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他人のために




 ジンに油断などなかった。相手の力量が自分の比ではないこともわかっていた。ミュウを逃がすために、ここで全てをぶつけなくてはならない相手だとも承知していた。

 しかし、気づいた時には既に遅く。

 敵の剛腕によって、右腕を打ち砕かれる。刹那の一撃。さらには防御をする間すらなく……眼球に二本の指を深々と差し込まれた。幼少の頃より鍛錬を怠っていない自分ですら、相手の速度と力に為す術がなかった。


「ジン!」

「ッ! 逃げろと言っただろうが、急げ!」

「そんな、できるわけないよ!」


 考えている余裕などない。発動している“ルカ・イェン”を操作、ルカを粒子状にし広範囲に展開させる。これにより、どこに何があるのか「感覚」でわかる。ルカを支配できるジンだからこそ成せる技であり、目が見えない今だからこそ威力を発揮する荒行でもあろうか。

 敵が、動く。

 皮肉にも、見えていたから遅れてしまっていた動作が、今度は反射的に動いた。全神経を「感覚」のみに研ぎ澄ました彼は、再度の敵の剛腕を間一髪で避け、がら空きとなった顎に真横からの蹴りを全力で見舞う。


「おぉ?」


 顎を粉砕するつもりで、脳震盪も確実に起きるよう蹴り上げた。

 完璧な一撃。

 効果があったのか、敵はゆっくりと前へ傾く。そのまま追撃……する素ぶりはせず、相手が倒れ込むのすら見ず、ジンはミュウのもとへ駆けた。駆けた勢いで彼女を抱きかかえ、持てる力の限りを使い……、走る!


 ──横に。

 三傑がいて。


 敵の脚がミュウを抉るように襲う。

 咄嗟に彼女をかばうも、左肩に脚撃を喰らい二人そろって飛ばされた。

 直ぐに起き上がる……が、顔面に蹴りを入れられ、倒れ込んだ隙に足を掴まれて投げ飛ばされる。樹木にぶつかった衝撃で息が止まった。そのまま地面に落ちる……前に、相手の拳が、がら空きとなったジンの胸に深々と刺さった。そしてもう一度足を掴まれて、ミュウの倒れている場所へ投げられる。先ほどのジンの蹴りを喰らい倒れようとしたのは演技だったようだ。……敵は、無傷である。


「ハッハァ、ほぅら、もう一度逃げる機会をやろう。今度はしっかりと抱きかかえてろよ。もっとも、両腕はもう使いもんにならんだろうが」


 震える全身に力を入れ、強制的に身体を起こす。今ので右腕と左肩、あばらをやられた。呼吸がしづらい。肺に骨が刺さってないといいが……と思いながらルカを操作をして状況分析を開始。次の一手を模索する。

 普通なら絶望に苛まれるところである。

 しかし、ジン・フォン・ティック・アズールは一切を諦めなかった。どうにかして、ミュウや仲間をこの場から逃さなくては。戦争を引き起こしたのは自分だ。それに関係して起こる責任は、全て自分にある。ならばこんなところで寝ていいわけがない。王になる男ならば、前だけを見続けろ。


「時間切れだ」


 まだ立ち上がることすらできていなかった自分に、更なる一撃が襲い掛かる──直前、空から数十なる剣が三傑に降下。一本いっぽんが殺意をはらみ、獲物の命を刺し貫かんばかりの破壊力をもって。ミュウが目を大にして見ている中、金髪の王女が敵の前へ降り立ち、叫ぶ。


「よく聞け、奴の魔術は『絶対防御』だ! 如何なる攻撃も無に帰す! 攻撃は無意味だ、逃げろ!!」


 叫んでいる間も、絶え間なく剣を発動し続けるシェリナ。憲皇の最上階が破壊された後、彼女は直ぐ様ルーゼンのもとへ急いだ。……しかし、一目見て、外傷の深さを悟る。

 もう、長くはもたないことも……わかった。

 泣き崩れたい、抱きかかえたい気持ちを必死にこらえながら、今やるべきことをするため彼女は塔から飛び降りたのだ。溢れ出る憎しみと怒りの矛先を、全て相手にぶつけるために。そして、アズールの二人を逃がすために。


