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入学の儀


 勝敗は決した。僅か数分の出来事なれど、一年のルーキーが格上とされる三年首席を討ち取った。このニュースは瞬く間にローゼ島全域へ伝播するだろう。正真正銘の天才が現れたのだ。膝をつき項垂れるジャガー・ノヴァを見て、立会の教師は手を上げた。


「勝者! リリィ──」

「──まだだ」


 教師の声を遮り、ゆらりと首席が立ち上がる。僕も含めて、皆が彼女の様子を見守るしかなかった。


「リリィ・サランティス。もう少しだけ悪足掻きさせてもらえないか」

「いいけど、より辛くなるだけだと思うよ」

「いや、そうともいえないさ。私にも意地があるのでね」


 ふと、僕の目の前でシャボン玉が現れて。気づけば周囲全域に透明な水風船がポコポコと生まれ始めた。こんな魔法もあるのかと思っていると、ジャガー・ノヴァは高速で口を動かしていて。「──結晶は亡き母、水晶は眠る父……」と微かに聞こえた。

 詠唱だ。

 魔法を発動する際、詠唱を必要とする。この世に生み出す魔法の前段階として、言葉によって肉体の魔力と世界をリンクさせるものと言われている。

 どんな魔法なのか、またどのようにして願われた魔法なのか、その想いを理解しなければ魔法を発動することは難しい。そのため、最初に魔法を会得する際、第一歩として詠唱をするのが通常である。


 なお、先程彼らは詠唱なしで魔法を発動していたのは「詠唱破棄」を習得していたからだ。何度も詠唱をしていれば言葉などなくともその魔法を理解するようになる。そうなれば詠唱せずに魔法を発動できる。

 日常で使える魔法にするには詠唱破棄は必須事項であり、魔法師は自分の使いたい魔法がある場合、必死に詠唱破棄で発動できるよう訓練する。

 しかし、難易度が上がれば上がるほど、それは過酷さは困難を極める。首席の詠唱は今も続き、次第に周囲にあったシャボン玉は首席の上空で結集していく。


「──守りて攻める。父と母の愛は何人も覆らない……」

「特級・自然魔法だね。でも、これ、未完成じゃないかなぁ」


 ポコポコと音の鳴る水玉は、思わず見上げてしまう大きさである。このまま発動できれば強力な魔法に違いないが、しかしリリィ・サランティスの言う通り、確かに動作がおかしい。

 所々ボコン、と陥没したり水が漏れたりしている。未完成なのだろう。それでも相手は発動した。言うまでもなく、彼女にとっては、これしか勝つ方法がないのだ。


「“巨星水晶”……!」

「へぇ……」


 巨大な水晶の塊から超高速の弾丸が発射された。赤髪少女は難なくそれを風の刃で輪切りにする。少し笑みを浮かべていて。

 しかし、戦いと呼べるものはここまでであった。

 ぐ、うぅとジャガー・ノヴァが前に倒れ込む。制御できていない。水晶はグネグネと形を変え、ギュゥっと凝縮し……、無数の枝となって暴走を開始した!


 舞台は試合から惨劇へと変わり、周囲はパニックと化す。立会の教師が避難命令を出し、皆が散り散りとなって逃げ惑う。水の枝は全方位に展開し、草原や大地に突き刺さる。僕の顔面の横も通り過ぎた。直撃すれば致命傷になりかねない!


「凍れ」

 

 リリィ・サランティスが告げた瞬間“巨星水晶”が凍りつく。しかし、その中から新たな水の枝が至る所より噴き出る。核となる中心から水を生成し続けているのか。だとするなら、かなりマズい……! 生成するには魔力を必要とする。つまり、発動した魔法師から供給されるのだが、今の彼女は半ば気を失っていて伏していた。普通なら失神すれば魔法も解除されるけど、微妙に意識があるのだ。ゆえに魔法も発動し続けてしまう。

 このままだと全て搾り取られ落命する! 今もなお暴走を続ける水晶は、さらに肥大化し、いよいよ手に負えない規模になっていた。そしてその枝の一つが、生徒の一人目掛けて突っ込む。直撃する……!

