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解かせるつもりはない




 ここに来るのも三度目となり気持ちに余裕が生まれるようになってきた。

 最初は半透明な巨大鯨が空に浮かんでいるという摩訶不思議な光景だったけれど、三度目となれば見慣れつつある。大きな口の上部分を通過してエントランスホールへ、賑わう人や魔物を横目に入り口へ。


 今日のメンバーはモモとリュネさん、レノンの四人。昨日を含めた三日間でモモは美術博物館をくまなく歩き回り、ご満悦な表情で帰ってきた。彼女なりに得るものがあったらしく、画家としての興奮が抑えきれないのかすぐさまデッサンに取り掛かっていた。ここ数日僕はジンの精神的な介護のため魔法の館にいることが多かったので、結果的にレノンとリュネさんは暇を持て余す感じであった。そのためか、今日の二人はとても張り切っている様子である。付き人として血が騒ぐのだろう。


「さて、どうしようかな」

「たぶんだけど、シルドくんが独りにならないと『彼もしくは彼女』は現れないと思うわ。別々の行動に出た方がいいと思う」

「本当なら皆と一緒に会いたいんだけどなぁ」

「残念ながら無理でしょう。どういう意図があってシルドくんに接触してきたか……そこがわからないと動きようもない」

「そうだな。うん、任せてくれ。こちらとしても準備はしてある」

「なら、四人それぞれ行動しましょう。二時間後ここに集合ということでいいかしら?」


 四人で頷き合い、散り散りとなって歩き出す。

 鯨の中は入り口と出口が同じ場所にあり、しかもそれ以外には出入口がないという大規模な施設で考えると不便な構造をしている。そのため、夜前に閉館となることを考慮して、夕方になれば全体の三分の一が通行禁止となる。禁止区域はもちろん奥の方であり、そのため専門書やあまり借りられない書物が収容されている。外観による見た目のインパクトは充分なれど、図書館としての利便性を考慮するならば、先日訪れたクロネア美術博物館の方が優れているのではないだろうか。

 

 しかし、過去の栄光を築いた祖先が残したものならば、歴史を尊重するクロネア人は従わざるを得ない。たとえ不便であろうとも、慣れてくれば大したこともなく開館直後に入れば奥にも行ける。貴重な書物や保存状態が悪い本は別館にあるそうで、そちらは至って普通の建物だという。


 では、何故そこまでして不死なる身体を手に入れた鯨を、中身をくり抜いてまで図書館にしたのか。

 この問いの答えは既に出ている。以前ルェンさんから聞いた話の中にあった。不死になる前に、皇鯨が双子の王族に『自分を、人と魔物の架け橋となる存在にしてほしい』と言ったからである。当時の状況からして、断れることもできなかっただろうし、人魔差別で苦悩していた双子の王族からすれば渡りに船の言葉だったに違いない。


 結果として利便性は低いながら、歴史的価値と人魔差別を打ち消した象徴として存在している。

 クロネアに住む方々にとっては誇りにもなっているだろう。理屈じゃないのだ。想いなのだ。……なんて、お涙ちょうだいの話としては出来過ぎだと思うけど。

 探そうと思えば他にもあるはずだ。不便な点や不可解な点、アズール図書館と比べると謎の色合いが違う。粗っぽくどこか引っかかる。無色の謎ではなく、やや濁った色をしたもの。上手く表現できないが、こういった感覚がある場合……。


 必ず、意図的な裏がある。


 黒い何かが介入したであろうそれが、この謎を余計におかしくしている。ただ、介入したのは何百年も前のこと。今の地点から探し出すことは、容易ではないだろう。


「第一試練で経験したものがこういう時にも役に立つなんてな」


 苦笑しつつ見渡しながらゆっくりと歩く。一年前、がむしゃらに挑んでいた苦しみの半年間がひどく懐かしい。同時に心より思う。あの時、文字通り死ぬ気で挑んでいなければ、今感じ取れた謎に対する色合いの変化にも気づけなかったかもしれない。


