最強の馬鹿の郷〇ろみ
朝。いつもなら数学の授業をするはずの時間だが、今日は違った。
教卓の上に立つ木下先生は、いつもより引きしまった表情で話を始める。
「あー、昨日食堂にいたものなら知っていると思うが、ついにアレがやって来た」
「生理ですか?先生」
「伊藤、お前、後で生徒指導室こい」
あぁ、伊藤君。木下先生と2人きりで生徒指導室という密室。ご愁傷様。
「ん?なんだ赤坂。そのうらやましげな顔は」
「あれー? 俺そんな顔してたかなー?むしろ逆だったじゃないかなー?」
「つまり、私と一緒の空間にいるのが嫌だと」
「そこまで言ってないはずなんだけどな?」
「そうかそうか。やはりうらやましいか。よし、お前も一緒に生徒指導室にこい」
「人の話きいて!? ドラ○エじゃないんだからさ!!」
なにも悪いことをしてないのに連れて行かれるのはワーストだからだろうか。それとも木下だからだろうか。
その木下は、俺の気持ちに気づくことも無く、
「って、そんなことはどうでもいい。いいか、アレ――『下克上』が始まるんだ」
木下の言葉に教室内の空気が変った。それは勿論、俺も例外ではない。
なんせこの『下克上』とは、下のクラスであればあるほど待ち遠しいイベントであるのだから。
――『下克上』。
これが生徒番付という珍しい制度を導入している文園学園のなかでも、最も特異な制度だ。
読んで字の通りのこの制度は、下位クラスが上位クラスに下克上をするイベント。つまり――クラス変動イベント。
簡単に言うと、E組がA組の教室を手に入れる事も可能ということだ。
「……で、今回の種目は」
『下克上』は1月に一度あるもので、それは夏休みであろうと行われ、例外はない。そして、毎月クラス対抗で、1つの種目で争いあい、その結果でクラス単位で教室を入れ替えるのだ。
だが、下克上という名の通り、下のものが上の人間に戦いを挑むのだからそこには明確なアドバンテージ存在し、上位クラスが優位に立ち、下位クラスは劣勢から始まる。
種目は勉強系なことは絶対無いのだが、今回は何なのだろう。この種目は毎回変なものが選ばれることが多いらしいのだけれど……。
そんな俺の疑問に答えるかのように、木下は言葉を続けた。
「――乾杯戦争だ」
■
「乾杯戦争なんて、また変なことが始まりそうだね実」
「そうだな。ルールはその場で発表みたいだし、作戦も何もないしな……」
俺と実は、木下が指定した体育館に移動しながら話していた。文園学園の設備は無駄に完備されている為、体育館も2000人以上入れる豪華仕様だ。1000人にも満たない全校生徒数でその設備は無駄なのだがなぁ……。
体育館に入ると、中にはざっと200人。高2全クラス分くらいの人数がいた。多いはずなのにここまで体育館がでかいと、多く感じないな。
その中からE組の塊をみつけたので、俺と実もそこに入る。
「おー赤坂、明智。乾杯戦争ってなんなんやろなー」
「斉藤か。乾杯戦争ねぇ……。あれじゃないか、『のーんで、飲んでのーんで一気!』みたいなやつじゃないか?」
「なんやホストみたいなことやなぁ。ウチ、ウーロン茶とかしかのまへんよ」
あぁー。ウーロン茶ね。未だに俺、あれの漢字かけないよ。
と、そんなやりとりをしていると、体育館のステージの上に校長が上がってきた。すごいよ校長、後光が差して見えるよ!さすがの威厳だよ!
壇上に上がり終えた校長は一回咳払いをして語り出す。
「えー、私の家のゴールデンレトリーバーがねぇ」
すごいよ校長。のっけから脇道にそれてるよ!その話は食堂でも聞いたよ!
