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心からの誓い




 深夜の空に小さな光が生まれた。光は至る場所で生まれるものの、その命は儚く一瞬で消えてしまう。

 星の光ではない。衝突により生じている光であった。


「キヒヒヒヒヒ!」

「……」


 空を自由に飛びながら赤髪と虹髪は文字通り、火花を散らす。リリィは敵との衝突を繰り返しながら相手の戦闘力を見ていたが、どうにもわからない点が多い。速いし威力もそこそこ、度胸もあるが、しかしこの程度で“魔術科・歴代一位”に君臨しているとは到底思えなかった。──だから試した。


「“渦”」


 現れるは濁流たる悪魔の坩堝。渦は瞬時にアニー・キトス・ウーヌを捉え、半強制的にその水流で呑み込んでいく。そのまま呑み込まれていき下までいけば、大砲並みの衝撃をもって発射され地面に激突するであろう。

 “渦”は爆散した。

 斬った、ではなく散った。破裂。アニーの周囲にあった水という水が全て弾け飛んだ……!


「“氷掌”」


 渦が爆散され、しかし巨大な氷の手を出現するまでの時間は。

 まばたき一回ほどである。

 リリィの並外れた戦闘力と勘が、“渦”を無に還した敵の力を見るや、ある仮説を打ち出してそれを証明するために速攻で次の魔法を発動させた。浮き出るように現れたのは氷の八手。アニーを中心にして八方より現出し────、一秒で獲物に到達する。


「キ、ヒ!」

「……」


 それから数秒が経過した。

 静かにその光景を見る征服少女。

 氷の掌は、八つ、敵目掛けて突撃するも……ひとつ残らず第一極長に触れる直前で、止まっていた。小刻みに震えるものの、到達はしていない。ニチャリと笑いながら顔を左右に振る『魔人』。

 彼女が指を鳴らせば、氷の手たちはさらに遠のく。徐々に、けれどゆっくりと確実に、慄くが如く下がっていく。そして──目の前にあった氷掌を蹴り砕きながら、アニーは自分を発射するように突撃を開始した!


「キヒャヒャ、いくぜぇ!」


 アニーの眼前に剣があった。

 気づいた時には既に遅く。

 直撃した。

 “虹笛”と呼ばれる、火と、水と、雷と、風と、氷の集合体なる長剣。合わさり混じり、交差し重なった剣。その美しくも強靭たる魔法により、戦闘を開始して初めて……アニーの動きが止まった。

 止まったまま、動かない。顔面に直撃したためか、上半身を大きく後ろに仰け反って、空中で静止する。その様を黙って見つめるリリィ。感情を表には出さない。それは敵が死んだなどと露とも思っていないからであり、次の一手を思案しているからでもある。


 仰け反っていた上半身が前に傾く。

 ……剣は、第一極長の“歯”の間にあった。止められたのだ。避けるのではなく、破壊するのでもなく、上と下の歯によって、歯だけによって、威力を完全に消された……。ニンマリと笑い、『魔人』は歯の間にある剣を噛み砕く。まるでお菓子を食べるようであった。


 だが、笑いながら食べていた彼女の表情が、不意にピタリと止まる。

 何故かよくわからないが、違和感があったからだ。数メートル先にいるリリィ・サランティス以外に、何とも言えぬ不可解なものを感じた。……空が、少し明るい……?

 そうして天を見上げて、答えを見つけて、目を見開く。

 今自分が噛み砕いている剣と同じものが──、上空に、びっしりと……並んでいた。


「“寿の雨”」


 雨は落ちるものだ。

 降下するものだ。

 だから四千という剣であろうとも、雨ならば降ってくる。容赦など、まるでなく。


「どうする?」


 リリィの挑発的な問いを聞くものの、返答せずに虹髪は瞬時に行動した。

 腰に巻きつけている黒い縄を解き、指を歯で切って、血を垂らす。途端に縄は太く長くなってグルグルと彼女の真上で展開し……アニーを守る盾となった。雨は矢継ぎ早に降下する。殴打するような、突貫するような派手な爆音が空に響く。それは連続的であり早々に止むことはない。アニーはそんな雨の音々に耳を傾けながら……視線を真っ直ぐリリィに向けていた。

 縄が解ける。

 崩れる。

 同時に雨も止んだ。

 ボロボロと崩れながら森へ落ちていく縄を眺めながら、初めてリリィは笑う。


「空気の神然魔術なのに、あまり使えてないみたいだね。というか、限界があるのかな?」

「キヒ、まぁね。ぶっちゃけ使うことそんなにないから使い勝手がよくわからないんだよ」

「宝の持ち腐れなんだぁ」

「そういうこと。でも別にいいんじゃない?」

「どうして?」


 言った直後。アニーの姿がリリィの視界から消えた。

 戦慄。

 後ろに回られたと勘で判断し、氷の盾を作るも──


「生身で充分だからだよ」


 氷盾をぶち抜く第一極長からの蹴りを食らって、征服少女は吹っ飛ばされた。すぐさま身体を起こし体勢を立て直すも、自身が作り上げた氷をいともたやすく壊した相手の攻撃力を、改めて感じ入る。甘く見ちゃいけないなぁと、ポツリと呟きながら。


