真実の開示<下>
人魔差別。
一千年前、クロネアでは人と魔物が互いを差別していた。自分とは身体や考え方がまるで違う生き物。理解し合うには中々難しいものがあった。難しさは亀裂を生み、差別となる。
人が魔物を、魔物が人を罵り合う。自分より弱者である者を平然と虐げる時代であったといえよう。たとえば、「魔物であるのに半端な魔術しか使えない」……等だ。
「学園啓都に入学するには、魔物は人叉魔術を扱えるようにならなければならないと以前ルェンさんから聞きました。また、クロネアは実力主義の国です。実力ある者は栄光を、ない者は相応のものを。貴方は魔術を使えない半端者として、差別を受けていた」
正直、この推測は論理的に破綻している。
シルドの目の前にいる相手の姿が、未熟だから体内でしか人の姿を作れない、鯨そのものが人の姿になれない、ゆえに差別を受けていた……と考えるのはあまりにも飛躍し過ぎている。鯨が「いや、魔術はちゃんと使える。身体そのものを人の姿になれる。やってみようか」と言い、実際にやってしまえば、シルドの語る真実はここで終了する。
これこそが、ハリボテ説とする所以である。
推測の中に、明確な根拠や論理性が乏しいのだ。もし推理小説の世界であったなら、この推理は鼻で笑われるものになっているだろう……。
しかし、シルドと鯨には大きな鎖がある。シルドの話がどんなに荒唐無稽なものであろうとも、「合っている」のなら、鯨は何も言わない。言えない。確認事項であげた強固な鎖。もしこの真実が間違っているとするならば、即刻鯨は不正解と発言するはずだ。……だが。
「…………」
何も言わない。肯定を意味する。鯨は差別を受けていた。
鎖はハリボテ説をある種、補強する役割も兼ねていた。それも計算に入れてのシルドの確認であったのだ。根拠が弱いのなら、強くすればいい。相手に強くしてもらえばいい。もちろん一度でも失敗すれば即終了なれど、これほど心強い確認もあるまい。世界広しと言えど、こんな問答戦は前代未聞であろう。青年の言葉は続く。
「当時、どれだけ酷い差別であったのか、僕にはわかりません。しかし、身体の大きさもあって人や魔物の目につきやすい貴方からしてみれば、他のクロネア人は皆、自分を虐げる恐ろしい存在であったと思います。そんな状況の中で、クロネア人の友など、できるはずもなかった」
思わず顔を上げてしまうほどの巨体を持つ鯨は、他者からの記憶に強く残る。しかし、かの巨体が満足に人の姿になれないとすれば、その図体は邪魔以外の何物でもないだろう。大きな魔物は人の姿になれるからこそ、大園都や他の都に降り立つことができるのだ。
人になれないのなら、誰の邪魔にもならないよう一目のつかない場所に追いやられるのが道理である。それがクロネアという国だ。実力がないのなら、相応の扱いを受けるだけだ。
「そんな貴方にある日、異国の者が現れた。名をブロウザ。人魔差別が蔓延る学園啓都で、自分と同じような存在が現れた」
邪魔な存在であり、差別の格好の獲物とされていた鯨は、ひっそりと学園啓都の端にいたことだろう。
そこへ、同じような境遇の者が現れた。魔法を使う、異国の者だ。鯨にとってみれば、自分の境遇を理解してくれる数少ない存在であったといえる。魔法師と魔物が仲良くなるのに、左程時間はかからなかった。無論、言うまでもないがブロウザも差別を受けていたはずだ。異国者など、差別を受ける相手として最高の素材である。
「貴方はブロウザと友達になった。それまで鬱屈していた毎日が、楽しく素敵な毎日に変わった。けれど、そんな楽しい日々も長くは続かなかった。不治の病が貴方を襲ったからだ」
