自分を捨てた王女
赤。
数分前まで樹木が生い茂っていたその場所は、今や、血の海と化していた。
自然の恵みを極限に得ていたはずの緑は、赤く混沌した世界へと変貌している。幹は折れ、地は抉られ、草は消え去り、空気は淀む。どうしようもないほど暗く、深く、沈んだ何かがその場を蹂躙していた。
戦いの後というのは本来、こういうものであると言わしめるように……血が、あちこちに、それはもうどこもかしこも飛び散って、付着し流れ、血色し乾き、言いようのない残酷な空間を形成していた。
赤い。
紅い。
まるで森が血の涙を流しているかのように、赤一色。
息を思わず止めてしまうほどの、末恐ろしい……赤だけの森。
「ハァ、ハァ」
そんな場所で、負傷した左足を引きずりながら一歩、また一歩と進む男がいて。
彼の後方には二人の男性が横たわっている。一人は樹木を背にぐったりとして、もう一人は地にうつ伏せとなっていた。どちらも死んではいない。しかし、生きているのか一瞬躊躇してしまうほどの外傷であった。クロネア代表の極長らである。
一人目の名は、第八極長『爆人』、ジオン・エスプリカ。
文字通り、爆発・爆砕・爆撃・爆破などを得意とする魔術師である。彼の右眼球に施された世にも奇妙な魔術の一つ、剛身魔術“炸火の炎眼”により、彼は見たものを“爆ぜる”ことができる。
魔法と魔術の境界に位置するとされる極めて珍しい魔術を身に宿した彼は、先刻、モモ・シャルロッティアの数千にもわたる“矢郷の黄”を見事に爆砕した。普段は右目を閉じており、戦闘の際のみ開眼する。
もう一人の名は、第九極長『音人』、ラグノ・セルン。
音という極長名は、彼の戦闘技能が由来である。“撓腕”と呼ばれる剛身魔術の使い手である彼は、自らの腕を最大三メートルまで伸ばすことができ、鞭のように撓らせ相手を攻撃する。魔術の破壊力はもちろん強大であるが、それ以上にラグノ・セルンを極長まで上り詰めさせたのは速さにあった。
極限に鍛えた彼の魔術による腕の速度は音速に匹敵したのだ。当たれば痛いではすまない。並みの身体なら余裕で粉砕され、同じ肉体を強化した魔術師でもあっても致命傷となるほどのものになる。
二人は“圧流壁爛”の壁に任命されていた。
戦闘力の高さは折り紙付きながら、何故彼らが守りである壁になったかは、純粋に二人からの要望であったからである。シェリナ王女を守るという使命を必ずや成就させたいという確固たる意志があったためだ。そして、もう一つ理由があった。
シェリナの婿となる男を、この戦争で討つ。
二人にとってルーゼンはクロネアの将来を考えた際、きっといつか、いや、必ずいつか彼女を……不幸にすると考えていた。ゆえに倒さねばならない。この場で、シェリナに会う前に、ルーゼンの「過去を知っている」二人だからこそ絶対に……、奴を倒さねばならない。想い慕い忠誠を誓った、我らが王女のために。
「ルーゼン」
「お前は」
己の魔術を全力で行使した戦い。
されど極長二名の力では、止められなかった。『爆人』『音人』をもってしても、鏡の男を倒すまでには至らなかった。
……そんな彼らにできることは、問いを投げ掛けるぐらいである。敗者として許されない権利かもしれないが、精一杯の抗いとして……、想いを吐露する。
「あの方を」
「これ以上“苦しませる”のか」
左足を引きずっていた男の歩みが止まった。
しばし立ち尽くし、顔を下に向けてからゆっくりと上げる。
そして後ろを振り返り。
先ほどまで戦っていた男とは到底思えぬ、世界一優しい声色で。
そっと彼は告げたのだった。
「いいえ、“その逆”をしに行くのです」
短くも切ない一言。
深く濃い情念の一言。
二人が何を想い自分と相対したか知っている。ルーゼン・バッハは自らの立場を誰よりもわかっている。だからこそ彼は行くのだろう。これからの未来を歩き続けるために、彼女の元へ。
鏡男の言葉を受け、真意を悟り、薄く笑った極長らに無言の別れを告げて、再びルーゼンは歩き始めた。