「下の森にいる雑魚どもも、そろそろ戦闘に入るだろうよ。キヒ、だから私たちは雑魚の戦いを見ながら楽しもうぜ。月見に酒を飲むみたいな、ね」

「うんにゃ、それはない」

「……。何故?」

「私は皆を助けないといけない。だから、アンタだけに構ってる暇はないよ」

「雑魚のことを心配すんの? 理解できないね」

「そう。だったら」


 うん、と微笑んで。

 リリィの魔力が、泥のように溢れ出す。


「お前は負ける。アハ」



  * * *



 森の中に、二人の女性がいた。茶髪の姉妹である。

 アシュラン姉妹はつい先ほどまで暗い森林を駆けていたが、今は立ち止まり、黄色く光る奥の方を凝視していた。立ち止まった理由としては、感じていた敵の魔力がより一層濃く、かつ増してきていると感じたためだ。つまり──こちらに向かってきている。

 互いに一度視線を交わし、再度前へ。

 イヴキュールがカードを周囲に展開させ、ユミリアーナが小声で詠唱に入る。濃さと空気の流れにより、敵との距離はおおよそ掴める。あとは射程範囲内にまできたならば、先手を打つだけだ。


 奥から声が聞こえる。

 声からして二人。男性のものであった。


「人は何故こうなのか。魔物は何故ああなのか」

「わかりません師匠。ですがこのフラワー、救いを求めているのではないか、と考えます」

「さすがだよ愛弟子よ。我も同じ考えだ」

「あ、あああ、あああぁ! 師と共感できたなんて、今日はなんと、なんと素晴らしい日なのでしょうか! 絶頂」

「駄目だよ、まだ駄目だ。もうすぐだよ、フラワー」

 

 フラワー・ヴィンテージ。第五極長『舞人』。

 既にイヴキュールとユミリアーナはこの男を知っている。ジンを護衛するためにクロネア側が手配した極長だ。そのため彼の素性は理解しているし、魔術もわかっている。となれば、残りの一人も大方予想がついた。師と言っている以上、噂の極長であろう。

 四剣の一角。

 ルェン・ジャスキリーに『アレは外には出てきません。というか出しません』と言わせた相手。おそらくフラワーと同類であろう。が、一切の油断も許されない。どうあろうと敵は四剣の一に選ばれているのだから、実力は相応とみるべきである。

 そして……相手が射程範囲内に入った。


「“引豪力”」

「“病魔の軍勢”」


 引力を更に倍化して相手側に負荷を与える上級・陣形魔法“引豪力”。引力とは二つの物体の間に働く引き合う力のことであり、イヴが対象にした二つの物体は『敵二人』と『地面』である。ゆえに地面に叩きつけられたか、もしくは引力に逆らってもがいているかのどちらかであろう。さらにその状態の敵へ、一度でも触られればランダムで病気を発症させる化物の軍勢が襲い掛かる。

 敵は強いであろう。だから一撃で仕留められるとは思っていない。そのため能力を下げるためにも、まずは相手を病気に追い込むことにした。姉妹が魔法を発動し、数秒が経過して。


「驚きましたね師匠」

「あぁ、だが我らに意味はないな」


 声が聞こえ、しかも大きくなる。敵は変わらずこちらに向かって歩いてきている……!

 だが、病気にかかっていれば何かしらの苦言があるはずだ。それがないということは、病気にかかっておらず、ユミリアーナの魔法を防いだということである。

 どうやって?

 思うことは二人とも一緒だった。ただ、疑問はすぐに解答される。提示される。

 いよいよ、登場の時が、訪れる。


「いきなりの攻撃。しかし当たらなければ意味はない。そうは思わないかね、お嬢さん方」

「我の魔術がある限り、魔法は全て無意味だと知りなさい。我が子らよ」


 姉妹は身構える。

 おそらく、相手側はキチガイな服装をしているだろう。一度だけ見たフラワーの服装も酷かった。どうしてクロネアはあのキチガイを極長に選んだのか魔法の館で会議を開いたほどだった。しかし服に関しては様々な趣味や考えがあり、彼も方向が違うだけで実は真っ当かもしれないという結論で終わった。

 此度の戦争もまた、気合を入れて服を選んできているはずだ。

 あれ以上の服があるのかどうか、甚だ疑問この上ないが、異常なのは確かであろう。落ち着いて、受け止める他ない。覚悟は出来ている。


 自分たちは戦いにきたのだ。

 相手もそれはわかっている。

 ならば見た目に惑わされず、堂々と戦うのが道理である……!

