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交差する戦場




 海があって、砂浜があるとすれば、当然波のせせらぎが聞こえてくる。

 ざざん、ざざん、と浜辺から演奏される自然の音楽は海道の歩行者を等しく魅了し、思わずそちらに目を向けてしまう方も多いだろう。そしてあの不規則でありながらどこか美しい波の動きに、何とも言えぬ昂揚を感じる方もまた、いるのではないだろうか……。

 では。

 その波一面が“えぐり取ら”れ、天空に“貼り付け”られたとしたら、どうだろう。

 さらに貼り付けられた波そのものが、天より落下でもしてきたならば。それも水ではなく光り輝く色彩豊かな火の群れだとしたら……。もはや唖然とする他ないと、言わざるを得ない。


「“総炎の撫で振り”」


 紅蓮の髪を風に泳がせながらリリィは右手を下げた。呼応して降下する炎波は、魔法の館から憲皇にある森をすっぽり覆うほどのものであった。下から見上げる者からすれば、波どころか星が落ちてくるような感覚に襲われる。


 この魔法におけるリリィ・サランティスの目的は、敵の炙り出しである。

 地の利があちらにある以上、こちらが森の中で身動きが劣ってしまうのは明白。ならば、先にあちらの居場所を探し出してそこに急行すれば、奇襲や罠にかけられる危険性はぐっと減る。

 色彩豊かにしたことも、敵側に「各火によって何か仕掛けがあるのではないか」と迂闊に手を出させないようにするためであった。実際は一度でも火を攻撃すれば、周りの火が勢いよく燃え上がるだけの単純な仕掛けである。


 さすがに森を燃やす気は彼女にもない。降下させたとしても、木に当たらないよう細心の注意を払いながら火の波を動かすのだ。天才にして常識外れなリリィだからこそ出来る所業であった。ちょっと難しいかも、と苦笑いしながらリリィは頬を撫でる。


「上手くいってよね」


 火の群れが、森の中へと侵入し──


「還元なさい」


 一瞬で消えた。



   * * *



「──ッ! …………ぇ?」


 

 口をポカンと開けて。

 眼をパチパチとさせながら。

 赤髪の少女は、言葉を失った。

 十七年の人生において、リリィは常に自然と共にあった。特に火の魔法に関しては、ありとあらゆる応用や発展の魔法を作り出し、それだけで魔法界の栄誉賞を受賞できるものと評価されている。それだけに、彼女にとって火とは思い入れの深い魔法でもある。

 生まれて初めての……感覚であった。

 呆然どころではない。

 驚嘆である。

 魔法から──“拒絶”されたのは。


「…………」


 右手を仰向けにして、首をひねる征服少女。

 指を鳴らすと、小さな火が優しく生まれる。いつもの状態だ。何も不都合ない。火は私と共にある。そう思いながらもう一度眼下を見渡すと、あったはずの火波が、まるごと消えている。あれだけ時間をかけて作り出した炎の群れが、一瞬で消えてしまった。


 ……消されたんだ。

 不可解な現象を前に、リリィは戸惑いながらも落ち着いてそう結論づけた。敵の魔術は大きく分けて六つ。人間が発動できる剛身魔術・獣叉魔術・英鳳魔術。そして魔物が発動できる人叉魔術・神然魔術。そして古代魔術。この中で、一つだけ自然界に干渉できる魔術がある……。第十極長ポポル・プレナがクロネア永年図書館でも言っていた。


『学生でありながら神然魔術の使い手は、私が知ってる中ではたった三者しかおりません』


 いるのだ。

 火を司る神然魔術の使い手が敵側に。

 と、なればこちら側の火系統の魔法は全て干渉される危険がある。リリィの得意魔法も、同じく封じられたことになり、これでは火で敵を炙り出すことが出来なくなってしまった。


「ならやっぱり、モモに任せるしかないかぁ」


 残念無念という顔をした後、リリィは頬を膨らませる。

 炙り出しの役が自分でなくなってしまったことに、少しご立腹なリリィであった。……実際のところ、彼女にとっては、たったそれだけのことである。



 ──遥か上空に二つの影があった。

 つい先ほど明るい火の光に照らされていた夜空も、今は何もない。星の光が煌めきながら輝いてるが、深淵とも呼べる森を見ながら空を揺蕩う二人には、星空を楽しむ余裕はさほどなかった。

