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艶めく舞



「し、失礼します! シェリナ王女!」

「ポポルか。久しいな、いつ見てもそのウサギ耳は可愛いよ。元気にしているか」

「はい、おかげさまで……じゃなくて、聞きましたよ! ジン王子の護衛に彼を付けたんですか!?」

「あぁその件か。むを得んが、あいつが一番の適任だからな」

「仮に適任だっとしても絶対に止めるべきです! 『歩く変質者』の異名を持つ男ですよ!」

「私も散々悩みに悩んで出して結論だ。既に連絡鳥を送っている。今頃ゴミ男と接触しているだろう」

「あぁ、何ということを……」

「大丈夫さ。正装で行けときつく厳命してある。さすがのあいつでも理解しているはずだ。クロネアの代表として節度ある身なりで行っていることだろう」



   * * *



「おいいいいいいいいいいいい何じゃありゃあああああああああああ!」

「僕が知るかぁああああああああああああああああああああああああ!」


 三百メートルにも及ぶ回廊をひたすら全力疾走で駆ける。

 とにもかくにも視界に映った生命体が危険であると全細胞が警告した。今すぐこの場から離れ、皆を集め、魔法の館まで避難するべきだ。何だあれ、ホント、何だあれ。これまでの人生で最も理解できない生き物だった。何故に下半身がブーメランパンツ一丁なんだ。何故上半身が両脇の解放されたレギオンなんだ。あの髪は何だ。あの化粧は何だ。何から突っ込めばいいのだ。まさかあれじゃないだろーな、シェリナ王女が言っていた護衛って。


「ジン、まさかとは思うが」

「言うなぁあああ、言うな、言うな、言うな!」

「彼が護衛」

「違いますぅ! 断じて違いますぅ! 来るのは護衛のお手本のような方ですぅうう!」

「ほぉぅん。中々の速さじゃないかお二人さん」

「「いやぁああああああああああああああ!」」


 “ビブリオテカ”を発動するか。いや、駄目だ。万が一彼がジンの護衛だった場合、それこそ大問題になる。しかしこのままいけば確実に僕らの大事なものが失われる気がするのだ。

 後ろにいるのは先ほどの生物。踊りながら僕らと同じ速度でぴったりとくっついている。なんという奴だ、こちらは全力で走っているというのに……! どういうカラクリをしている!?


「シルドぉおお! お前貴族だろ、王族の俺が超危険だ! あれだ、生贄になれ!」

「誰がなるかぁ! そもそも一国の次期王になるのなら民を守れよ! 民が超危険だぞ!」

「くたばれ愚民! 栄光は俺!」

「貴様がくたばれクソ王子! もう嫌だ、ホント嫌だ、館に帰るドン!」

「何がドンだシバくぞ蒼髪!」

「うっせぇ銀髪! 自分でも何を言ってるかわかんなくなってきたんだよ!」

「仲がよくて羨ましい。私も混ぜてくれないか」

「「いやぁああああああああああああああ!」」


 走る、走る。僕らは走る。

 人生においてこれほど死ぬ気で走ったことが今まであっただろうか。自分の大切にしているものが諸々なくなっていきそうな気がする恐怖。断固として阻止せねばなるまい。何か打つ手はないのか。このままいけば僕らは新しい世界の幕開けを垣間見ることになるんだぞ。振り絞れ!


「ジン王子、ソナタは素敵な身体つきをしているね」

「どうぞ」

「何がどうぞだボケェ! おい、この蒼髪の方がそそるぞ! 改造の仕様があるんだ!」

「はぅん。確かに」

「違う違う僕は非力です! それよりも王族と踊れるなんて今しかないですよ、おひとつ是非」

「何がおひとつだぁ!」

「では、お二人一緒に」

「──羞恥の極み」


 半裸が馬に轢かれた。



   * * *



 黒馬から人へ戻り、凛とした佇まいで現れるは第六極長『穿人』、ルェン・ヴァルキリー。


「ご無事でしたでしたか? ジン王子。アシュラン様」

「ルェンさん!」

「おおお……救世主が来たぜ!」

「今日の仕事は皆様を美術館へ案内するだけだったのですが、やはり気になりまして。来て正解でした」

「正解どころじゃねーよ何だよあれ! まさかと思うがあれじゃねーだろうな!? 俺の護衛!」

「残念ながら」

「……」


 ルェンさんと一緒に三人で落ち込む。やはりそうだったのか、信じたくはなかった。

 情熱的な攻撃だ、と踊りながら立ち上がるは相当な視覚的ダメージを与えてくる男。踊るたびに重力を逆らいし髪が右へ左へ揺れ動く。筋肉質であり美脚もあって、ある意味では大変美しいのかもしれない。心臓が未だに激しく鼓動する。それでも聞かねばなるまい。勇気を一歩前に。


「失礼ですが、貴方は何者ですか」

「ソナタの横にいるルェンと同じ階級の者さ」

「私が紹介します。彼が今日よりジン王子の護衛を仰せつかった、第五極長『舞人』、フラワー・ヴィンテージです」

「クロネア滞在を心から満喫できる全てを教えて差し上げましょう。ジン王子」

「力の限り遠慮する」

「棘のある御仁だ。ゾクゾクするよ。舞おう」

「舞うな」


 一人勝手に舞いながら自分の世界へ旅発つ彼を一瞥し、ルェンさんからの情報を聞く。

 全十三名在籍する極長の中でも異次元な存在として有名なのが二人いて、彼はその一人だという。ジンと聞きながら唖然とした。まだいるのかよと。しかも、残りの一人は眼前で踊っているフラワー・ヴィンテージの師匠だという。さらには『四剣』の一角だという。