 ……うん。

 仕方ないよな、これは。


「“干し乾き”」


 誰にも見られないよう、左手に魔法の本を出し、最速で上級・創造魔法“干し乾き”を発動する。

 紐のようなやせ細った人形が生徒の前に出現。水の枝は勢いそのまま人形へ突貫するも、人形の口に触れるや、ちゅるん、と吸い込まれて消えた。それと同時、“巨星水晶”を囲むように紐状の人形が複数出現。同じく水晶へ口を付けて……。

 圧巻たる早さで飲み込んでいく。

 干され乾き、水を渇望していた人形は、目の前のご馳走を堪能する。ほんの十秒程度で、水晶は形をなくし、残ったのは満足そうな表情で浮いている人形だけとなった。逃げながらその結末を遠目で見つつ、左手の本を畳む。

 魔法は解除され、“干し乾き”の機能は停止し地面に落ちた。もう少し試合の結末を見ていたかったけれど、こればかりは仕方ない。見る限り、幸い負傷者もいなさそうだ。……よかった。あとは彼らに任せよう。



 ※ ※ ※



「負傷者はいないか! いたら返事しろ!」

「ねぇ、先生」

「なんだ? すまないがジャガーの救助と周囲の被害状況の確認をしなくてはならなくてな。試合の結果は改めて言いに」

「それは後でいいから大丈夫。魔法のことだよ。さっきの乾いた人形の魔法は、先生がしたの?」

「恥ずかしながら私じゃない。生徒の誰かだろう。幸い水魔法と相性の良い生徒がいたのだ。助かったよ」

「本当にそれだけ? 何も感じなかった?」

「……? 何を言って」

「ううん、ありがとう。首席の人と皆を助けてあげて」

「あぁ、わかった」


 一息。


「あの魔法……創造魔法だけど何か変だった。歪で不確かな魔法な感じ。こんな感覚は初めて。発動した魔法師の魔力残滓は……うん、微かに残ってるね。よかった。──絶対に逃さない」



 ※ ※ ※



 時刻は昼前。場所はローゼ島北側。眼前に佇むは、やけにお金がかかっていそうな豪華な建造物。

 貴族科は一学年が約八十人。アズール王立学校は三年制であるため、貴族科はおおよそ二百四十人である。そのたかが二百人のために前世の国会議事堂並の規模を誇る校舎が果たして必要なのだろうか。古来より、北は繁栄という意味があるがこれじゃ見栄だ。


 派手に装飾された門を通ると右斜め前より一本の木が地面より生えてくる。徐々に形となって、人型となり会釈した。


「失礼ながら、合格証明書をご提示願いますか? ……ありがとうございます。シルディッド・アシュラン様のクラスは校舎に入られまして右の通路を行き、螺旋階段を二階まで登られた先にある部屋でございます」


 しゃべる樹木の案内を受けた後、所々置いてある絵画や装飾品を見ながら校内を歩く。どれもすごく高そうで、お金の使い方が桁違いだ。ただ、記憶に残るものでもなかった。

 そして貴族科のクラスに到着する。自分の席が割り振られた表を確認し、やや緊張しながら中に入ると、三十人ほど既に生徒がいた。雑談している者や一人で座っている者、読書している者、こればかりは他の生徒と何ら変わらない。ただ、動作のいくつかに教育されたのだろう素振りがちらほらみえる。


 教室の広さは一クラスにしてはあまりにも広すぎる規模であった。前世の一クラスの三倍はあろう。また、前世にある大学の講義室みたいな感じで前から一つ後ろに下がれば一段上がるといった、所謂、階段状の教室だ。一番後ろは特に高く、どこに座っても授業を受けることに差し支えはない。

 僕の席は一番前の席で、右から二番目。一番右の席は空白なのだが、実はちょっと期待している。いや、かなり気になる。入り口に貼ってあった表を見た瞬間に気付いた。ロイドさんが数十分前に告げた、ある人物の名前が書かれていたのだ。