「最近生徒が目をあわしてくれなくてねぇ」
それは貴方が眩しすぎるからです。そこら辺のLEDより光ってますよ。
「……え?あ、話が長い?分かりました」
お、大佐。ナイスアシスト。脇道に定評のある校長もこれで、
「最近私、シェパードがほしくてねぇ」
ゴールポスト脇!!そこにシュート!!この学校の教師で1番まともなのは実は大佐なんじゃないだろうか。
この行為にはさすがに他の教師も動いて、壇上から校長が降ろされた。
そして、その代わりに音楽の峰先生がマイクを持ち、
「あーおほん。諸君らに今からやってもらう『下克上』乾杯戦争のルールを説明する」
峰先生は言いながら右手と左手に1つずつもったグラスを顔の前に持って来る。
な、いつの間に用意したんだ……?
「いいか。今からこのグラスを――まぁ、クラスごとによって違うが、君たちに配る。そしてその中に我々が用意した、この赤の絵の具をとかしたものを入れる」
峰先生は右手を一瞬動かす。すると、次の瞬間、右手に握ったグラスには、半分の高さくらいまで紅い液体で埋まっていた。
だからいつの間に……?
「この液体は一滴でも零してはならない。このルールを犯したものはその時点で失格だ」
峰先生はステージの上の教壇に液体で埋まったグラスを置く。
いつの間に……?
「いつの間に……?じゃねえよ普通に置いただろうが」
「はっ!?なぜ心を!」
隣にいる実を睨み付ける。実め……。いつの間にそんな能力を。
「君たちにはそのルールを守った上で――乾杯をしてもらう」
チン、と峰先生は液の入ったグラスをもう一つのグラスで叩く。
格好つけて言っているが、彼は自分がおかしいことを言っていることが分かっているのだろうか。
「新しい季節。それは出会い。そう、人と人との出会いだ。そしてそれは、乾杯に始まり乾杯で終わる」
み……峰先生!?あなたまで一体どうしてしまったんだ。
「乾杯――否、乾杯とは!人生の始まり!全ての始まり!ビッグバーンカンパーイン!」
無駄な美声で、あなたは何を!結婚して3年目と1番大事な時期じゃないか!
というか伊藤!お前はなんで目頭を押さえているんだ!泣くところなんてなかったはずじゃないか!
俺の困惑はそのままに、峰先生はさらに熱く語る。
「君の、二億四千万の瞳にエキゾティック乾杯!はい復唱!」
『君の、二億四千万の瞳にエキゾティック乾杯!』
体育館に地鳴りのような声が響く。なぜなんだ。みんなは、なぜそんなに訓練された軍のような反応なんだ。
というか、君の二億四千万の瞳ってなんだ!?恐いわ!?
「もっと声だせぇ!君の、二億四千万の瞳にエキゾティック乾杯!はい復唱!」
『君の、二億四千万の瞳にエキゾティック乾杯!!』
くそ、意味が分からない。みんなどうしちまったんだ。エキゾティック乾杯のなにが……!
――なぜだ。なぜ心にこんなに響くんだ!
「ハイ!君の、」
『二億四千万の瞳に』
「エキゾティック!」
『乾杯!!!!』
コンビネーションだとぉ!?……く!屈しないぞ!俺は!
だがその抵抗を見透かすように、峰先生は教壇の上から俺の事を指さして、
「ハイ、君!君の、二億四千万の瞳にエキゾティック乾杯!オーライ!?」
「き、、君の、二億四千万のひ、、瞳に!エキゾチック乾杯!」
「NO! NO! NO! チックじゃない。んーーーティックだ」
「エキゾ……ティック!」
『かんぱぁああああい!』
あぁ!!!!!俺の、二億四千万の瞳がエキゾティックでアーチ―チーアーチーだ……!
俺のその様子を見て、峰先生は満足げにうなずき、
「はい、ぅおーけい!君たちにはいまから全力で乾杯してもらう!ソウ!乾杯せんそぉおおおおううううう!」
「乾杯に命をかけて!さいごまで乾杯を生き抜いた者達こそ、四月を制するに相応しい!」
「乾杯戦争とは、つまり!制限時間内に先に代表を失格させたクラスの勝利ィ!勝利の乾杯をするに相応しい!」
「お前ら、乾杯をしたいかぁあああああああ!!!!」
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』
――こうしてなぜか大盛り上がりのなか、四月の『下克上』乾杯戦争が始まった。
さくしゃのあとがき
毎日いそがしくて更新遅れました。下克上始まります