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真の恐怖は眼前にあり





 アズールとクロネア。

 ジンとシェリナ。

 王子と王女。

 両者のそれは、激闘と呼ぶに相応しいものであった。

 文字通り激しく闘いあう。考えながら戦うのではなく、考えずに戦う。精神と肉体の同一化を連続で起こす。瞬時の判断を火花のように焚き付け、有効なる一撃を花火のように咲き誇らす。戦う者は見ている者の数倍たる体感時間を感じるとされ、上級者であればあるほど悟れる世界は桁違いであるという。

 ただ、それも。

 いざ戦えば、勝敗はつくものだ。互角なんてものは、そうそうあるものではない。

 シェリナからしてみれば、魔法師など接近戦において圧倒的弱者である。魔術師のように身体を強化することはできない。一撃でも見舞えば、その貧弱な身体は崩れ落ちる。その程度の認識であり、これからも変わることはない。けれど、今、自分と戦いを繰り広げている相手は彼女の認識を反転させかねない男であった。

 

「……ッ!」


 振り下ろされる剣の軌道を読み、避けるか受け止めるか選択する。ここまではさして問題ではない。一般の者でもこれぐらいはするであろう。ただ、ジンの場合、それからの攻撃速度が並ではなかった。流れるように反撃を繰り出す。しかも、ただの反撃では断じてなく魔力を込めた攻撃である。

 魔法師としての技量を超えていた。

 拳を前に突き出しただけなのに、ルカを操作して拳圧にルカを乗せる。結果、何倍にも膨れ上がったそれが間髪入れず襲ってくる。風の塊のような一撃が飛んでくる。これは脚撃にも用いられ、鎌鼬のような真空の刃を蹴り上げただけで作り出す。


 敵は体術を中心にルカの操作を連動させた技を用いる。ルカを変幻自在に操作できるジンならではの戦い方だ。……はっきり言って、魔法師であるなら考えられない戦い方である。魔法師は「魔法を使って攻撃する者」だからだ。

 リリィ・サランティスやミュウ・コルケットのように自然や創造魔法を使って物理的に攻撃したり、アシュラン姉妹のように陣形や癒呪魔法を使って精神的に攻撃する。戦う際、魔法を攻撃のために使う。魔法師ならば説明するまでもない当たり前のことだ。


 しかし、彼は「体術とルカの連携のみ」で戦っている。

 もはや、魔術師に近い。クロネア人から見ればキチガイだ。

 なら、両者の戦いは魔法師と魔術師というより、武術を高めた者同士の激突であろうか。そうなると、決着は矢の如く訪れる。二人の戦いは後半戦の中で最も早く決着がついた戦いともいえよう。


「おらよ」


 目もくらむような剣速を鮮やかにさばきながら、ジンは左脚を振り上げた。シェリナの身体はその場に耐えることができず、後方に吹き飛ばされる。空中で体勢を整えようとするも、地面に突き刺さっていた剣が二本こちらへ襲ってくる。それを何とか破壊するが……。

 既に着地地点に先回りしていた敵が、不気味な笑みを浮かべて待っていた。右手には、己の魔力を圧縮し、ルカの塊と化したものを回転させている。見たくないほどに歪な色をしていた。直ぐに己の髪から剣を出す


「“魔玉”」


 ……も、時すでに遅く。“魔玉”と呼ばれた塊が、王女の腹に深くめり込む。

 瞬間、シェリナの身体が天井にまで到達した。異常な破壊力を秘めた攻撃に、意識が途切れかけるも必死にこらえる。ここで失ってしまえば敗北が決定する。それだけは断じてあってはならない。まだ、私は戦える……!

