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さようなら




 第三極長『怪人』、ワンラー・ミュンヘンの退場を知らせる電子版が出現してから数分。

 リリィ・サランティスは、どこか遠くの方を見ていた。

 呆然としているような、焦点の定まらぬ目をしている。血はあちこちから出ており、服も血色にまみれていて、もはや半死の状態であった。それでも彼女は歩を進める。此度の戦争において自分の存在意義は何なのか、彼女が誰よりも理解しているからだ。


 リュネ・ゴーゴンは、そんな彼女をどうにかして引き止めたかった。このままでは確実にリリィの生死に関わる。自分は癒呪魔法の使い手であり、今のリリィを癒すことができる数少ない魔法師でもある。

 しかし、それは既に退場者となってしまった自分にはできないものだった。まだ戦いの場へ赴いている出場者には、退場者としての癒す権利はない。リリィが退場者とならない限り、リュネの行動は、著しく制限されている。


「どうすればいいの」


 途方の暮れた悲しみの言を、静かに呟く。

 今の自分に、いったい何の権利があるのだろうか。アズールの退場者となり敵の捕虜となって、結果としてレノンを瀕死にしてしまった。もうレノンも戦闘に復帰はできない。同じ癒呪魔法師のユミリアーナ・アシュランも退場してしまったことにより、アズール代表者を癒せる者は、いなくなってしまった。アズールにとっての回復役が消失したのだ。

 そんな自分に、リリィへ「退場してくれ」と言う勇気などなかった。けれども、このまま彼女を放っておけば……!


「リリィ」


 不意に、自分の腕で静かに寝ている男の声がした。彼もまた瀕死であり、すぐに治療が必要な身。

 ただ、そんな中でも、彼の言葉は三人の空間に強く響いたのだった。


「もう、いいよ」


 目はぼんやりとして声量も僅か。されど優しい声色をしていて、そっと伝わるものがある。

 リリィが、レノンの方を振り返った。もはや立っていられることが不思議な身体を、意思のみで動かしている彼女の顔は、何かを必死に訴えている表情をしていて。もういいよ、と言われたことに、意思が悲しく嫌がった。


「でも」

「大丈夫」

「でも……」

「皆がいる」

 

 征服少女の、表情が変わった。まるで子供が忘れていたことを思い出したような、ポカンとした顔で。


「信じよう」


 短くまとめられた言を重ねるレノン。多くは語らず、一言のみに集約する。

 込められた想いは、意思に駆られた一人の少女を……癒す。


「そうだね」

「あぁ」

「なら、少しだけ……休もうかな」


 安堵した子供のように、リリィはニッコリと笑って──倒れた。レノンもまたそれを見届けて、深く眠るように目をつむった。リュネが急いで治療に取り掛かる。二人の頭を母のようにそっと撫でながら……自分がここにいる奇跡に、感謝して。


「後は頼みます。皆様」

 

 アズール側、残り六。



 リリィとレノンの退場を知らせるため、平等に電子版が各出場者に出現する。 

 自身の横に出現した電子版が、アズール側から二人の名前を消していく様を見つめながら、全裸二人が言葉を交わしていた。


「これは実に予想外な展開となりましたね、師よ」

「そうだねフラワー。新人であるマヨネーズくんならまだしも、まさか四剣の二剣が退場してしまうとは……。しかも一方は、我らが誇りし第一極長だ。これは実にクロネアにとって不名誉であろう」

「ですが相手側も十名のうち四名が脱落。しかもその中には、リリィ・サランティスとユミリアーナ・アシュランがいますね」

「あぁ。既にアズールの戦力は大幅に削れたと考えていいだろう。そして」


 全裸二人が、同時に相手を見つめる。


「もうすぐ、五人目の退場者が出るだろう」


 勝てない。

 イヴキュール・アシュランの脳内ではその結論が出てから、十五分以上が経過していた。それでも諦めない不屈の精神で自身の持つ陣形魔法をありあらゆる方面から使い、発動し、連撃、さらには戦闘の状態から瞬発的に生み出たアレンジも加えて放った魔法の数々は……全て、敵を倒すまでは至らなかった。