「逃げろ! 今すぐにだ!」

「却下だ」


 剣の軍勢など物ともせずに。

 傷一つすら、ついていないまま。

 剣の群れを軽く破壊し、シェリナの前に三傑は現れる。

 その巨漢からは想像もできないほどの速さで接近し、王女の左足を乱暴に踏み付けてから。

 彼女の美しい髪を掴み。

 そして。

 顔面を殴打した。

 衝撃にシェリナの身体が仰け反るも、足を踏みつけられているためその場から動くことができず、更なる一撃をもらう。顔面に。何度も、何回も、執拗に。およそ人が殴った音とは思えないほど重く歪な衝撃音が響く。ミュウが王女の名を叫ぶ声など容易にかき消されるほどで。三傑が足を外せば、金髪の姫は力なく後ろへ倒れこんだ。

 鼻はひしゃげ、歯は何本も折れ、右目はこぼれ、頬骨が皮膚から飛び出していた。生きてはいる。しかし……、酷いという他ないほどの外傷であった。ミュウの悲痛なる声が辺りに響く。


「クロネアの王女を!」

「教育だよ教育。俺はクロネアだからな。俺に命令していいのは唯一人、クロネア王だけだ。こいつはまだ王女だからよ、俺の方が偉いのさ。霊父って呼ばれてただろ? 霊の父なのさ俺は。霊なるものは等しく生きていたことが前提だ。ゆえに生きているクロネア人全ての父でもある。父親ならば駄目な子には教育するのが義務だ。しっかりと教え込まないといけない。折檻は大事だ。痛みを伴ってこそ、正しい方向へ導いてやれる。男女平等主義者でもある俺は、誰であっても等しく教育をしてやれるのさ。ありがたい存在だとは思わんか?」


 相手の言っていることが理解できなかった。ミュウにとって、これほど異常で歪んだ存在は初めてであって。同時に、敵が「三傑クロネア代表として相応しい」から選ばれたのではなく、その膨大な力の持ち主ゆえ「クロネアに反旗を翻さぬよう、押さえつける」ため選ばれた三傑であることを悟った。

 シェリナが彼に乱入した理由を問いただしたり、説得にあたるなどを一切せず、即座に攻撃したことからも、こいつはクロネア関係者から受け入れられている存在ではないと考えた。

 だからこそルェンは彼を初めて紹介したときに三傑だと言わなかった。正確には知らなかったのだろう。知らされていなかったのだろう。……クロネアの汚点だから。国そのものに、堕ちた存在。


「あぁまったく、信じられんことだ。元々シェリナは欠陥品でな、何度も教え込んでいたのだが中々クロネアには成れなかったのだ。しかし、今回の戦争もどきでようやく成れたと思ったんだがなぁ。よりにもよってアズールの男に戻されるとは。しかも悪い方向に戻されるとは。ほとほと呆れたものだ。……おぉ、せっかくだから聞いてくれよ。俺がどれだけこの女に教育をしてきたのかを」


 レイヴン・バザードがシェリナへの洗脳きょういく論をベラベラと語りだした時。

 ミュウの横にいたジンは下を向いていて。敵の話を聞きもせず、ただ考えていたのは……今やるべきことであった。シェリナと同様、彼もまた己が為すべきことを全力で思考していた。

 立ちはだかる男を倒すことは可能か。

 無理だ。

 全回復している自分でさえ勝てる確率は低いだろう。魔力が枯渇している今、勝てる見込みは限りなくゼロである。逃げるとしても、この身体でミュウを守りながらは厳しい。また、ミュウだけでなく他の仲間も逃がさなくてはならない。と、してもだ。方法がない。今の自分では時間稼ぎにもならないだろう。状況は最悪といっていい。


「ルーゼンも駄目だ。王直属の臣下が聞いて呆れる。シェリナが婿に選んだ男だからこそ、何度もシェリナに接触し『クロネア』として生きるよう教育しろと厳命していたってのに、まるでやらなかった。事あるごと姿をくらましやがる。まぁ処分した男の話はいいか。次の男は、俺が選び推薦せねばなるまいな」


