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禁忌




 戦争もいよいよ佳境に入った頃、互いに向かい合う存在がいた。

 周りには何もなく、けれど真っ暗ではない不思議な空間。ぼんやりとオレンジ色の明かりが周囲を照らしていて、どこか落ち着いた雰囲気でもあった。ただ、視線を交差させている二者の空気は、とても安らいでいるとは言い難い。蒼髪の青年がゆっくりと口を開く。


「僕は、この国に存在する図書館の謎を解明するためにやってきました」

「ほほぉ。改めて言われると中々に面白いが、随分と適当な言葉だねぇ」


 他国の図書館の謎を一つ解明せよ。

 シルディッド・アシュランがアズール図書館の司書、第二試練として課された問いである。他国はクロネアかカイゼンということであり、彼はクロネアを選択した。そこまではいいのだが、問題の図書館の謎を一つ解明せよ、という言葉は実に難しい文言であった。

 図書館を何にするかはもちろん、謎を何にするかもまたシルドに委ねられたのだから。

 もう少しわかりやすい試練だったらよかったのに、と何度も思ったものである。そのため、まずは手探りな状況で図書館に向かった。ルェン・ジャスキリーにお願いし、学園啓都で一番の図書館に連れて行ってくれと言って。そうして着いた先がここ、クロネア永年図書館であった。別名は不死なる図書。奇跡の魔術を用いて作られたとされる、不死なる鯨の図書館。


「僕は、第二試練の候補になりうる、最初の謎に出会った」


 候補①『いかにして奇跡の魔術が発動したか、解明せよ』。

 奇跡の魔術とはもちろん鯨を不死化させた“永年不死”である。本来、魔術とは「自分が自分に魔力を施す術」のことをいう。しかし、この奇跡の魔術は違った。「他者から施された術」であったといわれている。書物によれば、何億という生徒が鯨を囲み奇跡の魔術を発動させたとか。真偽のほどは定かではないが、事実、不死となった鯨は存在しており、今その中に、シルドはいるのだ。


「また、他にも候補が増えました」


 何故、当時の彼らは奇跡の魔術が不死とわかったのか。

 奇跡といわれている以上、どういう魔術なのか最初は誰もわからないはず。目の前の半透明な鯨が出現したとしても、それがイコール不死だと誰が思いつこうか。しかし、発動し半透明な鯨となった「直後」に中身をくり抜いている。まるで……最初から不死だとわかっていたかのように。

 候補②『如何にして双子の王族はクロネア永年図書館が不死とわかったのか、解明せよ』。


 さらに、奇跡の魔術が完成した後、鯨は話せなくなったのに、どうして鯨自身が魔術を解けば死ねるとわかったのか。奇跡の魔術は何億という学生の力によって生まれた魔術だという。本来、魔術は自分が自分に魔力を用いて術を施すことをさす。対し奇跡の魔術は外側から魔術をかけられた。ならば、内側の者が解除できるかどうかは……『わからない』はずだ。

 魔術を解除できるかもしれない。できないかもしれない。

 確かにどちらかは正しいのだろうが、はっきりとは……わからないはずなのだ。断言できないはずであろう。なのに、シルドたちに話していたルェンは堂々と言い放った。この鯨が魔術を解けば、死ぬと。鯨が教えてくれたのか? いや、鯨はあれから言葉を話せず、目をパチパチするだけで意思伝達ができなくなったという。つまり、これも最初からわかっていたことになる。

 候補③『どうして、魔術定義の例外とされる外から受けた魔術であるのに、内から魔術が解除できると断言できるのか、解明せよ』。


「そして最後に、貴方の存在だ」


 候補④『クロネア永年図書館に現れる、不可解なる存在が何なのか解明せよ』。

 淡々とシルドは言葉を続ける。


「以上で、候補は四つになります」

「頑張ったじゃないか。たかが数週間にしては上出来だよ」

「さらに、貴方は最初から僕がここに来た理由も知っていた」

「ふふん、そんなことも言ったかな」

「もう一度言います。……僕は、図書館の謎を一つ、解明しなければならない」

「うん、そのようだね。ではどうするのかな? お兄さんは謎を解明する以上、この候補の中から一つ選び、余に解答なるものを教えてくれるということだね。うん、実に面白い。では聞こうか、お兄さん。どれを選び、解答するんだい?」


