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人と魔物




『ちょっとばかり、お兄さんからきな臭い感じがするね。どうにも面倒な輩がキミを狙っているようだ』


 尾行者の件については解決したはずだ。……そう思っていた。ただ、自分の中ではどこか腑に落ちない点があったのも事実であった。もどかしい思いがある反面、だからといって何か手があるわけもない。こういうこともあるんだと自分を納得させていた。


 “不死なる図書”の言葉で、一気に逆転する。

 この際、先日の尾行者のいざこざが問題ではない。何者かが『僕を狙っている』ことが問題なのだ。可能な限り一般的な観光客を装った、ただの図書館好きな田舎貴族。本来なら狙うことはまずないだろう。しかし、人ならざる存在は容易に見抜いた。


「ただ、ブロウザが嘘をついている場合もある」


 そのため、皆には僕を狙っている輩がいるかもしれないという話はしていない。一つは不可解なる存在に未だ信頼がもてないことだ。もう一つは尾行者の件でひと段落したと思っている皆を、また不安にさせたくないという思いがあったから。


 そのため、古代魔術について情報を集めることになったと上手く誤魔化した。相手が僕を狙っていることはわかっている。なら、こちらから誘い出すことが出来れば一気に解決できるだろう。クロネア生活を楽しんでいる皆をこれ以上僕の面倒事に巻き込みたくない。たとえ後で怒られることになろうとも、だ。


 次の日、館内のための買い出しに行くためルェンさんと一緒に大園都へ向かった。その際、さりげなく古代魔術に詳しい方がいるかどうか彼女に聞くと、最初は知らないと言っていた素振りが突如急変し、一人だけ知っていると返ってきた。その時の彼女の様子は、正直異様でもあった。本当に知らないような顔をしていたし、言葉の色からもそう感じた。

 しかし、何かを閃いたような、けれどバツが悪そうな、どことなくルェンさんらしくない様子だった。また、それからも頻りに彼女は言動が変になって、特に僕の明日の予定をこと細かく聞いてきた。


『特にありませんけど』

『それはよかった。私が知っている古代魔術について詳しい方は大の人見知りでして、アシュラン様お一人でなら何とかお会いになられるかと思います』

『そうですか、では行くまでの間は皆と』

『駄目です』

『……な、何故ですか』

『ええと、その方は周りに誰かいないか常に神経をすり減らす方でして。きっとアシュラン様が大勢の方と来たらきっと会ってはくださらないでしょう』

『なら、僕とルェンさんで行くしかないですね……』

『誠に申し訳ありません。では、明日の午前に王芯でお待ちしておりますね。くれぐれも、二人以上で来ないようにお願いします』


 絶対に一人で来るようにときつく言われた。どうにも普段の第六極長に似つかわしくない素振りであったけど、今は古代魔術の情報を集める方が先決だ。ルェンさんにとって苦手な方かもしれないし、常軌を逸した人見知りの方かもしれない。だったらあそこまで彼女が神経質になるのも頷けるだろう。


 皆と話をつけて、朝一人で王芯に向かう。

 着いた先ではいつも以上に凛々しい顔つきをしたルェンさんが出迎えてくれた。やはり、今日会う方は普通ではないのだろう。こちらも気を引き締めて彼女の後ろを追った。そして、数十分後──


「ルェンさん」

「何でしょうか」

「ここ、普通の喫茶店ですよね?」

「左様です」


 大園都中心にある塔、王芯から出ると黙々と彼女は歩いて行って、喫茶店へと入った。

 後ろをついていくのがやっとであり、いつもと明らかにおかしいルェンさんに動揺しつつ席に着く。店内は自然の音源をベースに作られたクロネア独特の音楽が流れている。川のせせらぎや小鳥のさえずりをそのまま取り入れながら、樹笛と呼ばれる高く透き通る音が特徴の楽器が吹かれ、アズールでは聞くことのない不思議な空間が形成されていた。


 お客さんは適度にいて、奥からマスターがスープを入れたコップを持ってくる。アズールでは紅茶が主流なれど、クロネアでは様々なダシを用いた風味あるスープが主流だ。ほんのりとした魚介の臭いがする。食欲をそそる香りだ。


「アシュラン様は、クロネアについてどう思いますか」


 普段とは打って変わって真剣な表情をしているルェン・ジャスキリー。やはり、どうにも今日の件は裏がありそうだ。今は相手の出方を見よう。


「一週間と数日たちますが、来て良かったと、心より思います」

「では、クロネアに住まう人と魔獣について、どう思いますか」

「人と魔獣ですか……? そうですね、普通なら考えられない『共存』を見事に成立させています。もちろん長い年月の末に生まれたものだと歴史を学んでわかりましたが、だからこそこの状態は他国では決して出来ないものだったでしょう」