 話す三傑の話など、ジンには聞こえない。筋肉が何か言ってるぐらいにしか感じなかった。

 もう、ミュウに仲間を連れて逃げろは言っても無意味だろう。彼女のことだ、一緒に死ぬ方を選ぶに違いない。時間がない今、説得も難しい。一緒に死ぬしかない。その代わり、他の奴らは逃がすことができようか。ならまぁ、いいかもしれない。

 

「……?」


 そう考えた時、ジンは自分の考えが明らかに変であることに気がついた。

 気がついてから、嘘だろと思い、再度考え直すも、やはり同じ結論に辿り着く。そしてそれを認めざるを得ない現実に……心の底から、ぞっとした。

 今、自分は「仲間を逃がすため」に行動しようと思っている。

 「自分のため」ではなく。

 「他人のため」に行動しようと考えた。

 地味に、生涯において、初めてのことではなかろうか。

 ……いや、違うだろと思い直しさらに考え直す。けれどやはり、同じ結論に。いやいやいや、それはないだろと思い直しまくり、さらなる考え直しまくるも、やっぱり出てくる答えは「仲間を逃がすため」であって。「ぇぇ」と小声でドン引きした。自分に。ドン引きしまくった。自分に。そしてこうも思う。どうしてそんな結論にしか行きつかないのか、と。


「あぁ、シェリナが言っていた通り、俺の魔術は絶対防御だ。“絶不なる神体”と言ってな。クロネア史上初、生まれた時から魔術を発動していた俺はぁ、今まで一度たりとも傷を負ったことがない。無敵ってやつだ」


 戦争を起こした責任として、やるべきことはアズールかクロネアどちらが勝ったかを決めることだ。断じて他人のために動くのではない。自分のため、前に立ちはだかる敵を倒すのだ。

 ……のはずなのに、何度考えても、敵を倒す理由が仲間を逃がすためと結論づく。何故だ、どこで間違っている。自分のためと何故思えない。


 避けられぬ死を前に、思考が狂ったのか。もしそうなら、自分はその程度の人間だということになる。所詮は人間、こうも危機的状況が近づけば容易に考えなど変えるというのか。……認めたくないと考えるも、やはりこうとしか思えない現実。

 苦悩。

 理由を探し出せ。

 ……今更、仲間のために行動するとか、よくもまぁ思えたものだ。絶対ありえん。何かしらの外的要因がなければ、俺はこんな結論など出さない。

 外的要因? 今までで、何か大きな出来事があったか。あるとすりゃあ、この戦争ぐらいなもので。そう考えるとだ、そもそも戦争を起こす最初の要因となったのは──?


『シェリナ王女の目を、ジンたちに向けさせてくれ』

『手段は?』

『任せる』


 ……あ。そうだった。戦争していたせいか忘れていた。存在感が薄いあいつのことを、すっかり忘れていた。

 そうだ、そもそも戦争をやると決めたのは俺だけど、きっかけを作ったのはシルドだった。脇役の部下みたいなポジションにいるためか、戦争が始まって以来いろいろあって完全にいない存在にしてしまった。わーぉ。


 今更ながらにして思い出すジン。

 悪びれる様子もなく「シルドだから仕方ない」と納得する。シルド自身でさえ「僕って影薄いよね」と自虐するほどだ。

 それはさておき、仮に外的要因がシルドだとして、他人のために行動しようとした原因がわかるだろうか。──いや、わからない。やっぱりわからない。いよいよ思考が停止しかけた時、不思議と頭の中で「他人」という文字がスゥー……と消え、「シルド」に置き換わった。



 シルドのために、行動する。



「……」


 何故、三傑が自分とミュウを攻撃せずにベラベラと話しているのか、ジンには既にわかっていた。だから奴の話を聞く必要はなく、軽く無視し少しだけ一人の青年へと思いを馳せる。


 ……今頃あいつは、鯨の中だろうか。夢を叶えるためとはいえ、クロネア最大の謎を解きに単身乗り込んでいる。相手は一千年以上も生きている鯨。普通ならば勝てる相手ではないだろう。一人で立ち向かうという恐怖や辛さは計り知れないものだ。ひょっとすると、謎の答えを知ってしまったから殺されてしまうかもしれない。

