最強の馬鹿の遅刻劇
俺――赤坂康太には、2人の妹がいる。
双子で生まれてきたそいつらは全く似ず、足して2で割りたくなる2人となった。
それが、赤坂朱里と、赤坂侑子。
赤坂朱里は元気溌剌猪突猛進の所謂、馬鹿というジャンルに属する人間だ。ポニーテールの髪型にしている彼女は外見もそれなりに可愛い。そのため同級生の男にもてていたりするのだが、まぁご愁傷様。君たちはいずれ手か命の取捨選択を強いられることになるだろう。
そしてもう片方、赤坂侑子はその真逆。冷静沈着で勉強も出来る秀才。ただその代わりに、運動と日差しが苦手なインドアな妹だ。こちらの外見は、黒髪ロングで清楚という訳ではないが、その落ち着いた雰囲気から年上のように感じてしまうまぁ、美少女だ。だから当然彼女もモテる。男女どちらも告白してくるらしいんだから、もはや血の繋がった家族とは思えない。
そんな2人は新中学2年生。なつかしいなぁ。あの頃は自分の右腕を、よくトイレットペーパーで巻いていた。お前の右腕の封印は371円(12ロール入り)で済むものだったのか、赤坂康太よ。
とまぁ、俺の嬉し恥ずかし昔話は置いといて、赤坂侑子と赤坂朱里。
この2人が俺の自慢の妹達だ。
■
侑子により助けられた俺は、家のリビングのソファに座っていた。
「朱里さんはいつまで兄さんに迷惑をかけるつもりですか」
「えー?遊んでただけだよ-?……あ、侑ちゃんうらやましいのかな?なーんて」
「な、なにを私が羨ましがるんですか!私たちももう中2なんですから、兄さんに甘えてるばっかりじゃダメって事ですよ」
キッチンで昼飯をつくってくれている侑子は、俺の隣に座っている朱里に小言を言っている。こういうやりとりをみると、2人が同じ歳だとは思えないな。
「俺的には、全然甘えてもらって構わないんだけどな。――肉体的損傷がない甘え方ならだぞ、朱里。おい、なぜ嬉しそうな顔で手首を捻ってくるんだおい」
危険すぎるぞこの妹。コイツは俺の手に何か恨みでもあるのだろうか。
そんなやりとりをしていると、侑子から「ご飯出来ましたよ。座ってください。兄さん、朱里さん」という声が聞こえてきたので、ソファから立ち上がる。
「お、今日はうどんか」
「はい。ダメでしたか?」
「いや全然。すごくうまそうだ。いつもありがとな」
「いえ、どういたしまして」
彼女はニコリと微笑む。なんて良い妹なんだ。侑子と俺はなぜ血が繋がっているんだ。
「なーに2人でイチャイチャしてるの。そういうのは2人の時にしてよね」
と、朱里がじと目でこちらを見ていた。イチャイチャっておい。この妹は何を言ってるんだか。俺がこんなに可愛い女の子とイチャイチャだなんて……ぐへへ。
じゃ、じゃなくて実妹とイチャイチャとか、やばいヤツじゃねえか。
「べ、別にイチャイチャなんてしてません!さぁ、食べましょう、はい!」
「そ、そうだな。冷めちまう前に食わないと」
そうして俺と侑子は朱里のじと目に耐えながら、うどんを食べ始めるのだった。
■
「やべえ、遅刻!!」
俺はジャムが塗ってある生の食パンを咥えて、家をダッシュで出た。
ちくしょう!母さんはなぜ妹は起こすのに俺を起こさない。部屋は同じ2階なのに!
そんなことを叫びたかったが、時間も無いし、パンを咥えているのだから不可能だ。というか、咥えてるパンが生だからブルンブルン揺れて邪魔だ。そのせいでパンに塗ってある苺ジャムも顔に付くし、はぁ……最悪の朝だ。
腕時計を確認する。8時12分。学校までは歩いて20分、始まるのは8時20分。間に合うか、これ。
焦りながら全力ダッシュで曲がり角にさしかかったとき、
どんっ!