 二人の極長を相手によくぞそこまで戦い抜いたと称えられる出来ではあるが、彼女にとっては絶望でしかなかった。

 敗北しか見えない現実。

 もう、戦う気概が、乾いた水のように干からびようとしている。


「賞賛に値する。我が子よ」


 第二極長『裸人』、ナクト・ヴェルートがそう言う前で、第五極長『舞人』、フラワー・ヴィンテージが眼前の少女へと跳んだ。蝶のように舞い、蜂のように刺し、蜘蛛のように絡め捕り、全裸のように美しい。フラワーの演舞戦闘技“蝶蜂蜘裸”である。

 この技の恐るべきところは、こちらの技が一切効かない状態であるのに敵が急接近し、そして敵からの攻撃が当たる瞬間のみ、魔術を部分的に解除して打撃を加えるものだ。

 全身を滑らかな状態へと変えるフラワーの剛身魔術“艶めく舞”だからこそ可能であり、イヴキュールが彼の魔術の全貌を知るまでに、多くの魔法を使うことになってしまった。


 基本的に、相手二人に物理的なダメージを与えることは不可能である。

 戦いの中ではっきりとわかった数少ないことの一つ。だからこそ、それを打開する魔法を懸命に模索し、又は無理矢理に作り上げ、実践するも……叶わぬ結果となる。もし自分が自然魔法の使い手だったなら変わっていたかもしれない。自然物ならば、滑らかな敵の身体にも通用していただろう。

 ……彼女はそこまで考えて嘆いた。

 実現不可能な妄想に逃げ込むまで、私は追い込まれているのか!


「“ドリビア・ダスト──結界たる三角教示”」


 自分の真下に、カードを三枚降ろして、三角錐の中に自らを閉じ込める。相手を十三秒だけ内部に閉じ込める魔法であるが、自らに対して行えば、十三秒だけ防御となる結界を作り出すことができる。

 初めて、この魔法を防御のために使った。

 イヴキュールにとっては、これ以上ないほどの悔しさでもあった。攻めを得意とする自分が、守りに入るなんて。

 私は、どうすればあいつらに勝てる?

 考えろ、考えるんだ。絶対に諦めるな。十三秒の狭間の中、逆転の展開を模索する。敵はイヴキュールの目の前にいて、再び“ドリビア・ダスト──結界たる三角教示”を発動させないよう、魔法が消えた瞬間に攻撃をするつもりだ。


「フラワー。敵ではあるが、魔法師として実に強き女人だ。手を抜いてはいけない。礼儀として、一撃で決めなさい」

「はい。師よ」

「……ッ!」


 戦争。

 過程などどうでもよく、勝たなくては意味がない。相手が異性だろうが関係ない。善戦はしたが結果は敗北と、苦戦したが結果は勝利。必要とされるのはどちらだろうか。イヴキュールは姉を見た。今もなお地に伏している家族がいる。幸い、眼前の全裸二人は退場者には危害を加えるつもりはないらしい。変なところで紳士だよ、と苦笑する妹。

 

「あと、顔もダメだよフラワー。当て身にしておきなさい」


 しかもこんな時に優しくすんなよ全裸野郎。

 つつぃ、と目から滴が垂れる。怖さか、嬉しさか、歯痒さか……わからない。ただ、やはり自分ひとりでは勝てなかった今を、将来ずっと苦しむことになるのだろうなと、彼女は思った。残り三秒。


