いでもいいわよ」

「……んー。じゃあ一つだけ」

「伺いましょう」

「もし、将来僕みたいな前世の記憶を持つ人や、ちょっと特殊な魂を持った方がいたのなら。……助けてあげて欲しいんです。助ける必要がなかった場合は問題ないですけど、もし必要がありそうなら。是非、お願いします」

「……」


 『妃人』は真っ直ぐ僕を見た。真剣な表情でじっと見つめ、僕の心髄を見通す。

 十秒後、目を瞑ってから優しく微笑んで。「自分のことではないのね」と小声で呟きながら、その美しくも輝かしい火の髪をサッとかきあげた。やはり、言葉では形容できない美しさを誇る、学園啓都屈指の美女である。


「承りましょう。そしてさようなら、シルディッド・アシュランとモモ・シャルロッティア。貴方たちと触れ合えた一ヶ月間、とても楽しかった。クロネアに来てくれて……本当にありがとう」

「こちらこそ」

「また会いましょう」

「えぇ、えぇ。素敵な日がまた訪れることを、心より願って」


 彼女が店を去り、僕たちも出ようとするとお代はいらないとのことだった。いつの間にか第四極長が支払ってくれていたようで。心が見えるだけでなく、心配りもできるとは。

 樹道を少し歩いて、ふと、先ほど現れた『妃人』とモモが話していたのは僅か数回だったと気付く。僕だけが話してよかったのかと聞いてみれば、「戦争が終わった後にだいぶ話した」と返ってきた。モモ・シャルロッティアという女性もまた、クロネア人との交流を深めていたようだ。


「連絡先も交換してるの。たまには文通するのもいいと思って」

「そっか。うん、良いことだと思う」

「それとも、シルドくんの前で口喧嘩でも始めればよかった?」

「勘弁してくれ。そういうのは苦手なんだ」

「知ってる」


 女性にモテるのは男として嬉しいだろうが、あんなのは御免だ。気が弱い僕では胃がもたない。そう思っていると、表情から読み取ったのか、モモは楽しそうに鼻歌を歌いだす。本当に、女性とは恐ろしい。いい勉強になった。……何も悪いことはしていないけれど、そう思った。

 談笑しながら適当に歩いていたら、桃髪の女の子は紙を一枚取り出す。フレイヤさんが帰る際にそっと渡してきたそうだ。オススメのお土産店の場所と名前が、ご丁寧にアズール語で記されていた。わざわざ異国の言葉で書いてくれた『妃人』に感謝しながら、二人で早速書かれた場所へ足を運ぶ。紙には二店舗書かれていて、まずは一店舗の方へ。「蜜菓子工房」という店である。


「良い匂いだ」

「本当。甘くて、美味しそう」


 46階、東出口から徒歩2分。東出口を出た瞬間からほんのりとした甘い香りが身体を包み込んでくる。ジャムに近い香りだけど、あそこまで甘々しくはなく、優しい香りだった。

 上や左右にも広がる多数の樹枝を見上げたり見渡したりしながら、少し曲がりのある樹道を進んでいくと、突き当たりに見えてくる小さなお店が目に入る。


 蜜菓子工房。店の二階付近に、クロネア語でたぶんそう書かれている看板を掲げているかのお店は、秘密のお菓子屋さんといった印象を受ける。中へ入ると店内にいたお客は三人ほどで、それぞれが笑顔のまま試食できる菓子を口に運んでどれにしようか選んでいた。


「いらっしゃいませ。……おや、もしかしてアズールの方ですか?」

「はい、そうです」

「フレイヤ様からご依頼があった方々ですね。準備は出来ていますよ。ご確認願いますか?」


 え、と顔を見合わせる僕ら。フレイヤさんが事前に手配してくれていたようだ。……すごいな、ここまでしてくれるとは。申し訳ない気持ちにすらなってしまうも、せっかくのご厚意だ。無下にしてはそれこそ失礼、ありがたく頂戴することにした。アズールに帰った後に、お礼に何か贈ろうとモモと話す。


