シルドと鯨
ジンが、“三傑”レイヴン・バザードと相対する数分前。
場所は、不死なる図書。
オレンジ色の明かりが周囲を照らす。
夕焼けを優しく包み込んだような灯火は、ぼんやりと光ながら二人の影を作り出していた。一人は空間の端にいて、もう一人はその者の前にいる。両者の距離は極めて短く、数歩進めば密着できるもの。奇妙で曖昧な立ち位置であり、無言のまま両者は向かい合っていた。
視線が交差する。
クロネア図書館の謎とされる「本当の真実」を告げたシルド。
それを受け沈黙を続ける鯨。微動だにしない二人を、静かに時が進みゆく。流れゆく。
『魔法だ』
真実の文言たる矢は、寸分違わず相手に突き刺さった。言葉を一身に受けた鯨は、目を大きく見開いて固まる。……かと思えばスッと目を細め、視線を左下へ向けた。そして数秒してから目を瞑り、顔を左右に振って軽く息を吸う。
ふぅ、と声がして。
二人の距離が、ゼロになる。
視界いっぱいに映る鯨の顔。相手はもう一度息を吸うと、先とは違い今度は重い吐息をする。その間も両者の顔は向かい合ったままだ。表情を崩さないシルドに対し、不気味な微笑みを浮かべる鯨。ただ、双方とも視線だけは……決して外そうとしない。張り詰めた空気だけが支配する中で、先に言を発したのは。
「はぁ?」
鯨である。
心から、馬鹿にした声。
「あーいやいや、すまないねぇ」
「最後の言葉、聞こえませんでしたか」
「いいや、聞こえたよ。でもね」
「魔法です」
「……」
「貴方の正体は、魔法だ」
「あー、まぁなんとも、馬鹿げたことを言ったものだね。妙に真剣な顔で寄ってくるから思わず引いてしまったよ。えーと、ん、何だって? 魔法? 魔法ぅ? ク、ププ、プハ!」
「古代魔術」
終始涼しい顔をしながら青年は告げる。彼の心は乱れることなく、とても落ち着いていた。暖かい日光に照らされた草原のように、静かで、優しい。……本音を言えば、どうしてこんなに落ち着いていられるのか不思議で仕方がなかったともいえる。いよいよ仮説と直感によって作り上げた「ハリボテ説」を言うときだというのに。本来なら不安でたまらないはずなのに。一歩間違えれば即座に終わる……。
そこまで考えて、一つの答えを見つけた。この落ち着きは不安からくるものではない。
自信があるのだ。この答えに、心からの自信が。先から相手は自分を馬鹿にした口調であるが、魔法が答えだとした解答について一切の「否定」をしていない。間違ってはいない。大丈夫、信じろ。これまでの道のりは、決して無駄ではないのだ。勇気を前へ、さらに前へ。
「貴方は僕を『偽の解答である古代魔術』へと誘導するため、様々な細工を施した。しかし、真実が魔法であるとすれば、その誘導した裏側にこそ答えがある」
古代魔術が謎の答え。この解答へと導くため、鯨は策を巡らした。その一つひとつを全て証明するのは不可能である。けれど、別段相手の思惑を何もかも把握する必要はない。真実が光り輝く宝石とするなら、古代魔術はそれを隠す「黒い膜」のようなものだ。シルドは膜の表面しか見ていなかった。なら、その膜を引きはがせばいいだけのことである。
もっとわかりやすく言うなら。
引きはがすことは、謎解きと同義。
古代魔術へと誘うため、これまで鯨が起こしてきた言動を紐解いていこう。真実を隠すため必死に作り上げた膜を、ゆっくりと確実に剥がすために。難しいことはしなくていい。これまでの情報だけを頼りに戦うのだ。やることは明白、あとは順番だけなのだ。
「最初から語りましょう。僕がクロネア王国に来てから、これまでの話を。その際“貴方が何を思い、どう行動したのか”、一つずつ紡いでいきます。そして最後に“不死の魔法をどうやって受けたのか”、それを語り終わった時……謎は解けます。話すことは、残り二つだけです」
彼の声色は、相手に不快な気持ちを抱かせることなく、とても優しいものだった。
語り。
