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解答と返答




 アルバートン・フィッシュ。

 約二百年前、カイゼン王国に実在した殺人鬼の名である。

 性別は男。2メートルを超える身長に、びちゃびちゃに濡れた髪。狐のような目はどこか厭らしさを感じさせた。耳は太く眉毛はない。

 見た目から既に不気味なのだが、その中でもひと際目立つのが“くち”であった。ゆうに通常の3倍はあろうかという異常なまでの大きさ。一見、顔の半分が口ではないかと錯覚するほどの存在感。笑った際の動きは、もはや嫌悪感すら覚え、黄色と黒が入り混じった歯を全面に見せてくる。

 また、もう一つ目につくのが“腕”の長さである。しっかりと直立しているのに、地面に手がペタリと付いている。赤いマントを羽織ったマッチ棒のような風貌は、見ているだけで不安をどこまでも駆り立てた。それが、“アルバートン・フィッシュ ──── 喰人鬼”の姿である。


 この魔法、発動させれば術者に呪いがもたらされる。

 喰人欲求である。

 アルバート・フィッシュ自身も異常なまでの喰人鬼であったため、魔法師もまたそれ以外考えられないほどの欲求に囚われる。人を食べたい。喰したい。そのため、ミュウ・コルケットは魔法を発動したものの動くことができなかった。理性を総動員して、その欲求に抗うためだ。一度でも欲求に身を任せれば、もはやどうなってしまうかわからない。

 また、同時に相手を殺してはいけない戦争の取り決めを守るために、自身が発動させた横にいる創造物に「不殺の命」を与え続けなければならない。自分に対する理性の命と、魔法創造物に対する不殺の命を同時進行で続けながら、ミュウはその場に立ち尽くしていた。ここまでが、ミュウと魔法に関する一連の説明となる。



 そこから先は「秒の世界」であった。



 シェリナがミュウの横に出現した化け物を見て、まばたきをする。人間ならば無意識にするただの動作だ。瞼を一度閉じ、そして開ける。一秒すらかからない現象。

 眼前に“喰人鬼”がいた。 

 正確には三歩ほど前の空中にいた。腕を大きく振りかぶりながら笑い、跳んでくる相手。瞬きをした刹那の中で、相手はミュウの横にいた場所から跳び、シェリナのすぐ前に移動していた。口を大きく開けて、涎を垂らし、こちらへ向かってくる。考える余裕など勿論なく、身体が即座に反応する。髪がゾロッと抜けて剣となり王女の前に並び盾となった。それが剣らの精一杯な動きだったとも言える。


 “喰人鬼”から振り下ろされた腕の攻撃が、剣の盾を容易く破壊し、衝撃がシェリナを襲った。軽々と彼女は吹き飛ばされ、地面に横たわれる。直ぐに身体を起こし前を見れば、相手の腕が地面に突き刺さっていて、それを抜く途中であった。手には「付け爪」があって、そこから漏れる魔力の色は、度し難いほどの濃さである。もはや吐き気を催すほどに。

 また、相手の口もよく見れば「入れ歯」をしている。そこからも爪と同じような濃いものを感じた。二つは魔具である。これが敵の強さの正体であるのだが、そんなことを考える暇などシェリナにはない。


 全身全霊でこいつを破壊せねば勝ちはないと直感する。

 王女の髪の一本いっぽん全てが金色に光った。そして百本の髪が抜け、シェリナが持っている特別な剣と同じものになった。それらを見た“喰人鬼”は愛おしそうに笑い、涎をダラダラと垂らしまくる。

 剣が雪崩のように射出された。

 同時、化け物は高速で王女に向かって疾走した。

 剣らは回転しながら相手の土手っ腹に突撃する……も、それを軽々と避けながら殺人鬼は駆ける。呼応して剣が相手の動きの先を読み、避けた場所に寸分違わぬ間に突貫する。しかし、敵はそんな剣たちを楽し気に付け爪で破壊し、シェリナのところへ跳ぶ……! 跳ぶ速度もまた異常なほどに速く、両者の距離は数歩にまで近づいて。