 モモ・シャルロッティア。


 いったいどんな人なのだろう。名前からして女の子だと思うけど……。というかロイドさんが貴女って言ってたか。もうすぐ現れるだろうその人についてあれこれ予想していると、徐々にクラスの生徒数も埋まっていき、ほぼ全員が集まった頃だ。

 慌てて走ってきてぜぇぜぇと肩で息をしながら二十代前半の女性が入ってきた。丸い緑の眼鏡をかけて、クセ毛が所々跳ねている。


「ええっと、それでは貴族科の入学の儀を始めます。皆様、おはようございます。そしてご入学、おめでとうございます」


 たどたどしくも挨拶をすませた彼女は、自身をマリー・ワグナルと名乗った。

 新米教師のようで、しかも初担当学科が貴族科という、少し大丈夫かなと思ってしまう可愛らしい先生だ。自分のことを緊張しながらも軽く説明して、次に生徒たちの番となった。一人ずつクラスの前に出て、自己紹介していく。


「イジー家出身の、エイド・ロン・イジーだ。私の家は代々……、牽いては後の世に……」

「ギッシュル家出身の、ポニー・ギッシュル。舞踏会に出席するのが趣味で、特技は……」

「挨拶など不要だ。メゾン・グヴォング。後のアズール史に名を残すことが決まっている男の名だ。以上」


 おおよそ、予想していた通りのものだった。貴族だから当然のことであるし、皆その様に教育されて育ってきたのだ。僕も、前世の記憶や田舎者じゃなかったら彼らと同じ考えになっていただろう。環境で人は変わる。なお、僕の右にいるはずのモモ・シャルロッティアはいない。空席だ。

 皆、高貴な印象や身なりをしていて、対し僕の服は三流貴族レベル。外見だけで家柄が知れてしまうもの。それでも、貴族らしく名誉と誇りを胸に話さなければならない。僕の発言が、自分自身だけでなくアシュラン家の発言にもなるからだ。


「それでは、次にシルディッド・アシュランくん」

「はい。アシュラン家出身の、シルディッド・アシュランです」


 どこだよそこ、みたいな顔で皆が見ている。中にはクスリと笑っている子も。一番後ろの列に並んでいる男たちは、ニヤニヤしながら囁きあい笑っていた。名前だけで差別するのは当たり前。そういう汚れた意識を蔓延させている悲しき世界こそ、貴族らしいともいえる。

 心の片隅に一応の配慮らしきものはあるのだろう。突っ込んだり野次を飛ばしたりすることはなかった。ポツポツと僕に対する哀れみの言葉や皮肉を話すだけ。最初はこういうものだろう。徐々に交友を広めていけば、自ずと減っていくと思う。ただ、先ほど笑っていた後ろの列に座っている男たちは違った。


「お前どこから来たんだ!」

「チェンネルだよ」

「超ド田舎じゃねーか! あそこ人住めんのかよ!」

「うん。凄く良い所なんだ。是非来てほしいね」

「はぁ。アズール王立学校も堕ちたもんだな。こんな田舎者を入学させるとは」


 彼らが羽織っている服の左胸に刻まれているのは獅子。間違いない、上流階級の貴族の中でも指折りの一つ、グヴォング家だ。後ろ一列を見事に陣取っている辺り、権力か何かでそうしているのだろう。

 最初は笑っていたクラスの皆も、彼らの振る舞いを見て我に返ったのか、徐々に落ち着き始める。笑っていたことは事実だが、何もそこまでという表情をしている。

 よかった、皆が皆、後ろの連中と同じじゃないようだ。なら、時間はかかるけど理解してくれる人もいるかもしれない。根気は必要だけど、頑張ろう。そう思っていると、グヴォング家の男が口を開いた。


「マリー教員、そいつ刃物を隠しているぞ。机の中に隠しているのを見た」


 ……。


「危険物所持違反だ。名誉ある学び舎で恐ろしい男よなぁ」


 マリー先生は何を言っているのという顔をしている。クラスの皆もそうだった。しかしグヴォング家の連中は確認しろと喚き、仕方なしに彼女は僕の机の中を探り……刃物を取り出した。クラスがざわめき始める。マリー先生も動揺を隠しきれない。


 僕が席についた時には、あんなものなかった。予め陣形を机の中に書いておき、僕がクラスの前に出て自己紹介をしている時、刃物のみを移動させたか。中々小狡いことをする。ちょっと感心した。

 今もなおグヴォング家の連中は僕の危なさを声高らかに叫んでいる。マリー先生始め、皆、彼らの様子に引いているのが見て取れた。しかし変だな、田舎者という理由だけでここまで嫌がらせを受けるだろうか。何か別の理由が……。

 ん?