 脚撃の一撃が、王女に命中する。

 次なる脚撃が来るのも、一秒に満たない。

 更なる攻撃も衰えることなく、続けざまに襲ってくる。速い、速い。強く、深い。矢継ぎ早にやって来る。逃れられない。数は十を超えた。まだ来る。身動きが取れない。動けない。視界が風の刃しか映らない。何だこれはと思うしかない。思えない。二十を超えた。まだ来る。更に勢いを増して、威力を増して、衝撃を増して、破壊を増して、連射、連撃、連続と、途絶えることなくやって来る。五十を超えた。もはや、耐えられ────。


「天地、ことごとく蹴り砕く」


 それが止んだのは、天井がいよいよ崩落を開始し、彼女がいた付近にポッカリと穴が空いた時であった。服や身体がズタボロになったままヒュルヒュルと落下して、地面へ。ギリギリで何とか剣のクッションを作るも、あまり意味はないようであった。肩で息をする彼女に、王子が静かな口調で言葉をかける。


「さっきも言ったが、ミュウの“喰人鬼”と戦ったお前じゃ俺には勝てん」

「……ハァ、ハ……ァ!」

「体調が万全だったなら違う形になってたかもしれねーが、そんな仮定の話に興味はないわな。そんじゃま、この無駄に長かった戦争も……終わらせるか」


 ヒヒッと嬉しそうな敵の声を聞きながら、王女は顔を下に向けていた。

 足元がふらつく。このまま先の攻撃を再度受ければ、もはや、持たないだろう。それほどの攻撃力を誇り、相手との力量を見せつけられたものだった。つい数分前までミュウと戦っていたことで、自身の魔力や精神は疲労し切っている。それは相手も極長四名と戦ってここまで来たのだろうから同じだろうが、どうにも「戦闘力における差」は、奴の方が上なのは間違いないようだ。

 それでも……。

 負けるわけにはいかない。断じて。少しでも体力を回復させるため、シェリナは時間稼ぎとして問いを投げかけることにする。何でもいい、適当な話を振って足元のふらつきが消えるまで耐えればいいのだ。本当にどうでもいい話でいい、雑談でも、小話でも……。あぁ、何を言えばいいのだ。そんな簡単な話題振りすらできなくなってきている。とにもかくにも、思い付きで言わねば。


「何故、貴様はそんな考えをしている」

「あ?」

「何故、貴様は、そんなイカレた考え方をしていると問うたのだ」


 問われたジンは、口を開けてその場に固まった。驚きの表情をしていた。王女が時間稼ぎに何かしてくると、何を言ってくるかある程度予想はしていたものの、まさかこんな問いが来るとは思わなかったからだ。……ただ、この時、最も驚いていたのは、他ならぬシェリナ自身であって。双方とも驚いた後にこう思った。

 どうしてそんな質問を?

 シェリナにとって思いもよらぬ言葉を言ってしまった。何を言っているのだ私はと、自責の念に駆られる。だが、口だけは思考と違い、自然と開いて言葉を続ける。


「貴様の思想はとても受け入れられぬものだ。自分さえよければ他はどうでもいい、などと自己中心の究極形なる考えは誰が聞いても賛同しない。貴様自身もわかっているはずだ。そんな考えなど誰もついてこないし、いつか自らを滅ぼすことになると」

「……」

「何故、そんな考え方をする。どうしてそこまで貫こうとする。帝王学やアズールの歴史から王として学べることは多々あるはずであろう。それを上手く繋ぎ合わせ理想といえるアズール王に何故ならぬのだ。貴様ならば、出来るはずだろうが」


 頭では混乱していても、自然と言葉だけは紡ぐことができた。自分が何を言っているのかも理解できていて。そうして今となって、ようやく気付く。先ほど口にした言葉はただの時間稼ぎに用意したものではなく、本心から問いたいと思っていたことだと。それを、言ってしまった。