もしかしたら、病を早めに発見することが出来たのなら状況は変わったのかもしれない。しかし孤立無援となっていた鯨にそんな手立てはなかった。気付けば鯨の身体は難病が蔓延しており、既に手遅れであったのだ。
差別を受けている者が難病にかかったとわかった際、周囲はどうするか。
それは世界を越えても同じである。シルドの前世でも変わらない。……迫害。追放。もし彼の病が他者に移ったらどうしよう。可能性は否定できない。危ない。普通ならそんな不確かな理由で追い出したりはしないが、「差別を受けている者が相手」なら話は別だ。存分に容赦無用に出来るであろう。学園啓都から追手が来るのも、自然な流れであった。
ここで、絵本の冒頭と繋がる。
「託されたある想いとは、『自分を不死にしてくれ』ではありません。『逃げてくれ』だったはずです」
「……ッ!」
「貴方は、ブロウザを逃がそうとしていたのですね。かけがえのない友だったから。しかし彼は、世にも奇妙な魔法を手に入れて帰って来てしまった。貴方を助けるために」
シルドにとって、謎解きは残り僅かである。本来ならあと少しで終わるという興奮に似た感情が心に生まれるはずが、淡々と述べる彼の心に生まれるのは、憐みの気持ちだった。それでも、言わねばならない。鯨もきっと、望んでいるのだから。
「ここで先ほど保留していた、ブロウザが冥界へ渡った方法を言います」
ブロウザと鯨からしてみれば……。
当時は、まさに命の危機であった。一刻も早く殺すべきだとする学園啓都の追手。当然ながら学園啓都を離れ、セルロー大陸のどこかへ逃げるべきだが、鯨の立場としてはブロウザを命を懸けた逃走劇に巻き込むわけにはいかない。友達を、死なすわけには絶対にいかない。となれば、鯨にとってやるべきことは一つのみ。
自分を囮にする。
逃げる方向とは反対の、大園都の方向へ向かう。ブロウザを……逃がすために。
「ブロウザもそんなことはわかっている。しかし、貴方からの必死の懇願である『逃げてくれ』は、彼としても拒否できなかった。不治の病を治す術などブロウザになかった。いや、この世界中のどこにもなかった。あるとするならば、────異世界だけだ」
シルドが素早く空気を吸った。
ハリボテ説、最大の難所へ入る。
「そうブロウザが思っても不思議じゃない。彼は魔法師だ。魔法が使える。そして数多ある魔法の中で、『極限状態に陥った際にのみ発現する魔法』が存在する」
それは。
「継承魔法だ」
継承魔法。自然・創造・陣形・癒呪・付属・古代の中のどれにも該当しない魔法。
代々受け継がれるか、いきなり子孫に発現する時もある。
この魔法の発現する条件は、おおよそ命の危機か、何らかの極限状態に陥った際にみられる。
ただし、これは一億分の一の確率とか、魂が連動しているとか、詳細な仕組みはまるでわかっていない。七大魔法の中でも、もはや絶したとされる古代魔法の次に希少とされているが、実際にわかっていることはごく僅かである。
「命の危機。何らかの極限状態。必死の想い。継承魔法が発現する条件としては、全て揃っている。継承魔法で冥界に渡ったブロウザは、そこで元の世界へ戻る秘術と、不死の秘術をもらった」
「屁理屈を言うな!」
「屁理屈ではありません」
「そんな都合のいい話が」
「あったはずです。信じられない奇跡が。世界を渡る継承魔法の発現が」
信じられない出来事。
例えば、陣形魔法の頂点である“さようなら”を十代の少女が発動できた。
例えば、古代魔法の使い手である青年がこの世に存在する。
例えば、不死の鯨がいる。
──こんなことが実際に起きているなどと、誰が信じようか。しかし確かにある。起こりえない出来事が起きている。魔法という摩訶不思議な事象を作り出す存在がある以上、それに類するものもまた起きるのだ。