「ごめん、皆」


 イヴキュールの横に、丁寧に折りたたまれた便箋が出現した。

 …………え、とそれを見る。

 残り二秒。


【シルディッド・アシュラン様から、イヴキュール様に、“声写し”付きの伝言がございます】


 便箋は解かれ、中から一枚の紙が露わとなる。

 その紙には……文字が書かれていた。“琴吹き”と呼ばれる創造と陣形の複合魔法で、相手側に便箋を一瞬で送ることが可能な魔法である。

 そして“声写し”は、発動した魔法師の過去を遡り、過去に経験した自分以外の者の声帯のみ、模写することが可能な魔法。つまり、シルドが過去に経験した自分以外の言葉を“琴吹き”に添えることができる。紙から声が聞こえた。

 書かれた文を、とある女性の声が読む。

 イヴキュールが聞き慣れた、家族の声。

 “ドリビア・ダスト──結界たる三角教示”が砕けた。敵が来る。シルドが送った、ある女性のたった一言の……メッセージとは。



   * * *



 イヴキュール・アシュランは根っからの負けず嫌いである。

 アシュラン家の歴史を顧みても、これほどまでに負けることが大嫌いな女の子はいないであろう。同時に彼女は実に感情豊か。喜怒哀楽を体現したかのような表情をして、自分の気持ちに心から素直な女の子であった。

 羨ましがる人もいれば、妬む者もいた。ただ、どちらの者も、彼女の人柄に惹かれたのだった。そんなイヴキュールも、クロネアに入学するまでは常に戦っている相手がいた。母親のシャーリィ・アシュランである。


 無敵であった。


 指を鳴らせば山賊が消し飛び、海辺を走れば海賊が溺れ、手を叩けば領主が土下座し、欠伸をすれば旦那が寝室へと運ぶ。魔法師としての実力は常識を完膚なきまでにへし折るものであり、何事も勘と何となくで戦い抜いてしまう稀代の才女。

 母・シャーリィは娘に容赦がなかった。生まれて間もない頃は旦那が甘やかして育てたため我儘に育ったが、それを見かねた妻が粛清したのだ。姉であるユミリアーナはすぐに屈服。どう頑張っても勝てない相手には従わなくてはならないと、幼い頃より知った。


『絶対やだ!』


 しかし、イヴキュールは違った。

 下僕のように母親からの命令に従うことを、心から拒否したのだ。世界随一の負けず嫌いも手伝って、ほぼ毎日のように母親と喧嘩してはボコボコに負かされていた。そして最も可哀そうなことが、実の母親から今までに彼女は……。

 一度たりとも、褒められたことがないのである。

 一回もない。

 姉はある。シルドもある。二人は母親からの命令に特に反発することなく従うため、上手にそれが出来れば愛情を込めて褒められていた。頭をナデナデ、気持ちよさそうだった。いいなぁ、とその様子を遠くから何十回と見てきた。


 それでもイヴキュール・アシュランは母親に背くことを止めなかった。

 絶対に屈服はしたくなかった。意地でもあった。

 何故お母さんの言うことをきかないの? と言われても「知らない!」と突っぱねる。それもそのはず、既に彼女の目的は『母親の言うことは絶対にきかない』のみとなっており、たとえ道理にかなっていようともシャーリィから言われれば拒絶していた。


 小さい頃からそうやってきてしまったので、後戻りができなくなってしまったのだ。

 だから、それを止めるためにも、イヴキュールはクロネア留学が終わったら母親に謝ろうと決めていた。おそらく人生最大の一大修羅場が待っていると思われるので、その日が来ないのを祈りつつ、でも来てほしいと少し思う。


 ただ、同時に不安もあった。

 謝っても、母親は許してくれるだろうか。

 今まで一度たりとも言うことをきかなかった娘に、お母様はどう思っているのだろう。そう考えてしまうと、二の足を踏んでしまう。母親と会えば、もはや反射的に顔を逸らしてしまう自分がいる。本当は抱き着きたいのに、できない。