 それでも戦っている。

 諦めず、泣かず、震えながら、戦っている。

 基本ヘタレだから、絶対、怖いだろうけど……。

 シルディッド・アシュランは懸命に戦っている。

 そんなあいつが、全身全霊で戦い抜き、やっとのことで帰って来た際、待っていたのが「仲間たちの無残な死」だとしたら……。泣き崩れるに違いない。そして泣き崩れている最中に、三傑クロネア代表に殺されるだろう。立ち向かう気力は、きっとない。夢を掴もうと必死の想いで頑張っているあいつの最後がそうなってしまう。──んなことが、許されていいのか。


 よくねぇよ。

 いいわけねぇだろ。

 ……あいつのために動く、か。

 この俺が、他人のために動くというのか?

 ……。

 …………。

 はぁ。

 問うぞ。嘘偽りなく答えろ。

 生まれてから今まで、俺は己のためにやってきたはずだ。

 その俺が、他人のために……シルドのために動くことを、是としていいか。



『ところで、だが。ずっとシルドに聞いてみたいことがあったんだ』

『へぇ、改まってどうしたの』

『ジン王子についてだ』

『あいつの?』


 

 答える直前に、心の中で、突如としてあの出来事が蘇った。

 遡ること、数週間前。

 空船の船内。

 アズールから空船に乗り、クロネアへ向かっている最中のことだ。国務に追われ、船の一室に缶詰め状態となっていた俺は、やってられるかと抜け出しシルドの部屋へ向かった。暇なので突然現れ脅かしてやろうと忍び足で部屋を開けようとした瞬間、中からシルドとレノンの会話が聞こえてきた。

 しかも話の内容は、俺についてである。本来なら突撃して騒ぐところだが、魔が差したのか、聞き耳を立てることにした。


『シルドは、彼のことをどう思っているんだ』


 ……ほぅ。面白そうだ。何だかんだでクロネア行きに便乗してきた俺だから、内心シルドは嫌がっていたことだろう。あいつのセリフを一言一句記憶して、明日こっそり本人に言うのも楽しそうだ。俺にとっては、その程度の考えだった。だからだろうなぁ──


『ジンという男はかなり特殊な人間だ。覗きが趣味の阿呆だし、自己中の塊だ。でもね、彼を見る人たちの目は、いつも「王族のジン」だった。名前だけでいいのに、そこには必ず“王族の”が頭に付く。「ジン」として見てくれる人は……本当に数えるぐらいしかいない』

『よくある、安いおとぎ話だ』

『厳しいね。その通りさ。でもね、どんなに安っぽい話でも彼にとっては重大な問題だった。知ってるかい? ジンの許嫁はミュウだけど、本来、アズール家の妻を選ぶ権利は誰にあるのか』

『夫本人だな』

『そう。だからジンが本気になれば、とっくの昔にミュウを許嫁から外している。でもしない。きっとこれからもあいつはしないだろう。何故か、答えは決まってるさ』

『王族としての自分ではなく、一人の人間として見てくれる相手だから、か』

『うん。生まれた時から王様になると宿命づけられた王子ならではの気持ちだ。僕らには決してわからないことさ。でも、ジンにとってはミュウという女性は世界中どこを探してもいない人だと思うよ。だからミュウも、彼がいない時は自分の考えを一切話さず和を全面に押し出す。ジンがいるのなら自分の考えを素直に、直球で向ける。ジンが求めている人が、自分だから』


 想定していた返答とは程遠い──。


『ジンにとって僕は、あいつを王族として見る人間じゃなく、友達として見る貴重な相手なんじゃないかな。はっきりと断言できるわけじゃないけど、僕はそう思っている。邪魔な垣根を越えて対等に話し合える関係を、ずっとジンは望んでいたんだと思うよ』

『だから、傍にいると?』

『あいつが望む限り、僕はジンと付き合っていきたいと考えてる。また、僕自身としても、あいつと一人の人間として、付き合っていきたいと考えている。そりゃ最初は大変だったさ。王族相手に毎日四苦八苦してた。でも、日数を重ねる内に段々と見えてきたものがあった。王子である彼の、辛さを』