「虫女、頭大丈夫か?」

「クロネアでは実力が全てですので……。仰る気持ちは重々わかるのですが真実です」

「まさかその師匠まで出てくるってことは」

「あ、大丈夫です。アレは外には出てきません。というか出しません」


 同僚のはずなのだが……。ルェンさんからは気遣いの欠片も感じなかった。

 改めて彼を見ると、確かに『舞人』と呼ばれるだけはある。滑らかな動きに弾ける汗、手や足の動作も蝶のように舞い時には蜂のように刺すほどの強さを感じさせる。そして、最も目につくのが彼の魔術にあるだろう。


 ルェンさんの説明で知ることとなった、フラワー・ヴィンテージの剛身魔術“艶めく舞”。身体の全てを滑らかな状態へと変えることができる。僕らが走っている後ろで踊りながら追従できたのも、実際は走っているのではなく滑っていたからに他ならない。

 まるでフィギュアスケートのように、廊下を鮮やかに踊り続ける変質者。クルクルと回転しながら悶えている姿は極限に気持ち悪いが、それでも身体全体より迸る魔力の質を見るに、実力者であることは間違いない。


「ところでだがルェン・ヴァルキリー」

「何でしょうかジン王子」

「俺の護衛としてコレほど相応しい奴はいないって話だよな?」

「…………えぇ」


 あ、気づかれた。みたいな顔をしているルェンさん。


「聞きたいんだが、俺が襲われた場合。こいつはどのようにして俺を護衛するんだ?」

「フラワーの魔術は彼の全体を覆いながら発動しています。そして“艶めく舞”は彼が覆えるものならばどんなものであろうとも魔術の一部を共有可能であり……。えーと、つまりは」

「私がジン王子を優しくそっとギュッとニュッとミュッと抱きしめたなら、等しくソナタも我が魔術の一部となり、どのような攻撃であろうとも滑らかに受け流すことが可能だということですよ! あぁ! これこそクロネア随一の魔術と呼ぶに相応しい!」


 結論。


「俺、こいつに喰われるの?」

「飛躍するとそうなります」

「認めてんじゃねーよ第六極長ぉおおおお!」

「わ、私も反対したのですよ! ですが確かに護衛においてフラワー以上の適任はいないのです!」

「人格的な問題があるだろうがよ!」

「実力はあるんですよ残念ながら!」


 そうして、せっかく助けに来てくれたルェンさんとひと悶着あった後に、モモたちと合流した。男である僕らでさえ絶叫したのだから女性となれば悲惨だった。あのミュウが言葉を失っている姿を初めて見たのも驚きだが、館内を歩く方々はフラワーさんを見ても素通りしていることが最も衝撃的だった。

 イヴから聞いた話だと、極長の話は風の噂で聞くだけで実際に本人らと遭遇することは極めて珍しいという。そのため、ある意味では僕らは『舞人』『穿人』『聴人』と三人もの極長と出会えたことは幸運なことかもしれないという。


 二日間、ジンは館に立て籠もった。無理もない。僕だったらずっと館にいるかもしれない。日頃の行いが顕著に出たのかもしれないけど、さすがに可哀そうすぎる。王子という身分は本当に辛い立ち場なのだと痛感した。

 ただ、二日間の立て籠もりを終えて出てきたジンの顔には何かを悟った表情があった。

 諦めたのだ。

 どう抗おうとも舞う変質者は付いてくる。許諾証も提示してしまった。だったら諦めて我が道を行く他ないのだ。二日ほどで回復した彼に心より拍手を贈り、健闘を讃えて抱き合った。


「シルド。俺は生きる」

「うん」

「でだ。お前は自分のやるべきことはやれ。俺に構うな。ミュウから聞いた話じゃ明日、行くんだろう?」

「あぁ、三度の訪問さ。お前が館にいる二日間、謎に対し考えに考えて、一応の活路は見いだしたよ」

「そうか。本当なら俺も行きたいところだが厄払い不可能な亡霊が付いてくるからよ。まぁ別件で行きたい場所があるからそっちに行ってくる」

「わかった。頑張れよ白帝児」

「久しぶりにその名を聞いたわ。そうだ、俺は帝なんだ。亡霊如きに屈してたまるか」


 励まし合いながら僕らはいく。蒼髪は試練のために。銀髪は貞操のために。

 向かうは“不死なる図書”。

 いろいろあって、二回目の訪問から一週間が経過していた。長いようで短いこの間隔は、クロネアに来て濃すぎる生活を送っていたからに他ならない。いくつか情報も手に入れた。確証はないが踏み込める武器もある。問題は、もう一度会えるかどうかである。


『はて。余は知らんね、そんな超かっこいい存在』


 人ならざる何か。常識の枠外。

 確固たる証拠は未だない。正直、会ったとしても前進できるかどうかわからない。ただ、第一試練でも同じだったことは『不明確』の問題に挑む時、怯えていては何にもならないということ。やってみなければわからないのに、たぶん駄目だろうと決めつけて動かないなら何も始まらない。そこに僅かな可能性があるならば、勇気をもって踏み込むべきなのだ。


 不安と戦うとはそういうことだ。

 そして、戦ったことで結果を出してきた事実もまたあるのだ。

 失敗もあったけど、クロネアへ発つ前に姉妹から気づかされたことで、失敗に怯える自分をひとつ越えた。



「進んでいる時が、一番不安なんだよね」



 いざ、参ろう。

 クロネア永年図書館に。





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