一つの二人。
ちょいホラー風味です。
毎晩
眠る前に、私は携帯でメールを作成する。
『今日の出来事』だとか
『ありきたりな悩み』だとか
丁寧に文を考えて、長々と綴って。
送信はせずに、眠る。
これが私の、日課。
次の日の朝、携帯の画面を見ると
昨日私が綴ったのとは違う文が、打ち込まれていた。
『慰める言葉』とか『励ましの言葉』とか
一切漢字変換されていない文字列。
……まだ、変換の仕方わからないんだ?
ここまでのやり取りで、気付いた人はいるだろうか?
ーー私が、二重人格者であることに。
昼間は私、羽衣 六花が動き
夜はもう一つの人格、禄が目を覚ます。
私『達』は、一つの体を二人で使っているのだ。
おかげで眠気がとれることはないし
体は、二倍動いたように重い。
それでも良いんだ。
こうやって、携帯で行うやり取りが
楽しくて嬉しいから。
禄が居てくれれば、私は孤独じゃない。
機械音痴で、優しくて、心配症で。
そんな禄に、私は恋している。
決まって
毎晩毎朝、交わされる手紙。
ーーいつまでも続くと、思っていた。
だけど、この幸せな日々は
想像以上に不安定だったようで。
ある日の、下校途中。
私の前を、綺麗な黒猫が横切った。
瑠璃色の眼と、紫紺の首輪が印象的な黒猫。
その体に、野良猫特有の擦り傷や
引っ掻き傷など一つとしてない。
「おいで」
しゃがみ込んで手を伸ばすと
黒猫はゆっくりと近づいてきた。
……やっぱり、飼い猫だろうか。
人間慣れし過ぎている。
すると、不意に黒猫は立ち止まり
私の顔をのぞいた。
見通すような視線に、どきりとする。
黒猫は私を見つめて、にゃあと鳴いた。
振動で、黒猫の首輪に付いている鈴が
甲高い音をたてる。
その瞬間
私の中で、何かが、確かに消えた。
意識せずとも
口が勝手に名前をよぶ。
「……禄……?」
返事は、ない。
あまりに突然で残酷な別れに
私はただ、携帯電話を握りしめていた。
その日から、私は一歩もこの部屋を出ていない。
何度も夜を迎えたけれど
何度も文字を綴ったけれど
禄は現れない。
体の重さも、眠気も消え失せた。
これだけが
禄がいる証だったのに。
食事や水を摂らないで
ぼんやりと、窓を眺める日々。
ふと、頭の中で穏やかな声がする。
ーー苦しいでしょ?さみしいでしょ?
誰だろう。禄……じゃ、ない。
ーーこんな世界に、何を望むの?
何も、望んでなんかないよ。
ーー……本当に?
だって、禄はもう居ない。
望みは全部、なくなった。
ーーなんだ。だったら君の方から会いにいきなよ。
ーー切符はその手にあるだろう?
残念ながら、片道だけど。
そうか。そうだね。そうだよね。
禄が居ない世界なんて
私『達』に気づかない社会なんて
間違ってる。
間違ってるんだ。
私は、誘われるように部屋を出て
マンションの屋上へ向かう。
心無しか、体が軽い。
心臓が高鳴る。笑みが止まらない。
初恋をした時みたいだ。
恋に恋する乙女の心境。
あぁ、なんて素敵なんでしょう!?
「あいにいくよ、」
躊躇無く柵を乗り越え
振り返って嗤う。
嗤うの。
『これこそが幸せ』だって。
「さようなら。腐った世界」
私はそのまま、後ろに体重をかける。
冗談みたいな浮遊感。
君は、喜んでくれるかな?
ううん。多分、怒るだろうな。
でも、私だって言い返すよ。
「一人にされて寂しかった」って。
どこか、遠くの方で
ぐしゃりと音がした。
赤に染まる路上。
流れ出る鮮血と歪に嗤う少女を見下ろして
つまらなそうに、『黒猫』が啼いた。
「にゃあん」
シリーズ化するかどうか迷い中です。
なので、感想等頂けると嬉しいです。