 そう、今回、僕の前にある第二試練候補の四つ全てが、どこかおかしいのだ。

 純粋に完成された謎ではなく、何かの欠片が足りない違和感。雲をつかむような試練の中に感じる、得体のしれないくすみ。


 候補①『いかにして奇跡の魔術が発動したか、解明せよ』

 候補②『何故、双子の王族はクロネア永年図書館が不死とわかったのか、解明せよ』

 候補③『どうして、魔術定義の例外とされる外から受けた魔術であるのに、内から魔術が解除できることを断言できたのか、解明せよ』

 候補④『クロネア永年図書館に現れる、不可解なる存在が何なのか、解明せよ』

 補足:なお、これら四つの候補はどれも繋がっているものである。


「わっかるわけないじゃん。でも……」


 ウサギ耳の第十極長、ポポルさんからは魔術の細かい定義を教わった。

 歴史語りの『霊父』ことレイヴンさんからは、学園啓都初期の話を聞いた。

 どちらも学園啓都の生徒ならば調べようと思えば調べられる情報だ。それでも僕にとっては、大きな武器であり価値あるものであった。同じ情報を知ったとしても、クロネア人とアズール人では感じ方や気付ける部分が大きく異なる。それは理屈ではない……もっと深いところからきていた。


 また、他にもある。

 それは、この第二試練の鍵を握っていると現時点において考えているものだ。

 魔法と魔術。七大魔法も六醒魔術も、それぞれ自然魔法やら人叉魔術やら名が異なっているのに、一つだけ……同じ名のものがある。文化・文明、歴史などあらゆる違いがあるはずなのに、同じ名が付けられた存在がいる。

 ──古代。

 古代魔法。古代魔術。

 おとぎ話に出てくる次元の、夢現ゆめうつつな存在。

 そうだ、僅かな情報であろうとも、決して見い出せない現実じゃないはずだ。


「余からすれば、手に乗る程度の情報だけで考えるというのは愚の骨頂だと思うのだが?」

「手に乗るということは、既に価値ある情報を手に入れたとも考えられます」

「砂のように落ちるかもしれないよ?」

「握り続ければ落ちることはありません。それに」

「それに?」

「これから貴方と話すことで、より価値あるものにすればいい。そうでしょう?」

「ハハハ」


 後ろを振り返り、視界に捉える。

 一本取られたと愉快そうに、されど挑戦的な目つきをしている存在がいて。


「今日お兄さんがどのような質問をするかによって、全て滑り落ちることもまぁ……あるがね」

「楽しみです」


 こちらも静かな闘志を燃やし対峙する。

 知識と経験、新たな情報を携えて。

 さぁ、問答の時間だ。



   * * *



「今回はお兄さんが素晴らしい行動に出てくれた。この場所まで来てくれれば、余としても力を行使しやすい」

「奥の方は比較的、来る方々が少ないですからね。貴方が行う摩訶不思議な結界のようなものは、こういった場の方が行使しやすいと思いまして」

「思いやり感謝するよ。余、嬉しい」

「はいはい」

「でだ。前より時間は取れると言っても、そんなに長くはないだろう。また、ここに来れば必ず余と会えると思われるのも癪でね。次からは現れないようにしようかな」

「嘘はよくないですよ」

「……」

「前回僕の前に現れたのは出る必要があったからでしょう? そして今回現れたのも出る必要があったから。今日の問答で僕が一歩前進できなかった場合、貴方は次回より現れないだろう。僕が『そこまで』辿り着くまで、ね」

「とても十代には見えないねぇ」

「鍛えられているもので。いろんな方々から」


 男であり女である存在は、白い髪で遊びながら笑う。

 前回と大きく違う部分があった。胸のふくらみがあることだ。早い話、女性的な身体つきをしている。……前回では、筋肉質の男性的な身体つきをしていた。また、今日の髪は前回のような耳まである細く繊細な髪質ではなく、短く硬質な印象を受ける。服は火山のような赤黒い色をしたカーディガンを着ている。真紅のスカートもはいて。女であり男である存在。


「悩め悩め。余は悩む者が大好きだ」

「もうちょっと優しめにしてくれると助かるのですが」

「ハハハ、無理からぬことさ。正味、余はお兄さんに“不死なる図書”を解かせるつもりはない」

「……」

「それはね、クロネアの歴史に大きな大きな、とても大きな傷をつけることになるからさ」

「では、何故僕のようなアズール人に?」

「クロネアの民を傷つけると同時に、お兄さんのような者には知っておいて欲しいと思ったからだ」

「混乱させる言い回しが多いですね」

「だから言っているじゃないか。解かせるつもりはないと。余の切なくももどかしい乙女のような繊細加減……! 届けこの想い!」


 胸に両手を当てて、ハートのマークを作り、僕に突き出すポーズをする。地味に腹立つ。


「では、本題に入ってもいいですか」

「直球でくる気かな?」

「えぇ」

「ハハハ、一切のまやかしを使わず挑むか。……善哉よきかな。ではこちらも条件を提示しよう」

「条件ですか」

「質問に答えるのは、一つだけだ」


 前回会った時とは随分と印象が違った。どこか親しげで、されど一歩引いた距離感。

 解かせるつもりはない、か。既に僕の前に現れて少なからず情報を提供してくれている時点で、矛盾していることだ。モモと初めて出会った時と同様、彼にも様々な想いが錯綜しているのかもしれない。今やるべきことは、そんな相手であろうとも怯えず進むことだ。