 どうしてお前はそんな人間でいられるのか。

 明らかに異常だとわかっていてもなお、何故に己を中心とする生き方を一貫させるのか。

 聞くつもりなどなかった。

 相手のことなど興味はないし、何よりも……。

 そんな質問は、まるで、自分が女王としての生き方に悩んでいると、言っているみたいだから。


「人は何のために生まれると思う?」


 呆としていた自分に、敵の男から声がかかる。


「俺はな、人は自由と責任を全力で謳歌するために生まれると思っている」

「……」

「自由と責任は表裏一体な関係だ。必ずといっていいほど、自由には責任が伴う。何か好きなことを始めようとすれば、第三者や環境が波のように押し寄せて潰しにくるだろう? 不思議だよな、そいつらは全然関係ないってのによ、やれ『無理だ』の『諦めろだ』のうるせーったらねぇよ」

「何を、言っている?」

「そんでな、多くの人間が始める前もしくは始めた直後に潰れちまうんだ。生きづらい世の中なのさ。それでもな」


 ニヤニヤしていた笑いとは違う、優しさのある笑み。


「人って生き物は、自分のやりたいことをやろうと思うもんだ。アズール人だと顕著だな。お祭り好きで好奇心旺盛、頭のおかしい国民性だから摩訶不思議な事象を作り出す魔法とも相性がいい。俺は好きだね、魔法あっての国だと実感できる。それでも、人である以上、潰れちまうもんだ。潰されちまうもんだ。もっともっと、たくさん人は、自由に生きていいはずだ」

「失敗を恐れるな、と言いたいのか?」

「ちょっと違うな。失敗も飲み込んで生きろってことさ。何かをやる時、『きっとこうなって失敗するんじゃないか』とか『失敗したらどうしよう』とか考えるもんだ。だが、そんなものに怯えてたら出来るもんも出来ん。何かをやるってことは今までになかった『それ』を手に入れることだ。当然、責任だってくるさ。失敗なんざ空気のようにそこら中にあるかもな」


 ヒヒヒッ、と嬉しそうに語るジン。

 手をヒラヒラしながら失敗が至る所にあるとジェスチャーして、グッと掴む。


「失敗するかも、と思うぐらいなら、失敗してからの成功だと思え。失敗は絶対不可避の存在だと知れ。周りからの重圧や失敗に対する恐怖は定期的にやって来る雨ぐらいのもんだと悟れ。人生を全力で生きる際に訪れるのは、その程度のものだと理解すること。そしたらよ、こうは思わないか? 失敗なんて大したことないってさ」

「無茶苦茶だ」

「生きてたらよ、何か新しいことをやろうと思う時が訪れる。必ず訪れる。だが、その際、失敗や挫折も影みてーに後ろにいる。そしていざ始めたら、大多数の人間は諦める。失敗や挫折や環境に敗北する。やっぱり駄目だったと言って、自ら歩くことを止める。自分の好きに生きることは難しいもんだ。中々どうして上手くはいかない。自由と責任は謳歌しようとするほど自らの首を絞めることになる」


 すると、こう思うようになる。……好きに生きようとしたのが間違いだったのかもしれない。身分相応に、適度な位置にあるものを望もう。背伸びはよくない。安全策を徹底しながら生きて、ある程度の妥協をしながら人生を終えよう。これが最も賢い生き方だ。好き勝手に生きるより、手頃な人生で済ませよう。

 そうして人は、自分が求めていたことを諦める。もちろん、諦めずに手にする者もいるが、敗れ去っていく者の方が多かろう。ある意味では「大人になる」ということだ。現実を知り、己の器を知り、社会を知り、未来すら知る。

 一度でもそれを知ってしまえば、その後、もう一度チャンスが巡ったとしても踏み出すことが怖くなる。自分の好きに生きるということは、自由と責任との一蓮托生なわけであり、とても苦しいものなのだ。だから────。


「俺を見ろ」


 ジンは言う。


「何かをやる時、始める時、挑戦する時。なんでもいいさ、自分が心からやりたいと思うことがあって、それに対する壁が当たり前のように出現し、苦しんでいるのなら……、俺を見ろ。自己中心的に考え行動し自由に生きている俺を見ろ。俺は、生きることに苦しんでるように見えるかい?」

