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終幕




 気を失っているレイヴンを前にして、シルドは最後の仕上げを行う。禁術、特級・癒呪魔法……


「“暴罰の戒め”」


 対囚人用に開発された非人道の魔法。この魔法を受けた者は、呪いを解除しない限り人へ危害を加えることができなくなる。いざ加えようものなら、自身の受けた最も屈辱で苦しかった記憶を「完全再現」されるからだ。

 レイヴンにとってみれば、最も苦しかった記憶など一つしかないだろう。為すすべなく、一瞬で千回斬られた敗北の記憶。それを完全再現されるのだから、彼が誰かに危害を加えようとした場合、再び「自身の身体を千回斬られる」ことになるのだ。もはや、今までと同じような人生を歩むことは叶わなくなった。

 少し前に現場へ到着していたシェリナとフレイヤは、未だ呆然とレイヴンの姿を見ていた。それもそのはず、あの三傑を一人の青年が無傷で倒したのだから……。


「“久遠の眠り”。シェリナ王女、彼の処遇が決まるまで、どれくらい眠らせた方が助かりますか」


 信じられない現実に、返答もやや遅れぎみになる。


「え? あ、あぁそうだな……、一ヵ月もあれば王都へ連絡し全ての手配が終わるだろう」

「わかりました。では、一ヵ月の睡眠を強制させます」


 “久遠の眠り”。上級・癒呪魔法で相手を半強制的に眠らせる。相手側が気絶や昏睡状態といった、意識が現実と乖離している際にしか発動できない難点はあるものの、疲労していれば疲労しているだけ長期の眠りを強制させることを可能とする。これにより、レイヴンは一ヵ月の眠りから目を覚ますことはなくなった。


 三傑クロネア代表、レイヴン・バザードとシルディッド・アシュランの戦いは、こうして決着した。

 ……ふぅ、と再度一息ついてから横を見ると、あちら側もまたこちらを向いていて。冥界より召喚した用心棒である。満足そうな表情をしながら、彼女は欠伸をした。少し眠いようだ。


「約束は果たした。俺としても心残りがあったからね、こうして果たせてよかったよ」

「本当に、ありがとうございました」

「大したことはしていないさ。本当ならもう少しこの世界を見て回りたいのだが。……そろそろ限界だろう?」

「……はい」


 二人で後ろを振り返り、門を見る。

 発動した際は漆黒の門であったのが、今では純白の門となっていた。白かった地面は黒く、黒と白を反転させた形となっていて。色が反転していた。逆転していた。ひっくり返されていた。返される。返る。帰る。

 来た道を戻る。

 冥界からこちらの世界へ繋いだ際の色が黒であるならば、こちらの世界から冥界へ繋ぐ色は白といえよう。……あちらへ帰るための準備は整っていた。地面より生え、門と接続していた70本の糸も、今ではほとんど切れてしまい……残り十数本となっていて。


「僕は同じ魔法を二度と使えない人間です。ですから、あの糸で門を繋いでおくしかありませんでした」

「うん、そのようだね」

「突如としてお呼びした後、こちらの都合で戦わせて、さらには直ぐに帰っていただくという形になってしまい……」

「いやいや、さっきも言ったが謝罪はいらない。大丈夫、わかっているよ。こうしてブロウザの世界を見れただけで何よりさ。うん、空気が綺麗だねぇ。俺の世界にも似たような景色はあるけれど、ここまで綺麗じゃないかな。……ふふっ、異世界を渡ったなんて、いい土産話ができそうだ」


 ブチブチッと糸は切れ、残り9本になる。


「さて、時間もないね。帰るとしよう」

「はい」

「ブロウザの友達に伝言を頼んでもいいかな」

「もちろんです」

「うん。なら、伝えておくれ。『ブロウザはキミのことを誰よりも信頼し、最高の友だと自慢していた。だから必ず帰るのだといつも言っていた。正直、羨ましかったよ』と。おや、少し長くなってしまったね。申し訳ない」