シルディッド・アシュランがクロネア王国、ひいてはシェリナ王女が治める学園啓都に来てから今日までの道のり。古代魔術の話ではなく、「魔法が答え」の物語。どこまでも暖かい表情で、されど強い意志を持った青年は口を開く。対し鯨はといえば、淡々と話を進めるアズール人を黙って見つめながらも表情は決して崩さない。しかし、唇だけは。
「……」
ギュッと、結んでいた。
※ ※ ※
「まず、初めて僕がこの学園啓都に来た時からです」
シルドはアズール図書館の司書、第二試練のためクロネア王国へやって来た。
師匠であるステラ・マーカーソンから、クロネアに関しての情報収集を禁じられていたため、ほとんどの情報を得ず彼は学園啓都に降り立った。学園啓都とは、雲の上に存在する巨大な都全てを指す。その空中都市を、将来「女王となるための練習」として統治しているのが、クロネア王女であるシェリナ姫である。雲上に都があるという摩訶不思議な光景を目のあたりにしながら、シルドは第六極長『穿人』ルェン・ジャスキリーから魔術や魔物、学園啓都の説明を受けた。聞けば聞くほどクロネア王国の魅力に引き込まれ、引きずり込まれていく。
他国の世界。
異国の光景。
魅了されるのも当然といえようか。
そんな彼を空船から突き落とし、強制的に魔法を発動させ、アズール人としての誇りを忘れるなと言ったジン。二人でミュウやユミリアーナから罰を受けた後は空飛ぶ巨亀ラメガに乗って、自分が住まうことになる岩石まで向かった。そこで魔法の館を建造し、後にリリィと戦争で戦うことになるであろう第一極長『魔人』アニー・キトス・ウーヌと邂逅。矢のような一日を終え、静かに就寝する。
「ここまでは僕と貴方は会っていない。古代魔術の一つである、大自然を流れる『核』と称されし源と一体化し、ありとあらゆる自然を視ることが可能な“奏流の全”を使えば、貴方は僕を知覚できたのかもしれない。けれど、貴方は古代魔術など使えない。あるのは魔法によって不死にされたという事実だけ。つまり、この日までは僕がクロネアに来たことすら知らなかった」
ここで一日目が終了する、と青年は告げた。
一呼吸置くためか、軽く深呼吸して空を見上げる。空といっても周囲は真っ暗、オレンジ色の球体が数個ぼんやりと浮かんでいるだけである。下を見れば宇宙のど真ん中にいるかのような煌く星々の世界。見るだけならいいけれど、この中に放り込まれるとするならば命はないだろう。失敗は許されない、自分はそういう謎に深く関わっている。しかし、断じて負けるつもりもない。軽く頷いてから、蒼髪の青年は言葉を続けた。
「それでは、二日目の話をしましょう」
クロネア滞在二日目。
シルドたち一行は、シェリナ王女との謁見のため、大園都の中心部にある塔へ向かった。大園都とは学園啓都にある町の一つであり、シェリナが住まう所でもある。シルドたちが住まう魔法の館は、ちょうど大園都から北西に位置する。さらに魔法の館から北西へ進めば、憲皇と呼ばれる塔が見える。
シェリナ王女との謁見を済ませたシルドは、当初の目的通り学園啓都で一番の図書館に案内してほしいとルェンにお願いした。そして、空飛ぶカジキに乗ってクロネア永年図書館へと渡ったのだった。初めて訪れる図書館に感動しつつも、どのようにしてここが生まれたのか『穿人』から聞くことになる。
そうして彼は「謎」に出会った。「いかにして奇跡が完成したのか」。いきなりの謎の提示に面食らうも、そこで数時間ほど滞在し帰路に着く。ここまでが二日目の概要であり、同時に……。
「鯨にとっては、大きな出来事であった」
鯨。正式名は皇鯨。大園都の南東にある山脈を超えた先には、息を呑むほどの美しい大草原が広がっている。そして、その草海の空中に浮かぶ超巨大な魔物がかの存在だ。一千年前から存在し、クロネアが誇りし魔術史上、最高傑作と称された。
魔物であり図書館。図書館にして生き物。生き物なれど不死。不死ゆえに謎。謎たるは……?