 そして、他の極長らも可能な限り倒し、アズールに勝利をもたらす。それが自分たちの──使命だ!


 現れるは、クロネアの第二と第五の極長。

 震慴の魔術師。

 無上の英傑。

 後の烈士。

 強者。

 登場するは────!



「一つ言っておこう」

「我らは神だ」



 全裸だった。


 全裸だった。


 男二人が、全裸となって、濃密に緊密にネッチャリと纏わり絡み合った状態で……降臨した。



「「…………………………」」



 ユミリアーナが気絶した。

 イヴキュールが泣き崩れた。

 その、女性二人の姿を見て、穏やかに満足そうに頷く二人。

 しかし、全裸の一人が瞬時に真面目な顔つきとなって、「そいやっ!」という声と共に上空へ跳んだ。

 全裸はまず、宙でクルリと回転し、両腕を水平にして十字架のポーズをとる。嬉しいという感情を表現する時に使うテクニックだ。この時、足先を地面へピンと伸ばし、顔を前に向け、左右対称を美しく魅せねばならない。一朝一夕では成り立たない、日頃の修行がものを言う動作だ。その全裸のポーズを、下の全裸は満足げに眺める。顔から足先まで、完璧なシンメトリーとなっていた。


「見事だ……!」

 

 そして、落ちてきた全裸を全裸が受け止めた。

 されど、ただの受け止めではない。

 全裸は全裸のために手を広げたが、全裸はそれをただ受け入れることはしなかった。全裸の肩に全裸の足が触れるや、まるで皮膚を滑るかのように落ちながらも身体を密着させる。まるでスポンジのような吸水性であった。そして全裸の足が全裸の腰にまで到達しかかると、全裸は落ちてきた力を使って、全裸の後ろへと足を絡ませる。すると何ということか、落ちてきたはずの全裸が全裸の後ろから再び上空へ跳んだではないか……!

 遠心力を応用し、そして二人の魔術を使ったからこそ出来る、全裸技である。

 全裸は再び空を舞った。

 そして見事に成功した喜びを表現するため、再度喜びのポーズをする。完璧だった。


「いいぞ、美しい以外の言葉が出てこないよ愛弟子よ!」


 再び落ちてくる全裸を、全裸が今度こそ優しく受け止める。

 全裸が空を舞い全裸が微笑み、全裸が落ちてきて全裸が受け止め全裸の身体を全裸が回り全裸の後ろから全裸が発射され全裸という美しさを全裸が全裸をもってアピールし全裸降下し全裸が受け止めた。全裸が全裸を見て、頷く。全裸もまた全裸を見て、笑った。全裸の二人は全裸であるが、そこには全裸だけでは語れない何かが……あった。

 全裸かもしれない。

 でも違うのかもしれない。

 その答えは、二人にしかわからない。


「さて、我が子らよ」

「既に勝負は決まったと言えるが、どうかな?」


 全裸が全裸と一緒に言葉を投げると、そこには二人の女性が立っていた。

 顔を下に向けている。

 震えている。

 身体の奥底から湧き上がる何かが、自分たちを心底冷まし、そして熱くさせている。これは何であろうか。わからない。ただ、どうしようもないほどの無限の力を与えてくれるような、そんな気もする。イヴキュールは腕で目をゴシゴシと拭き、ユミリアーナは両手で頬を叩き、視線を前に向けた。


 全裸がいる。


 二人は誓う。

 アズールのために。

 全人類のために。

 真面目に生きている全ての方々のために。心から誓う。



「「ぶっ潰す」」



 その言葉を受け、全裸と全裸はフッと笑って互いの姿を確認した。全裸だ。

 自分たちの何がいけないのか、いよいよもって理解できないが、相手側が怒り心頭なのは悲しいことだ。何かリラックスできる言葉を投げかけるのが紳士であろう。何がいいか。単純でどこにでもある言葉では駄目だ。安っぽい男と思われてしまう。男の品格としては低いだろう。

 ならばエスコートするような発言はどうだろう。

 ここで、紳士らしく、余裕をもって相手に微笑みかければ、きっと心を潤してお互いに分かり合える関係の一歩を進めるはずだ。相手は女性だ。優しく接することは当然のことだ。だがこれも安っぽい言葉だと駄目だ。ナンパだと思われてしまう。

 

 だとするなら、提案に近い誘いの言葉が、至上であろう。

 男として必要な全ての要素を併せ持つ、魔法の言葉だ。かつ、自分たちの考えも含める必要があるが、大丈夫、これなら間違いない。相手に想いが届くのは必至だ。

 落ち着きある、そして世界一優しそうな声色で。

 二人はこう言った。



「「そうだ。全裸になろう」」



 アシュラン姉妹、対、全裸と全裸の戦いが始まる。

 

 



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