同時、地響きが鳴る。
思わずよろけながらも、原因たる場所へ目を向けて……、笑ってしまう。やはりアズール人、クロネアとは随分と毛色が違うようだ。派手好きで、好奇心旺盛な国民として知られているアズールの民は、そのお祭り騒ぎをここクロネアまで持ち込んだ。そうして今となり自分は彼らの一派として加わっている。全ては、一つの願いのため。
「戦争も佳境ですね」
ポツリと呟いて、また歩を進めた。
彼の視線の先にある、「二つの塔」へ向かうために。
* * *
人には長所・短所がある。完璧な人間など存在しない。
「自分を成長させるためには、長所・短所をどうすればいいか」と聞かれれば、若人に多い回答として「短所を改善する」というものがある。ただ、この質問を歳を重ね人生を濃く経験してきた人物に尋ねれば「長所をより高める」と返ってくる。全てではないが、こういった傾向があるのは確かで、心理学的にみても短所より長所を成長させた方がよりその人の魅力が増すという結果も報告されている。
クロネアが王女、シェリナ・モントール・クローネリにもまた、短所がある。
彼女の人となりを見れば、多くが才色兼備や完璧王女と評価するだろう。しかし実際は違う。彼女にもはっきりとした短所があるのだ。それは人間や魔物であろうとも、彼女と接する機会が増えてくれば、自ずと誰もがわかるものであった。
確かに彼女は判断力や人柄、その他を含めて理想の王女としての品があろう。けれど、理想という言葉にはどれだけの犠牲が費やされているのか、考える者は存外少ない。
シェリナは、自らを殺す癖がある。
彼女個人ではなく、クロネアとして考える時がある。
“クロネア王国として考えるならば、この事案にはこう対処した方がいい”と自分の意思や感情を置いて判断する。次期女王になる身として、周りからの期待や重圧は計り知れない。それに応えるために、自然とシェリナは自らを殺すようになっていった。
シルドを始め、まだシェリナと会ってまもない者は気づくことのないものだ。そのため、シルドからの評価は「気品に溢れて王族として相応しい人物」である。王女の短所には気づいていない。だからこれまでのシェリナの対応が、実はかなり異常であったことも、わかっていない。
アシュラン姉妹とミュウがクロネアに留学していることからもわかる通り、最近のクロネアは他国の民を受け入れる傾向にある。その際、シェリナもまた“彼女自身”としてはこれからの未来のため前向きに取り組んできていた。
しかし、ジンたちが訪れた際……、王女は執拗にアズールが何らかの目的で訪れたと決めつけて行動した。ジンを嫌っての行動と言われれば一応の説明にはなるが、果たして本当にそれだけだったのだろうか。たったそれだけで、彼女は『怪人』を呼び、調査をさせ、問題ないとわかっても「何か隠している」と疑い続けた。アズールを信用しなかった。そんなシェリナに対し、第三極長、ワンラー・ミュンヘンはこう言った。
『時期尚早な決断であろうよ、姫』
親友でもある第四極長『妃人』、フレイヤ・クラメンヌもこう言った。
『シェリナ。先に言っておくけれど、ワンナーの言った通り今の貴方は変よ』
『今の貴方は個人の気持ちを優先させている感が否めない』
シェリナの短所をよく知っている極長らの言葉だ。今の彼女はおかしい、と言っている。この時、既に二人とも気づいていた。
王女が“彼女自身”ではなく“クロネア”として動いていると。
自分を殺していると。
対応が明らかにいつものシェリナとは違う。執拗なまでにアズールを嫌悪しての動き。クロネア王国からしてみればアズールは未だ敵国としている節がある。徐々に二国の隔たりは薄くなってきたものの、未だあるのも事実。ただ、これからの未来を考えればその考えを表に出すのは間違いであり、横に置くべきもの。シェリナ自身としては充分にわかっていて、アシュラン姉妹やミュウに対してそう行動していた。
しかし。