「……」

「俺は壁や失敗が生じた際、苦しいとは思わんな。むしろ目標に向かって前進してると考える。それを乗り越えたら一歩近づけると信じる。だから全力で壁を超える。自由に生きる際に障害になるであろうものは大体が何とかなるものだからな」


 果たして、本当にそうだろうか。

 ジンの場合、王族という身分のため、大部分が我儘で通るものだ。普通の者なら身分的に不可能なことでも、彼なら可能である。そんな王子に対し、人々は「苦しい時でもジン王子は乗り越えている。よし、自分もやってやろう」と思うだろうか。答えは、否である。そんな都合のいい展開にはならない。

 だから。

 ジンは、普通の人が出来ないことに首を突っ込む。

 外交や政治に関して上流貴族であろうとも迂闊に手を出せない領域に躊躇なく出張る。つまり、「王族だからこそ踏み込める事柄や問題」にしか挑まないのだ。国務や一般業務など、形式的に王族がやっているだけで大したものではない仕事はやりたがらない。彼がいつも逃げているのはそのためである。むしろ、他の者が避けたり、やりたくてもやれないこと、失敗のリスクが高い問題に対してのみ積極的に行動する。


 また、腐敗政治をしている領主や、上司であるだけで横暴な態度をとっている内部関係者にも王族という権力を活かし有効に対処している。ジンの趣味である覗きは、シルドに対しては嫌がらせにしか使っていないが、一般的には情報収集や隠密などに使われている。もちろんはた迷惑な覗きにも使っており、その際は遠慮なくミュウから拷問されている。結果として、ジンの功績が人々に認知されることはない。

 今は。

 このジンの行動原理は、彼と関わる頻度が多い人ほど理解されやすい。将来、彼が王となった時、果たしてどのような未来が訪れるのか。それは誰にもわからないし、ジンもまた特に興味がない。作るのは自分であるのだから、未来もまた自分のものなのだ。わからない未来のことをあれこれ考えるぐらいなら、今のやりたいことをあれこれ考えよう。自由と責任を併せ持ちながら生きていく彼の人生観に、揺らぎなど一切ない。


「アズール人はよ、導かれるよりも自分から好きにやった方が性に合ってるんだよ。魔法と同様、ありとあらゆる方向を自分の意思で歩いていけばいい。俺はそういう国が好きだし国民が好きだ。よく言うだろ? 国は民なくしてありえないって。ならその民を雁字搦めにしてたら面白くねーだろ。自由に好き勝手、全力で生きていい。しかしその時、今言ったように失敗や不安が襲ってくる。俺はその邪魔な存在をよ……、少しでも消す存在になりてーのよ」

「無理だ。そんなこと、不可能だ」

「そりゃあ、お前じゃなく国民一人ひとりが決めることさ」

「民はお前のことなど『自己中心的な王』としか見ないだろう。失敗を何度しても立ち上がり克服するという前向きな見方はしないだろう。また、仮に見えたとしても『王は特別な人間だから克服できるんだ』と揶揄するだろう」

「うん、するだろうな」

「だったら」

「それも含めて、そいつが決めたことだ。自分の意思で、決めたことだ」


 ずずぃ、と顔をこちらに近づけてくる相手。

 いつの間にか、王子は王女の前にいた。


「そして今言った奴とは違い、俺を見て『王があんなだから、自分も好きにやって欲しいものを手に入れよう』と考える者もいるだろう。そこから先はそいつの人生だ。自由と責任を手に持って、己の人生を謳歌する物語を始めるそいつの道だ。俺は介入なんざしねーさ。まぁ責任として前に立ちはだかるかもはしれねーがな。自由のために革命をしたのなら、そん時は戦うだけ。簡単なことだろ?」

「民に自らを手本としているのか」

「いや、そこまでお利口さんじゃねーよ。人生を謳歌するための材料として見ろ、って感じさ。もし俺が逆の立場だったら絶対王なんざ見本にしないからな」


 本当にそんなことが出来ると思っているのか?

