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貴方のために



 魔力界場。

 イメージして欲しいのは前世の野球球場。ドーム型の建物が魔法科にはいくつかある。規模は大中小様々で、現在僕と彼女がいるのは小のところだ。所謂、決闘や試合として用いられる場所である。そしてこの球場は貴族科にも一つあるのだ。

 一応貴族科の人間も魔法の練習を行うだろうという名目で建てられたそう。言うまでもなく、誰も使っていない。ただ、誰も使わないということは、深夜にここへ来る人間など、まずありえないともいえる。


「改めて自己紹介すると、私の名はリリィ・サランティス」

「良い名前だね。シルディッド・アシュランだ。親しい人からはシルドと呼ばれてる」

「じゃあ私もそっちで呼ぶね。シルドの左手にある魔法の本さ、やっぱり不思議な感じがするんだよね。上手く言えないけど……独立した魔法のような気がする」


 この球場の凄いところは、中で放たれる魔力を外部に漏らされない設計になっているところにある。決闘の際、互いの魔力がぶつかり合うから外にいる人たちには何事だ、と思われる。この球場はそれを防ぐための構造として魔法科の連中に重宝されている。

 魔力っていうのは人の指紋と同じで各自固有のもの。大き過ぎる異常な魔力は時に、漏れるだけで人に害をなす場合がある。詳しくは魔力を研究している人に聞けばいい。

 

「っていうか、シルド。どうして鍵をかけるのさ。別に私、逃げも隠れもしないよ」


 ────(ルカ)ってさ、本当に凄いものなんだ。この世界では存在することが常識なんだけど、僕はこれこそが世界の成り立ちに深く関係していると思う。

 何故この世界の住人は魔力を手に入れたのか。解明したいとさえ思えるほど実に深いものだと。けれど、それには人が必要だ。解明する人が生きていないと、無理だ。


「僕さ」


 生きていないと何もできない。笑えないし、泣けない。怒れないし、喜べない。

 前世でも今世でも変わらないことだってある。たぶん、来世でも変わらないこと。生きているって何だろう。思春期なら一度は通る道。哲学っぽいけど全然哲学じゃない。当たり前のこと。


「貴族なんだ」

「知ってるよ」


 同時に、貴族って何だろう。こんな身分だからこそ、辛いこともあったけど知り得たこともたくさんあった。こんな階級だからこそ、諦めることもあったけど前へ進むこともできた。僕は今その過程にいる。進んでいる。


「貴族ってさ、誰でもなれるわけじゃないんだ。この国の決まりでは、王国が認めた領地の主、または軍事的・政治的功績があった者、または社会的上級立場の者となってるんだよね」

「うん」

「だけどね、実は貴族になる前に契約が必要になるんだ」

「契約?」


 それは、物心つく前に見せられた条文。

 貴族とは何たるかを勉強する際、最初に学ぶもの。アズール国法第二条・貴族永章。貴族について定められた条文で、それの第二条第一項に書かれた文を最初に勉強する。


「第二条第一項って何だと思う?」

「さぁ」

「何て書かれてる思う?」

「さぁ、わからない。全然わからない。教えてくれないかな」

「……それはね」


 アズール国法 第二条 貴族永章 第一項

【貴族は、我らがアズール王国に絶対忠誠でなくてはならない。それは】


「──王家に対する全ての賊に対し、無慈悲なる矛と盾になるものである」

「……」

「僕、最初にこれを勉強した時、当たり前のことだと思ったんだ。貴族なんだから、王国に尽くすのは当然のことじゃないかって。でもさ、今となってようやく意味を理解できたよ。これは、貴族に対しての形式的な文言じゃなかったんだね。確定的な文言だったんだ」


 貴族。

 ……銀髪王子を守る、矛と盾。


「何が言いたいの?」

「僕の役目を確認しただけかな」

「そうなんだ。役目がないと何もできないんだね」

「そうだね。凡人に毛が生えた程度の女の子には、理解するのは難しいか」


 少し目を大きくして、リリィ・サランティスは微笑した。

 対する僕も最近ちょっと伸びたかなって思う髪をいじって、十歩ほど前にいる彼女に微笑んだ。


「魔法戦の経験はほとんどないよ。それでもこんな僕とやりたいの?」

「うん、私の勘が正しいならシルド、キミは他の子と違う」

「一緒だよ。一般的な雑魚です」

「なら、さっさと私に負けたらいいさ。直ぐ終わるよ。だけどシルドはそれを受け入れない。でしょ?」

「……」

「何故にそこまで左手の本を隠しているか知らないけれど、あとはシルドが判断しなよ。くだらない男特有の意地の問題でしょ?」

「違う。キミをどうにかしたいという個人的な願いだ」

「……? あぁ、なるほど。私に惚れちゃったか。悪いけど弱い人には興味がなくてね」

「それは助かる」

「うん?」

 