 四本の剣が、“喰人鬼”の顔面に直撃した。

 空中に跳んだことにより、避けることは出来ず、四本全てが見事に命中したのだった。


「────ッ!?」

 

 ……が、剣は、相手の口に全本収まり、飴を噛み砕くように軽々と咀嚼された。

 そして宙に浮きながら回転し、付け爪をニュルリと伸ばして、地面を裂きながらシェリナを抉った。衝撃で空中に再び飛ばされながら、堪えようのない痛みと筆舌に尽くしがたい恐れが、王女の身を駆け巡る。生まれて初めて自分が「食べられる」という怖さ。当然、受け入れられるわけがない。しかし、現実として、その非現実が目の前まで這い寄ってきている。本当にこれは現実なのかと思いたい自分を必死で押し殺し、相手を見て。

 

「……あ」


 王女は。


「あああああ」


 叫んだ。

 地面に着地し「あ」から始まる叫びを喚き散らしながらシェリナは走る。剣の群れが彼女を援護するように敵へ向かうも、相手は薄っすらとほくそ笑んで剣を難なく爪で破壊する。それでも王女は走り、剣に魔力を注いで、力の限り振り抜いた……!

 それもまた容易に滅されて、砕け散る剣が視界に映った。

 目を大にして、その光景を見る。時間を凝縮した世界だ。剣の残骸が嫌に光って見えた。

 そして、相手の極上なる笑みも映る。敵の腕が振り上げられて……降ろされる。

 来る。もう、どうしようもない。避けられない。食べられる。いや、それよりも──。


 私は、負けるのか?


 この時、この瞬間、恐怖の念だけが王女を襲っていたのが、別のものによって掻き消される。

 負ける。

 私が負ける。アズールに負ける。敗北する。クロネアが敗れる。

 そこから先の未来が、圧縮した時間の中で如実に展開された。死にたくなるほどの未来がシェリナ・モントール・クローネリを襲った。一生付き纏う「敗戦の王女」。陰で言われ続け、自分自身も苛み、歴史に深々と刻まれることになろう記録。それを私は、これから先ずっと受けることになる。死ぬまで。


「は?」


 ありえぬ。断じて受け入れられぬ。

 深い絶望に苛まれるくらいなら、私は死を選ぼう。だがそれは苛まれる前提の話だ。私は死など選ばない。選ぶなどありえない。私はクロネアなのだ。国なのだ。国が死ぬなど、まかり通るわけがない。だから死は認められない。

 勝つのだ。それしかない。勝利を手に入れるのだ。こやつらを一匹残らず駆逐し、クロネアに勝利を。敗戦の汚名を被るのは奴らだ。断じて私ではない。私は死なない。負けない。敗れない。ありえぬ。ありえぬ。こんな奴らに負けるなどありえぬ。勝つのだ。勝つのだ。私は。負けるぐらいならアズールを────。


「殺してやる」


 そして時は戻り、“喰人鬼”の腕が彼女に振り下ろされた。

 同時、ミュウの喰人欲求が解除された。


「え?」


 解除した、ではない。された。ミュウの意思ではなく強制的に人を食べたいという欲が消えた。その現象を誰よりも理解できなかったのが、ミュウ自身であった。前を見ると、“喰人鬼”が振り下ろしたことにより地面が割れている。ただ、振り下ろした魔法創造物は、そこから先動いていない。糸が切れたかのように、ピクリともしない。

 ……まさか。

 そう、ミュウが思った時であった。“アルバートン・フィッシュ ──── 喰人鬼”の頭部からピィー……と光る線が見えた。線は頭から真下に続き、首、胴体を通り、股にまで続いていく。まさか、そんなまさか、とミュウの脳内でガンガンと不安の鐘が鳴る。そんな鐘の音など嘲笑うかのように線は一本、縦に引かれ……。