 理解できない中、王女の口は言葉を紡ぐ。


「王とは、絶対なる賢者のことだ。完璧な存在でなければならない」

「違うな。お前も気づいているはずだ」

「何、がだ」

「完璧な人間などいないことだよ」


 ジン・フォン・ティック・アズールの言っていることは、支離滅裂にして理解し難いものである。

 しかしながら、彼が王となることに変わりはない。なら、ジンは己が一番よいと考えた理念を貫くことに決めた。完成された人になることを全力で否定する。

 完璧な人間などいないから。よく言われる言葉だ。完璧主義を貫こうとして失敗する者にそこまでする必要はない、と諭す際にも使われる。ただ、この言葉の真の意味は裏側にあるのではないだろうか。つまり、完璧な人間などいないということは……。


「人間は、未完成な存在である」


 だとすれば。


「自分そのものすら完璧でないのに、その生き方に『完璧なもの』があるわけないだろ」

「……」 

「未完成だから、そいつの生き方も未完成だ。人生観の絶対的理念は存在しない。必ず、長所短所が混在してるもんだ。非難されることも当たり前、称賛されることも当たり前なのさ。だとするならば、肝心なのは、完成形に近づこうとするのではなく、己が定めた理念を貫き続けることにある。それが人だ」


 俺の話は以上、と銀髪の男は楽しそうに言った。対して、金髪の女は黙ったまま。足元のふらつきは収まり、身体は戦える。けれど、心が……動こうとしない。この時になって、自分の理念とは何だったのかを、彼女は忘れてしまっていたから。

 クロネアにならなければならぬ。

 国にならねば。

 自らの考えなど一切捨てて、国となり、民を導かねば。そう決めたはずだ。なのに、まだ、なれていない。ミュウとの戦いの時ですら、敵の声に耳を傾けてしまった。必要以上の苛立ちもあった。どうしてだ。国であるのなら、他国の者の声などに耳を傾けるわけがないのに。


「私は、クロネアだ」

「そうかい。ま、今更考えを変えたなんて言われても困るがな。だが、少なくとも国になることは出来ないな」

「……何故だ」

「二度も言わせるなよ。お前は、自分でわかってるはずだ。迷ってる時点で駄目なことに。未完成ってやつさ。そしてそれが当たり前だ」

「クロネアの民にとって、国のために身を捧げることが何よりも大切なことだ。クロネアに仕えることが、人生を謳歌する最良の選択肢であるのだ。これは絶対だ」

「なら聞いていいか?」


 楽しそうにしていた表情は消え、鋭い眼光を王女へ向ける。

 空気がピンと引き締まる中、彼の言葉だけが、崩壊しつつある場所で響くのだった。


「──お前の部下である十三名は、国のために集まったのか?」

「…………」

「俺から見たら、国ではなく、お前個人のために集まったように見えるんだが」

「違う。彼らはクロネアのために集ったのだ」

「だったら、どうしてこの戦争に参加している? クロネアのことを思うなら、祖先が作った停戦を無碍にするこの戦争自体、参加しないはずだ。もしくは戦争しないよう助言したはずだ。助言とか不参加表明とか、あいつらはしたのかい?」

「……それは」


 していない。誰一人、そんなことをしていない。

 シェリナが戦争をすると言った以上、十三名全てが参加を決めた。それは王族の決定に逆らえないという身分的なものもあったであろうが、本質は違う。

 彼女のために参加したのだ。迷いに迷って生きている、実はか弱い我らが王女のために。そんな簡単なことに、気づかないシェリナではない。最初からわかっていた。皆が、自分を慕ってここに来て、参加を決めたことぐらい……。ジンにはないものを彼女は持っている。とても大きな、信頼を。