ジンの登場が、大きく彼女をクロネアに近づけた。
此度の戦争も、本来のシェリナであれば考えられぬものだ。する意味も価値もない。歴史を最も大事にするクロネア人ならば和解するために動いた自らの祖先の行動を無下にするのだ。戦争をするなんて、ありえぬものだ。
だが“王女”は戦争を選んだ。
否、“クロネア”は戦争を望んでいた。
徐々に変化はあったのだ。周りの極長らは気づいていた。しかし……、止めることができなかった。このままいけば、極長らが愛するシェリナ個人の人柄が消えてしまう。完璧な人間などいない。完璧じゃないからこそ愛おしいし、素敵で、魅力がある。長所を存分に引き立てて、短所があるなら自分らが補助すればいい。断じて完璧なクロネアになど、なって欲しくない。そんなのはもう、ただの傀儡と同じだ。クロネアという見えぬ理想に押し潰された……人形だ。
だから彼らは戦うのだ。実は小さく弱い、王女のために。
* * *
ほんの、一分前のこと。クロネアの王女がいる憲皇には、一人の極長が彼女の傍にいた。
第十一極長、シャドゥ・ブレイである。普段は必要以上の言葉を話さず、静かに職務に準じる彼は、今日も変わらず口を閉じシェリナの横にいる。ただし、その閉口はいつものとは意味合いが違っていて、開口することができない状況下にあった。
空気を吸うことすら、許されない。
そう思ってしまうほどの圧倒的な──。
畏怖。
王女の瞳は、輝きを無くしていた。
別段視力を無くしたわけではない。絶望に苛まれたわけでもない。
見るのもおぞましいほどの顔で、どす黒いほどの怨を全身から溢れ出す王女の瞳は、もはや別人と呼ぶに相応しいものへとなり替わっていた。……いや、なり下がっているのかもしれない。
「シェ……リナ、様」
マヨネーズ・カタクリコの敗北から始まり、続いてクロネア歴代一位のアニー・キトス・ウーヌが敗退。続いて全裸二人であるナクト・ヴェルート、フラワー・ヴィンテージが退場。さらには『怪人』のワンラー・ミュンヘンも消え、親友ともいえたフレイヤ・クラメンヌまでもが負けを喫した。四剣の全てが堕ちた状況にある中で、たった今、新たに電子版が出現する。『爆人』と『音人』の退場を知らせるものであった。十三いた極長の八名が退場。
最初にマヨネーズが退場した際は「やはり彼には荷が重すぎたか」と気遣う言葉があった。次に全裸二名が退場した時は「アズール人が姑息な手を使ったに違いない」と憤りの感情を出す。部下の功をねぎらいながらの言もあった。
しかし、怪人が破れてから、シェリナの余裕が消える。そして親友のフレイヤまでもが落ちた時……、顔から表情が失せた。その少し後、ルーゼンに敗れた二名が電子版から消える。もはや、偶然などではない。事実として、配下の者らが破れたのだ。
残りは自分と、横にいるシャドゥ、そして圧流壁欄の圧に配置させた四名のみ。対し、相手の残りはジン・フォン・ティック・アズール、ミュウ・コルケットの王家二人に、シルディッド・アシュランの田舎貴族と鏡の男ルーゼン・バッハの四名。
もはや認めなくはならない。
相手の力量を、実力を。
数ではこちらが未だに勝っているものの、最初の時点では「14対10」であったのが、今や「6対4」にまでなった。地の利と数の利をもってして挑んだ戦いが……なんという有り様であろうか。内容をみても、とてもではないが、褒められたものではない。
「……プ、ククク、ハハハハハハ」
無表情で外を眺めていたシェリナが、破顔する。
背中から冷や汗が止まらないシャドゥは、思わず目を瞑ってしまった。既に彼の知っているシェリナではほとんどない。まだ微かに「ある」ものの、震える心が現実を直視する勇気を出そうとしない。
それでも自らの役目を何度も頭に呼びかけて、恐る恐る……目を開き、顔を王女の方へ向ければ。
シェリナがこちらを凝視していた。
相手の顔とこちらの顔の距離は、ほぼゼロであった。
……呼吸が止まる。畏怖が増す。
「此度の戦をしてよかったよ、シャドゥ」