 ビチャァと左右に“喰人鬼”が割れた。割れた魔法創造物は機能を停止し、土へと還る。人を喰らう化け物は縦に一刀両断され、その役目を終えた。終わらされた。


 そして、肝心の相手は。

 割れた“喰人鬼”の先にはおらず、代わりにミュウの眼下にいて。眼球を下に降ろし、確認するミュウ。それぐらいしか彼女にできることはなかった。もう、ミュウに許された時はそれぐらいだったのだ。相手の女の髪はミュウ以上に短くなっていて、所々剥げてすらいて、一体何を犠牲にしたのかは……一目瞭然であった。そして、ミュウの口が開こうとした最中。


「あっ」


 鮮血が舞った。

 振り抜かれた剣による一閃は、容赦なくミュウ・コルケットの上半身を裂いた。一歩、後ろに下がり、また一歩下がる。手を斬られた個所に置いて、顔を下に向ければ。ジワァ……と赤い液体が服を侵食し始める。あぁ、と細い声が漏れ、力が抜ける。両膝が地面に付き、ゆっくりと前後に傾いて、築嬢は天を見上げた。


「ジン……」


 その言葉を最後に、可憐な少女は倒れた。電子版が出現し、彼女の名を消す。その電子版すら、金髪の王女は一振りで破壊した。電子版の破壊は「もう結果を私に出すな」という意思表示でもある。ゆえに、これからは王女が自らの口で「“果たし状なる選名”」と言わなければ電子版が出ることはない。もう、魔法という存在そのものを視界に入れたくなかった。

 ミュウを切り捨てたクロネアは黙って地に伏している相手を見る。そして動かぬ少女を視界から外し、次の獲物を狩るため踵を返した。あーぁ、と気怠そうな声を出しながら、血の付いた剣を払いながら、クロネアは歩き始める。



「時間の無駄だった」



 アズール側、残り三。



   * * *



 シルドは、ミュウ・コルケットの名を消した電子版を見つめながら優しくそれを手で割った。シェリナがやったことと同様、これにより、次の退場者が出てもシルドに電子版は出現しない。目を瞑り、自身の胸中に湧く想いをグッと堪えて視線を前に向けた。電子版を割ったのも、今から始まる戦いに集中するためだ。その様子を楽しそうに見つめる相手に、青年は口を開く。


「確認があります」

「何かな?」

「これから始まる問答は、先に言った四つの謎に対し貴方が答えを持っているということでよろしいですか」

「あぁ、余が答えを持っているよ。それは間違いない」

「では、答えが合っていた場合、貴方は認めてくれるのですね」

「ふふん、勿論だとも。合っているのにそれは違う、などと野暮なことはしないさ」


 自分のことを「余」という存在は、指を鳴らして出てきた椅子にゆったりと座った。子供のような無邪気な顔をしながら、薄く笑ってシルドを見つめる。


「ただね、合っているだけではどうしようもないこともあるんだよ。お兄さん」

「……」

「どう抗おうが、お兄さんには敗北しかないと思うけど、まぁ頑張ってくれたまえ。アズール人らしく存分に踊って、我らクロネアの民を楽しませておくれ」

「アズールについて、貴方は興味がないのですね」

「あぁ、ないね。微塵も」

「今まで、アズールのことについて知ろうとはしなかったのですか。文化や文明、言語に人柄、アズールにもたくさんの魅力があります」

「だから? 全てにおいてクロネアが上回っているじゃないか。他については特に関心はないよ。ぶっちゃけ、アズールについては何も知らない」

「やはり、貴方はクロネア人なのですね」

「そうだ。余はクロネアだ。クロネア人は同志には優しく愛をみせ、それ以外には平気で嘘をつくものだ。この誇りをお兄さんと共有できないのは、聊か悲しくもあるね」

「確認は以上です。これまでの言葉に、嘘はありますか」

「ないよ。ぬふふ、────勝てる準備は、整ったかい?」


 まるでこちらの思惑を見透かしているかのような言葉。シルドが聞いた確認事項など、まるで意味がないと言わんとしている。一千年の時を生き、どれだけの経験と場数を積んできたのかわからない存在。相手として、とても勝てるとは思えない……。普通ならば、そう思うものだ。