「必ず伝えます」

「うん、ありがとう。……では」


 僅かな時間を過ごし、友との約束を果たした彼女は、来た時とは真逆の色へ入っていく。そして門を通過する直前に、ひょこっと顔をもう一度出して、優しくシルドへ一言添えた。


「お見事。素晴らしい魔法だったよ。キミの人生に、光ある未来を願おう」


 何か言葉を返そうと……する前に、ウィンクして彼女は白の世界へ消えていった。用心棒が完全に消えてしまうと、残り数本だった糸は切れ、開かれていた門もゆっくりと閉まり、門全体に刻まれていた陣も消え、白門の下にあった黒き地面は吸い込まれるように門へ吸収されて……。

 召喚されし門は、半透明になりながら徐々に消えていく。シルドはその様子を静かに見守りながら、小さく会釈した。


 あっという間の出来事である。“戦慄の脳華”を発動し、全神経を集中させながら「三傑との戦い」と「“ビブリオテカ”第三の習得条件」を両立させた。

 本当はもっと彼女と話したかった。特にブロウザのことを詳しく知りたかった。自分はあくまでも推測と想像だけでブロウザのことを考えていたから、本当にそれが合っていたのか確かめたかった。……いや、合っていなくてもいい、ブロウザがどういう人物だったのか、知りたかったのだ。けれどそこまでの望みはどうにも実現できないようで。全て上手くいくとは限らない。

 苦笑しながら視線を変えて、三人の方へ歩を進める。ミュウとモモは笑顔で出迎え、ニヤニヤしながら王子も迎える。


「ちゃんと倒したよ、ジン」

「引くわー」

「……お前が倒せって言ったんじゃないか」

「禁術を散々使い、加えて異界の住人を召喚し、さらには最後のトドメをちゃっかり持っていくとは。引くわーマジ引くわー」

「し、仕方ないじゃないか。あぁでもしなけりゃ勝てなかったのはお前もわかってるだろ」

「引くわー」

「ジン。あんまりからかわないの。言うべき言葉があるでしょ?」

「ん、まぁな。ありがとよ。感謝してる」

「こっちこそ。いろいろ大変だったみたいで。……本当にありがとう」

「戦闘開始前の『ビブリオテカ・総覧』は脳内整理って感じか?」

「うん。千以上の魔法を習得してるから、申し訳ないけど忘れてしまっている魔法もあるんだよね。あれをすると綺麗に整理できて、僕の求める魔法を検索できるんだ。特に、禁術関係の魔法を整理したよ」

「そうか。……でだ、シルド!」

「わかってるよ」


 皆まで言うな、という顔をしてシルドは“果たし状なる選名”を呼び出す。ミュウ、モモ、シェリナ、フレイヤ全員が何をしているのだろうと見ている中で、呼び出した魔法に宣誓する。


「シルディッド・アシュランは辞退する。名を消してくれ」


 “果たし状なる選名”が認可。シルドの名を電子板より消した。

 代表者全員に伝わるシルド脱落の連絡。

 アズール側、残り一。クロネア側、残り一。

 双方の代表者は、残り一名ずつとなった。ミュウとモモは「もしかして……」という顔をする。嫌な予感がした。そんな二人の前で、意地悪くニヤケながらジンはよっこいしょと立ち上がった。