そんな存在にとって、自分の内部に訪れる者たちはどう映るのか。本を借りにやって来たクロネア人や、観光目的の来客、物珍しさに訪れる者もいれば、ただの時間つぶしの連中。はっきり言って、その程度の認識であろうか。一千年前から生きる図書館をしてきたのだ。今更、訪問客に鯨が関心を向けることなど皆無であろう。
「しかし、その日は違った」
一人、珍客が現れた。何故か入る前から興奮気味で、いささか気持ちの悪さも感じたが、それを除けばごく普通の観光客である。数時間ほど内部を観光した後は、如何にして不死なる図書館が完成したのか尋ねてきた。よくある光景であり、当然の質問であろう。尋ねられたポニーテールの女は楽しそうに歴史を語る。彼女の話を興味深そうに聞く一行。奇跡の魔術物語は聞く者を等しく虜にする。例外はない。
到底、辿り着けない謎。
一千年も前からある謎。
誰一人、解けていない。
ちっぽけな存在である人なれば、聞いた後は皆が感嘆の声をあげ、「さすがは魔術の国だ」と褒め称える。夢物語のような鯨の歴史は、まるで自分とは違う世界の話だと思ってしまう。そうして絶対に解けない謎の魔術に敬服するのだ。それは蒼髪をした青年も同じであり、鯨にとってはすぐ忘れる程度の、ただのしがないアズール人であった。
『ルェンさんは「今お話しいただいた中で疑問に思ったこと」はありましたか?』
────この言葉を、聞くまでは。
『うーん、ないですね。とても素敵なことだとは思いますよ。奇跡の魔術なんて、幻想的じゃありませんか』
『確かに、素敵な魔術ですね』
『でしょう? 私も教えてもらったことを今話しましたが、改めて考えても感動的なお話だと思います』
……ん?
……何か、変だ。
彼の言葉は、おかしくなかったか。
いや、おかしいというよりも、こう、違和感を覚える。図書館について興味津々なのは理解できる。初めて訪れたのであるなら当たり前であり、中に入ってみたいと思うのも頷ける。どうして不死なる図書が生まれたのか聞くのも自然な流れだ。
そして解けない謎に驚きながら、最後は称賛する。ただの観光客であるのならここで終わり。もちろん、謎を解こうと陳腐な問いを投げかける者も中にはいるが、数回聞いてやはり解けずじまい、諦める。
……そうだ。
「謎を聞いた者」が疑問に思ったことを尋ねることはよくあった。
しかし彼は。
謎を聞いて、僅か二回目の質問で。
「謎を語った者」に対し、何か疑問に思ったことはないかを尋ねたのだ。
「大したことじゃない。けど、貴方にとっては僕の質問が少し不思議に思えたはずだ」
普通、人は謎を聞いた場合。
考えられる解答やその欠片を求めて、思いつく限りの質問をするものだ。不確定要素が多すぎる謎ならば量も膨大であろう。どうにかして解いてやろうと思慮を巡らすものである。しかし、蒼髪の青年は。
『他に、謎として有名なものはないのでしょうか』
『そうですね。私はそこまで“不死なる図書”について詳しくありません。専門分野として研究している学生ならよいのでしょうが』
この質問の後に“あの質問”をした。
何故、謎に対し自ら考えた疑問点を一切聞かないのか。
おかしくないか。
違和感。
一般の者と違う。
だが、その原因が何なのかわからない……と、思った時である。
ポニーテールのクロネア人との話を終え、帰路に着くため図書館の入り口へと向かう際に、アズールからやって来た男女の二人は……、こう囁き合った。
『モモ』
『えぇ、わかってるわ』
『かなり難易度は高そうだね』
『何せ一千年以上解かれていない謎よ。どれを選ぶにしてもね。候補はまだ増えるでしょうし、ゆっくりいくのが賢明ね』
『あぁ』
──瞬間、鯨の中で引っかかっていた「それ」がわかった。
ただの観光客とは大きく一線を画すそれに、合点がいった。彼らは、そもそも目的が違っていた。最初から「謎を解く」ためだけにやって来たのだ。
だから、質問攻めをしなかった。時間の限りを謎に費やす以上、焦る必要などないから。
だから、話した女に疑問点はないか尋ねた。現地人の見解を聞く心の余裕があったから。
だから、数時間で帰路に着いた。また来るから。──謎を解くために。
「貴方にとって、謎を解くためだけに自らを訪れるアズール人は極めて異質な人間に思えたはずだ。目的がわからない。クロネア人ならまだしも、ふらりと現れたアズール人に自身の謎を解かれる理由など皆無だからだ。不可解な要素でしかない僕らを、貴方は調査したかった。しかし、貴方の正体は魔法であり、“奏流の全”である古代魔術など使えない。ここにいるだけの不死なる鯨だ。ゆえに僕らを調べられない。対策が立てられない。身動きできない」