ブロウザが魔法師であるのなら、七大魔法の一つである継承魔法を発現する可能性がゼロだとは……誰も否定できない。ましてや、発現する条件が全て揃っていて、かつ命の危機である状況であったのならば……発現したのは必然であったのかもしれない。
なお、「異世界を渡る継承魔法があったのなら、一つ目の秘術をもらう必要はなかったのでは」と思われるかもしれないが、違うだろう。モモ・シャルロッティアがそうであったように、継承魔法を初めて発現した際、発動した魔法師自体も何が起こったのかわかっていない状態にある。そこから魔法研究機関が調査して、徐々に内容を理解していくものだ。
ブロウザもまた、モモと同じ状態であったはず。
しかし魔法研究機関など周囲にはなかった。自分が発現した……とすら考えなかったかもしれない。起こった奇跡を理解できなかったのだ。他者から見れば都合のいいブロウザの継承魔法も、当の本人は一切理解していなかった。……そのため、冥王に元の世界へ戻れる秘術を願ったのだろう。本当は自分の魔法で戻れることすら知らずに。
「ただし、二つ目の秘術である『不死の秘術』を願ったのは少し語弊があります。正確には『不治の病を治す秘術』だったはずです。それを冥王は不死だと考え、与えた。ブロウザは変更してもらおうとしたが、迷った。元の世界へ戻り、仮に病を治せたとしても、直ぐに殺されてしまう。ならば不死の方がよいのではないか。どうするべきか悩んだものの、時間の経過が冥界と元の世界で同じという保証もなかったため、ブロウザは急ぎ帰還した」
戻ってきた彼が目にした光景は。
自分を逃がすため、追手と戦い、瀕死の状態で横たわる鯨の姿であった。
「そこには、双子の王族もいた」
いよいよ鯨を殺そうとした時、逃亡していたはずの異国者が帰って来た。
王族にとっては殺す相手がわざわざ戻って来たのだから、一石二鳥だ。一緒に殺してしまおうと考えた。しかし、そんな双子の前でブロウザは奇怪な言葉を叫ぶ。彼を救うことができると。不治の病をも治す、不死の秘術を持ってきたと。
霊父ことレイヴン・バザード曰く、双子は性格は穏やかだったものの、時々常識離れした決断と非人道的な考えを起こす時もあったという。二人はブロウザの言葉を半信半疑で聞いていたものの、ある案を思いついた。どうせ殺す奴だ。ならば試させてみようと。失敗したのなら殺せばいいし、興味本位も手伝い、ブロウザの秘術を許可した。
「そしてブロウザは秘術を魔法を介して発動させた。魔法は成功し、貴方は病を治すことができた。……不死という形で」
不死の影響で半透明になった鯨を見て、双子の王族は本当に不死となったのか直ぐに試した。
中身をくり抜いたのである。
内臓全て。
一つ残らず。
抉り出したのだ。
……不死ならば、生きていよう。殺しても問題はない。非人道的な方法なれど、これほど不死なのか確認する簡単な方法もないものだ。
候補①『いかにして奇跡の魔術が発動したか、解明せよ』。
解答。不死の秘術を魔法を介して発動させた。
候補②『如何にして双子の王族はクロネア永年図書館が不死とわかったのか、解明せよ』。
解答。わかってなどいなかった。殺してもいい相手なのだから、中身をくり抜いて不死なのか確認しただけ。
「くり抜いても生きていた。双子は驚きました。本当に不死となっていた状況を目の当たりにして、鯨をどうするべきかと思案した。そして……、悪魔の閃きを思いつきます」
この出来事を、人魔差別解消の方法として利用できないか、と。
すなわち、奇跡の魔術として人と魔物が魔術を行使したことにして、未来永劫解けない謎にできないか。できたならば、自分たちは人魔差別を解決する一歩を踏み出した者として────、英雄になれる。歴史を重んじるクロネアにとってみれば、最高の名誉である!