「……と、いいますと」
「わからんのか?」
「はい」
「無様にも敗北した極長どもは、今日をもって全員クビということさ」
「そ、それはあまりにも!」
色を無くした瞳で、首を微かに傾けて、ゾッとするほどの声色で、シェリナは続ける。
「はぁ? お前は何を言っている? こんな結果、私は望んでなどいない。私の望みはこんなものではない。こんなもの、こんな、もの」
「で、ですが彼らは全身全霊で」
「負けているではないか。虫のように潰れているではないか」
「シェリナ様」
「シャドゥ。シャドゥ。シャドゥよ。……お前もか? お前もなのか?」
未だ首を傾けたまま。
顔はずっとシャドゥへ向けられている。
しかし、もう、彼女の瞳に、彼は映っていない。
「お前も私を、クロネアを、裏切るのか?」
それが、彼女が彼女を捨てた時だった。
クロネアになった時だった。
肌で感じ取ったシャドゥは、自身が最も恐れていた瞬間に、立ち会ってしまった。
「あいつらは私のために戦うと言ったのだぞ? なのになんだこれは。なんなのだこれは。ふざけるなよ。本当にあいつらはクロネアの民なのか? 違うのではないか? 実力が全てであるこの国で、一切合切の実力を出せなかった無能など……存在する意味はあるのか? ないであろう。ならいらないよ。クロネアはいらない。私はそんな奴らいらない。いらない。クロネアが望むものを差し出せない者らなどいらない。なぁ、シャドゥ。答えよ。クロネアの民ならば答えてみよ」
消え入りそうな声をして。
クロネアは言う。
「私が望むものを何故出せないのだ?」
言葉と同時。
突如として地響きが鳴った。それはルーゼン・バッハが『爆人』『音人』の問いに答えた直後でもあった。転倒しそうになるほどの揺れで、思わずよろけるシャドゥの前で、表情を変えぬまま、シェリナは……いや、“クロネア”は外へ顔を向ける。憲皇から見下ろすことができていた広大な森林の光景が……消えた。代わりに、別のものが視界の全てを遮り、出現する。
壁と見間違うほどの──。
塔。
憲皇のすぐ横に、たった今、もう一つの塔が建造された。
地響きと共に下から“にゅぅうっ”と塔が出現し、丁度シェリナとシャドゥがいる階の少し上の高さまで伸びたところで、静止する。先ほどまで見えていた辺り一面の森は無い。これみよがしに、塔の姿だけがあった。さらには……。
「“傾塔の葬”」
まるで生き物のように、二人の目の前にあった建造物の上半身がグニャリと曲がり、つまりは塔が湾曲し、信じられないほどの勢いをつけて……、こちらへ突っ込んできた!
外の景色を見るために作られていたガラス張りは、奇想天外な曲がる塔のスウィングによって木っ端微塵に破壊される。衝撃音とガラスの砕ける音が複雑に組み合わさりながら共鳴し、辺り一体に豪音が轟いた。
本来曲がるはずのない塔は、憲皇に突っ込んだ後、のっそりと起き上がって元の定位置に戻る。粘土のような伸縮性と、傷ひとつない頑丈さであった。そして、今や二人がいた場所は、大きな煙を上げながら瓦礫とガラス破片が散乱する場所と化していて。────声が、聞こえる。
「やぁ、こんにちは」
太陽のような活力ある声。アズール次期王の后となるであろう女性の声だった。
その声の主は、憲皇の横にある塔の最上階に立っていて、ガラスが至る所に散らばる場所へ言葉を投げかける。ただし、その言を受け取った者は二人……ではなく一人だった。王女のみである。
「戦争も終盤だね。もう残り僅かだ」
「……」
「あれ? 反撃しないの?」
「さてな」
呼応するように。
ミュウ・コルケットの影より、いや、夜であるためか彼女の周囲は影しかない。ミュウの真後ろの床より、ぬらりと生え出る人物がいて。