 店員さんが持ってきてくれたのは、前世でいうとクッキーであった。小型の焼き菓子で、出てきた瞬間から甘く芳ばしい香りがスッと鼻に飛び込んでくる。そうそう、これだ。東出口を出た瞬間から香っていた良い匂いは、正しくこれである。試食用のもあるそうで、モモと一緒にいただく。


「「ッ!?」」


 二人で食べて、二人で驚き、二人で顔を見合わせ、二人で店員さんを見る。

 全く同じ動作の僕らを、おかしそうにクスクス笑いながら女性の菓子職人は口を開く。


「当店自慢の『レィラス』という菓子です。クロネア語で蜜を意味します。フレイヤ様もお気に入りで、樹形を訪れた際は必ずご購入していかれますよ」


 蜜。確かに、その通りだ。店名も蜜菓子工房だったか。素晴らしいとしか言いようのない菓子だ……!

 口に入れた瞬間に驚いたのは、レィラスの中に入っていた蜜にある。

 蜜……というより、果実そのものだ。

 まるで採れ立ての果実を食べたような瑞々しさ。ジュワッと広がる風味に、新たに生まれた果実の香りが鼻を通って外へ運ばれていく。前世で例えるなら味はイチゴに近いけど、そこまで甘さを主張しない。メロンにも近い気がする。ザクザクする食感から果実が混じって滑らかな舌触りになり、クッキー全体が果実になっていくような感覚になっていく。

 ……やはり、驚くべきは中に入っている何かだ。僕らの気持ちを察してか、店員さんは厨房から小さな丸い果物を持ってきてくれた。


「レィラと言われる果実です。熱に大変強く、けれど上下からの衝撃には弱い。これを生地で包み、焼き上げたのがレィラスです」

「レィラだけでも充分美味しそうですね」

「よろしければ、お一つどうぞ」


 笑顔で返してくれる店員さんに甘えて、一つ手に取り口へ運──。


「苦ッ!?」

「レィラ単体では苦みが強すぎます。一度熱を通すことで、苦みが消え甘味だけが残るのです」

「私もいいですか?」

「もちろんです、どうぞ」

「……ッ! んぅ……!」


 二人で顔を歪めながら苦みを堪能する。口直しにもう一個レィラスをいただくと、本当に同じ果実なのかと疑うほどであった。この店ではレィラ単体も売っているそうで、両方買うと味の違いをハッキリと認識でき、食べる側は楽しいひと時を味わえるに違いない。レィラスは密封すれば二週間はもつという。

 お土産として、これ以上のものはないと確信した。購入する際、明日アズールへ帰る空船へ移送できるとも言われたのでそちらをお願いした。


 蜜菓子工房を出て、樹形中心部へ戻り、雲に乗って上の階へ移動する。88階、北出口。着いた瞬間に印象的だったのは女性率の高さにあった。9割5分は女性であろうか、ここにいるのが後ろめたくなるほどの雰囲気である。男性がほとんどいない。マジかぁ……。


「えぇと、こっちね」

「何の店なの?」

「何だと思う?」


 質問を質問で返すのはよくないと思う。下着を扱っているお店だったら全力で逃げなければ。第四極長なりの悪戯かもしれない。88階北出口から広がる樹道は横幅がとても広く、歩いている最中にいくつか飲食店や雑貨店を見た。やはり女性が多いな、紹介されたお店は何なのだろう。

 そう思っていると道の途中にちょこん、とある小さなお店でモモが止まる。どうやらここらしい。モモが楽しそうに入っていくので、つられて後ろから付いていく。


「あ、なるほど」

「下着店かと思った?」

「心を読むの止めて」

「フフフ~」


 そこは簡素な店内であった。20秒もあれば中を一周できるほどである。

 店内のあちこちに箱があり、表にはクロネア語で何か書かれている。さすがに読めないので若干の不安はあるものの、店全体から匂う優しくも穏やかな気持ちになれる香りは、ここが何を売っているのか直ぐにわかった。実際、天井には風呂をデザインした絵も描かれていたし、僕でもわかった。