幸い、周りの者たちは何が起こっているかわかっていない。上手く誘導し、知っている者がいた場合そいつを排除すれば、あとは自分たちの思うが儘だ。直ぐに動かなければならない。英雄になるために、一生解かれることがない謎を、提示せねばならない。
候補③『どうして、魔術定義の例外とされる外から受けた魔術であるのに、内から魔術が解除できると断言できるのか、解明せよ』。
解答。英雄になるため、謎が永遠に解けないよう双子の王族が流したデマ。
候補④『クロネア永年図書館に現れる、不可解なる存在が何なのか解明せよ』。
解答。なんてことはない、鯨の人叉魔術。シルドの前にいる、男でも女でもない姿もまた「未熟な魔術だからハッキリと人の姿になれない影響」によるもの。古代魔術とした偽の解答では双子の王族を表した姿だとしたが、そんなはずもなく、ただの不出来な魔術というだけのこと。
「古代魔術とする解答では、『貴方が双子の王族を脅し、一生解けない謎にするよう命令した』とあった。しかし、真実は真逆だった。『双子の王族が一生解けない謎にするよう仕組み、貴方の一生を丸ごと利用した』のだ。……全ては、自分たちを英雄にするために。しかし、これには大きな問題があった。貴方の存在だ。貴方に真実をバラされてしまえば全て台無しになる。そこで双子は、貴方が絶対に逆らえないよう交換条件を提示した」
──ブロウザの命は惜しくないか?
──助けてやってもいいぞ。
──我々に、協力するのなら。
「ブロウザの命を、対価としたのです。双子の案に全て加担する代わりに、友の命を保証した。ブロウザの命は、貴方の選択で決まった。……いや、選択も何もなかった。もはや貴方は逆らうことなどできなかったはずだ。友の命を捨てるなど、できるはずもない。従うほかなかった」
渦を巻いていた焦りや不安の色は、今や鯨の心を完璧に染め上げていた。余裕だった最初の状態とは打って変わり、シルドの話を聞くことすら辛いものになっていく。真一文字だった口は歪み、両手を握る力は果てしなく強い。
「僕はこの絵本が事実を書いた本という前提で最初から話していましたが、そもそも絵本にする必要はあったのか。ブロウザからすれば、友を生贄としたクロネアを告発するためにも事実を書くべきだった。けれど、できなかった。事実を書けば、彼は殺されてしまっていたからだ」
命を助けられたブロウザは、クローデリア大陸へ強制的に帰されることになる。
ここで鯨の恐れていたことは帰る途中、または帰った後でブロウザが殺されること。双子の王族としても殺しておくべき相手なのは明白であり、実際そのつもりだったであろう。だから、鯨は協力する代わりに、一つの条件を出した。
──ブロウザが書いたとしか考えられない絵本を出版させろ。
──冥界の話やクロネアの話を書いた本を、創作として。
──それが条件だ。告発書でないのなら、貴様らも文句はあるまい。
「正直、双子にしてみれば文句はあった。ブロウザを殺したくて仕方がなかったが、当時はクロネアと他国の交流はなく、絵本だけがクロネアへ入ってくる可能性は限りなく低い。創作話ならばクローデリア大陸の単なる娯楽本として処理されるだろうし、何より、貴方を裏切るわけにもいかなかった。双子からしてみれば、貴方に裏切られることが最も恐れていたことであり、ブロウザの命は二の次であった。ゆえに了承した。しかし、その書いた本を貴方に届けることは……しなかった」
双子の王族は、実際に絵本を鯨へ渡したらどうなるか、その先を考えた。
ブロウザが無事クローデリア大陸へ渡り、本を出版したとわかったなら。もはや王族らに加担する意味はなくなる。なくなる以上、真実を周囲に語るかもしれない。そうなれば全てが無駄になる。だから出版された絵本をあえて渡さなかった。渡さないことで、鯨の裏切る決定的な要因を削いだのだ。
「貴方は苦悩したはずです。ブロウザの書いた本が届かない。裏切ろうにも、もし出版されていればこちらが不義になる。そうなれば、不義として今度こそブロウザが殺されてしまうかもしれない」
「……や、めろ……」
霊父ことレイヴン・バザードは、シルドたちにこうも言っていた。