 挑戦的な、挑発的な言い方をする鯨。

 そんな相手であろうとも、心を乱すことなくシルドは告げる。


「全部」


 前座は終わり、本題へと移行する。



   * * *



 思っていたより数倍、厄介だ。

 それが、シェリナの率直な感想であった。既にコルケット家の令嬢と戦いの火蓋が切って落とされて激しい戦闘が繰り広げられているのだが、中々どうして面倒な敵であった。剣を縦横無尽に繰り出し、死角からの攻撃はもちろん、あらゆる斬撃を見舞っているのだが、見事に防がれている。

 創造魔法を作り出し防ぐだけでなく、トリッキーな方法で不意をつき、強力な一撃を見舞ってくることさえある。それは先に喰らったあの“竹林囃子”から始まった魔法の連撃からもいえることだった。後方へ跳び……剣を髪の毛から十数本、自身の前に生み出して……射出する。


「“アンリッド・ビュレ────滑油の障子”」


 ミュウ・コルケットの眼前より障子が出現する。ただ、木枠に紙張りが施された一般的に予想される障子とは明らかに違い、出てきたのは骨で枠が作られた実に歪な障子であった。さらに骨の障子は至る所に油が塗られてあり、ギラギラと怪しげな光を放っている。

 どう見ても盾になるとは思えないが……、剣が油まみれの骨障子に触れた瞬間、ちゅるん、と滑って横に逸れた。十数本放たれた剣はものの見事に全て外されてしまったのだ。


「またか」

「まただよ」

「いったいどれだけの防壁魔法を持っているのだ貴様は」

「教えない」


 防壁魔法を見たのは今が最初ではない。巨大な石の彫像だったり、柱を何本も重ねて生み出したり、変に装飾された扉だったり、見るからに頑丈そうな壁もあった。さらには、ぶっとい鉄釘で自らを囲むこともあれば、拷問器具の中に入ることもあり、他にも多種多様な魔法を作りだす。よくもまぁ、防壁に類する魔法をそんなに持っているものだと呆れてしまう王女であった。しかも……。


「“囹圄れいぎょ”」


 こちらが少しでも隙をみせようものなら、すかさず捕えようと魔法を放ってくる。囹圄とは囚人を捕らえて閉じ込めておく牢屋のことをいう。シェリナの真下から鳥籠に模倣された銀の籠が生え出て、彼女を瞬時に囲った。

 すぐさま“囹圄”は斬壊する。剣によって、いとも容易く。

 こういった攻防を幾度となく繰り返し、まさに無意味ともいえる戦いになっていた。時間にして一分程度なれど、もう数えるのが面倒になるぐらい相手の魔法は次から次へと創造される。……クロネアの王女はわからない。相手が何を企んでいるのか、はっきりと探り当てることができない。時間稼ぎのようにも見えるが、果たしてそうだろうか。どちらかといえば……?


「私の魔力を消耗させる魂胆なのだろうが、生憎とそれに付き合っている暇はない」

「そう? もう少し戦ってくれると嬉しいんだけど」

「貴様以外にも斬らねばならぬ輩がおるのでな。もう充分に満足したであろう? 終わりにさせてもらうぞ」


 剣が消えた。

 地に刺さっていたのと、あちこちに浮いていた剣の全てが一斉に消失した。

 髪から生まれた剣は役目を終えると髪に戻るのではなく魔力の欠片となって消える。視界に広がっていた剣たちが無に帰ったことで、余計なものはなくなり、抉られたり盛り上がった地面を除けば、再び二人だけの空間になる。

 ミュウは、眉間を寄せて注意深く相手を見つめる。攻撃するべきか迷うところであるが、さて、全ての剣を消したことはシェリナの次なる手が出てくる予兆である。まだ相手の攻撃が見えない状況で不用意に動くのは聊か危ない、とも考えた。


「集え」


 サァァァ、と髪が抜ける。ゆうに数百本はあろうかという髪が抜けた思いきや、瞬時に一つに集約された。そしてギュルギュルと縦長に形を変えて……、一振りなる剣が生まれる。金の光を放ちながらも全体の色は白く、大きさも女性がもてる程度のものだ。

 ただ、今まで見てきた剣とは明らかに違う魔力を漂わせていた。とりあえず攻撃系の創造魔法をぶつけてみようと、ミュウが口を開こうとした時、剣を手にしたシェリナがゆらりと振りかぶる。斬撃を放ってくると目に見えてわかるものであったのだが……そんな当たり前の考えなど、直ぐに消えた。