だから。
「貴方は、“僕らをこっそりと尾行していたルーゼン”さんをこの空間へ招いたのだ。強制的に」
ルーゼン・バッハの名がここで登場する。
シルドたちがクロネアに向かう空船で一瞬だけ登場したものの、それ以降は音沙汰なしであった彼が、ここで登場する。二日目の時点では、決してシルドたちの前に現れなかった彼がだ。
ルーゼンの名が出た瞬間、鯨の表情が僅かに揺らいだ。真一文字に閉じていた口が、微かに動いたのだ。微妙な変化であったものの、シルドはしっかりと見ていた。
当時のルーゼンからしてみれば、尾行していたはずの自分がいつの間にか別の空間へと誘われてしまった。しかも眼前に現れる不思議な存在。自分のことを余という、不気味な存在。驚きは禁じえなかったであろう。さらに、その者は……自らをクロネア図書館だと言った。
隠密特化の魔術を持つ自分を容易に誘った相手。独特の雰囲気。言い表せぬ威圧感。震える空気。
何より、会った瞬間に全身が感じた……相手の存在感。シルドも初めてかの存在に会った際、目の前の「男のようであり女のようでもある存在」に酷く困惑したものの、最後には強い確信を持って別れ際にこう告げている。
『必ず暴いてみせますよ。証拠を集めてね。……楽しみにしていてください。“不死なる図書”さん』
『はて。余は知らんね、そんな超かっこいい存在』
『あんただよ』
問答するにつれはっきりとしていく、相手が「歴史の体現者」であるという確信。
上手く説明できないのに、相手が本物の不死なる図書なのだと思ってしまう。それはきっと、一千年以上も生きたからこそ放つことができる何かなのだろう。理屈ではない、見えないものだ。また、アズール人であるシルドでさえそう思えたのだから、現地人のルーゼンなら一層感じたに違いない。あの「存在感の凄まじさ」を、間違いなく……彼も感じ取ったはずだ。
本物であると。
歴史が、目の前にいるのだと。
「“歴史を何よりも重んじるクロネア人”にとって、“歴史そのもの”である貴方の質問には本能的に逆らえないものがあった。もちろん、最初は警戒心から話す言葉も少なかったでしょう。しかし、時間が経つにつれ感じてしまう歴史そのものの相手に、クロネア人としての本能から抵抗できなくなる。否応にも、少しずつ返答の言葉が増えていってしまう」
「……」
「僕たちアズール人には決して理解できないことです。“クロネア人特有のもの”だと思います。それを貴方は巧みに利用し、ルーゼンさんと問答の末、何とか僕らの情報を聞き出すことに成功した。……ただ、それでも、ルーゼンさんが話した情報は『僕らがここへ来た目的のみ』だったはずだ」
「何故そう思う」
「いかに心が本物だと感じても、それだけの理由でベラベラと自分の持っている情報を話すほどルーゼンさんは未熟ではない。実際は、まだまだ大いに警戒していたはずだ。貴方の出方を見るためにも、最低限の情報だけを提供したのでしょう」
そう。どれだけ心が、眼前に不死なる図書がいると直感したとしても。
クロネア人の本能として歴史の体現者に敬服したとしても。
それだけの理由で、おいそれと全てを開示するほど人は弱くない。クロネア人だったとしても、やはり目の前の存在は不可解に映っただろう。当然といえる。一千年も謎とされてきた存在が目の前に現れるなど誰が信じようか。
「この時、貴方も厳しい立ち位置にいた」
今まで現れることなどなかった、謎を解くために来たアズール人。最も真実の解答へと至る可能性が高い相手。彼らが本気で謎を解こうと挑むのならば、もしかしたら……鯨がずっと望んできたものを手に入れてくれるかもしれない。
だが鯨は魔物、クロネアの民である。奇跡の魔術だと称されてきた魔術最大の謎の答えが魔法だなんて、解かれていいはずがない。しかし同時に解いてほしいとも心のどこかでずっと思っていた。二律背反する心の葛藤が、一つの懸けを導き出す。偽の解答を提示しつつ、ほんの少しだけの真実たる欠片を、与えることにしたのだ。
同時に、これからはシルドたちの動きも知らねばならない。そのためには「自らの目」となる存在が必要だった。ルーゼンを駒と出来たなら、常に情報を手に入れることが可能になろう。ただ、肝心の駒が大いに警戒している。とてもじゃないがこちらに属させることができない。ならばこうするしかない。……鯨はルーゼンに、悪魔的な文言を囁いた。
* * *
真実を知りたくないか?