 リリィの火が消された以上、敵側に火を司る神然魔術の使い手がいる。これにより火での炙り出しはできない。しかしながら、何も敵を見つけるために火の魔法を絶対に用いる必要はどこにもない。現在の状況を予測し、保険として出ていた女性が……そこにいた。



「“矢郷の黄”・一億」


 

 戦争が開始された当初は暗闇の空で、されど火の波による明かりが生まれ、もう一度真っ暗な空に戻されたと思ったら、二度の明かりが空を照らした。しかも今度のは、目を覆うほどの眩しい光であった。

 光の雨。その数は一億。

 圧倒的な物量の光だった。それも矢の如き速度で降ってくる光。自然のそれではない魔力体の光。

 戦場となるであろう、ありとあらゆる場所に黄色に発光する魔法の矢が降下した。モモ・シャルロッティアの“ファベリア──色帝の命”の一つが発動されたのだ。それらを視認した極長らの中で、真っ先に反応したのは、“圧流壁爛”の『圧』に配置された第六極長『穿人』、ルェン・ジャスキリーである。周りにいる三名の極長に彼女は叫んだ。


「あの矢を攻撃してはいけません!」

「あぁん!? 何でだよ!」

「敵の狙いは私たちの炙り出しであると予想されます。先ほどの攻撃と同様の、無差別広範囲攻撃です! 私たちでは捌ききれませんし、何より仕掛けがあるように感じます!」

「木に隠れろってか!? 面倒だなォイ!」


 そう言うや否や、矢の雨が天より降下する。

 幸いこの森の樹木は非常に頑丈であり、また太くもある。ぽっかりと穴が空いていた大樹の中に入り、ルェンと一緒にいた他三名の極長は矢の雨から身を隠した。

 ルェンの予想通り、“矢郷の黄”は球体の形をしたまま地面に着弾することなく停止し、辺りをウロウロしている。獲物を探す獣のような動作で、思わず息をひそめる四名。そして数秒の後、己の役目はないと判断したのか黄色に光る無数の球は、消失した。


「まぁ、想定の内かしら」


 声を発したのは、上空にいる貴族の女性。 

 モモとリュネは、眼下に落ちていった“矢郷の黄”が反応するかどうかを目を皿にして観察……など一切しておらず、ある場所のみを凝視していた。一億の中で、森林に降下したのは八千弱。残りの二千を、全く別の目的で操作し、射撃する。


 モモにとっては、敵を炙り出しする意味も大切でありながら、最も必要なことは別にあると考えている。この戦争の勝利条件達成である。即ち、クロネア総大将のシェリナ・モントール・クローネリを倒さない限り、アズール側に勝利はない。

 ならば、いちいち敵の極長らを炙り出すよりも、ボスを引っ張り出す方が最短で、かつ最上の攻撃ではなかろうか。仮に思ったとしても出来ないこと、やらないことをやるのが虚を突く一手となる。失敗したとしても、敵側の出方を見れる。


「拝見しましょう」


 穿たれるは、二千の光弾。

 向かう先は憲皇。

 一直線、フェイント、迂回、遠回り、数秒の時間差、角度、彼女が思いつく限りの操作を身に宿した矢が空を駆ける。空一面に閃光の道が作られた。すぐ消えてしまう道なれど、矢の通った後を克明に残すその軌跡は、まるで光る糸を紡いで編み上げた織物のようでもあった。

 いく。

 直後、空に爆音が木霊する。

 それは“毯布の紺”の上にいる二人にとって、予想していた音ではなかった。

 “矢郷の黄”に爆撃作用はない。当然爆音も鳴らない。さらには現在、憲皇周辺では灰色の煙が辺りを充満していた……。


「リュネ」

「矢が塔に当たる直前、塔の前で大きな爆発が生じたように見えました」

「同じね。もっと言えば、矢が爆撃されたのではなく、矢のいた空間が爆発した、かしら」


 煙は徐々に晴れていき、憲皇の姿が露わとなる。

 ぬぅ、と現れる気高き塔。

 二千の矢に狙われたそれは……傷一つなく、存在していた。無傷であった。


「爆砕による防御なんてクロネアも素敵なことをするのね」

「魔術は身体を改造するものと思っていましたが、空間を爆発させる魔術があるとは思いもしませんでした」

「どうかしら。相手側には火を司る神然魔術の使い手がいるのだから、その魔物がやったのかも」

「どちらにせよ、厄介ですね」

「空からの侵入は難しそうね。爆砕されて退場なんてのは御免だわ」


 二人で状況を確認した後、絨毯の左右にそれぞれ移動する。

 そして互いに絨毯の両端から下に目を向け、ある場所だけ黄色く光る反応があることを確認した。どうやら、クロネア側の誰かが“矢郷の黄”に攻撃を加え、それに反応した矢が辺り一帯を明かりで満たしているようである。