双子の不可解な点として、クロネア永年図書館が作られてから二人が学園を卒業して以降……一度たりとも学園啓都に足を運ばなかった。生涯死ぬまで、一度も。
「これは貴方と会わないようにするためだった。向こうから来なければ、意思伝達を禁じられていた貴方からすれば動きようがない。そして、双子の真の狙いは自分たちの死後にあった」
「やめろ……」
死後。体内を訪れる者から情報を得ることは可能なので、双子の王族が死んだことは鯨の耳にも入るであろう。ブロウザがどうなったか不明なれど、双子が死んだ以上、約束を果たす義理はなくなった。しかし……、その時にはもう手遅れだった。自分がどういう存在になってしまったのかを、鯨を知ってしまった。
「人魔差別を解消した最大の遺産として、貴方は周囲から尊敬されていた。自分がここで真実を明かしてしまえば、人魔差別の再発は必至だ。実際に差別を受けてきた貴方だからこそ、自分と同じ境遇になる者を出したくなかった。それだけは絶対に回避したかった。だから貴方は受け入れる他なかった。これから先ずっと、図書館として永遠に生き続ける運命を」
「もぅ、いい……」
どうしようもない。足掻きようもない。
鯨にとっては、もう、それ以外にやることがなかった。真実が公になれば、また差別を受けるだろうか。不死になったのだから、今度はあの時の比ではないかもしれない。
また、歴史を重んじるクロネア人が自分を崇拝してくれる喜びも知ってしまった。皮肉にも、今の境遇に満足をしている自分がいるのも事実であって。それを受け入れてしまう自分が……、一番腹立たしく、情けなかった。
「そうして時は流れ、今に至る。あれから一千年の時が経ち、風化していく歴史を感じながら生きていた貴方の前に……僕が現れた。アズール人が『ブロウザの大冒険』を持って現れた」
「それ以上話すな……」
天命だろうか。天罰だろうか。
わからない。
だがしかし、現実として蒼髪の青年が訪れてきた。
驚き、狼狽し、狂喜し、悲嘆し、覚悟を決めた。
自分はクロネア人だ。クロネアの歴史そのものだ。だから、双子の王族に利用され生きる不死となっていても、やはり母国を裏切るわけにはいかなかった。ただ、やっぱり、それでも知ってほしかった。魔法の国からやって来た彼の子孫に、ブロウザの本を持ってきたアズール人に、真実を知ってほしかった。それがせめてもの、罪滅ぼしになるのではないか……。
「悩んだ貴方は、二律背反する心をもって、真実と偽の解答を両方提示することにした。限りなく偽の解答へと歩めるようありとあらゆる細工を施して。けれど真実にも気づけるようほんの一握りの情報を言葉のみに集約して。貴方は解いて欲しかったんだ。解いて欲しくて仕方がなかったんだ。だがそれを許さない自分と必死に戦っていた」
「……れ」
再び、シルドが『魔法だ』と告げる前の言葉を述べる。
それは真実を明るみにした今、もう一度告げることで、いっそうの重みある言葉へ昇華した。
「真実とは。貴方を含めたクロネア人にとって、歴史を何よりも重んじる民にとって、絶対に知られてはいけないもの。知られれば今まで築いてきた歴史の一部に大きな、とても大きな傷を残してしまうもの」
「……まれ……」
「鯨よ、一千年の時を生きる魔物よ。謎の答えそのものが貴方の正体である以上、知られたい気持ちと知られてほしくない気持ちが貴方にある。だからこそもう一度僕は言う。不死なる身体を手に入れた、貴方の正体は」
「だまれ……!」
告げる。
「魔法だ」
「黙れぇ!!!」
* * *
「もういい、もういい! それ、以上、口を動かすな!」
「解答は以上です。返答をお聞かせください」
真実を語り終えたシルドは、一つ深呼吸して鯨に返答を問うた。
対し鯨は、顔を何度も左右に振り、拒絶の意思表示を示す。
「知らんよ、知らんよそんなことは。余は知らん。知らん……! 知らん!!」
「認めないということですか」
「当然だ! そんなこと、そんな解答など……! ありはしないさ、しないとも……、しない、しない……!!」
半狂乱になりながら同じ言葉を重ねる鯨。
知ってほしいと思っていた。でも、知ってほしくもなかった。