「入浴剤かぁ」

「いらっしゃい。……アズール人ってことは、フレイヤが言っていた二人かな?」

「そうです。彼女からこちらのお店を教えていただきまして、参りました」

「そうか。ここは『浴癒』という名前の店さ。兄さんが言った通り、入浴剤を扱ってるよ」


 出てきたのは四十代前半の女性店長である。接客業の猛者という印象で、スラスラと耳に入る話し方で嫌味がない。ただ、耳の後ろから緑色の毛が伸びていて、人叉魔術による人化した魔物だと思われる。

 店長は僕らを交互に見つめたら、まぁゆっくり見ておくれとウィンクしながら近くにあった椅子に座った。


 しばし、店内に置かれている入浴剤を手にとっては匂いを嗅ぎ、どれにしようかモモと話す。粉状のものもあれば、葉っぱを燻製にしたもの、果実の皮、干した何かなど、多種多様な品物が目に飛び込んでくる。

 困ったことに、どれにしようか今一決められない。皆、良い匂いや独特な匂いなどがあるけれど、決定打にかけるものはなかったのだ。横にいる女性もそれは一緒で、二人であれこれ悩む。そうしていると、ずっと座っていた店主が徐に立ち上がり、奥の棚から一つの箱と、ぬるま湯を持ってきた。


「まぁ、本当ならお客に選んでもらうのが一番なんだけどね。いらぬ問題も起きないし。だが、珍しくフレイヤが紹介してきたんだ。私からのおススメを紹介しようか」


 箱の中から一つの網袋を取り出す。網で丁寧に作られた袋の中には複数の色をした枯れ葉が入っていた。葉っぱをどうするのだろうとモモと目で会話していると、店主はゆっくり網袋をぬるま湯に入れた。

 瞬間。

 全身に衝撃が走る。

 ……え、とあまりの衝撃に言葉を失った。何か言おうとするも、言葉が出ない。起こっている現実にただただ呑まれ、この世に誕生した世界に浸かってしまう。


「言っとくけど、麻薬性植物じゃないよ。そんなもんウチの店じゃ取り扱ってない。正真正銘、無害の枯れ葉さ。ただ、初めて経験する者からしたら衝撃の波が全身を呑み込むだろうけどね。どうだい、気分は」

「「……」」

「心が落ち着くだろう?」


 そうだ。肩の荷が下りた、どころではない。気持ちが安らぐ、なんてものじゃない。

 心が癒される。

 その日の疲れが全て洗い流されて、嫌なことや雑念も全て取り除かれて……。優しさと安堵だけが残る、そんな感覚。リラックスの極致にいると思えた。


 枯れ葉から生まれる匂いが鼻を通り、頭から足の先まで隅々に行き渡っていく。息を吐くと、不純物も一緒に流れていく。心を癒す世界だけが、身体の芯から作られていき浸透していく……。そんな感覚だ。

 このまま眠ってしまえば、最高の睡眠を享受できるのは間違いない。こんなにも落ち着く匂いが、この世にあっただろうか。


「『ラヤ』と呼ばれる葉っぱの枯れ葉だ。枯れることで葉に含まれている成分の何もかもが抜け落ちていくのだけれど、湯に浸けると最高に気分を落ち着かせてくれる匂いを発する。その日の疲労や不安が一滴残らず無くなって、優しい気持ちだけが自分を満たしてくれる気分になっていく」

「そうですね」

「ただまぁ、アズール人には刺激が強いかもしれない。買うなら少量の方がいいだろう。万が一にでも病みつきになったら大変だ」


 今、ぬるま湯に入れたのは本来の二分の一程度だよ、と言われた。

 確かに、この量であれだけの衝撃を受けたのなら、本来の量はアズール人には刺激が強い。それこそ湯船に浸かりながら熟睡してしまう。危ないだろう。モモと相談し、五分の一程度のものに小分けしてもらい(せっかくだから手伝わせてもらった)、人数分のお土産を買う。この量なら病みつきになることはないだろう。リラックスでき、その日の疲れをきっと癒してくれる。