 自分の蒼髪を、かきわける。


「一般的な雑魚にすら負けたとあっては、歴代二位も恥ずかしくて外を歩けないからね。だから鍵を閉めたんだ。泣き声が外にまで響いて、ローゼ島の皆が起きたら迷惑だからさ」

「……ふぅん、そっか」


 そっかぁ、ともう一度彼女は呟いて。立て続けにそっかそっかと首を縦に振った。

 ……相手は、歴代二位。

 自然魔法を使いこなし、詠唱破棄をやってのけ、思いつきで独自の魔法を創作してしまう、稀代の天才少女。過去に何があったか知らない、知りえない。けれど今はそんなこと、超絶どうでもいいことだ。一生知ることはないだろう他人の過去に、何を思って踏み込む必要があるだろうか。


『この世全てを征服したい願望があってさ。私の力ならそれが可能でしょ? 自分が他人と違う力を持っているのは知っていたから、何もしないのは宝の持ち腐れかなって。以前はそれでも別にいいかなって思ってたんだけど「ちょっと色々あって」ね。自分に素直になることに決めたんだ』


 色々あったのだろう。阿鼻叫喚なる世界を見たのだろう。

 そこに答えがあるのかもしれないが、ここ現在において、考える事は後にとっておこう。

 自分のしたいことは何だ。簡単だ、僕は彼女を助けたい。今日このまま試合を回避できたとしても、明日彼女は戦いの舞台へ進むだろう。一人でアズールを相手に征服を開始するだろう。そして呆気なく殺される。子どもの考えた絵空事のようで、悲しいかな確定された未来の話だ。


 だから止めなくてはならない。友人がいれば協力を仰ぎ作戦を考えるけど、時間がない今それは難しい。

 わかってる、わかってるよ。僕がすべきことは、今だ。少女が告げる。


「じゃあ、さ」


 ──どぷん──

 どう表現すべきか難しいところではあるが、まさにこういうしかなかった。

 沈んだ。彼女の魔力が底に沈んだ。薄く感じられた少女の魔力は、一瞬で床沼の如く地へ沈んだ。魔力だから見えない。色もわからない。けれど、深いということだけは理解できた。頭ではなく感覚で。本人の正体のように。

 

「始めよっか」


 今さらながら、何で僕はこんな状況下にいるのだろう。ぶっちゃけあの王子のために歴代二位のお嬢さんと殺し合うなんて割に合わない話だ。今なら土下座すれば許してもらえるかもしれないし、説得して、彼女と一緒に別の方法を模索できるかもしれない。

 大人だったらそうする。なら何で僕はこんなことを選択したのだろう。


『俺はお前と出会えた。それが今日一番の喜びだ。己が欲のため、楽しんでいこうぜ』


 ……あ、そっか。

 この国に来て色々あったけど、何でこれを選んだかわかった。

 アズールに来て初めてできた……「友達」だからだ。


「……。ははっ」


 なんだ、ただの若さゆえの過ちか。だっせー。だせー。超だせー。そんなに嬉しかったのかよ僕。一人でここまでに来たったのに、結局はあの王子と出会えたこと、嬉しかったのかよ。何だよ、そうなのかよ。


 ……ハハッ。あーぁ。うん、白状しよう。僕は嬉しかった。


 あぁ、銀髪王子よ。聞いているか銀髪王子よ。

 きっと王城でのんびりまったり菓子でも食いながらあくびしてるだろう銀髪王子よ。聞いているか。

 この自己中・銀髪・適当・我侭・独尊・王子よ、聞いているか。一度しか言わないから心して聞け。たぶん人生八十年は生きる予定の職業司書希望の田舎貴族の蒼髪男が一度だけ言ってやるからよく聞け。いいか、聞けったら聞けよこの馬鹿王子。僕は、銀髪のために、お前のために……


 貴方のために──



「来いよ、征服少女」



 命を懸けよう。

 今回だけな。




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