 本当は、頭を撫でてほしい。

 頑張ったね、と言ってほしい。

 でも怖い。

 自分が悪いと百も承知しているからこそ、余計に恐怖が……へばりつく。


『どうしてイヴには優しくしないの?』


 シルディッド・アシュランは母親に幼い頃、質問したことがある。毎日のように喧嘩している妹にイライラすることもあったけど、妹はさらに自分以外とも喧嘩している。しかも全部負けている。よくもまぁそこまで戦えるものだと幼い子供の時から思っていた。

 だから純粋な質問を母親に投げかけたのだ。

 それには、兄としての、母親へイヴに優しい言葉をかけてほしいというメッセージも込められていた。あの感情むき出し娘なら、褒めてあげればきっと良い方向になるだろうと。そんなチビッ子シルドの質問に、笑顔でシャーリィは答える。


『シルドがお父様の言うことをきくのは、何で?』

『怖いから』

『怖いと言うことをきくの?』

『うん、だってきいたら褒められるし、怒られるよりも全然いいよ』

『そうね。じゃあ質問。お父様の言うことが、たとえ納得できないことであっても、シルドはきく?』

『…………ぅん』

『どうして?』

『怖いから』

『それはね、シルド。怒られることよりも恥ずかしいことなのよ』


 シルドは母親の言っていることが理解できなかった。ポカンとしている息子を抱きしめて、抱っこして家へと帰る母親の言葉を聞く。


『シルド。イヴはお母さんの言うことを絶対にきかないけれど、お父様や他の方々の言うことは素直にきくわ。そして自分が納得できない場合は、はっきり言う。それは違うって。シルドにそれはできる?』

『できない』

『イヴはね、とても強い子なのよ。ダメなものはダメと、きっぱりと言える子なの。そしてそれに対する戦い方もお母さんを通して学んでいるの。だからお母さんは容赦しないの。あの子が刃向う限り、私はあの子の敵となりましょう』

『じゃあ、じゃあね』

『うん』

『イヴが辛そうでキツそうで泣き出しそうな時は……黙って見ているの? イヴには、何も言ってあげないの?』


 シルドは抱っこしている母親の顔に、自分の顔を近づける。泣き出しそうな顔をしていた。それじゃあ、あまりにも妹が可哀そうだと言いたかったのだ。そんな彼にシャーリィは楽しそうに笑う。そうねぇ、とイタズラな顔をして、でも愛情を込めてそっと告げたのだった。


『一言だけ言ってあげるわ。お母さん、恥ずかしいから一言だけね。今までイヴには褒めるようなことなんて言ったことないから、ちょっと恥ずかしいけど、ちゃんと言うわよ』

『なんて?』

『それはね……』



 フラワーの手刀がイヴキュールの腹を狙う。

 ただ、意中の相手はフラワーの存在などお構いなしに、横に出現した手紙を見ていた。

 文字は薄らと光り、イヴキュールの視界に堂々と映り込む。そして文字の光と共に、ある女性の声が添えられた。シルドが過去を遡り、幼少の頃に聞いたあの言葉が────告げられる。



【イヴならできる。私の娘なんだから】



 手刀が腹に命中し、イヴキュールは後方へ吹っ飛ばされた。……否、吹っ飛ばされたのではない。自ら手刀の勢いに乗せ、後ろへ思い切り跳んだのだ。可能な限り、フラワーの威力を消せるように。一瞬でも遅れていれば、タイミングが合わず即刻倒れていただろう。しかし見事にやってのけた彼女は、地面に倒れこむも、すぐにゆらりと起き上がった。


「母様……」


 生まれて初めての経験をしていた。

 一回も言われたことがない、言葉をもらった。散々噛みつき反抗し逆らい喧嘩した肉親に、優しい安らぎの言を贈られた。『できる』と。『私の娘』だからと。言ってほしくて、でもできなくて、どうすればいいのかわからず泣いて、また喧嘩して……。自分でも泣きはらした回数がわからない。それでもやっぱり家族だから、甘えたい。