「悪いなぁシルド、せっかく来たってのによ」

「別にいいさ。僕がやるって言っても怒るだけだろ」

「当然だ、こういうのは大将同士と決まっている。おい、シェリナ・モントール・クローネリ。何座ってんだ」

「ん? 何を言っているのだ」

「決まってるだろ。この戦争の決着を付けるんだよ。構えろ」

「……。──ッ!?」


 呆然とジンの言葉を聞きながら少し固まって、驚きの表情へと変貌する。横にいたフレイヤも同じ表情をしていた。

 ミュウとモモは「やっぱり……」と呆れ顔をして、シルドは「まぁ、そうなるよね」とクロネア二人に同情する。


「何を言っているのだ貴様!」

「はぁ? 戦争やってんだぞ俺らは。勝敗を決することが、始めた俺らの責務だろうが」

「三傑の介入があったではないか!」

「だから?」

「……っ、『クロネアの敗北』ということだ! 公約を破った以上、こちらの負けだ!」

「いやいや、それは違うだろう。介入はあったが撃退したじゃねーか。そんで俺とお前がここにいるじゃねーか。何も問題はない」

「あるわ! 頭大丈夫か貴様!」

「自由には責任だ。俺らが始めちまった以上、その責任は取るべきものだ。どんな過程であろうとも、それに関して起こった問題は俺らが解決しなくてはならない。途中で邪魔が入ったから責任は取りませんーなんてのはさ、惰弱とは思わんか」

「しかし……!」

「そうだろう? ルーゼン」


 名を呼ばれ、シェリナの後ろから苦笑が漏れる。王女が急いで振り返ると、そこには黒服を身に纏った男が立っていた。無事だった。あの状態ではもう、長くないと悟ったというのに……。生きていた。

 “祝福の輪廻”により、間一髪で助かったのだろう。シルドの方へ軽く会釈して、視線を王女へ向ける。目に大粒の涙を溜めている女性は、今すぐにでもルーゼンへ走り寄りたい気持ちであった。


「シェリナ。この戦争が終わったら、いろいろ話そう。きっと長くなるだろうけど、二人で、ちゃんと話そう。私はもう逃げないから。随分と遅れてしまったけれど」

「……ルーゼン」

「キミの傍に、私を置いてくれないか」


 二人の関係についてアズール陣営は何も知らない。ただ、王女と一人の男性の恋模様はいろいろ大変なのだろうということは理解できる。大変で、多難で、苦しいものに違いないだろうけど……。

 一緒に歩んでいけるのなら、乗り越えられるかもしれない。しばしの沈黙後、涙を腕で拭い「気高き王女」となった彼女は剣を一本、髪より生み出す。そんなシェリナを黙って見ていたジンは。


「……ル」


 ルーゼンの一言だけで気持ち変わりすぎだろー、浮気性な女だー、引くわー、と物凄く言いたかったが何とか呑み込んだ。言ったらシェリナはもちろん、後ろにいるミュウと画麗姫からも攻撃を受けそうな気がしたからだ。

 事実、先読みしたミュウは木の棒を持って準備をしており、モモは投げられる石を探していて、シルドがそっと渡していた。ちなみに彼も石を持っていた。三人の準備は万端。──味方はいないようだ。


「もはや言うことはないな、シェリナ」

「あぁ。終わりにしよう、ジン」


 再び、互いに名前を呼び合って構える。あの時は邪魔が入ったけれど、今回は違う。

 一人は、魔法の国アズールの王子。

 一人は、魔術の国クロネアの王女。

 重いそれを背負いながら、ここまで生きてきて、そしてこれからも生きていくであろう王族の二人。両者の未来は国の未来となり、紡がれていく。今を生きる者らの、想いの籠った戦いが決着する。相手を見て、誇らしく笑い、時を刻んで…………、今度こそ激突した。



 そして、選抜集団代理戦争は決着した。



 “果たし状なる選名”が代表者全員に出現し、最後の脱落者を消していく。電子板は上がアズールの板で、下がクロネアの板になっており、そのうち一方の板は載せていた代表者全員の名が消えたため、ルカの粒子となって消失した。残ったのは一つの板。二十四の代表者のうち二十三の名前は消え、たった一人の王族が残る。

 森一帯で、歓声が上がった。

 喜びの声と、嘆きの声。安堵の声と、危惧の声。様々な声は森を矢のように駆けていき、広がっていく。長い一夜の戦いはこうして決着したのだった。激しく血に塗れた戦いであったものの、世界は今日も変わりなく動いていく。彼らもまた、等しく今日を迎えていく。