 不安定だった思考の渦が、ようやく消えた。

 シェリナは、自らの考えに間違いはないと今でも思っている。

 ただ、第十一極長『影人』、シャドゥ・ブレイに言った「敗北した極長らは全員クビ」という発言は、撤回することに決めた。また、この戦争が終わった際に皆を集め、謝ることも決めた。私の考えに間違いはない。しかし、クロネアそのものとなり民を導くのではなく────。

 私自身が一人の女王として、己を殺さずに、皆と協力しながらクロネアそのものを導くことに修正した。先よりずっと難しいかもしれないが、出来ないことは断じてないはずだ。一人ではないのだから。


「そろそろ終わらせよう」

「あぁ、そうだな」


 シェリナは震えの止まった右手を開き、仰向けにする。一本の髪がヒラリと落ちて、剣となった。自分が作った剣をこうやってマジマジと見るのは、案外久しぶりであり、懐かしくもあって。初めて魔術を使った時もこうやってただ見るだけだった。感動したものだ。祖先が作ってくれた魔術を今、自分は受け継いでいるのだと。

 考えれば簡単なことじゃないか。王がいるだけでは国は動かない。誰も自分に仕えてくれなければ、動くわけがないだろう。極長らが、学園啓都の民がいたから、私はここにいるのだと。


 剣の輝きが強くなり、そして優しい光となる。

 黒ではなく、白でもない、半透明なる光の剣が生まれた。それを見た瞬間、ジンの表情は一変する。……あれは受け止めきれんな、と悟った。今までの剣であれば手の甲にルカを集め硬質化し防ぐこともできたが、あれは無理だ。避けるしかない。それほどまでの「意志」を感じた。どうにも、自分との問答で一つの答えを導き出したようだが、まぁ、それもあいつの人生だからいいか、と考える。王女の顔を見れば、実に誇らしい顔つきをしていて。


「無駄に長かったな、この戦争」

「そうだな。だが、意味はあった」

「価値もあったな」


 シェリナが構える。呼応してジンも構えようとするが、その前に周囲を見渡して、一度ため息をついてから構えた。どうにも、彼の考えていた「終幕」とは違うようであることに聊か不満であったようだ。だが、それもまた未来というやつであろう。こうなったのなら、己の求めるものを掴み取るだけだ。これまでのように、今のように、これからのように。……過去も現在も未来も全て、自分を貫くだけだ。それがジンの、王道である。


「いくぜ、シェリナ」

「いくぞ、ジン」


 最後は、双方とも名前で呼び合うものになった。

 一人は、魔法の国アズールの王子。

 一人は、魔術の国クロネアの王女。

 互いに重いそれを背負いながら、ここまで生きてきて、そしてこれからも生きていくであろう王族。両者の未来は国の未来となり、紡がれていく。今を生きる者らの、想いの籠った戦いが決着する。魔力を全身に込め、相手を見て、誇らしく笑い、時を刻んで…………、激突した。




 ※ ※ ※




 二人の横に、電子板が出現し。


 ルーゼン・バッハの名を消した。


 アズール側、残り二。




 ※ ※ ※




 瞬間、激突する直前で両者は後方へ跳ぶ。

 王女は跳んだ後、何度も電子板を見る。混乱する自分を落ち着かせながら、浅い呼吸を繰り返す。

 王子は跳んだ後、ミュウのすぐ横へ移動する。彼の横にいる女性が、電子板を見ながら不安げに口を開いた。


「ジン、これって……」


 アズール王子もまた、彼女と同じ気持ちだ。おかしいのだ。クロネア側は残り一。目の前にいるシェリナのみである。そしてこちら側は残り三。自分とシルド、そしてルーゼンであった。あちら側の代表者は一人だけであり、今こうして戦っている。他の二人はいたとしても、戦う相手がいない以上、退場しようがない。自ら退場した? 意味がない。やるのならもっと効果的な時があったはずだ。少なくとも、今ではなかろう。既に退場した者がルーゼンを討った? それもない。退場した者が出場者に危害を加えれば、それこそ違反でありクロネアの敗北が決定する。シェリナに忠誠を誓っている彼らに、そんなことをする輩がいるとは考えづらい。

 と、なれば……?