 おそらくユミさんとイヴが急行しているでしょうね、とモモは思いながら他の場所にも目を向ける。特に光っている場所はなかった。一ヶ所ではあるが、炙り出しは成功したようだ。


 憲皇を襲撃することは叶わなかったが、敵側の場所を一つ特定することができた。最初の攻撃としては及第点でしょうとリュネに言われ、偉そうよ貴方と頬を膨らませる。そうして二人でいそいそと絨毯の中央に寄り、クスリと笑みを作って一緒に頷いた。

 まずは成功だ。良しとしよう。焦ることはない。堅実に歩を進めることが肝要なのだ。言葉は交わさずとも、表情だけで二人だからこそできる会話をした。そして本来の計画を実行するため、絨毯の高度を上げる。


「リュネ、それじゃ勝つためにも、本題にいき」


 衝撃が走った。

 モモ・シャルロッティアは、自身の肩に一撃を受けた。強力な打撃であった。

 だが、それは目の前の女性から撃ち込まれたものであった。リュネ・ゴーゴンからの一撃である。


「────」


 突然の出来事に、咄嗟の判断が遅れる。目を大きく開けて、状況の把握に全神経を集中させる。リュネの一撃によりモモは後方へ移動を余儀なくされる。自身が軽く吹き飛ぶほどの衝撃は、彼女の魔法である絨毯もそれに応じることになり、空中で後ろへずれた。自分は変わらず空中で絨毯に乗っている。

 対し、自分に攻撃を加えたリュネはそのあまりの強い衝撃によりモモの前方へ飛ぶ。実際は自ら飛んだ、が正しい。何故このようなことをしたのか、未だ疑惑の最中にある画麗姫の眼前で……答えが提示された。


 つい先ほど二人がいた場所に、真下からの光弾が通過した──。

 狙撃である!


「リュネ!」

「計画通りに!」

「でも!」

「引き受けます」


 リュネの言葉は、小さく一言でまとめられたものだった。

 それは空中にいることで、もはや落下するしかない状況からの僅かな時間で行う会話短縮でもあるが、それ以上に彼女が言いたかったのは、「引き受ける」という言葉の重みであった。

 ここは自分がなんとかします。

 だからお嬢様は自身のやるべきことを完遂してください。

 信じていますよ。

 貴方ならできます。

 ……そう、伝えたるためでもあった。


「リュネ! ッ!」


 再度彼女の名を呼ぶが、すぐさま絨毯を左に動かす。動かす前の場所に、下方からの射撃が走った。

 このままここにいては敵のいい的だ。とても下からは見えないだろう位置であるのに、容易に狙ってくる相手の腕前は脅威としか言いようがない。絨毯をジグザグに展開しながらも、高度をさらに上げ、上流貴族シャルロッティア家の三女は夜空を疾走する。

 思うは、付き人の女性。

 しかし、迷っていては駄目だ。迷いは隙を生み、隙は致命傷となる。戦争である以上、最も恐れる事態はアズール側の敗北に他ならない。


「無事でいて……!」


 願いを言葉に込めて、桃髪の貴族はいく。

 それを落下しながら確認し、リュネは中級・癒呪魔法“罪人の枷”を発動する。罪人にかける魔法として有名であり、三十メートルの見えない糸を相手に巻きつかせる魔法である。これといって攻撃作用はないが、相手が逃げた場合でも糸は継続して繋がっており、糸を辿っていけば自然と相手に辿りつける。また、糸は三十メートルしかないため、逃げたとしても相手はそれ以上遠くに移動することはできない。


 空中で展開させれば、三十メートルごとに自身は糸により勝手に止まる。止まったことを確認して魔法を消し、再度発動。これを継続していくことにより、無傷でリュネは地面まで降りることができる。