不死なる図書が何故生まれたのか、知りたくないか?
奇跡の魔術がどうやって誕生したのか、その全てを知りたくないか?
教えよう。
教えてあげよう。
余に、協力してくれるのなら。
* * *
自らの謎を、交換条件にしたのである。
クロネア人にとって永遠の謎ともされるクロネア永年図書館の謎。知りたくないというクロネア人など一人もいない。“誰も知ることがない謎”を、知ることができる唯一無二の機会が目の前に提示された……。罠だとしても、逃したくはなかったはずだ。シルドたちの情報を提供するだけで知ることができるのだから。魅力的すぎる交換条件だった。
加えて、クロネアに害はなく、母国を背くことにもならない。相手の鯨もクロネア人であり、味方だ。情報を提供するだけならば、危害を加えることもないのではないか。心は揺れる。大いに揺れる。
「実際はこんな甘っちょろい言葉を述べただけじゃない。あのルーゼンさんを術中に嵌めたのだ。僕ごときでは逆立ちしても無理な魅惑的な話をしたのでしょう? しかもこの空間からは逃げられない。拒否すれば殺されると考えるのが自然です。さらには貴方に協力しなければどうなるか脅しも込めた。つまり、シェリナ王女のことも臭わせたはずです。徐々に追い詰められていったルーゼンさんの心が貴方に傾くのも、無理のないことだった。誰も責めようがない」
そしてルーゼン・バッハは知ることになる。
長きに渡る魔術最大の謎を。
その、真実とは────。
「古代魔術だと」
シルドの眼光が、鋭く相手を突く。
「謎の答えが魔法だなんて一切言わなかった。真実を教えるつもりなんて毛頭なかったんだ。……偽の解答を教えましたね。これが真実だと言って。徹底的にルーゼンさんを騙し、利用するために」
既にそこから鯨の策は始まっていた。ルーゼンが最後にどの様な行動をするのか全て計算に入れて、最初から嘘の真実を教えたのだ。少し前に、シルドが話した古代魔術が答えとする解答の何倍もの説得力がある話をして。矛盾点がありそうなら更に補強をし、いかにも真実であるかのごとく……、古代魔術が答えだと教えたのであった。
「完璧な偽の解答に、さすがのルーゼンさんも信じてしまった。そして知った対価として、貴方に協力することになる。──ここで二日目が終了します」
滞在二日目。
シルドと鯨は未だ邂逅していない。それどころか、まだ謎に出会ったばかりの頃だ。
しかし、鯨はシルドたちの目的をこの時点で把握し、二律背反する葛藤を胸に動き出す。ほんの僅かな真実を織り交ぜながら、偽の解答へと引きずり込むために……。
明らかになっていく本当の真実は、静かに淡々と語られていく。
二人しかいない寂しく冷たい空間であるが、双方の発するものは徐々に熱を帯びていく。
語りは三日目へと移行し、さらに日数を紡いでいく。
その中には、学園啓都の歴史を知るため、霊父と呼ばれる男のもとへ足を運んだ話もあろう。
当然ながら、シルドは知る由もない。
その男が、今まさにジンたちを殺そうとしているとは。