 その時である。

 ジンとミュウの後ろに、影がさした。後ろを振り返ると、一人の大男が立っており、こちらを見下ろしていて。


「え、と、貴方は」

「確か、霊父とか言った……」


 そんな、二人が記憶を巡らしながらポツリと言っている際。

 大男を見たシェリナの全身の毛が、逆立った。

 同時に理解した。

 何が起きたのかを。

 ミュウとジンは相手の右手が何かを引きずっていることに気づく。

 自然とそちらに視線がいって。

 黒い何かを引きずっていた。

 黒であるものの、所々赤い液体が付着していて、赤黒い歪な姿をしたそれを。

 見た。

 人だった。

 数時間前に一緒にいた。

 アズール側、唯一のクロネア人。

 そして、二人がルーゼンの姿を見た時と同時、事態の全てを先に把握できた王女が、アズールの将来を背負うであろう二人に対して────、あらん限りの声で叫ぶ。




「そいつから離れろ!」




 美しい夜空が彩るクロネアの空。雲は晴れ、星々が冬の空を鮮やかに飾り立てる。

 そんな空の下にある、憲皇と呼ばれる塔の最上階が……、木っ端微塵に弾け飛んだ。天井はもちろん、最上階にあった壁やガラスが全て吹き飛んだ。キラキラと星の雫のように光り輝いて落ちていく無数のガラスや石の中に、二人の魔法師の姿があって。ジンがミュウを強く抱きしめ、落下する。

 地面に激突する際、ミュウが僅かに回復した魔力で中級・創造魔法“安らぎの台座”を発動。大きなクッションの形をした創造物が地より出現し、二人はそこに収まった。そのまま地面に着地するも、何が起こったのか理解できないミュウは口を開く。けれど、それより早くジンが彼女を……抱きしめた。

 

 強く、優しく。

 そっと頭を撫でながら。

 今までないほどの、愛情を込めて。


「ミュウ。今まで俺と共に歩んでくれたこと、深く感謝する」

「え、え?」

「ありがとよ」

「ジン? ……何、言ってるの」

「お前は本当にいい女だ。よくもまぁ、俺と一緒にいようと思うもんだ。理解できないし、ほとほと呆れ果てるが、それでも俺とこれまで歩んでくれた生活は、かけがえのないものだったと思ってる」

「ジン、ねぇジン。どうしたの。さっきから」

「俺は、お前を愛してる。だからな、ミュウ。いいな? よく聞くんだ。黙って俺の言うことを聞け。……仲間を連れて、全力で逃げろ。俺が時間を稼ぐ」


 今まで生きてきた中で、ジンから言われたことのない言葉を連続で言われた。

 しかし、何で今、そんなことを言うのだ。どうしてそんな、最後の別れになるであろうことを言うのだ。自己中で我儘、されど自らが成すと決めたことは必ず達成してきたジン。世界中の誰よりも大好きなジン。そんな彼が、「時間を稼ぐ」などと言うだろうか。そんなもの、まるで、これから自分が…………、死


「俺はなぁ、基本的に小説が嫌いなんだよ」


 そう言って、ジンは立ち上がり後ろを見た。

 抱きしめてくれた彼の温もりは消えてしまって。

 濃い魔力を全身からほとばしらせながら、王子は言葉を続ける。


「特に喧嘩や戦闘ものの小説が大嫌いだ。何故かわかるか? 必ずといっていいほど、第三者の乱入があって有耶無耶になるからだよ。はっきり言ってな、ありゃ『作者の逃げ』だ。どちらかを勝たせてその後の話を書くのが怖いから共通の敵を出し協力させようっていう魂胆が透けて見える。はっきりと勝ち負けを書くことができないヘタレだ。実に小汚ねぇ。三流も三流、作者として失格だ」