 ……数分後、時間はかかったが難なく彼女は着地した。

 同時に、これ以上ないまでの厳戒態勢をとる。

 リュネが何故、真下からの射撃に対応できたのかは実は簡単なものであった。空中にいた時に目の前で、つまりはモモの後ろで、真下からの射撃があったからだ。モモとリュネの間に起こったあの射撃は一撃目ではなく、二撃目だったのだ。

 そして空中から地面に降り立つまでの間、敵は容易に自分を撃つことができたはず。

 しかし、一度もなかった。 

 モモへの射撃もあれから一度もなかった。考えられることは一つ。敵は、射撃によって自分の居場所が特定されることを避け、リュネが降りてきたところを狩るつもりなのだ。

 

「舐められたものです……!」


 しかもあの一撃目は、おそらくわざとだろう。

 絨毯に乗っている一方だけに見えるよう撃ち、動揺を誘い、分散させる。そして降りてきたどちらか一方を美味しくいただく。実に小汚い策と同時にまんまと引っかかってしまった自分が憎いとも、リュネは思った。


 リュネ・ゴーゴンの戦闘力は低い。

 専ら彼女は癒し関係の魔法を使い、戦闘は中の上程度である。付き人にしては充分すぎるほどの出来であるが、此度の戦争においては、やはり低いだろう。

 それでもここで自分が戦わねば次の獲物は主人になる可能性が高い。すぐさま持てる中で攻撃用の魔法の詠唱に入りながら、落ちている時に確認した森の中で唯一光っているあの場所へ移動を開始する。あそこならばアズール側の誰かが急行しているはず。自身は援護役だ。単独では弱い!


「なんだ、落ちてきたのはお前か」

「ッ!?」

「てっきりシルディッド・アシュランの横にいた女かと思っていたのだが、最悪だ。小生もほとほと運がない」


 闇の森が支配する中、どこからともなく声が響く。

 男の声であり、厭味ったらしい濁った声色をしている。長時間は聞きたくない声……。

 まずい。

 既に敵は近くにいる。

 移動は無理だ、ここで、戦うしか、ない!


「“暗澹の」


 眼前に。

 のっそりと。

 影が、現れて──。



「下女は失せろ。カスが。────死ね」



   * * *



 数分後。

 天空を移動する紺色の絨毯があった。

 そこに一人の女性が乗っており、祈るような気持ちと共に、計画を遂行すべく前を見ていた。星だけが、優しく彼女を照らしている。

 

 ゆらりゆらりと揺れる絨毯で、薄く光る桃髪をした女の子は手を握る。

 強く……握る。白くなるほどに。

 目は熱くなって、汗がほんのりと頬を垂れた。身体がやけに火照っていると、寒い空で感じていた。

 彼女の横に電子版が生まれる。


「……!」


 電子版が出現することが、何を意味するか、わからない彼女ではない。

 退場者が出たのだ。

 誰が?

 わからない。

 電子版を見て、見続けて、祈る気持ちがさらに強くなる──。

 どうか、どうか……あの子ではないで、と。


「……」


 沈黙しながら、食い入るように見つめる画麗姫。

 平等に、無慈悲に、電子版は己が役目を実行する。

 退場した者の名を──消す。

 薄らと消えていく名前。

 徐々に、はっきりと無くなっていく名前。

 アズール側の欄にある、名前。


「…………」


 自分の付き人の名前。

 さっきまでいた、横にいてくれた人。

 リュネ・ゴーゴン。


「────」


 後悔か。

 憤りか。

 目を深く瞑り、モモ・シャルロッティアは顔を下げた。

 そして。

 しばしの沈黙の後、前を向く。

 彼女の瞳が、強く、熱く、光った。


「リュネ、後は任せなさい」


 戦争が開始して十五分が経過した。既に退場者は二名。

 双方の代表者は容赦など一切なしに戦いを始める。強き者は結果を残し、弱き者は儚く散る。戦争の道理を体現するかのように、苛烈さを増しながら嵐は激しく吹き荒ぶ。この風に、何名もの出場者が消されるのか。

 それでも嵐は吹き続ける。

 増大する。

 道程に倒れる敗者を、糧にするかの如く。


 

 アズール側、残り九。




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