 最後に残った代表者の、此度の戦争における……。

 勝者の名は────。




   * * *




「兄貴っー」

「おぉ、イヴ。無事だったか」

「死ねぇ!」


 跳び蹴りを喰らった兄はそのまま地面へ倒れ込み、悶絶する。


「何しやがんだ!」

「兄貴の名前が消えた瞬間、殺されたと思ったじゃんか!」

「“不可侵結界”は消えてなかっただろ! 生きてるってわかるだろうが!」

「不安だったんだよ!」


 取っ組み合いをしながら喧嘩をしていると、イヴは自分たち以上に喧嘩をしている二人を見つける。その二人は地面に座り、顔を向かい合わせ、今にも殴り掛かりそうな顔をしながら口喧嘩をしていた。

 横ではミュウとモモ、フレイヤと第十一極長『影人』シャドゥ・ブレイ、そしてルーゼンたちが談笑している。今後についてどうするべきか笑いを挟みながら話し合っているようだ。口喧嘩と談笑、対極的な立ち位置である双方を見比べて、イヴの頭上に疑問符が浮かぶ。


「兄貴」

「ん?」

「今回の戦争って『アズールの負け』だよね」

「そうだよ」

「じゃあなんで、ジン王子とシェリナ王女は喧嘩してるの?」

「あぁ、落としどころを探しているんだよ」

「落としどころ?」

「うん。二人とも納得してないんだよね」


 乱れた服を整え、妹のだらしない恰好を呆れ顔で見ながら質問に答える。口喧嘩をしている二人の熱は、今も覚める気配はない。 


「だ・か・らぁ! 何度言わせりゃ気が済むんだ、クロネアの勝ちでいいだろうがよ!」

「駄目だ! こんな勝ちなど認めるものか! 認めれば私たちは三傑の介入がなければ勝てなかったと認めることになるだろうが!」

「それでいいじゃねーかよ、事実だ!」

「そんな事実認められるものかぁ! 既に介入があったのだ、私らの負け、貴様らの勝ちでいいだろうが!」

「過程はどうでもいいって言っただろうが! 大事なのは結果なんだよ、わかれよ虫女!」

「わからんわゴミ男!」

「クロネアの勝ちだ!!」

「アズールの勝ちだ!!」


 アズール王子はクロネアの勝ちだと言い、クロネア王女はアズールの勝ちだと言う。

 何ともおかしな状況になっていた。説明を求む、と顔で訴える妹といつの間にか後ろにいたアズールの面々を前にして、「それぞれ譲れない部分があるみたいなんだ」とシルドは解説を始める。

 最後の激突を迎え、勝者はシェリナとなった。

 当たり前と言えば当たり前である。ジンは三傑相手に死力の限りを尽くし、もはや魔力など残っていなかった。対してシェリナも残っていなかったが、(死力を尽くす直前、三傑に戦闘不能にされたため)ジンほどではなかった。立っているのもやっとだったジンを倒すことは、案外簡単なことだったのだ。

 

「ただ、クロネアの勝ちを公に認めてしまうと中身を突っ込まれることになるんだよね」


 クロネアの勝利とした場合、「どのような勝利だったのか」を問われることになる。

 十四人のクロネア代表で倒した……と声高らかに言えればいいけれど、実際は違う。三傑の介入がありルーゼンとジンを戦闘不能にしたという経緯を話さなければならない。さらに恐ろしいことは、乱入した三傑を倒してしまったという衝撃的な事実も言わねばならないことだ。


 ルール違反をした上に、自国の代表とされるクロネア最強が負けた。最後はシェリナの勝ちだとしても、こんな経緯の勝利など、クロネアとして絶対に認めるわけにはいかない。これを認めれば他国からの信用はがた落ちとなり、未来のクロネアに大きな損失を招くだろう。

 歴史を重んじるクロネアだからこそ、やはり、この勝ち方は断固として認められないのだ。クロネアにとって大きな汚点になるのは必至。……そもそも公約を破ったのはこちらなのだ、その時点でアズールの勝ちであり、三傑介入後のことは考慮すべきではない。そうシェリナは主張している。


