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 全速力で館に向かうこと。

 これが最も勝利手段として確実な方法だろう。モモたちもわかっているはずだ。館側に向かわせないよう行動すると思われる。


「新しい色か」


 僕が知っているモモの継承魔法“ファベリア──色帝の命”は、黒・赤・紫・紺・黄であった。薄い厚さながら非常に高い強度を誇る“絶壁の黒”。爆発的な衝撃波を相手に叩き込む“灼撃の赤”。紐と鎖が織り成して対象の身動きを止める“束縛の紫”。空を駆け抜ける美しい絨毯“絨布の紺”。変数自在の弾を穿つ“矢郷の黄”。

 モモは、新しく二色の命を発した。

 “困窮の緑”と“粘油の茶”。

 狙いは二つ。

 一つがこの戦闘において有効と判断した二色を発動したこと。そしてもう一つが、まだ僕が知らないだろう色を告げて動揺を誘うこと。困窮と粘油。予想としては……。と、もはや予想すら出来ない状況のようだ……。


「容赦ないな」


 考える暇もなく。千を超える黄色の球体が、まるで無数の兵から矢を放たれたかの如く襲来した。ざっと視界に映るだけでも壮観であり、上下左右びっしりに球体が見える。

 どうする。

 咄嗟の判断で、館に全速力で向かっていた方向を変えた。

 急降下。

 このままいけば射的ゲームのように穿たれて終わるだろう。それだけは絶対に回避したい。グングンと降下しながら後ろをチラリと見れば、親の仇のように襲ってくる黄色の球。一つ残らず蒼髪の男目がけてまっしぐらだ。さすがモモ、手を抜かない人だ。だがまぁ、咄嗟とはいえ……中々いい判断をしたとも思う!


「“がらんどう”」


 上級・陣形魔法“がらんどう”。眩しいほどに光り輝く視界に、渾身の力を込めて手を突き出す。瞬間、“矢郷の黄”は姿を消した。

 厳密には、打ち消した。 

 がらんどうとは何も無い状態のこと、又は中には人や物が入っていない状態のことをいう。つまりは相手の放出系の魔法を無力化できる。……実に有力な魔法と思われるが、発動条件が極めて難しく『空中で発動しなければならないこと』と『相手が放った放出系の魔法数が五百を超えていること』と『相手の魔法が自分目がけて迫ってきていること』となっている。

 一見ふざけるな、と思えるものだ。ただ、この魔法が開発されたのは戦争の時であった。

 大軍が迫ってきている中、死にもの狂いで作られた魔法であったという。そう考えれば、この三つの発動条件も頷けるだろう。こんな無茶苦茶な条件だからこそ、全て合致した時は問答無用で打ち消せるのだ。歴史を感じる魔法である。


 “矢郷の黄”を打ち消し、次なる一手に出ようと──するも、辺り一帯が、緑色の靄に包まれていた。


「……さて」


 黄色の球体は全て囮だったか。

 “困窮の緑”であろう。どんな魔法かわからない以上、迂闊に触ることもできない。身動きがとれなくなった。……ってのは更なる後手を生む。動くしかない!


「“蜘蛛条理”」


 自分を中心に蜘蛛の巣状に糸が展開させる。靄の外には何かしらの魔法を発動させて二段、三段構えの魂胆のはずだ。ならばそれがどれだけあるか調べ、数次第で次の行動に移す。上級・創造魔法ながら『感知』することに特化された魔法であり、一たび糸に魔力体が触れれば、振動され視界が悪い状況でも外にある魔法の数がわかる代物だ。しかも、触れて振動する魔力体の条件をこちらで指定できる。

 緑色の靄も魔力体のため、それらは条件から排除した。これにより触れて振動するのは、靄の外にある魔力体のみだ。──さて、どれぐらい震えるか。


「……」


 一切震えなかった。

 全て震えると思っていたのだが……!

 外には魔力体を帯びたものがないのか? ではモモたちは何をしている?

 駄目だ、ここで考える時間すらもったいない。あちらは着々と次の準備に取り掛かっているはずだ。今すぐにでも館に向かうことが最重要事項である。囚われるな。そう思い行動に移そうとすると、横で浮いている美男子が首を傾げてきて。


「シルディッドくん」

「何でしょう」

「確か、魔法の中には陣形魔法である地点からある地点に移動できる魔法があったはずですが、シルディッドくんは使えないのですか?」

「使えます。ですが使えないのです。ウチの妹が“ボロネ・スィープ──塞ぎ道の門番”を発動させています。移動系の魔法を邪魔するかなり厄介な魔法でして、これを打破できる魔法を僕は持ち合わせていません」