 大好き、と言いたい。

 私もよ、と言ってもらいたい。

 あぁそうか……。空を見上げて、陣形魔法師は納得した。


「私、アシュラン家に生まれて良かった」


 ポケットから、一枚のカードを取り出した。



   * * *



「失礼致します。カリエィ隊長」

「何だボル。こんな真っ昼間に」


 場所は変わり、アズール王城、騎士隊長の間にて二人の男が言葉を交わす。

 アズール騎士団・十二騎士隊、隊長カリエィ・ザッパーと、副隊長ボル・ノーマスである。現在アズールは昼前であり、隊長専用の部屋ではカリエィが優雅にくつろいでいた。そんな彼の部屋に訪れたのは副隊長ボルであり、この二人はアズール一行がクロネアに向かう際、ユンゲル右大臣が差し向けた三十八人の密偵とともに、シルドたちと戦った猛者である。


「そろそろ何故、我々の場所がジン王子たちにわかったのか、教えていただいてもよろしいと思いますが」

「何だ、またそれか」

「どうしても納得できないのです。カリエィ隊長の“不死人”がどうしてバレたのか。あの魔法は陣形魔法の五本の指に入る魔法です。絶対にバレないから五本の一本に数えられたのに……おかしいではありませんか」

「んー、まーねー。ねー」

「隊長」

「……わかったよ」


 どうにかして言い逃れしようと考えるも、今日のボルでは無理だと諦めたカリエィ。

 他言無用を絶対条件に、表情をガラリと変えて、ボルに告げた。


「“心眼の蕾”で場所がわかったそうだ」

「…………え?」

「だから、イヴキュール・アシュランという女の子が“心眼の蕾”で俺たちの居場所を見つけたそうだ」

「ありえないっ!!」


 部屋中に響き渡る大音量でボルが叫んだ。こうなるだろうと、耳を塞ぎ目をつぶるカリエィ。子供が多い彼は家に帰れば毎日が動物園であり、こういった場合でも冷静に対応できる。

 ただし、目の前の部下が狼狽えるのも充分にわかっている。確かに、これが世に知られれば、陣形魔法界に“革命”がもたらされることになるからだ。


「幾多の魔法師たちが“不死人”を看破しようと、あらゆる方法で模索したのですよっ! それが誰一人として出来なかったから、あの魔法は」

「そう。五本の指になった。さっきも聞いたよ。だが事実だ。彼女は確かに、“心眼の蕾”で我々を探り当てた」

「ッ! も、もう一つだけ、いいですか」

「構わんよ」

「ジン王子らがクロネアへ発つ際、隊長がイヴキュール殿に何かのカードを渡したと聞いております」

「誰から聞いたんだそれ。ったく、まぁ渡したよ。彼女なら可能かもしれないからね」

「……何の、魔法ですか」

「頂点に君臨する魔法だ」


 ボルが卒倒した。

 そして数秒で起き上がり、カリエィの両肩を掴み全力で揺らす。


「何やってるんですか!?」

「彼女ならできるかもしれないからね。いや、実際は万に一つもできないだろうが、何だか興味がわいてしまってさ」

「あの魔法は何を意味しているのか重々知っているでしょう!」

「だからこそだ。あの子がいったいあの魔法をいつ使うのか。知りたいとは思わないかね?」

「神の領域とまで言われた魔法ですよ……」

「そう。私も甚だ自分が馬鹿をやったと思うが、それでも好奇心が勝ってしまった。どうにもああいう子を見ると応援したくなってね。だがあの子なら大丈夫さ。間違ったことには絶対に使わないだろう」


 心底楽しそうにカリエィは笑って、遠く、クロネアがある北東へ視線を向けた。


「絶対不可能と言われた“不死人”を打ち破ったあの子だ。可能にしたのはおそらく、魔法師としての技量ではない別の何かだったのだろう。そしてそれこそが、上位の魔法師と本物の魔法師を分けるものなのだろう」