「では始めようじゃないか、お兄さん。どの候補から選ぶんだい?」


 けれど。


「古代魔術」


 この青年もまた、決して弱くはない。


「あーと、聞こえなかったかい? 候補のうち、どれから始めるかを聞いたんだが」

「それに意味はない」

「……何故?」

「全て繋がっているからだ。選ぶ必要はない。語りながらこうほを結べば、こたえになる」


 古代魔術。いにしえにあったとされる幻の魔術。

 大自然を流れる『核』と称されし源と一体化し、ありとあらゆる自然を視ることが可能な“奏流の全”。

 想像から情念へ昇華させ、頭の中で思い浮かべた獣に姿かたちを変えることが可能な“想念なる幻獣”。

 己の魂を相手と交換できる。“魂交”。古代魔術は全部で三つ。また、クロネアの『人間』だけが発動できるもので、『魔物』は発動できない。ゆっくりと、落ち着いて言葉を紡ぐ青年。


「貴方は最初、人だった。名をブロウザ。この絵本に登場する人物だ。これは貴方自身なのですね」


 絵本を手に取ったシルドは、それを見えるように相手に向ける。本のタイトルは「ブロウザの大冒険」。シルドの第二試練である、他国の図書館の謎を解明せよと示した、あの本である。

 本の内容は、ブロウザが異世界に行き、そこで出会った用心棒と一緒に旅をして無事、元の世界へ戻ってくる。その際、異世界の王はブロウザが望む秘術を何でも授けようと彼に言った。そこでブロウザはある秘術を求めた。絵本にはこう書かれている。


『では、────の秘術をお与えくださいませ!』


 あの時、ブロウザが求めた秘術は何だったのか。絵本だけでは到底わかるものではないが、今、目の前にいる存在をブロウザと仮定すれば……。

 求めた秘術は、「私の元いた世界に存在する古代魔術全てを扱える秘術」ではないだろうか。人では決して辿り着けない領域、それら三つ全てを躊躇することなく求めたとしたら。


「古代魔術の三つを手に入れた貴方は“想念なる幻獣”によって鯨帝となり、空を行き来しながら自由に生きていた。おそらく、他の二つの魔術も好きに使い、誰も経験したことがない生活をしていたのだろう」


 自分以外、誰も扱えないという事実は強大な優越感を生む。まるで自分が世界の覇者であるかのような感覚。絶大な力を手に入れたブロウザにとって、周り全てが下等とすら思えたかもしれない。


「しかしそんなある日、貴方は病に侵される。病は身体を蝕み、ついには動けなくなり、学園啓都から東の山を越えた先に瀕死の状態で倒れてしまった」


 東の山に倒れた際、最初は興味本意で一定数の人や魔物が集まってくる程度だろうと考えていた。しかし、実際はこちらの予想を遥かに超える数が集まってきた。そして一体全体、何をするのかと思えば……。驚いたことに、自分を懸命に励まし始めたではないか。

 この、自分をだ。

 古代魔術を全て手に入れた……覇者を。

 このまま魔術を解除してやってもいいが、遅かれ早かれ自分は死ぬだけである。特に意味はない。また、仮に生き残れたとしても、古代魔術を使う貴重な人間として何をされるかわかったものではない。せっかく幻の魔術を使えるようになったというのに、研究のために捕らわれては愚の骨頂だ。


「そこで貴方は当時、学園啓都を統治していた双子の王族にこう言った。『自分を、人と魔物の架け橋となる存在にしてほしい』と。死を悟った貴方は自分の命をせめて価値あるものとするために、本心ではない嘘を双子に言った。見栄とも言える」