「ふむ。では、やはり、この靄を消し去るしかないようですね」

「えぇ、“一迅の鎌”、“日欄”」


 周囲に蔓延する靄を、刃の如き風の突風が襲う。……が、靄が消えることはなかった。

 周囲に蔓延する靄を、母の如き暖かな熱が襲う。……が、靄が消えることはなかった。

 風でも熱でも消えることがない靄。自然現象を無理矢理巻き起こしたのなら今ので消えたはず。されど一切消えないということは……。


「突っ切ります」

「ですね」


 触れれば何が起こるかわからない靄へ、風の力を借りて一気に突っ込む。

 何も起こらなかった。


「害はないけれど、消すことができない絶対存在の靄、か」

「また、こちらが時間を要してしまった隙に、大いにあちらには時間がとれたでしょう」

「……」

「気落ちする必要はないですよ」

「ハハッ、全くです」

「あちらは有利に事が運んでいると考えているでしょう。そういう時に、戦いとは好転するものです」

「重ね重ね、同感です」


 靄を突っ切り、視界が晴れると、やはり予想通りの展開となっていた。

 相も変わらず豪雨が凄い。が、豪雨の凄まじさに引けを取らない光景が広がっていて。館を背に、一人の女性が紺色の絨毯に立っている。モモ・シャルロッティアだ。次いでその絨毯の左右に、空中に展開した“透面なる道末”で立っている女性が二人。ウチのアホ姉妹である。

 三人の前には茶色の液体の塊が十数個浮いていた。“粘油の茶”であろう。

 が、問題はそこじゃない。

 ウチの姉妹だ。

 イヴの周囲には細切れにされたカードが無数に浮き、ユミ姉の周囲には何故か雨が弾けていた。やはり出すつもりか、ちくしょう……! 


「“狩り水”」


 特級・自然魔法“狩り水”。ありとあらゆる水を使役できる魔法であり、水を扱う魔法の中で最強と目される魔法である。奥の手で取っておきたかったが、やむを得ない。あちらの作戦はわかった。防ぐのは至難の業だが、上手くやれば好転できる! 不敵に笑う姉妹が、悪魔の魔法名を……告げた。


「「“チェリン・チュリン──連鎖爆妬”」」


 水を自分の周囲にぐるりと覆う。

 ほぼ同時、どこからともなく女性の叫び声と共に、爆発が起きた。……守りの水が軽く吹き飛ぶ。叫び声が後ろから聞こえた。すぐさま後方より爆撃が起こる。悪夢のように続く、連鎖式に始まる無限爆発である! しかも嫉妬に狂う女の絶叫付きだ。絶叫に意味はない。付属品だそうだ。ざけんな。

 四百年前の女性魔法師が彼氏に振られ、その苦しみの果てに作った最高に迷惑な陣形及び癒呪魔法の複合魔法。どこからともなく女性の絶叫が聞こえて、そこから爆発が起こる。

 それだけ。

 何が目的で作ったんだよこんなもん!

 しかも防ぎようがないだろうが!!

 何なんだ!? 暇なの!?


「やれ!」


 もはや彼女らを水で溺れさせるしかない。

 豪雨の水たちに命を発し、海中に引きずり込むが如く水という水が彼女らを包んだ。

 ──しかし、溺れさせることは愚か、水が触れることすらできなかった。

 油。

 モモが“粘油の茶”で浮いていた茶色の球体を薄っぺらく引き伸ばし、三人を守るように上から下まですっぽりと覆ったのだ。水と油は相容れない存在。決して交わることはない。これにより如何に水系最強の魔法でも、攻め入ることができなくなった。いやはや、参ったな。これじゃ攻撃できない。


 否。

 上手くいったぞ。

 災い転じて福となる……!


 僕が操れるだけの豪雨を、水を、ありったけを、自分の最小限の防御だけを残して彼女らにぶつける。

 水はまるで竜巻を具現するかのよう集まり、トルネード状に形成されていく。

 高速回転を命令して内からも外からも手出しできないほどの独楽と化す。

 ──よし。

 もはや、出られまい!

 

「ほほぉ。最初はシルディッドくんの水攻撃を防がれたと思いましたが、これが狙いだったのですね」

「はい。水の魔法をけしかけると彼女らに思わせることが“狩り水”を使った目的でした。当然彼女らは警戒して防ぎます。その隙を間髪入れず水を周囲に巡らせるだけ巡らして……『出られないようにする』ことが、僕の本当の目的でした」