「きゃ」
「うお!」
いてて。なんだ、何があった。
俺は立ち上がって目をあける。すると視界は真っ赤……。
「ジャムじゃねえか!!顔に張り付くなよパン!」
顔に貼り付けられたパンをつかんで、地面に投げる。べちょっと音をたてて地面に叩き付けられたそれは、どこか悲しそうだった。俺の方が悲しいよ。顔面ジャムまみれなんだから。
って、そんな事をしてる場合じゃない。多分誰かにぶつかってしまったんだろう。声的に女の人だと思うが。
「すいません。大丈夫ですか?」
俺は目の前で尻餅をついている女の人に手を差し伸べる。……ん?この制服は、うちの学校のやつじゃないか。
しめてるタイの色も赤だから2年生だろう。もしかしたら知ってる人かもしれない。
「あ、大丈夫です。ありが……って、なんだ。康太か」
「あ、高坂か」
そしてどうやら俺の予想は当たったみたいで、全然知り合いだった。いや知り合いなんてレベルじゃない。小学校から付き合いのある幼なじみだった。
高坂志帆。それが今ぶつかった相手の名前だ。
ショートボブの髪型で、大きな瞳。小さい身長の彼女と、実と俺の3人で昔は良く遊んだなぁ。最近でも、昔ほどではないが3人で遊ぶことはままにある。
「というか康太どうしたの?その顔……くくく」
「お前とぶつかったからな。そのせいだ」
「え?私、からだからジャムだしてるっけ?……というか苺のにおい、くく、顔真っ赤だよ、康太」
「苺ジャムだったからな。というか、お前はなんで急いでないんだ?遅刻するぞ」
こんなやりとりをしている時点で俺の遅刻はほぼ確定だが。
そんな親切心で忠告した俺に返ってきた答えは、
「え?なんで?9時からじゃん、授業」
「は!?お前、何言って」
「C組ではそう言われたんだけど……」
「どういう――はっ!そういうことか」
彼女はいまC組ではと言った。つまり、C組は9時スタートってこと。生徒の優遇が人権問題レベルのあの学校なら、クラスごとに始まる時間がちがくともなんら不自然はない。
ちくしょうそういうことか、あのクソ学校め。入学式の時に光っていたあのジジイを今すごくぶん殴りたい。
だが、そのためにもまず学校に行かなくては。
「くそ!高坂、じゃあな!俺は遅刻なんだ!!」
俺は叫びながら走り出す。某やる気スイッチを押された少年なみの瞬発力で走り出す。その絵面だけみれば青春っぽいかもしれない。
「あ、康太……」
「『下克上』まってろよ!あと、20日後貴様らに地獄を見せてやる!」
言ってることが全然青春じゃなかった。幼なじみを貴様と呼ぶなんてどこの世界だ。だが、俺は言ってしまった。生徒の優遇のちがいの怒りは、学校というよりも生徒側に行くものなのだ。人はこれを八つ当たりと言う。
――で、ここからどうしようか。普通に行っても間に合うわけないし……。と、そんな悩める俺に神はソレを与えた。そうだ!あれなら間に合うかもしれない。
俺は見つけたソレにかぶりつくように走る。はやく、ソレを……!!
――そして、
「借りるぞ!あとで返す!ていっ」
「な、ちょ!おうぁ!?」
ソレ――自転車の上に乗っていたうちの生徒を背負い投げして、主のいなくなった自転車に乗る。すまないな少年。俺は遅刻したらあの木下に何されるか分からないんだ。
さぁ、あとはこれの持ち主の少年に捕まる前にペダルを踏み込めば良い。行け俺。ここでやれなかったら、371円(12ロール入り)で自分を封印していた昔の俺に顔向けできない。
「うぉぉおおおおおおおおおおお!!」
ぐっと踏み込まれたペダル。やばい、持ち主の少年が手を伸ばしている。速く、もっと速く――!!
その瞬間俺の口は、無意識に1つの封印されし呪文を唱えていた。
「|暗黒璋焔颯:零《ダークラグナロク:ゼロ》!」
その呪文を唱えた瞬間、俺のからだに力がわき起こってきた。
ざー、と頭の中に流れる過去の映像。
トイレットペーパーを腕に巻き、怒られた事もあった。
漢字辞典を開き、意味も考えずに難しい漢字を並べたものをスペルと呼んでいた事もあった。
修学旅行で買った木刀を振って、ひたすらデュクシデュクシ言っていた事もあった。
軍手でつくった自作の指ぬきグローブの甲に減と書いた事もあった。そこ間違えちゃダメだろ。滅だろ滅。
――そんな俺を形づくるかげがいのない今までの過去。そこから得るものは、
「は、恥ずかしい!誰にも見つからないままこの場を立ち去りたい!」
羞恥心。これが俺のからだに、足に、絶対的な力を与えてくれた。なにデュクシって!
ぎゅん、と少年の手から離れる自転車。しかし、それだけでは収まらない。一度加速し始めた自転車は調子づいたように、さらに加速を続ける。
そして、そのまま学校へ――。。。。。
その日から一週間ほど、『持ち主を背負い投げして自転車を奪う顔面ジャムの中2病男』の噂が広まったのは言うまでも無い。