 しかし、この時、ブロウザの目の前に何千、何億という生徒たちの魔力の流れが見えた。大自然を流れる『核』と称されし源と一体化し、ありとあらゆる自然を視ることが可能な“奏流の全”。これが、彼に魔力という自然物を視認させた。そしてこの魔術は大自然に流れる核と一体化できる。つまりは、この魔力を……使える。


「貴方はその膨大な魔力を使い、“想念なる幻獣”によって『不死なる獣』を作り上げた」


 候補①『いかにして奇跡の魔術が発動したか、解明せよ』。

 解答。古代魔術を使い、膨大な魔力を利用して奇跡の魔術を発動させたように見せかけ、不死なる肉体を手に入れた。


「しかしながら、せっかく想念し具現化した不死なる鯨も、目の前で見ていた人々にとっては理解できなかった。瀕死状態であった貴方がいきなり生き返ったのは非常に不可解であったからだ。そのため、貴方は三つ目の魔術である“魂交”を使った」


 己の魂を相手と交換できる魔術。これによって、ブロウザは双子の王族のどちらかと魂を入れ替え、自分が今起こっている身の上を双子に直接話した。古代魔術で生きていること、“魂交”で今、入れ替わっていること。そしてこのまま自分を適当に生き永らえさせるより、当時深刻な問題となっていた人魔差別の劇的な解消材料とするため……。

 自分を利用しろ、と。

 双子の王族に言ったのだ。


「そうすれば双子おまえらは永遠に人魔差別を解消した英雄として語り継がれるものになるだろうと、言葉巧みに語りかけた。それは実に魅力的で、恐ろしいものだったはずだ。虚構で塗り固められた俗物の魔術。しかし利用すれば絶大な神話になる奇跡の魔術。双子も悩みに悩みぬけば、きっと違う答えを出しただろうが、貴方は『即決』を迫った。判断を鈍らせるために。……そうして彼らは、貴方の誘惑に乗ってしまった」


 また、奇跡の魔術と称する以上、奇跡に見合うだけの魅惑的な要素も取り入れる必要がある。つまりは一生解けない謎を仕込む必要がある。そうすることで周りは解けない謎に必死に奔走し、しかし解けずに、勝手に神格化させる。だから、ブロウザは双子にこうも言った。

 内から魔術を解けば死ぬと周知しろ。

 確定事項として一気に広めろ。

 本来、魔術は自分が自分に魔力を用いて術を施すことをさす。対し奇跡の魔術は外側から魔術をかけられた。ならば、内側の者が解除できるかどうかは……、わからない。魔術を解除できるかもしれない。できないかもしれない。その矛盾する問題に一生憑りつかせるため、答えなど出るわけがない輪廻に永劫走り続けさせるため、ブロウザは言ったのだ。嘘を言えと。


 候補②『如何にして双子の王族はクロネア永年図書館が不死とわかったのか、解明せよ』。

 解答。古代魔術“魂交”を使い、双子の王族に直接不死であると教えた。

 候補③『どうして、魔術定義の例外とされる外から受けた魔術であるのに、内から魔術が解除できると断言できるのか、解明せよ』。

 解答。全て最初から偽りの魔術。“想念なる幻獣”を解除すれば不死化も解かれ、当然に死ぬ。しかしそれでは芸がなく、また、奇跡の魔術をより一層の魅力的なものとするため、嘘を差し込んだ。神格化させるために取り入れた、悪魔の問題を。


「また、霊父であるレイヴン・バザードさんはこう言っていた。双子の王族は、性格は穏やかだったが時々常識離れした決断と非人道的な考えを起こす時もあったと。貴方は最初から双子の人柄について知っていましたね? だからあえて学園啓都に近い場所に降りたのだ」


 息を吐いて、しかし休むことなく口を動かすシルド。


「これにより、双子の王族は人魔差別を乗り越えるきっかけを作った英雄として語り継がれることが決まった。しかし、やはり彼らも王族の身。とてもじゃないが納得できるものではなかった。まんまと利用された憎しみと苦しみが、彼らを研究に没頭させた」