 歴史は塗り替えられるとは、よく言ったものだ。カリエィの笑みは止まらない。


「大丈夫。イヴキュール・アシュラン、キミならできる。アズール騎士団・十二騎士隊、隊長が保証するさ」

「使ったら一大事ですがね」

「うん。どうしよう」

「バレたら隊長のクビ飛びますね」

「うん。どうしよう」



   * * *



 一枚のカードを取り出して、空へと投げた。

 カードは大きく回り、空を舞って再び彼女の元へやって来る。さらに、ポケットに入っているケースを取り出して、ケース内にある四十八枚のカードも全て展開させた。


「できる。私は、できる」


 大きく息を吸い、カリエィからもらったカードをそっと両手で挟んだ。

 同時、四十八のカードが消え、三人を囲むように再度出現した。一般的な陣形魔法の儀式であり、イヴキュールと戦闘する中で、何度か見た光景でもあった。

 ──しかし。

 全裸二人が今までにない速度で彼女へ特攻した。

 アニーやワンラーもそうであったが、ことクロネア人は危機察知能力が他国の国民と比べて極めて高い。それは長年魔物と戦ってきて、そして暮らしてきた歴史が遺伝子レベルで刻まれているからだ。アレが実現すれば、間違いなく危険であると、全裸の二人は直感したのだった。


「“ドリビア・ダスト──結界たる三角教示”」


 この日、何度も発動された魔法を再度発動する。四十八のうち、三枚を密かに自身の前に潜ませておいたのだ。絶対に外すわけにはいかないこの魔法を、何が何でも相手に叩き込むために。そして“花鳥風月”で失敗した悔しさを、今度こそぶつけるために。

 できる。

 私はできる。

 合わせていた両手を開くと、カードが魔力の欠片となって崩れていた。既にカリエィが陣を施していることもあり、おおよその手順は終わっているのだ。あとは、発動するのみ。しかしこの発動が他の魔法師ではできなかった。何故できないのか、その原因もまた謎だった。


 極限の状態の中、あと一歩のところで上にいけない時がある。

 この場合も同じだ。

 あともう一つピースが揃えば叶うのに。そのピースが何なのか、わからない。幾度となく魔法師たちが挑むものの、結局は解けずじまい。そして悔しさを背に、諦める。


「絶対に諦めない」


 空間が揺れ始めた。

 全裸二人が、恐怖に駆られた。

 どこの世界に、空間そのものが揺れる現象があるというのか……!


「結局のところはさ、最後の欠片は想いなんだと私は思うよ」


 イヴキュールは不思議と冷静だった。これほどまでに冷静で、しかし倒れそうな、細い糸の上に立っている状態になったことは未だかつてなかった。“不死人”を看破するために“心眼の蕾”を限界ギリギリで発動し続けていたあの時以上の今であるのに、彼女は至極落ち着いていた。

 世界が彼女に微笑んだ。

 そんな気が、したからだ。


「この戦いで私の全てを懸ける。私の想いを込める。私の全力を捧げる」


 陣形魔法には、五本の指に入る魔法が存在する。

 “守護一天”。

 “偽りの証明”。

 “不死人”。

 “不可侵結界”。

 これらの魔法はどれも陣形魔法界で最強と称される魔法たちである。ただ、これらの魔法を五本の指に数える際、陣形魔法師たちはこぞって論争を繰り広げた。自分が推す魔法もあり、それを五本の指に入れたいと思うのも当然といえる。議論は白熱し、互いの主張はねじれにねじれ、決着はつかず。