 でたらめな魔力が剣より溢れて。

 ミュウの全身が震えるほどの悪寒が走り。

 ──死を、直感した。


「“斥力炉紋せきりょくろん”……!」


 特級・創造魔法にして、防壁魔法にして、ミュウが持つ中で最強の防壁魔法が発動される。

 斥力とは引力の反義語であり、二つの物体に働く反発作用のことである。磁石で例えるなら、SとNを近づければ引力が生まれ、同じ極性を近づければ斥力が生まれる。


 こと防壁とは対象を守るものであるが、極論としては対象に触れさせなければ最も強い防壁ともいえよう。そう考えたある魔法師が数十年の歳月をかけて完成させた魔法である。

 轟々と地鳴りのような音を響かせながら出現する門。門とはいえ、見た目は熔岩が練り固まった丸い形状をしており、地より現出しそのまま宙に浮く。ひとたび発動させれば如何なる攻撃も斥力の前にて反発する。こと防壁魔法の中でも習得する難易度が極めて高い魔法として知られている。


 発動させ、自身の前に“斥力炉紋”を出す。ミュウの人生で、今だかつてこの魔法を破壊した者はおらず、彼女にとっても自信のある魔法であった。精神と魔法は関連性が強く、同じ魔法でも扱う魔法師で威力が違う場合がある。ミュウの“斥力炉紋”は彼女の気持ちをより強く反映された魔法であった。

 決して防げぬものはない。

 そう確信している魔法だ。

 けれど────。

 築嬢は、瞬発的に身体を左へ逸らした。

 無意識で反応したものだった。

 何故?

 ……筆舌に尽くし難い恐怖が、全身を駆け巡ったから。


「……ッ!」


 ゴト、と音がする。ミュウが作り出し宙に浮いていた、創造魔法の一端であった。そして残りの部分もグラリと前へ倒れ込み、重苦しい音を響かせながら、魔法の機能を停止した。

 シェリナの視界に露となった魔法師が映る。左手で右腕を掴んでいて、額には脂汗がにじみ出ていた。血が、右腕から流れ、地に落ちる。ポタポタと血が止まる様子はなく、傷の深さを如実に表していた。その様子を満足げに見ながら、金髪の王女は口を開く。


「咄嗟に避けたか。まぁいい、次で詰みだ」


 剣をゆらりと構えて、振りかぶる。確かにこのままでは、次で確実に斬られるだろう。もはやミュウの防壁魔法では防ぎきれなかったのだから。シェリナには先の防壁魔法がミュウにとってどの程度の魔法であるか、敵の反応を見ておおよそ把握した。それを斬った以上、もはや戦いは決したも同然。早急に終わらせ、次の獲物を狩る。弱い者に用などない。

 格下なのだ。

 シェリナにとって、ミュウは。そう判断された。


「“竹林囃子”」


 辺り一面、竹林とそっくりな創造物が出現する。芸がない、と王女は構うことなく剣を振りぬく。シェリナの眼前に広がっていた竹林が全て、ものの見事に切断された。直ぐに元に戻ろうと再構築が始まる。しかし、もはやこの魔法では時間稼ぎが関の山である。そんなことはミュウが一番よくわかっていることながら、何故、もう一度この魔法を発動したのか。

 答えは既に行動に移されていた。

 創造の魔法師は目を瞑って両手を開き、勢いよく合わせ、弾ける音を一つ響かせる。



「ごめんなさい、ジン。禁忌を破ります」



 突如として竹林が今の倍なる高さに急浮上。もはや天井につくのではないかという高さまで伸び続けた。面倒そうに周辺の竹と林を断ち切り、敵を探すも、シェリナの視界に相手が映ることはない。あまりにも多い竹林が目に映る全てを独占していた。ならば……と、ぞろりと出現させた剣の群れに命を下す。再生させる隙を与えないほどの威力と速さで切り捨てればよい。

 超高速による剣の蹂躙乱舞が展開された。

 竹林が散る中でも相手を探す王女であるが、それでも相手の姿は見つからない。逃げたか? と思いながらも徐々に再生が追い付かなくなっていく竹林を傍目に敵を探し続ける。……そして、ようやく見つけた。竹林を一か所に集め、さらにその中に頑丈そうな箱を作り出し隠れているであろう敵を、ようやく視認することができた。