「ハッハァ、何、言ってやがんだ? 別に俺は第三者じゃない。ちゃんと面識はあるはずだぜ?」

「だからよ。俺はこの戦争、必ず決着をつける。“アズールかクロネア、どちらが勝ったか”を絶対に決める。それが戦争を起こした俺の……、責任だ」

「だったらいいじゃねーか。あぁ? クロネアの圧倒的勝利だ。お前らはクロネアの勝利に納得がいかず、王女らに手を出して殺された……、哀れなアズール人だ。決まったことだ。……それにな、俺はちゃんとお前らに言っておいたはずだ」


 奥から、一人の大男がやって来る。薄く笑いながら近づいてくる、魔術師。

 ジン、ミュウにシルドとモモは、こちらにやって来る男と一度、言葉を交わしている。学園啓都の歴史を知るため、一千年前の双子の王族について話を聞いたのだ。彼はシルドたちにクロネアの歴史を語った。そして別れの際に、こう言い残して終わったのだ。


『あぁそうだな。ついでに俺の格言を贈っておこう。これはどんな者にも贈る言葉だ。適当に聞き流していい。“見た目に惑わされるな。真の恐怖は眼前にあり”』

『何だそりゃ』

『そこそこ生きてきた俺の経験上の贈言さ。覚えておいて損はない。きっと役に立つ』


 見た目に惑わされてはいけない。

 真の恐怖は、眼前にあるのだから。

 今、目の前に。


「なぁ、言ったはずだぞ? ちゃぁぁぁんと言ったはずだ、アズールども。俺は優しく忠告した。警告した。予告した。クロネア王国としての、助言をしてやったんだぞ?」

「ほざけ。『国そのものに堕ちた人形』が、人徳を語ってんじゃねーよ」

「ハッハッハッハッハァ! 言うねぇ、アズール。クク、やっぱそうじゃなきゃ駄目だ。お前らは悪じゃなきゃ駄目だ。我らがクロネアにとっての、絶対的悪でなければならない」

「名乗れ」

「あ? 何言ってやがる。既に名前は言ったはずだが」

「名乗れと、言ったんだ」


 ジンの言葉を受けて、相手は至高の喜びという表情を浮かべた。そして、今までミュウが感じたことのないほどの魔力の波が、彼女を襲う。思わず吐きそうになった。これほどまでの濃い魔力は、今まで感じたことがない。一体全体、どれほどの人外であるのなら、こんな気色の悪いルカを出せるのだ。

 もはや、これは、自分たちがどうこう出来る相手ではない。

 ミュウはもちろん、ジンでさえ……勝てる相手ではない……!


「あぁ、あぁ……! 最高だ。実に良い。これこそが求めていたものだ。ハッハァ、やっぱりお前らは滅ぼされるべき存在なんだよ。クク、カカカッ、嬉しいねぇ。憎き二流国家を、堂々と滅ぼせる口実が出来たのだからな。感謝する」


 ジンの言った通り、この長きに渡った戦争は終結する。

 つまり、アズールとクロネア、どちらか一方が勝ち、そして負ける。それは必ず決まる。中途半端で終わったり、有耶無耶になることはない。戦争を始めた者としての責務だからだ。

 たとえそれが、どのような過程であろうとも。

 勝敗は決するのだ。


 戦争は佳境も佳境、大詰めの最終盤。いよいよ最後の時が訪れる。

 自らを捨て去り、クロネアという国に堕ちた人間が、やって来た。

 全てを終わらせ、本当の戦争を始めるために。

 アズールが王子、ジンの前に立ちはだかるは────。




「“三傑”……、クロネア代表。レイヴン・バザード」




 世界三強が一角。

 刹那。

 ジンの右腕が打ち砕かれ。



「逃げろ、ミュウ」



 両の眼球がえぐられた。

 アズール側、残り────。






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