第十一極長『影人』、シャドゥ・ブレイの英鳳魔術“影憑り”により、彼は影と一体化することができる。影であれば身体ごと移動が可能であり、隠密としては非常に優秀な魔術でもある。相手に気づかれずに瞬時に後ろへ回り込み、仕留めるというのがシャドゥの戦い方だ。奇襲において最も才ある魔術師であるため、“圧流壁欄”の欄に任命されている。通常はシェリナの付き人に近い存在であるのだが、こと戦闘においても彼の力は十二分に役立つであろう。
「私に」
シャドゥ・ブレイの立っていた場所から、ガゴッ、と何かの音がして。
「奇襲は効かない」
瞬間、彼は消えてしまった。正確には床に穴が空き、落とし穴よろしく吸い込まれてしまったのだが。咄嗟のことに成すすべなくシャドゥは穴に落ちる。彼からしてみれば仕留めようとした瞬間にガゴッと地面が揺れ、自分を支えていた床が消失し、無様に落とされてしまった。反応のしようがなかった。しかも驚きはここだけに留まらなかった。
落された彼が見たものは、目を覆うほどの光の世界である。
四方八方から照明が煌き、眩しすぎて身動きが取れない。直後、自身の身体に高速で何かが纏わりつく……。目を細めながら必死に答えを視界に捉えれば、これまた光を発する異質な紐であった。その時ようやくシャドゥは理解できたのだ。これらが全て──、対自分用に作られた魔法であると。この塔全てが、自分を討つだけのために作られた魔法であると。
「ッ!」
目にも止まらぬ早業は、速攻で相手を沈めた。
光の紐は全身に纏わりつき、絡み、締め、蛇がのたうち廻るかの如く、嵐が暴れるかの如く、破壊の限りの命を持ってシャドゥ・ブレイを叩き潰した。尋常ではないほどの打撃音が塔内部で木霊する。
彼の情報は一年学園啓都に滞在していたミュウにとっては常識として知っているものだった。また、戦争が始まる前にも皆に彼の情報は教えていた。ただ、彼を討つ者として最も適した魔法師は、他ならぬ自分であるとも考えていて。
だから電子版のリストに、まだシャドゥの名が消えていないのを見て、ミュウは確信した。シェリナの横に彼がいると。そこで塔の内部を照明尽くしに変更して、相手を絡み取り何度も壁・床・地面に叩き付ける上級・創造魔法“蛇堕交尾”を発動させておいたのだった。正直、拷問系統の魔法を発動させる相手は専らジン(たまにユンゲルも)であり、やや躊躇もしたのだが、今回の戦争中だけは特例として処理した。
そうして、奇襲の魔術師は、奇妙な魔法師によって秒殺されてしまった。
破壊の音が塔の上階から徐々に下階へ響いていき……、一階まで到達すると、入り口の扉が開いてペイッと吐き出される男がいて。うめき声をあげながら自身の不甲斐なさを悔やむ極長の姿であった。ごめんね、と心で謝罪するミュウの横に電子版が出現する。シャドゥ・ブレイの名が、静かに消えていった。
「よいしょっと」
碧髪の少女が塔より飛び降り、憲皇へ着地する。そうして二人の女性が対峙した。
アズール側の女性は終始笑顔で、自分の目的のため、元気ハツラツに動くつもりのようだ。対し、クロネアの女性はもはや自分の目的など、国のためならば不必要と捨てた女性だ。シャドゥが破れ電子版が出現した時すら、見向きもしなかった。そんなシェリナを見て、クロネアを見て、小さく唾をのみ込むミュウ。
「……手遅れ、じゃないね、まだ。そう信じたい」
「何がだ?」
「さぁ。私は皆のために貴方と戦う。そのためにここへ来たんだ」
「話が見えんな。だが、確かなことが一つあろうよ」
「何かな?」
「私が貴様らを、殲滅することだ」
言い終わるか直後、床に散らばっていたガラスが外へ弾け飛ぶ。ミュウが即座に身を守る壁を出現させ防御するも、相手が何をしたか……、憲皇に降りてから一時も離さず注視していたというのに、わからなかった。唯一肉眼で確認できたのは、相対する王女の右手に────、“一振りの剣”が握られていることである。
王女が一歩、前へ出る。
クロネアが覇道を、踏み歩く。
そんな相手と対するは、創造魔法の申し子たる……一人の少女。
「それじゃ、始めよっか」
「違うな、終わらせるのだ」
アズール側、残り四。
クロネア側、残り五。
決着は近い。