 グヴォング家?

 そういえば、どこかで聞いた名だ。たしか、試験管理局の足なし紳士ことロイドさんが言っていたような気がする。試験ではモモ・シャルロッティアさんが一番で、僕が二番、そして三位は……


「あぁ! 試験で三位だった人か」


 瞬間、メゾン・グヴォングの顔がみるみる紅潮していき、憤怒の表情で僕を睨みつけ、火山が噴火したような怒鳴り声をあげた。なるほど、合点がいった。

 名誉(?)あるグヴォング家となれば、試験でも上位を取らなければならない。立場というものがある。ゆえに必死に勉強して試験に望んだのだろう。その結果が三位だ。

 一位のシャルロッティアはこちらも名家なので仕方ないとして、どこぞの田舎貴族などに二位を取られてとあっては恥だったのだ。いや、もしかしたら一位しか許されなかったのかもしれない。彼に対するプレッシャーを考えると哀れみを感じてしまうけれど、だからといって僕にその怒りを向けるのはお門違いだ。


 ゆえに評価を下げていき、最終的に退学処分へともっていく算段か。アズール学校の貴族科では退学処分となった場合、それまでの記録は抹消される。なので僕が消えれば、彼の成績は二位として更新されるのだ。

 また、このやり方は「マリー先生への脅迫」も込められている。従わなければターゲットはお前だ、という意味もあるのだろう。事実、彼らの視線は僕とマリー先生を交互に向けられていた。怯える先生を横目に見て、自分なりのやるべきことをまとめる。


 やはり、ターゲットを僕だけにするのが最善だ。このままいけば彼女の身が危ない。どうして新人をこんな見栄と嫉妬の渦巻く貴族科に配属したのか理解不能だが、このままおめおめと見て見ぬふりをすることは……、アシュラン家の人間として許容できない。

 怖いから諦めて見捨てましたなど、そんな戯言をいったものなら、父さんと母さんに勘当され、姉と妹から張り倒されるだろう。


「あぁ? んだよその顔は」

「いやいや。立場の弱い人を虐めるのが貴族のやり方なら、その権威は随分と安いものなんだなって」

「……おい。吐いた唾は飲めんぞ」

「キミが飲むのだから問題ないよ」


 相手は一流貴族、グヴォング家。さぁて、どうにもこうにも面倒なことになりそうだ。しかし降りかかる火の粉は振り払わねばならないし、このままマリー先生を見過ごすこともできない。こういう手合いは権力を使ってあの手この手でやってくるので、先読みとその場の状況で対応するしかない。

 でもこれでいい。あのまま頭を垂れるなんて、それこそ魂が拒絶する。相手の男がおもちゃを見つけたぞ、というような顔をして僕を見下ろしていた。

 

「覚悟しろよ、シルディッド・アシュラン」

「いや、別にしないよ」

「……。どこまでその見栄が通用するか遊んでやる」

「お手本のような悪役だけど大丈夫? やられ役の典型だけど」

「とにかくだ! グヴォング家を手に回したこと、必ず後悔させてやる!」

「期待しておくね」

「ああっ、イライラするぜ! 俺が本気になりゃ、お前の家なんざ一息で吹き飛ばせるんだからな!」


 彼の言葉と同時であった。

 後方列のグヴォング家らが、窓の向こうにカッ飛んだ。文字通り、吹き飛んだ。

 安い茶番劇は直ぐに終わり、悪役はちゃっちゃと退場させられて。

 誰もが予想だにしなかった──とある人物の登場であった。

 


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