 そのため、五本の指に入れるには現段階においてその魔法を看破できないものとする、という決まりを設けた。そしてようやく決まったのが、上記の四つである。

 四つである。

 一つ足りない、というのではない。何故なら────最後の一つは、最初から決まっていたのだから。


「できると言葉にして、信じて、想いを内にも外にも形にすれば……魔法は実現する」


 其が魔法、現在確認される987ある陣形魔法の中で、頂点に君臨せし特級魔法。

 人に許されし領域を超え、神の魔法と称された。

 自らの力のみで実現できたのならば、未来永劫、陣形魔法界の歴史に名を刻まれると言われている。

 そして同時に、禁術の類でもある。

 もはや、発動されれば相手には、どうすることもできないのだから。


「たぶん、私の人生で最初で最後の発動になる。でも、それでいいんだ。魔法ってのは結局のところ、情念の具現化なのだから」


 十三秒が経過して、“ドリビア・ダスト──結界たる三角教示”が解除。

 “花鳥風月”とは比べ物にならないほどの顔をして、イヴへと跳びかかる二人。そんな全裸に、イヴキュール・アシュランはお別れの言葉として魔法名を告げた。

 歴史上、極めて残酷な魔法にして。

 終着点でもある魔法。

 陣形魔法の極地。

 何故なら、相手を────。



「“さようなら”」



 この世から消し去る魔法である。

 全裸二人が、世界から消えた。



 数秒後、電子版が出現……するも、小刻みに震える。電子版が対応に困惑しているのだ。電子版には出場者が戦闘不能、もしくは気絶や意識を失うなどの場合に退場者として処理することになっているが、今回は違った。

 世界から消えるなど、電子版の管轄外である。

 戦闘不能や気絶などそんな次元ではなく、生きているのか死んでいるのかもわからない。完全に想定外である現実に、電子版も判断を迷わせていた。


「大丈夫だよ」


 そんな中、イヴキュールが笑顔で告げた。告げたものの、息は荒く、後ろから押せば簡単に倒れる状態である。けれど倒れないという意思のみで立っている彼女は、ズリズリと、近くにあった棒で、何かをしている最中だった。


「発動できたといっても、未完成だから。もって五分だね。だから、全裸と全裸はまだ退場してないよ」


 その言葉に、電子版の震えが止まった。そして敬礼するかのように、彼女に方向を向けて、魔力の欠片となって消えていった。

 ズリズリ、ズリズリと棒で地面をなぞる。

 涎がだらしなく口から洩れながらも、必死に彼女は地面をなぞる。そして、棒が最初になぞり始めた場所に、ようやく辿り着いた時──、彼女の前で電撃が弾ける音が生じた。バチバチと何かが爆発するような危険な音なれど、穏やかにその様を見つめる魔法師。

 そして。

 全裸二人が、この世界に現出した。


「「……………………」」

「やぁ、どうだった?」


 目を大きく開き、口を開け、脱力する。

 顔を少し上げると、汗をびっしりと浮かばせながら笑顔で手を振るアズール人。二人は彼女の姿を目視するや。


「「あぁぁあああああああああああああああぁあああああああああ!!」」


 発狂しながら彼女へ襲いかかった。

 それもそのはず、二人にとっては、世界から消されたのだ。

 想像できるだろうか。

 世界から自分の存在が完全抹消されたにも関わらず、意識がある現実を!

 肉体はない、しかし意識はある。世界の波の一部分になったかのような、意思のみが存在を許されたかのような、魂だけがただただあるだけのような、そんな世界。話せない、動けない、肉体がないのだから。でも意識はある。何故か世界も見える。

 だが、それだけ。

 見えるだけ。

 しかし自分という存在はいない。

 じゃあ自分って何?

 意思って何?

 世界って何?

 …………私は何?

 精神崩壊も余裕でぶっち切れるほどの衝撃は、とてもじゃないが全裸には耐えられなかった。

 たかが五分の時間なれど、二人には信じられないほど長く感じたのだ。

 絶叫を響かせて、眼前の少女に襲い掛かるも、それでも少女は笑ったままだった。


「よかった」


 うん、と頷く。


「やっぱり魔術を使えないんだね」


 全裸の真下より眩いほどの光が灯る。瞬間、二人の下で円型の陣が展開された。

 イヴキュールの眼前で展開されるその魔法は、彼女が擦り切れる魂を強靭な意志のみで繋げたことにより実現させた、最後の攻撃魔法だった。

 魔術師も、魔法師と同じで、精神に異常をきたせば魔術を発動できなくなる。

 イヴキュールの狙いはそれだった。

 “さようなら”で仕留めるつもりなど、最初からなかった。あくまであの魔法は、全裸の精神を揺さぶり、魔術を発動させないための前振りだったのだ!