矛盾する心の葛藤が爆発する。
「なんだ……、なんだその、ふざけた解答は! 余が差別を受けていた? ブロウザが異世界を渡った? 双子の王族に利用された? んなことが、ある、わけ、ないだろうが!!」
「……」
「余は不死なる図書だぞ! 古代魔術で生き、王族を利用し、崇拝されるクロネア史そのものだ!」
「クロネアを守るために偽の解答を作り、さらには自らを悪者とまでした貴方を……僕は尊敬します」
「たかが十数年生きただけのガキがほざくな! 一端に探偵気取りか? あぁっ!?」
「なら、どうすれば認めていただけるのですか」
「────ッ!」
言葉に詰まる。もう、自分がどういう立場に追い込まれたのか知っている。わかっている。
確認事項であった「合っているならば認める」ことも覚えている。
それを言わずにこちらへ手を差し伸べるシルドの心情もわかっている。
今の自分がどれだけ見苦しく、愚かで、情けないか十二分に承知している。
一千年も生きてきたはずなのに、こんな醜態をさらす弱さを、誰よりも恥ずかしく思う。
……けれど。
「証拠だ」
「……ッ」
「証拠を出せ。余が『ブロウザと関わりを持っていた』証拠を出せ!」
最後まで足掻くべきなのだ。
馬鹿みたいに利用されてここまで生きてきた愚者だからこそ、最後も惨めったらしく足掻け。
「余はなぁ、アズールなど知らんよ。知らんとも。言っただろう、余はアズールについて何も知らないと! 全ておいてクロネアが勝るのだ。ゆえにブロウザなどという者も知らん。だから証拠を出したまえ。余がブロウザと関わっていた証拠をな!」
「貴方がアズールと関係があった証拠を提示しろ、と言いたいのですか」
「そうだ! 言っておくがな、以前に話した『古代魔術と古代魔法についての知識』は却下だ! あれはたまたま知っていただけだ! 栄光あるクロネアの知識の派生として知っていただけだ! だからその知識を『アズールと関係があった証拠』とするのは無しだ!」
「……」
「その持っている絵本もだぞ。事実書とさっきからのたまっているが、それが事実を書いたという根拠はどこにもないであろう! ただの絵本だよそれは。絵本の内容に『鯨』など出てきたか? 一切ない! 余とブロウザが交流していた証拠にはならんぞ! 他には何もないぞ、余は知らん。ブロウザ、アズール、貴様らについてなど何も知らん! 証拠を出せ! 出せるものなら証拠を出せ!」
鯨は、ブロウザとの関わりを全て否定した。
アズールなど最初から知らないと言った。
つまり、ブロウザ……ひいては「アズールに関係する何かしらの情報を知っていた」と認めさせればこちらの勝ちとなる。証拠が必要なのだ。アズールに関係する「それ」を知っていたからこそ、鯨は過去にこういう行動を起こしたのだ、という決定的な証拠が。
しかし、鯨とブロウザが出会ったのは一千年も前のこと。
物的証拠など既に消されている。加えて、鯨が以前に言っていたアズールの古代魔法についての知識も“たまたま”だと言い張り、証拠として却下した。さらには、唯一の物的証拠といっていい絵本すら、ただの絵本であると言い切った。シルドの持つ数少ない武器を、手当たり次第に切り捨てた……。
物的証拠はなく。
数少ないアズールに関する過去の言葉も証拠としては使えず。
絵本すら否定された中で。
ハッキリと鯨が「アズールと関係があった」と認めざるをえないものであり。
かつ、言い逃れもできない決定的な証拠。
求められる証拠とは、これらを「全て満たす」ものだ。
そんなものが、あるのだろうか。
鯨において、圧倒的に有利な布陣を敷いた中での最後の足掻き。
対する相手としては、これ以上ないほどの難解。
ないものを出せと言われているようなもの。
不可能を可能にしろと言っている。
場所はクロネア永年図書館。
深夜。
夢を叶えるために訪れた青年と。
一千年も苦しみ続けてきた鯨との。
一ヵ月に渡る長き戦いの攻防は佳境を迎え。
今、運命の剣が振り下ろされる。
魔法の国からやって来た、アズール図書館の司書を夢見て懸命に走り続ける、若き青年の……
答えは────
「証拠ならある」
第二試練、決着の時。