「ジンの主張は……まぁいつものやつかな」


 対し、ジンはアズールの勝ちにしようなどとは一切考えていない。

 それでは戦争を起こした者としての納得のいく責任をとれていないではないか。今までジンは自分で考え、決め、行動し、結果を出してきた。個人至上主義者ゆえ、自分が一番であり、自由に生きることこそ彼の生き様である。

 そして自由には責任だ。自分勝手にする中で発生する責任もまた、自分で負うべきものだとしてきた。「自分の手」でキッチリ終わらせてきた。


 此度の戦争でもそうだ。戦争を起こした張本人は自分だ。ゆえにそれについて発生する問題や不祥事も請け負うべきは自分だ。仮に三傑の介入を受けようとも、責任者として自分が対処すべきものだ。

 今回はシルドが対処したけれど、結果として戦争を起こした責任、つまりは勝敗の有無を自分の手でハッキリさせることは絶対である。これを「介入者が現れたからアズールの勝ちにしよう」とするのは彼からしてみれば言語道断。自分が起こした戦争なのだ、どんな過程であろうとも「自分の手で決着を付けねば気が済まない」のである。


 公約で第三者の介入を禁止していたのも、単に邪魔物を入らせないようにするための予防線に過ぎない。飾りのようなもの。本当に介入してくるとは思っていなかった。

 だから、ジンは“果たし状なる選名”に公約を組み込んでいなかった。もし組み込んでいたのなら、ルーゼンが第三者である三傑に倒された瞬間、公約違反となり、クロネアの敗北は決まっていただろう。そんなクソ面白くもない勝利、誰が欲しがる? そうジンは考える。


 あの公約はあってないようなもの。実際、介入してきたのは学生ですらなかった。災害みたいなものだ。

 なにより、しっかりと最後、自分の手で決着をつけれた。

 物凄く満足だ。最高だ。自分で起こしたことは自分で締める、自由には責任、これに限る……! アズールの負けかもしれないけれど、それもまた責任というものだ。自国の不利益? 知らんがな。軟弱な公約ごときを最優先する方がありえないだろう。……相も変わらず、自己中の塊たる思考であった。


「貴様も少しは自国のことを考えろ!」

「お前も少しは自分のことを考えろや!」


 国のために戦った王女は、最後まで国のことを優先する王女であった。

 己のために戦った王子も、最後まで己のことを優先する王子であった。

 二人とも最初から最後まで気持ちは揺れることはなく、ここまで至る。やれやれとするシルドたちなれど、彼らは知る由もない。王女は国のことだけを考えていたが、此度の戦争により、国だけでなく「自分や周りにも意識が向くようになった事実」を。

 王子もまた、己のことだけを考えていたが、此度の戦争により、己だけでなく「他人のために動いたという事実」を。王族二人にとって大きな心境の変化を生じさせていたのである。ただし……。


「駄目だ。らちが明かねぇ。おい、この際もう一回やるのはどうだ」

「ふざけるなよ貴様。皆はボロボロではないか。……明後日ならどうだ?」


 現実は中々に厳しいようだ。落としどころを探していた王族は、何故か再戦の方向で話を進めだす。その空気を察したミュウやルーゼンたちが迅速に修正へ動きだした。

 そんな様子を見守りながら、面倒ごとはプロに任せようということでシルドたちは別の話題に移す。シルドの第二試練のことだ。


「まぁなんとか、一応謎解きは終わったよ」

「で? 兄貴、第二試練の合否の有無ってどうやったらわかるの?」

「うーん……。それが今一わからないんだよね」

「ブロウザの大冒険に何か変化はないの?」

「さっきも見たけど別段、変わったところはないよ」

「三傑も倒したのにさ、割に合わないのよねー」


 皆でそう言いながら三傑を見ると、集まって来た『怪人』以外のクロネアの面々が三傑を囲みながら話し合いをしている。此度の戦争に介入してきたばかりか、シェリナ王女に手を加え、あまつさえアズールの代表者を皆殺しにしようとしていた。