 霊父こと、レイヴンはこうも言っていた。

 クロネア永年図書館が作られて以降、双子は魔術に関して度を超えるほど研究に没頭したと。奇跡の魔術を解明するためだろうと思われているが、実際は違う。

 古代魔術をどうすれば「外」から解除できるか奔走したのだ。自分らを利用した鯨の魔術を解除させ、殺すために。しかし当然ながら二人に答えなど見つけられるわけもなかった。ゆえに、二人が学園を卒業して以降……一度たりとも、学園啓都に足を運ばなかった。生涯死ぬまで、一度も。


「誰にも言えない苦痛。言ってしまえば苦しみから解放されるが、英雄ではなくなる。また、人魔差別が再び再燃する可能性も非常に高い。ゆえに死ぬまで真実を誰にも言えることなく死んでしまった。そんな中でも貴方は不死であるため、容易に生きることができる。生きて生きて、不死なる人生を歩み続け、今となる」


 候補④『クロネア永年図書館に現れる、不可解なる存在が何なのか解明せよ』。

 解答────。


「貴方が見せているその男なのか女なのかわからない姿は、当時の双子の王族ですね。男女両方の人間を同時に見せることは当然ながら無理だ。ゆえに僕から見れば男女の区別をはっきりと認識できない不可解な現象が生まれた。貴方は古代魔術を使い、王族を始めクロネア国民全てを欺いてきた……、ただの人間だ」


 シルドの言葉を受けて、椅子に座っていた相手は丁寧に立ち上がった。その顔は……。

 目玉が飛び出そうなほど開眼し、口は半月を吊るしたような笑みで、髪は重力を逆らってざわつき、迸る魔力は……、桁外れであった。そのまま表情を崩すことなくゆっくりと手を開き、合わせる。一旦距離を置き、再度合わせる。徐々に回数は増えていき、拍手となって、狂ったように大きな拍手音を響かせた。


「“ビブリオテカ”」


 左手に魔法の本を出す。パラパラと今日も穏やかに一冊の書物はめくれていく。対し相手はクックック、と口から漏れ出す奇妙な声を我慢していた。次第に我慢できず、身体を捩じらせその場で悶えるように踊りだす。嬉しさをギュゥッと押し込めたような踊り方だった。

 そして踊りを止めれば、真っすぐ立ってシルドを見据えた。

 至極楽しそうなれど、しかし憐れむような目つきもしていて、はぁぁ……と大きなため息をつく。顔に手を当てて一度を天井を見上げてから、再度シルドに視線を戻した。これまで、相手側はシルドの解答に何一つ口を開いていない。聞く側に徹していた。それは解答の途中で横やりを入れるなどという野暮なことはしない意思であり、最後まで聞いてからの「返答」をはっきりと示すためでもあった。


 解答の返答は穏やかに開かれる。

 蒼髪青年と同様、相手もまた同じように言葉として返す。問いの是非を。

 あれだけの日数と労力、頭脳を駆使して作り上げた解答は僅か数分たらずで終わった。ゆえに、その返答もまた同じなのだろう。周りに浮かんでいたオレンジ色の明かりは今、黒紫に近いどんよりとした色となっていた。

 

 そして。

 運命の時が訪れる。

 クロネアに来てから第二試練に全てを捧げてきた青年に対する返答は、淡々と相手から言い渡されるのであった。

 静寂が支配する空間で、長い闘いをしてきたシルドに対する返しが、開口された。



   * * *





「────とでも言うと思ったか? 鯨」





   * * *



 割られた。

 静寂であった空間に、一つの小さなヒビが割られた。

 それは目に見えないものなれど、確かにはっきりと入れられた。

 言葉による針が、一本、深々と差し込まれたのだ。針は内部へ侵入し、どこまでも進んでいき、急所なる真実へ到達した。

 鯨と言われた相手は、口を開けたまま固まった。

 不意の鉄拳を見舞われたような、度し難い感覚だった。思考が……止まる。


「まったく、恐れ入る。本当に貴方という存在を相手にしていると思うだけで身震いする。僕がクロネアに来てから今日までの全てを、この解答へと至らせるために仕組んでいた。クロネアという国、大地、文化、学園啓都、魔術、自然、何もかもを計算に入れていた。そして、ルーゼンさんすら貴方の計算に含まれていた」