「ごめんね、あんな酷い魔法を使って。終わったら改めて謝るよ」


 光の上昇は全裸の真上で集まり、塊となる。その塊は徐々に大きくなって、太陽のような輝きを増していき。

 狙いを、真下にいる敵へと定める。

 その様を、極長二人は静かに見つめていた。

 未だに精神状態は荒れ狂う波のようであるが、正気に戻ったのだ。自分たちが今何をしているのか、そしてこの状況が、どんなものなのか。


「……師よ」

「……うむ」


 全裸と全裸は、天を見上げ続けた。

 何という美しい光か。

 そして二人して前を見た。

 ほぼ、瀕死の少女がいる。……あぁ、きっと自分らを倒すために、様々な葛藤と努力、想い、意志があったのだろうと思えた。

 とてもじゃないが敵二人を前に戦おうなど、通常では考えられないものだ。それを必死に一人で逃げずに戦い、泣いて諦めたい気持ちを懸命に抑え、最後の最後まで死力を尽くしたのだ。


「改めて、名を聞かせてもらってもいいかな?」


 ナクト・ヴェルートが、対戦相手に最大限の礼儀をもって、尋ねる。

 その言葉に、最初は驚いた彼女も、ややあって、笑顔で、はっきりと告げた。



「シャーリィ・アシュランが娘、イヴキュール・アシュラン」

「────見事なり」



 そうして、全裸と全裸は光爆の波を受けた。

 本当は、魔法を喰らう直前、二人とも魔術を発動できるまでに精神を回復させていた。ただ、それをしなかったのは目の前で笑う一人の魔法師に……心からの尊敬の念を抱いたからだった。自分たちもまだまだ修行が足りないと感じながら、全裸の二人は戦争から退場する。


「────ぁ」


 同時に、イヴキュールもまた、地面へ後ろから倒れた。

 呆、と空を見上げる彼女の頭を、そっと上げ、自身の足に乗せる女性がいて。


「姉ちゃん」

「イヴ、頑張ったね」

「体調の方はどう?」

「もう大丈夫よ。途中からイヴの戦い、見学してたから」

「……そっか」


 イヴの顔に、滴が落ちた。


「姉ちゃん?」

「イヴ、本当に頑張ったね」

「何だよぉ。泣くことないじゃないか」

「そうね、でもお姉ちゃん。イヴがいてくれて……本当によかった」


 家族。

 その言葉が、イヴキュールの頭に浮かぶ。そして家族の中に、母親の姿もあった。

 えへへ、とはにかむ少女。そして意識が消えていく中で、家族の一人であり、助けてくれた兄へ──、言葉を投げる。



「頑張れ、兄貴」



 戦争は激しさを増し、各々が戦闘を交差させ、まずは前半戦が終了した。

 アズールの退場者は、リリィ・イヴキュール・ユミリアーナ・レノン・リュネの五名。

 クロネアの退場者は、アニー・ナクト・ワンラー・フラワー・マヨネーズの同じく五名。

 それぞれ、アズール側は残り五。クロネア側は残り九となった。

 戦場は後半戦へと突入し、いよいよ決着の時が近づいてくる……。


 そして、同時刻。

 青髪をした青年が、魔法を解除し、舞台へ降り立った。

 目の前には一人の生物がいて、軽く会釈し、不敵に笑う。



「待っていたよ、お兄さん。……いや、シルディッド・アシュラン」



 時間は過ぎ去り、世界は動く。

 同じくシルドの世界も、動き出す。

 第二試練の始まりにして終わりの舞台へ…………彼は上がる。

 



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