 こういう返しがくるなんて、思いもしなかったわ。

 マジで。

 予想の範疇外だ。

 あまりの想定外に、思わず混乱してしまったほどだ。何故かわからないがその場から離れたいとすら思えた。正直言って、恥ずかしかった。とんでもなく赤っ恥だ。まさかシルドが俺のことをそう思っていただなんて考えもしなかった。あいつにとって、俺は──


『だから、僕にとってジンは友達だ。いつかあいつが嫌がっても友達だ。もうなっちゃったから、仕方ないのさ。もしジンが世界中から嫌われようと、孤立しようと、横に立って支えてやると、決めている。田舎貴族風情が、ね』


 “友達”だと、言ったのだ。

 生まれて初めて、友達だと言われた。

 誰からも言われたことがなかった言葉だ。

 一生馴染みのないだろうと思っていた言葉。

 それをあいつは、恥ずかしげもなく、はっきりと言いやがったのだ。

 友達だと。


『それに、一年前にある女の子と戦う際に心の中でだけど、ジンに誓ってしまったんだ』

『何を?』

『貴方のために、命を懸けよう──と』

『そうか』

『あぁ。仮にこの命捨てようとも、ジンを、あいつを、僕の親友を、必ず助けてみせるって……決めたんだ』


 そこから先は聞いていない。しばしその場に立ち尽くし、呆としていた。

 気付けば自分の部屋に戻り、正座してミュウとピッチェスから怒られていて。先ほどのあれは夢だったのかと思いたかった。けれど夢ではない、現実だ。自分が想像していた何倍もの考えをシルドは持ち、あいつなりの答えを出していた。友達でありたいと。ずっとそうありたいと。俺に危機があったのなら、命を捨てようとも必ず助けてみせると……決めているとさ。


 ……ふん。


「でなぁ、俺はいつもシェリナに言っていたんだよ」

「もういいぞ、デカブツ」

「……あ?」

「お前の魂胆は見え透いてる。時間稼ぎだろう? どのみちアズール人を全員殺すつもりだから、ここで騒ぎを大きくしておけば、自然とアズール代表の奴らが集まって来るだろうって考えだ。俺らを殺した後は自分から探しに行かないといけなくなるからな、面倒だ。魔力を少しでも回復し抵抗してくれた方が、お前にとっちゃ都合がいいんだ。ほとほと、三流の考えは似通っていて笑える」


 再び、敵の剛腕が襲ってくるも空振りに終わらせ、空いた腹に魔力を帯びた渾身の蹴りを見舞ってやる。目が見えないからこそ、研ぎ澄まされた知覚は容易に相手の動きに対応できる。まぁ、この汚ねぇ筋肉男に今の攻撃は効くわけもないが。とりあえずは衝撃で後方に跳ばしたけれど、当然ながら痛みなどないだろう。無傷。

 そんな野郎のこと、今はどうでもいいんだよ。

 もう俺としては変な笑いしかでない。自虐的に笑いながらため息をつくしかない。そんな俺の変化を察したのか、後ろを向けばミュウがポカンとして。俺に何かあったのだと感じるも、原因まではわからないって感じか。だろうなぁ、俺でもそう思う。


「ジン?」

「ククク、参ったぜ。なぁミュウ、どうにも俺は男にも興味があったらしい」

「えぇっ!?」

「冗談だ。ただ、一つだけ確かなことを思い出しただけだ」


 ぼやけていた思考が鮮明になっていく。

 死は避けられないな、はん。

 だからといって、シルドも死ぬのは不合理だろうよ。

 ならせめて、俺が三傑を道連れにするのが……今やるべきことかもしれない。


「“あいつが帰ってくる”場所を、用意しとかないとな」

「……」


 背を向けながら言ったから、ミュウが俺の表情を読み取ることは叶わなかったけれど。


「うん、用意しとかないとね。帰ってくる場所を」

「あぁ」


 たった一言で、悟ったようだ。そして応えるように合の手を入れる。

 俺が、自分のためではなく、他人のために動くのだと理解したんだろう。ここクロネアに来たことは、あらゆる意味で刺激があり、変化があり、可能性を開いた。アズールにいるだけでは決して掴むことができなかったものを、手に入れちまったようだ。