 視線を決して逸らすことなく静かに見据える。迷いのない決意の表れ。針を差し込んだ男の姿。

 そして、この時になって、ようやく鯨と呼ばれた相手は気づけた。青年は、解答の最初あたりで『名をブロウザ。この絵本に登場する人物だ。これは貴方自身なのですね』と言ったものの、それ以外においては一度たりとも……鯨に向かって。


「さぁ、始めましょうか」


 ブロウザと呼んでいない……!


「ブロウザの名を借りた鯨よ。あくまでもクロネアを守ろうとする魔物よ。ここからが本番だ。最初から最後まで、全力でやらせてもらう。それが僕に与えられた……使命なのだから」


 これまで用意してきた何もかもが崩され、隠し続けてきた「それ」を見つけられたかもしれない。しかしまだ終わってはいない。蒼髪青年の言葉通り、ここからが本番なのだ。本当に彼が真実へと辿り着いているのかまでは、わからない。いや、仮に辿り着けたとしても……「余」が、叩き壊す。

 指を鳴らせば、周囲の明かりが烈火の如く発光する。黒紫だった色は消え去り、眩しいほどの太陽色。光は大きくなり全体を覆うほど強くなって……、フッと元のオレンジ色になった。

 変わった空気。

 豹変した空間。

 先ほど見せていた笑みは消え、鯨と呼ばれた存在は表情を一変させる。口は真一文字になり、目つきは鋭く、本当の素顔が今、明かされる。


「お兄さん、随分と舐めたことをしてくれたね」

「出し惜しみはしない主義なんです」

「あの解答のままで充分だったのに、さ。それでお兄さんのクロネア物語は目出度く祝福されていたんだよ? 笑顔のままアズールへ帰れたんだ」

「貴方の筋書き通りにいくわけじゃぁないんですよ。言ったでしょ? 僕はあなたを解かねばならない。偽りの用意された答えではなく、真実を」

「ハッハッハァ、素敵なことだ。うん、うんうん、うんうんうん。…………ならよ、最後までやってみせておくれよ。ただし──」


 床が突如として透明になり、下を見れば驚きの光景が目に飛び込んでくる。

 星である。

 シルドたちがいる星を、宇宙から見える形としてその場に映し出した。この床が消えれば、シルドはどうなるのだろうか。宇宙にいるなんて考えられないが、もしも本当に星の外へ飛ばされるとしたら……、死は免れない。



「負ければ、相応の対価をもらうぞ。クロネアの敵」


 

 今まで見せたことのない悍ましい顔をして、本性を露わにした存在。

 震えるほどの濃い魔力を全身で受けながらも、ギュッと右手を握り前を向く。クロネアの敵とまで言われた。ならば、ここまでは合っているのだろう。先に言った解答は、やはり相手が丁寧に作り上げた偽の解答だったのだ。それを見破られたからこそ、そして真実へと至る可能性があると判断されたからこそ、敵は本性を出した。


 しかし、ここから先は修羅の道である。シルドが考えている真実は、明確な根拠も証拠もない、彼の直感と仮説の上に成り立っているのだから。それを承知でここまで来た理由は、限られた時間の中で、それ以外の答えが思いつかなかったからだ。

 相手は何故、真実を隠す? 何故、執拗に偽の解答を用意した? 

 その疑問から考えていき、少しずつ欠片を拾い集めながら作り上げた脆く繊細な予想。これを完成させるのは、決して容易なことではない。だからこそ……。

 


「最後の解答です。よろしくお願いします」



 諦めぬ心だけは、捨てないでいたい。

 第二試練の決着は、もうすぐそこまで来ているのだから。 

  


  

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