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奇妙な短編

母親たちの闇

作者: ショッピー


 北風雅子きたかぜまさこはロビーへ行く準備をした。

今日は娘の輪花りんかの小学校の分団の班長を決める日だ。

いうなれば母親たちが権力を求めて戦う戦場。

雅子はその真っ只中へ出向くのだ。


 雅子は東京の新築のマンションに住んでいる。「ベクトル20」という名の灰色のマンションだ。

「ベクトル20」には丘の上小学校に通っている児童が7人おり、分団という一つの塊で毎朝登校している。

 その分団のリーダーとなるのが班長だ。班長になれるのは六年生だけで、今年は二人いる。

今日はその二人のうち、どちらが班長になるのか多数決で決める選挙の日なのだ。

この選挙は毎年、欲望で渦巻いている。

自分の子を班長にするため母親たちは何でもするのだ。


 輪花は土曜日の朝だというのに早く起こされて不機嫌なようだ。輪花は五年生なので直接は争いに参加しない。

 「さあ輪花、行くわよ」準備が整った雅子が声をかける。

「はーい」輪花は自慢のポニーテールをさわりながら軽い返事をする。



 ロビーには全員の子供とその母親が集結していた。

メインの磯部と美月はもう前に立っていた。どちらも男の子だ。

みんなピリピリしているようだ。

もっともそれは母親たちだけで子供たちは友達とささやきあったり、二年生にいたってはレンジャーごっこをして遊んでいる。


 「それではそろったことですし、始めましょうか」六年生の子供を持つ磯部が言った。磯部はこういった場でいつも仕切りたがる。

 はいという声があちこちから聞こえる。

もうひとりの六年生の子供を持つ美月はかなり緊張しているらしい。汗を掻きながらずっと手を握っている。

 雅子は親友の中村紗江なかむらさえの近くへ行った。

紗江の娘も五年生で、輪花と仲良くしている。

「今年はどうなるかしらね」紗江が言った。

「たぶん美月さんとこの子よ」雅子が目を細めて予測する。

「お母さんPTAだもんね」

「あっもう始まるみたいよ」磯部がしゃべりだしたので耳を傾けた。


 「どちらが班長にふさわしいか多数決で決めます」磯部が子供たちにわかるようにゆっくりしゃべった。選挙権を持つのはあくまで子供たちなのだ。輪花にも自由にさせている。

だが、多くの母親は子供に指示を与えているだろう。毎年、そういった駆け引きが行われているのだ。


 「それでは、美月君が良いと思う人は手を挙げてください」

いよいよ始まった。雅子は身を固くした。


 美月に挙げたのは7人中5人だった。輪花も挙げている。

磯部の顔がゆがんだ。それと同時に美月が万歳をした。そして嫌がる子供を抱きしめる。


 もう磯部の投票はやるまでもない。今年の班長は美月に決まった。

それは、一瞬の出来事だった。


 「こっ今年の班長は美月省吾君に決まりました。挨拶をお願いします」磯部が司会をするのも嫌という表情で言った。明らかに憎しみを込めた眼で美月を見ている。


 省吾は見事な挨拶をした。小学六年生とは思えない。多分、母親に教え込まれたのだろう。

そんなことまで母親が決めるのか。雅子は嫌になった。


 挨拶が終わると解散になった。

磯部は子供の手を引いて一番に出て行ってしまった。

相当頭にきているのだろう。

二、三年生の子供と母親たちもエレベーターで家に帰った。


 「やっぱり美月さんだったわね」紗江が雅子の肩をたたいた。

「そうよね。PTAを敵に回すと困るものね」

「でもこの選挙、まだ終わってない気がするのよね」紗江は雅子の目を見て言った。

「どういうこと?」雅子は聞き返した。

「いや。なんとなくよ」

そう言うと娘に催促され駐車場に行った。この後服を買いに行くと言っていた。


 

 妙な噂を聞いたのは一週間後だった。

三年生の母親の深谷が教えてくれたのだ。

彼女の話によると、班長になった美月君とこの母親がPTAの経費を不正に使っているらしいという噂が立っているようだ。おまけに教頭と不倫しているんじゃないかという話もあるらしい。


 もちろん根も葉もない噂だと思ったが誰が言い始めたのか気になった。とっさに磯部という女が思い浮かんだからだ。選挙の時のあの眼は異常だった。


 「その噂、誰から聞いたの?」雅子は深谷に聞いていた。

「私は田所さんから聞いたわよ」深谷がいとも簡単に白状した。

田所と言えば、この「ベクトル20」の噂を司る主婦だ。おそらく磯部が田所にデマを流し、それが噂となって広まったのだ。


 紗江の予言通り、土曜日に再選挙が始まった。あんな噂が広まったら仕方がない。

ロビーで紗江に会うと、紗江は嫌な顔をして見せた。

「こんなことになるなんてね」

「ほんとね。でもあなたすごいわね」

「勘よ」


 今回の試合ばっかりは本当にわからない。あんな噂が立ってしまったので、PTAだろうが美月に票を入れる人は少なくなるだろう。だが、あの意地悪な磯部に票を入れるのは癪だ。

美月は今回の事でかなりやられたらしく、やつれている。自分の息子のそばでハンカチを握っている。

その反面、磯部は自信に満ちていた。この前の帰り際のまがまがしいオーラは発していなかった。


 「さあ。投票を始めましょう」磯部が言った。

その場にいた全員の表情が変わったのがわかった。

 

 「美月君に班長になってもらいたい人は手を挙げてください」

美月に票を入れたのは三人だった。輪花は前と同じく挙げている。

美月は負けたのだ。


 磯部は勝ったという表情で美月を見た。美月は怯えている。

噂の威力は抜群だった。

磯部という悪魔の汚い罠にはまってしまった美月は負けてしまったのだ。


 「それでは今年の班長は磯部健太に決まりました。健太、挨拶をしなさい」磯部が甲高い声で話す。よほど嬉しいのだろう。


 健太のよくできた、悪く言えば小学生らしくない挨拶が終わると解散になった。

数人の母親たちが磯部の方へ駆け寄る。まるでアイドルだ。


 「やっぱり磯部さんね」雅子が紗江に言う。

「こればっかりはしょうがないわね」

「うん」

「これからお食事でもどう?」紗江がイタリアンの食事券を出した。

「いいわね」



 その日の夜、深谷が家のインターホンを鳴らした。

お風呂に入り、髪の毛を団子型にまとめた雅子が出る。

「こんばんわ。どうしたの?」雅子がのんきに聞く。しかし、深谷は深刻な表情を浮かべていた。


(何かあったのかしら?)雅子は瞬時に察した。


 「磯部さんとこの息子さんが車に引かれたんだって。犯人は美月さん」


雅子は母親たちの闇を覗いた気がした。

 

 今回は母親たちの心の闇を扱ったものにしました。ちょっと誇張しすぎちゃいましたが僕のマンションでもこういったことが起こるので恐ろしいです。

 これからもどんどん怖い短編を書いていくのでよろしくお願いします。

感想、アドバイスお待ちしています。

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