 もう一度、問うぞ。

 嘘偽りなく答えろ。

 生まれてから今まで、俺は己のためにやってきたはずだ。

 その俺が、他人のために……シルドのために動くことを、是としていいか。



 ……はん。



「いいんじゃねーの。一生に一度ぐらい、そういうのがあっても」



 指針が定まった。

 定まっちまった。……ヒヒッ。



「そうだったな、お前はそういう奴だったよな。初めて会った時から変わってねぇ。変わったところもあるが、ここだけは何一つ変わってねぇ。本質ってやつだろうなぁ」

「おいアズール。何をぶつくさ言ってやがる」

 

 それにだ、まだやるべきことがあるだろうよ。

 あいつが鯨のとこへ向かう直前に、俺が投げかけた言葉があったはずだ。


『第二試練に合格して帰ってきた際、普通に言うんじゃ面白くねーよな。普段“シルドが絶対にやらない行動”をしてくれや。そっちの方が、一発でわかるし面白そうだろ?』


 見なければ。絶対に見なければ。可能ならば覗き見しながらだ。

 ククク、普段あいつがやらないことってなんだろうな。考えただけでも面白ぇ。それを見る前に死ぬなんてのは御免だわー。


「お前らもそう思うだろ?」


 ──周囲に無数の光が生まれる。

 ルカの粒子。

 俺の精神に反応して、ざわついている。高揚に当てられて、ルカそのものが昂っている。ヒヒッ、こういうのを「世界が味方した」って言うんだろうなぁ。


「目が見えん。右腕は死んだ。左も駄目だ。あばらもイカレてる。……だが足がある。頭がある。身体がある。何より心がある。子細ない。あぁまったく、問題ないな。何一つ折れる要素がねぇ」


 仕方ねぇなぁ、おい。何が楽しくてあんな優男のために筋肉達磨と戦わなきゃいかんのだ。

 俺のために戦うならまだしも。

 どうにもこうにもあいつのためらしい。

 マジで気持ち悪い。人によっちゃ吐くぞ。いやまぁ本当、死にたくなるな。絶対アズールの面々には知られたくない。知られたら自殺してやる。ちょっと買い物行ってくるみたいな感覚で自殺してやる。


「……」


 今更ながら、何で俺はこんな状況下にいるのだろう。ぶっちゃけあいつのために三傑クロネア代表と殺し合うなんて、無意味極まれりとは思わんのか。今なら土下座すれば許してもらえるかもしれねーよ。そして話し合いをして、説得して、命乞いすれば、助かる道はあるんじゃねーかなぁ?

 普通はそうするわな。こんな抗うことなんか最初からせず、そういう対応をするだろうよ。なら何で俺はこんなことを選択したのだろうか。眼前の男に対して、何で俺はこんな答えを選んだってんだ。


『だから、僕にとってジンは友達だ。いつかあいつが嫌がっても友達だ。もうなっちゃったから、仕方ないのさ』


 ……あぁ、そうだ。わかってるさ。

 アズールに生まれて今まで自分のことしか考えずにやってきたのに、何でこれを選んだ理由なんてのは……もうわかってるよ。

 初めてできた、友達だからだ。

 はいはい。

 くっさ!

 なんだよ、ただの若さゆえの過ちかよ。だっせー。だせー。超だせー。そんなに嬉しかったのかよ俺。一人でここまでに生きてきたってのに、散々自分以外の人間は等しく同じなんて言ってきたくせに、結局は俺のことを友達なんて素っ頓狂なことをぬかしたあの田舎貴族と出会えたこと、嬉しかったのかよ。何だよー、そうなのかよー。


 ……ハハッ。あーぁ。


 あぁ、青もやしよ。聞いているか本の虫よ。

 きっと鯨の体内でのんびりまったり雑談でもしながらあくびしてるだろう田舎貴族よ。聞いているか。

 このヘタレ・蒼髪・貧弱・悲観・卑屈・クソ田舎貴族よ、聞いているか。一度しか言わないから心して聞け。余裕で人生千年は生きる予定の職業王様確定の絶対名君なる銀髪男が一度だけ言ってやるからよく聞け。いいか、聞けったら聞けよこの司書野郎。俺はな、俺のために、己のために、自分のために、自身のために。



 否。



 他人のために……



 他人とものために────




「来いよ、三傑」




 命を懸けよう。

 今回だけな。

  






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