「では……人と魔獣の恋について、どう思いますか」


 先ほどから質問攻めだった彼女の口調が強くなる。おそらく、ここからが彼女の真意に近い。


「どう思うとは?」

「言葉の通りです」

「今日は随分と押しが強いですね。正直、驚いていますよ」

「大変申し訳ありません。謝罪の極みなる気持ちは重々承知です。しかし、どうしても私はアシュラン様に問いたい。人と魔獣の恋について、どう思っているかを」


 何を隠して彼女は必死に聞いてくるのか。まだわからないけれど、素直に答えた方がいいだろう。

 スープの入ったコップを静かに飲んで、一息つく。その間もルェンさんはスープを飲むことなく、ずっと僕を見続けていた。焦燥なのか、疑心なのか、不安なのか、期待なのか。表情から全てを読み取ることは、難しいものである。

 恋……か。

 いつの世も、この問題において無くなることはないのだろうな。


「種族を超えた先にある恋もまた、素敵だと思いますよ」

「本当に?」

「えぇ」

「子供が産めないとしても?」

「……」


 以前、モモから聞いたことがあった。人と魔物の間には子供が生まれないと。当たり前のことであり、実際に出来てしまってはいろいろと問題が起こるだろう。ただ、この国は共存の国だ。なら、種族の垣根を越えた関係も構築されていても……なんら不思議ではない。


「クロネアの法律で人と魔物の結婚は許されているのですか」

「いいえ、法律上は許されません。ただ、事実上の結婚は黙認されています。それは過去と未来を繋ぐ我々にとって避けては通れない問題だからです。二人の恋がどんなに大きくても、子供が産めないという現実は時間と共に大きな障害になります」

「浮気や不倫をしても子供が産めない関係なら助長してしまう危険もありますね」

「はい。ですので、クロネアでは浮気・不倫に関してアズールよりも厳しい処分が下されます。また、幼い頃より人と魔物の恋愛は決して続かないと教育されるものでもあります」

「あくまで、共に生きる存在である……と」

「左様です。共に生きる存在の意味を履き違えてはなりません。人も魔物もこれに関しては同じ考えであり、徹底して教え込みます。両者にとっても、不幸な未来が色濃く見えるから」

「しかし」

「それでも」

「いや、だからこそ」

「この道を進もうとする者は、必ずいます」


 言葉を互いに繋ぎながら、答えを出す。

 人と魔物の恋において、成立はするだろうけれど未来は暗いもの。わかっていても、両者の想いが強過ぎる時……常識や理性は脆く崩れ去る。気持ちなんてそんなものだ。第三者だから冷静に物事を見つめられるけど、いざ当人となれば非常に難しくなる。


「ルェンさんが言いたいことはこれだったのですね」

「はい」

「では、僕からも質問をいいでしょうか」

「えぇ」

「何故、このような質問をしたのですか」


 ルェンさんが現在魔物の誰かに恋焦がれてしまい、それを僕に間接的に曝け出している可能性もあろう。……ただ、もしそうなら僕ではなくもっと自分と親しい者に打ち明けるだろうし、ましてやこのような場所で会って一週間と数日の男にわざわざ打ち明けることはありえない。そう、まるでこれは──


「僕へ向けたものであるとしか、考えられません」

「…………」

「そろそろ話してもらってもいいと思いますが」

「いえ、私ができるのはここまでのようです」


 そう告げると、ゆっくりとルェンさんは席を立つ。

 同時に、僕はようやく気付けた。

 店内に誰もいないことに。

 “不死なる図書”が僕と二人きりになるために発動していた方法とは違う。明らかに人為的なものだ。飲みかけのスープやデザートがつい先ほどそこに人か魔物がいたことを証明する。では何故今いないのか。

 決まっている。

 何者かが、最初から仕掛けていたからだ。

 店内から、一人残らず消えるようにと……。


「私は正直、反対でした。アシュラン様にはクロネア生活を存分に楽しんでもらいたかったから」

「ルェンさん?」

「しかし、彼女は心髄を見通す。一度興味をもてば決して逃さない」


 僕を見ることなく、扉が開いている方へ歩き出す。

 扉の奥からは光が刺し込んでいて。

 その先から──『何か』が、こちらへ、歩いて来る。


「アシュラン様。どうか今日の失礼極まる愚行の数々、お許し下さい。明日、改めて謝罪に来ます」

「いいえ、謝罪は不要です」

「……何故ですか」


 一人の女性が、ゆっくりと、確実に、喫茶店へ向かってきていて。


「僕は多少なりともルェンさんの人柄をわかっているつもりです。だから、貴方がこのような方法に素直に従うとは思えない。いろいろな、理由があって今ここにいると思います」

「私は最初賛成しました……!」

「それでも、自分の意思と戦ってここにいるのでしょう? なら謝罪は不要です。言うならば、ここから先は──僕と彼女の問題ですよ」


 第六極長は扉の前に立ったままであった。

 そして彼方よりこちらへ向かってきた女性も、扉の前で止まり、二人の女性は対面する。

 僅かに震える声で。

 本当にいい人なんだなぁと思う僕を背に、第六極長『穿人』ルェン・ジャスキリーは告げた。


「御武運を」


 そうして店内は二人になった。

 卓上のスープを少し飲み干し。

 ふぅ、と息をついて。

 今一度、閉まった扉の内に立つ……彼女を見た。


「どうぞ」


 コップを置く。

 コツン、となる。

 始まりの合図のように。




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