 どれだけ取り返しのつかないことをしようとしたのだ、と怒り心頭なのが表情から読み取れた。それを見ながら、シルドの姉であるユミリアーナは小声でシルドに尋ねる。


「クロネアの人らには何て言ってるの?」

「“不可侵結界”内にいたジンやシェリナ王女たち全員で倒したことにしてるよ。ただ、トドメは僕がやったことにしてある。王女たちも話を合わせてくれて助かったよ」

「極長たち全員には知らせないということね」

「うん。そうなると話がややこしくなるからさ。知っているのは王女と側近のシャドゥ・ブレイって人と、『妃人』、『裸人』、ルェンさんだけにするって聞いてる。本当は極長全員に話したいけど、極力情報を外部に漏れないようにするため小数にするってさ」

「そう、よかった」

「でさ、『裸人』ってどんな人なの? 裸とか随分と酷い名前だけど」

「我は素晴らしい名前だと思っているよ」

 

 声がして。

 シルドが振り返ると、そこには全裸…………。

 全裸?

 ……全裸。

 裸。

 産まれた姿。

 全裸。

 何度見ても。

 全裸。

 

「やぁ、お義兄さん」

「……」

「初めてお義兄さんなんて言ってしまったよ! 会えて嬉しい。何だろう、凄くドキドキするね」

「“氷束柱”」


 中級・自然魔法、“氷束柱”。魔法師の指定した場所に氷の柱をたばにして降らせる魔法。上空から突如として形成された氷柱を全裸に向かって五つ降下。直撃はさせないまでも、身動きを取れないよう正確に叩き込まれた。“氷束柱”の降り注いだ衝撃音を聞いて、皆が何事かと視線を向ける。


「大変だ皆ぁ、不審者だ! 全裸だ!」


 血相を変えて叫ぶシルドに対して、クロネアの面々は「あぁ、何だ全裸か」という顔をして元に戻る。彼らにとっては日常茶飯事の光景であるからだ。対してアシュラン家の兄妹は一大事である。


「兄貴、大丈夫、大丈夫だから! あれ極長なんだよ!」

「はぁ!? 何言ってんだお前! 全裸だぞ、全裸が極長になれるわけないだろうが!」


 シルドのド正論に、クロネアの面々は顔を下に向ける。

 ……すみません、と誰かが言った。


「そうなんだけど、あたしもそう思うけど、四剣の一人なんだって!」

「嘘つけ! あんなのを四剣にするわけないだろうが! 誰だってわかるだろう、全裸の時点で却下なんだよ!」


 クロネアの面々は明後日の方向へ顔を向ける。

 シェリナも向ける。

 ……ぐうの音もでない。


「まずはさ、ね? 話を聞いてよ!」

「……おい、イヴ」

「な、何?」

「──何でお前、そんな冷静なんだ」


 え、という顔をする妹。

 冷たい視線を向ける兄。

 固まる空間。震える鼓動。

 ──お前、戦争中に何やってたの? ナニをヤッてたの?


「そ、れは」

「まさかと思うが、ずっと一緒だったなんてことは……ないよな?」

「とと、当然だよ」

「だよなぁ。だよなぁ!」

「うん、うん!」

「ふぅ! 情熱的な攻撃だった。いや、情冷的というべきかな? やはり家族として、弟として認めてもらうには相応の試練が必要だということか!」

「…………弟だと?」


 “氷束柱”で動けないはずなのに、何事もなかったかのように全裸は“氷束柱”の前に立っていた。英鳳魔術“翠粘”。彼の身体は飴細工のような変幻自在さを可能にする。拘束系統の魔法は一切効かない。シルドマジ切れ五秒前といったところ、イヴは全力でそれを止めようと動く。


「違うんだって、落ち着いて話を聞いて! お願いだから!」

「……あぁ、わかった」

「本当!?」

「落ち着いて殺してやるからな。大丈夫だ、兄ちゃんに任せろ」

「違うつってんだろクソ兄貴! 今あの全裸の言ったことは妄言そのものなの! おい、さっさと自己紹介しろ、常識的に!」

「あぁ勿論だとも我妻よ」


 我妻だぁ? あぁん? と顔にありありと出ているシルドを何とか落ち着かせてイヴは目で全裸に「ちゃんと挨拶しなかったら殺す」と合図する。それを受けて、全裸になること以外は常識人である第二極長『裸人』ナクト・ヴェルートは考える。