「お見事です」

「また、この“連鎖爆妬”も、ウチの姉妹が範囲を指定する場所で延々と爆破します。逆に言えば、場所を移せば……」


 僕らがいた場所からそっと上に移動して。

 下を眺めると、先ほどまでいた場所だけが、無限爆発を起こしていた。


「おそらく三人は、あれで僕を攻撃しながらモモが防御に回るというものだったのでしょう。それを逆手に取りました。あの濁流竜巻からは、外の様子なんて見えるわけがない」

「やりましたね。一時はどうなるかと思いましたが」

「えぇ。でもあの三人なら、水の中から何かやるかもしれません。急ぎましょう」


 相手に考える時間を与えることが最もまずい。注意深く水のトルネードを見ながら、迂回して、飛ぶ。……大丈夫だ、何もしてこない。いや、できないが正しいか。

 そう思った瞬間。

 彼女らを覆っていた水の一部分が、突如として爆発し、中から数枚のカードが吐き出された。しかし、カードは森に落ちていくだけで、それからは特に何もなくすぐさま水の檻に呑まれていく。……大丈夫だ、落ち着け。特級・自然魔法を打破することはあの三人では無理であろう。最後のあれも、一矢報いようとした攻撃だったに違いない。

 

 いくぞ!

 館へ向かって加速をつける。

 もはや僕らの邪魔をするものはなく、豪雨の音が心地いいと思えた。後ろを頻繁に見るも、何かが起こる気配はない。勝利だ。僕はあの女人軍に勝ったのだ! やはり古代魔法は伊達じゃない。これも日頃の行いが功を成したに違いない……!

 館まであと二十秒を切る。

 いよいよだ。

 やった。

 やったんだ。

 おぉ……!

 本当に嬉しい……! 勝った!



「“氷掌”」



 八方より、氷の、手が、召喚された。

 尋常じゃないほどの大きさだった。

 逃げ場は……なかった。

 リリィ・サランティスの声だった。

 ──そうか。

 先ほどのカードは、征服少女を“廻廊の砂上”から抜け出させるためのカードだったのか。濁流竜巻からは見えるはずがないと思っていた、のに。

 あぁ。

 そもそもが、この勝負はリリィが参加した時点で僕の負けだった。

 つまり彼女を如何にして戦いから退場させるかが鍵でもあった。

 それを上手く出来たと……思っていた。

 油断。

 

 氷の手は、一秒ほどで僕らに到達する。

 有無を言わさぬ威力であろう。見ればわかる。駄目だこれ。

 この僅か一秒の狭間。

 僕がした行動は、隣の彼を見るだけだった。

 もはやそれしか、やることがなかったとも言えるけれど。

 驚いたのが、てっきり口をあんぐり開けているかと思いきや、本当に楽しそうに笑って彼もまた、僕を見ていた。

 つられて笑う。

 貴重な魔法を馬鹿のように使ってしまい、今回に関しては反省してもし足りないものになってしまったけれども。

 それでも。

 まぁ……うん。


「楽しかったかな」

「私もです」


 二人で一緒に照れ笑い。

 そうして今回の馬鹿の戦いは幕を閉じた。

 馬鹿が馬鹿をやり馬鹿ばかりの馬鹿騒動。

 本当にあっけなく、愚かで、情けないものだった。

 しかしながら、こういう機会があったこともまた、長い人生の中で必要なことだったんだと、思いたい。

 思わせてください。

 最後は文字通り、氷の手による締めも良い────『合掌』であったとさ。



   * * *



「大丈夫? シルドきゅん」

「ぶっ殺すぞ銀髪」

「まぁいいじゃん? 四人相手に奮闘したもんだぜ。努力賞をやろう」


 足が変な方向に曲がっていたのを、リュネさんが優しく治してくれた。服や髪はボロボロだ。こればっかりは癒しの魔法でも治せない。横を見れば僕と同じようにボロボロの彼がいて。表情は僕と違い楽しそうにニコニコしているが。いつ何時も楽しもうとする心意気は素敵だと思います。


「んで? シルドきゅんの大奮闘は置いといて。お前は何なんだよ」

「おや、直球ですね」

「シルドに何かしらの意図があって接触してきたのはわかった。だが肝心のお前の正体はまだだろう?」

「はい。それでは名乗らせていただきます」


 ジンが聞いてくるのも想定通りというように、要領よく答えて。

 ボロボロな服装を手で軽く叩きながら慎み深く一礼し。

 彼は自らの名を告げた。

 告げただけだった。

 数秒後、ようやく頭が彼の言葉を理解して、僕らは大絶叫をあげることになる。最後の最後に爆弾を落とされた気分であった。当の本人はその反応を見て大満足の表情をしていた。

 それもそのはず。

 彼が何者なのか、もし最初からわかっていたら、一年前に初めて出会った時、僕は死にもの狂いで彼を助けただろう。見返りが欲しいとか、そんなレベルではなく、とにかく助けなくてはと全身が動いていただろう。

 そんな人もまた、この世にはいる。身分というのは、どこの国でも意味があり、重い。重すぎるのだ。

 鏡の男改め、美男子改め、謎の男改め……。

 彼の、名は────

 


「シェリナ王女の『夫』になります、ルーゼン・バッハと申します」



 第二試練を巻き込み、クロネアをも呑み込む……波乱の男の登場であった。





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