「お得意さん専用の入浴剤さ。また来ておくれ」

「「はい」」

「フレイヤはあぁいう外見と性分だから友達が少ない。あんたらが仲良くしてくれると、私も嬉しいよ」

「「もちろんです」」


 こんないいお店を紹介してくれたのだ。何か恩返しせねば気が済まない。クロネアでは手に入らないだろうアズールのものを送ろうと二人で相談しながら店を出た。

 それから樹形を観光しながらクロネア最後の観光を楽しんだ。いつの時代も観光というものは心が躍ると思う。特に初見の場所ならなおさらだ。

 目に入る全てがたまらなく新鮮で、愉快で、興奮してしまう。アズールもクロネアも同じ空の元であるはずなのに、まるで違う世界にいるかのような。異世界に迷い込んでしまったかのような気持ちになれる。


 雲に乗り昼食をとりながら、午前中に入った店の感想を話す。話はとまることなく、自分でも不思議なくらい会話が弾んだ。あれも言いたい、これも言いたい。僕はこう思った、モモはどう思った。尽きることのないやり取りを楽しみながら、心地よい疲労感が少しずつ蓄積されていく。


 時間はゆっくりと、けれど波のように流れていき空は段々と暁の色へ変わっていく。

 呼応して、多くの人が帰路へ着くため雲に乗って旅立っていく。

 それすら僕らにとっては大きなイベントだった。夕日に照らされながら皆がちりぢりとなって空へ旅立っていく姿は、なんだか美しいと思えた。彼らの表情は溢れんばかりの笑顔で、それすら樹形という大都市の一部だと思えた。徐々に見えなくなっていく暁の欠片たちは、幻想世界を彩る小さな花火のようで。


 そしてもちろん、僕らもその中にいる。

 二人で同じ雲に乗り、アズールの皆が待つ屋敷へと旅立つ。

 けれど残念ながら、途中からはモモの魔法で発動した絨毯へ。

 帰る場所は、やや違うところだから。

 僕にとっての大きな、それは大きな舞台へ進む。




 さぁ、いよいよ“本番”だ。




   * * *




「うらぁぁあああああああああああああああああ!」

「凄いよジン! “喰人鬼”と互角に渡り合ってる!」

「大したものだ」

「ジン喰べたいなぁ」

「もういいだろぉ! ……は、早くコレ消せぇ!」

「駄目だよジン喰べたい。自由になったらジン喰べたいシルドくんたちのところへジン喰べたい行っちゃうでしょ?」

「喰人欲求に支配されてんじゃねぇ! さっさとこれを──ァ! ……ぁ」

「尻にツメが刺さったか」

「ジンって美味しそうなお尻してるもんね」

「あぁぁああああぁぁあああっぁぁああ!」



 一息。



「ただいまー、うぅ疲れた。ミュウはもう帰ってきてたんだね。あれ、シェリナ王女もいたんだ」

「おかえりイヴ。早かったね、どうしたの?」

「こいつと戦っててさ……。もうしんどいから帰ってきちゃった」

「ごきげんよう、アズールの次期后様と我らが姫よ」

「ナクト!?」

「おや、どうしたのかな我らが姫よ」

「ふ、ふふ、服を着ているだと!? ど、どうしたというのだ!?」

「え、あたしが服を着れって言ったんですけど……駄目でしたか?」

「とんでもない! 感謝する! 前代未聞だ、学園啓都中に知れ渡るぞ!!」

「ふふん、我妻から言われたのであれば話は別だ。特別な存在だからね」

「妻じゃねーよ死ね」

「恥じるところも可愛らしい。……ところで、ジン王子よ。どうしたのかな? お尻からツメ生えてるよ?」

「うるせぇっ!」




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― 新着の感想 ―
[一言] 読み専だったのが恥ずかしくなったので初感想失礼します。 ずっと待ってました...!!!
[一言] ありがとうございます… 更新再開ありがとうございます…(しみじみ)
[良い点] おかえりなさいませ。 [気になる点] 着衣ですとっ? [一言] 昨今の情勢で、連絡なく消息が途絶える方が増える中 こうして、戻ってこられたことに感謝を。 旅の最後に素敵なお土産を用意して…
感想一覧
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