「今日こちらへ来る前に二つのことを教えていただきました。ウサギ耳をした女の子と、筋肉ムキムキのおじさんです」

「ほぉ」

「どちらもクロネアにおいて一般的なものかもしれません。調べようと思えば、学園啓都にいる学生ならば誰でも得られる情報かもしれません。ですが、それでも……僕にとって貴重な情報でした」


 一人目の女の子。第十極長『聴人』、ポポル・プレナ。

 彼女から教えてもらったことは五つの魔術についてだった。すなわち、獣叉魔術・剛身魔術・英鳳魔術と人叉魔術・神然魔術である。あまりにも知らな過ぎる魔術について少しでもいいから知ろうと思い彼女の協力を得た。最初の一歩としては充分すぎるほどの情報だった。

 実際、教えてくれた『聴人』『穿人』にもそう伝えた。アズール人に対する説明として申し分ないものだったと。二人は嬉しそうだった。そんな彼女らを見ながら……ポツリと聞いた。


『ところで、古代魔術の説明はなかったように感じましたが』

『あれは幻想のお話のようなものです。子供の頃絵本で読んだぐらいですね。古代魔術おとぎばなしだからその程度の知識しか持っていません』

『そうですか。残念です』


 ポポルさんには悪いけど、本当は魔術について教わるというのは名目上のことだった。もちろん腰を据えてそれぞれにおける魔術の定義を学べたことは貴重な体験だった。ただ、魔術についてならルェンさんにクロネア到着直前に聞いていたから、おおよそ知っていた。では何故、改めて魔術について教わったのか。ここで一番確認したかったことは……五つの魔術を学ぶ以上に確かめたかったことは……。


 古代魔術が、クロネア人にとってどのような扱いを受けているのか知りたかったからだ。

 そしてその答えとして、彼らは古代魔術を夢物語のようなものとしていた。アズールでの古代魔法と同じ、古の産物としていた。


「存在するなんて、露とも思っていない様子でした」

「……」

「存在していたからこそ、六醒魔術の一つとして数えられていたはずなのに」


 また、ガチムチの筋肉『霊父』ことレイヴンさんは、学園啓都初期の話をしてくれた。

 双子王族について知らないことを教えてもらい、大変勉強になった……と同時に、彼は最後こう言った。


『あぁそうだ。双子の王族について俺が知っていることはあと二つある。

 一つが、クロネア永年図書館が作られて以降、双子が魔術に関して度を超えるほど研究に没頭したそうだ。奇跡の魔術を解明するためだろうと思われ、まぁこれについては当たり前だろう。ただ、もう一つあってな、これが不可解な点でもある。二人が学園を卒業して以降……一度たりとも、学園啓都に足を運ばなかったそうだ。生涯死ぬまで、一度もな』


「魔術に関して度を越えるほど研究した。奇跡の魔術を解明するために。しかし、本当に奇跡の魔術を解明するためだったのでしょうか。候補に上げた謎の中には、とてもクロネア人では説明できない部分が多分にあります。いえ、もっと言えば、獣叉・剛身・英鳳・人叉・神然魔術のどれであろうとも、実現不可能な魔術のはずです」

「ふぅむ」

「ならば自ずと答えは一つになるはず。クロネア人には考えが浮かばない魔術。おとぎ話、夢物語、童話、創作に分類されてしまった、潜在意識の奥底にしまわれた魔術。共通潜在意識による無意識空間の魔術。……そう、貴方が言った『万物なる存在は全て底で繋がっている』かもしれない魔術」


 言葉を並べ、繋ぎ、文字として、導く。

 彼らにとってはあるかどうかも定かじゃない魔術ながら……僕にとっては、あると確信できる魔術。

 何故ならそれは、僕の国も同じ名前の魔法があって、彼らと同じようにあるかどうか定かではないものだった。けれど……あったのだ。今僕は、それの使い手である。

 ならばクロネアでもあるだろう。

 古代の魔術があるだろう。

 一千年の時を超えて。

 存在したのだ。

 きっと!



「“不死なる図書”よ、一つだけ質問できると言いましたね? ならば教えてください。貴方が知っている……古代魔術について」




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