 ……単純に挨拶しても、嘘を付けと一蹴されるだけであろうな。ちゃんとクロネアの代表者として出場し、我妻となるイヴキュール・アシュランに負かされたということを含んだ言い方もすれば良いか。ふむ、中々に難しい。一人の男として器を試されているということだ。

 そういえば、我妻は戦闘後に言っていた。「初めて“さようなら”を発動させることができた!」と。あの喜びようは見ているこちらも嬉しかった。きっとアズールではかなり高位の魔法に違いない。となれば、お義兄さんも“さようなら”のことは知っていよう。


「改めまして、初めまして」

「あぁ? んだテメェ」


 そうだな……。「イヴキュールさんの魔法“さようなら”を初めて喰らった者です」と言えば、「え? あの“さようなら”を?」と返ってきて、そこから彼女の武勇伝を話始めるのはどうだろう。

 むむ、しかし「喰らった」は言葉が悪いな。「もらった」にしようか。あぁ、いやしかし、魔法をもらったというのも語弊があろう。やはりあの魔法を喰らった者として堂々と言う方が好感がもてるというものではないか。うん、きっとそうだ。


 いかにあの時の彼女が美しく、凛々しく、素晴らしかったか。

 敗北した者が自身の恥を承知の上で語るのだ。男として、中々にできるものではない。だがそれを我から言うことで、きっとお義兄さんも見直してくれるに違いない。会話も弾む。

 何より、お義兄さんとして鼻が高いはずだ。皆の前で妹のかっこいい話を聞けるのだから。何故か我に対して嫌悪感を抱いているようだが、払拭されるに違いない!


「こほん」

「何なんだお前は」

「我の名は、ナクト・ヴェルート」


 ……よし。では、予定通りあの言葉から始めよう。

 大丈夫、失敗などしない。

 どういう言い方をしても彼女の武勇伝を語るところから始まるのだから。

 多少の言い間違いをしても問題はないだろう。では、言おうではないか。

 ここで決める。必ず!

 落ち着いて「イヴキュールさんの魔法“さようなら”を初めて喰らった者です」と言うのだ。

 大きく息を吸い込んで告げよう。

 おや、風で股間がまたまた気持ちいい。

 やはり全裸はいいものだ。──おっと言わねば。

 えぇっと、




「イヴキュールさんの“初めて”を喰らった者です」





   * * *




 こうして、一夜を通して繰り広げられた選抜集団代理戦争は幕を閉じた。

 長い長い、一夜にしては途方もないほど長かった戦いは静かに終幕する。

 戦争とは得るものよりも失うものが多いというのが鉄板なれど、どうだろう。彼らの中では得たものの方が多かった者もいるようだ。二十四名にも渡る熾烈な戦いは、損得含め意味のある戦いでもあったという。されど残った傷もあり、それはこれからの未来で修復されていくものだろうか。


 彼らには未来がある。未来をどのようにして作っていくのか、それは誰にもわからない。

 わからないからこそ、作り上げる喜びにもなるだろう。

 動いた人間によって世界が動くのだから。

 世界は今日も動きゆく。

 そして。

 いつものように、皆を照らす──。



「喰らっただぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

「違う! 違うよ兄貴、全然違う!!」 

「おtepぁじjtpjょいfaeえなrhぽたわeあfぱはrgたrfea!」

「お願い! 頼むから、落ち着いて兄貴!」

「feh僕fhhだっopてfeまだhoi;デコjgpキス;」

「え、な、何? ……どうして泣いてるの?」

「仲が良くて羨ましい。我も混ざてもらえないかな」

「「てめぇは黙ってろ!!!」」


 

 朝日が昇る。






次話より、シルドの一人称視点に戻ります。

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