 横に一閃、斬撃が飛ぶ。

 なんてことはない箱は真っ二つに割れ、中が露わになるも、誰もいなかった。


「何?」


 囮か、と周囲を見渡すも再生できなくなった竹林が辺りに散らばっているだけであり、敵の姿はない。

 もう一度見渡して相手がいないことを確認したシェリナは、外に出ようとする……も、確かに聞いた。


「……の血肉と臓物を何とする。したたる涎は拭かぬのか……」


 詠唱である。

 どこからともなくブツブツと、しかしハッキリと言の葉を続けている敵がいる。

 どこに? 周囲には誰もいないのに、どこから詠唱をしている? 敵の言葉は続く。


「……ぁ、聞こえる。今も確かに俺の耳には聞こえている。奴のススる音が、砕く音が……」


 いないはずであろう相手を探すため何度も見渡すも、目視することはできない。ただ少女による詠唱が小さく続いているだけである。どこかに隠れていることは明白なれど、見つけることができないのは何故だ。もしかしたら落ちた竹林の中に身を潜めているのか? しかし、だとしたらこうもハッキリと詠唱が聞こえてくるだろうか。


「……めてくれ止めてくれ。嫌だ嫌だ嫌だ。死にたくない死にたくない……」


 その時である。シェリナは先に横真っ二つに斬った箱を見た。もしやと思い、宙に浮いている剣に乗り、高く飛んで……ようやく見つけた。箱の中で、うつ伏せとなり必死に口を動かす魔法師を発見した。見つけた瞬間、思わず声を大にして笑ってしまう王女がいて。


「フハハハハハハハハハハ、何だそれは! 蛙が潰されたような恰好ではないか!」

「……まで続くのだこれは。嫌だ、もう俺は嫌だ。誰か助けてくれ助けてくれ助けて……」


 剣を複数本射出。すぐに防壁を作り出して剣を防ぎ、ミュウは三度目なる“竹林囃子”を発動させた。

 明らかに時間稼ぎである。それはシェリナも重々承知であり、一刻も早く他の敵を討ち取りたいシェリナにとって腹立たしい以外の何ものでもなかった。しかし、それ以上に不可解な点がある。

 相手の詠唱だ。アズールに訪れた際、魔法とやらを見せてもらった時に詠唱というものを聞いたことがある。初級・自然魔法“魔炎”ならば「始まりの母なる炎よ、ここに」などといったものだった。

 随分と堅苦しい言い回しだ、と王女は思ったものだ。

 魔法を発動させる際に必要な詠唱は、その魔法を作り出した魔法師が決める。ゆえに将来自身が作り出した魔法に誇りをもてるよう、あえて難解にしたり堅苦しくしたり、逆に簡単にしたりする。魔法師の人柄が如実に出るものでもある。では、今、敵が口にしている詠唱の内容は? 


「……う、時間がない、俺にもう。あぁ、あぁ、あああああああああああ、どうすればいいのだどうすれば俺は、あ、ああ、こ……」


 詠唱と、言えるのか?

 どちかといえば、狂言の類ではないか?

 不気味にも程があろう。とても詠唱とは言い難い。だとするならば……。


「よほど気が狂った魔法だということか」

「……近づいてくる、アレが。来る来る来……」


 もはや相手にこれ以上の詠唱をする隙を与えてはならない。ありったけの剣を出現させ、先と同じ蹂躙乱舞を展開しつつ、宙に浮いた状態で三度目なる“竹林囃子”に紛れた魔法師を探す。そして防壁魔法で身を守りながら必死に口を動かしている敵を確認し、“斥力炉紋”を断ち切った剣に魔力を注ぐ。

 次は、外さない……!

 同時、ミュウの周りから黒い靄が生まれ、それを見た瞬間、シェリナの背中からサッと冷や汗が流れた。


「終わりだ」

 

 斬撃がミュウを襲う。もはや避けることなど不可能と思われたが、ミュウの身体は今いた場所から横へ異常なほどの速さで移動し、シェリナの攻撃を躱した。

 竹林を身体に巻きつかせて強制的に横へ引っ張ったのだ。あまりの力に着地できずに壁へ激突する。苦しそうな顔をしつつも、口だけは、決して閉じることをしない……!


「……の望みは一つだけだったんだ。本当に。一つだけだ。だから頼むお願いだ。お願いなん……」

 

 黒い靄が、濃くなって、集まり、ある形になっていく。

 創造魔法であるのに、何故自然魔法に類する靄を作れるのか。実際のところ、それは靄ではなかった。ある創造物を構成するための、一部分に過ぎなかったのだ。

 時間がない。

 もはや敵が逃げられないよう、ミュウを中心に百を超える剣が刃先を彼女に向けて展開する。そして一本ずつに魔力を込めて、どんな防壁魔法であろうとも貫けるよう連動させる。光る剣、そんな状況下であっても、詠唱は止むことなく続いている。

 

「……あ、あ、あぁ」


 もはや詠唱とは呼べないものであるが、効力は充分であった。黒い靄は渦を巻き、ミュウの横でグルグルと回っている。高さは数メートルあり、異常なまでの濃い魔力を放出し、渦の周りだけ空間が揺れているように見える。

 そして、詠唱をしている魔法師自身にも変化が見られた。顔をダランと下げて、一切動かず、もはや動いているのは口だけとなっている。表情は読み取れないが、おそらくは無に近いものとなっているだろう。


「俺は、俺は、俺は」


 全ての剣が、放たれる。

 逃げ場なし。

 避ける隙なし。

 動ける身体なし。

 周囲にあった剣の先が、一人の少女目がけて突撃する。

 一秒にも満たないであろう世界の狭間で、ミュウ・コルケットが……顔を上げた。

 目は充血し、顔は青白く、全身は震え、口をポカンと開けて────、最後の詠唱を口にした。




「生きたいです」




   * * *




 剣が突き刺さる。一本残らず貫通する。

 黒い靄に。

 刺さる直前、ミュウの周りを守るように突如としてグルリと囲み、全ての剣を受け止めた。と同時、爆発的な風が靄から生まれ剣たちは四方八方に飛んでいった。その様を目を細めながら凝視する王女。突風に羽ばたく髪と服には目もくれず、ある一点のみを見続けるシェリナ。

 風が止んだ。

 そして、その姿が露わとなっ────


「ッ!」


 ────た瞬間、シェリナ・モントール・クローネリは後方へ跳んだ。

 

「ハ? ナッ!? アァ!?」

 

 混乱している。今の自分に何から何まで困惑している。跳んだ理由がわからなかったのだ。ただ、アレを見た瞬間に身体が勝手に跳んだ。ブルッと全身が揺れる。揺れは次第に大きくなり震えになる。今もなおシェリナの口からは驚きの声だけが出る。何が起こっている、何が生じている、と何度も脳内で再生されていた。

 理解できなかった。

 わからなかった。

 ただ、ただただ、目の前のアレに……。

 生まれて初めての恐怖を、心からの畏怖を、感じ取った。

 ミュウはまた顔を下げ、表情が読み取れない。その代わりに口を開いて、言葉を結ぶ。


「禁術」


 その魔法。


「無差別」


 決して発動してはならない法であり。


「大量殺人式」


 発動させれば術者自身が呪いに侵されるとされ。


「特級」


 第一級禁忌魔法に当てられた。


「創造魔法」


 数百年前に、ある魔法師がカイゼン王国に渡った。

 魔法師は自分にしか作り出せない究極の魔法を求め未知の国へ単身乗り込んだという。

 そして彼は、ある者と出会った。

 出会ってしまった。

 魔法師は帰国するや部屋に閉じこもり、ただひたすらに文を書きつづる。

 懇願の文を書きなぐる。

 一心不乱に、叫び狂いながら。

 精神はとうに崩壊し、人としての道はもう歩むことはできなくなり、心は死に、されど肉体のみある自分をどうにか繋ぎたいと、カイゼンで出会った相手に懇願する文を死ぬまで書いた。最終的には自殺し、部屋からは一冊の書物が見つかる。


 それが魔法書になった。

 そして時がたち、ある高位の魔法師が興味本位でその魔法を発動させ……、村四つを地図から消した。

 ゆえに、第一級禁忌魔法とされ、創造魔法の名家であるコルケット家が厳重に封印している。シェリナが叫びながらミュウに問うた。


「何だ、何なのだそれは!」


 靄が晴れ、露わとなる創造物。それは人のようでありながら、断じて人ではない姿。禁忌とされた人外のそれ。決して触れてはならぬ傀儡。

 悠然と立ち尽くし、こちらを見据え、悦に浸りし顔をしていた。

 ミュウが口を開く。

 横にいるそれも笑顔になる。

 あとは言うだけ、魔法の名を、現出した者の名を。

 禁術・無差別大量殺人式、特級・創造魔法。かの、魔法の名は……。 




「“アルバートン・フィッシュ ──── 喰人鬼”」




 決着まで、残り十六秒。







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