最強の馬鹿の人間関係
「はい、じゃあ自己紹介スタート」
木下先生の合図から、自己紹介が始まった。
幸い、出席番号順じゃなく窓際に座っている人からだったので、出席番号1番の俺には少しの猶予がある。この自己紹介の流れが俺に来る前に早く考えなくては。
「藤村隼人だ。よろしく」
と、いきなり知り合いが出てきた。
今教壇の上に立つ、背が高く、爽やかな顔でさらにしかもイケメンボイスのコイツは、藤村隼人。俺の中学からの友人で、ロリコンだ。
――ロリコン。
毎朝小学校の集団登校の集団に当たるように、家をぎりぎりの時間に出たり。
夏になると、プールのライフセーバーのバイトを始めたり。
母校の小学校に、週3のペースで通ったり。
『藤村君と付き合えても、いつ少年院との遠距離恋愛になるか分からない』なんて女子に言われてしまう最高に残念な人間。
それが、藤村隼人という男だ。
「斉藤深間。特技は知恵の輪や」
って、また知り合いだ。斉藤で3人目なんだから、俺の友人には馬鹿がおおいのかな。類が友を呼んだパターンだな。
……俺もか。
は、話を戻して、今教壇に立つ斉藤深間について。
こいつは茶髪のショートカットでボーイッシュな風貌の彼女は、俺と高校からの付き合いで、明るい性格の少女だ。
そんなこいつは見た目も可愛いし、性格も相まって入学して始めの頃は結構モテていたのだが、如何せん凶暴で、『友達としてしか見れない』という魔法の言葉を男子から使われる、また残念な人間だ。
例えば今特技と言った知恵の輪。これはコイツに渡すと2本の針金になる。
お前はジョ○ョか。ケン○ロウか、リュ○か。ってくらいの筋力を発揮してるだろ。恐くてツッコンだことはないけど。
「……です」
「……です。よろしく」
知り合い2人が終わっても止まることなく、さらにどんどん流れていく自己紹介。
そして、俺の隣にいた実が立ち上がった。つまり、次は俺ということだ。
「明智実。このクラスの組長をやらせてもらう」
組長……ってことはアイツが、このクラスの1番なのか。
あれか猿山の大将って感じか。くくく、馬鹿みたいだよ、明智実。
「おい猿。お前の番だぞ、早く行け」
げしっ。
「うききき!?猿じゃねえよ!なんで蹴るんだよ!」
実め……。調子乗りやがって。でも、今はお前にかまってる暇はないんだ。なんてったって、俺の高2からの青春のスタート。それが今なんだから。
さて最初はどうやっていくかな。かっこいい系?元気に?運命的に?
まぁ――やっぱり普通にかな。うん。
俺は一度だけ深呼吸をしてから、口を開く。
「赤坂康ぶふぉおお!!」
「はい、時間しゅーりょー。気をつけて帰れ」
木下先生のラリアット。俺のはーとはドキドキさ!んなわけあるか。
木下の野郎。親に人にラリアットしたらいけませんって教わったはずだろう。『ハイフライフローはいい、けどラリアットだけはダメだ』と教わってるはずだろう。
――というか結局、青春のスタートは最悪だよ。ワーストだし、教室はぼろいし、名前は言えないし。これから大丈夫だろうか、俺は。
「はぁ……まぁ、悩んでも仕方ない。帰るか」
だがたった半日たらずで、殴られ蹴られラリアットのフルコンボを決められた人間は疲れるのだ。文句なんて言う程元気ではない。もう早く寝てしまいたい。
ため息を1つつき、俺はのそのそと立ち上がり、バッグを取って教室を出た。
と、その帰りざま教室の中から木下先生が、
「じゃあな、赤坂康ぶふぉおお!!」
「ぶふぉおお!!は名前じゃねえよ!!木下先生!!」
木下先生は悪意しかない顔で、笑っていた。
■
シミュレーションは完璧。後はこの扉を開けるのみ。
ひんやりとしたその扉の取っ手を掴む。ふぅ――――今だ!
「ただい――」
がちゃっ、と家の玄関を開け、靴を脱ぐ。ここまでで0.2秒。さらに鳩尾の前で腕をクロスするのに0.1秒。
よし、シミュレーション通り。これならヤツにも耐えられる!
……ダダダダダダダダダ!!
徐々に近づいてくるけたたましい足音。
そう、ヤツが来る!!
「――まッッッ!!!!!」
ドフ――ッ!!!!!
鈍い音が赤坂家の玄関に響く。ヤツだ。毎日毎日懲りないヤツめ。
だが、今回はガードが完璧だ。なんてったって0.3秒。1秒の半分以下だ。
これは完璧に捉えた。俺は今までとは違う。
「はずだったのに……!!なぜ今日は、飛び膝蹴り……なん……だ」
どさっ、と床に倒れ込む。なぜだ。今までのデータから予測するに、今日はタックルの日だったはず。なのになぜ――!!
俺は恨みがましい視線で、目の前に立ってる女をにらみつける。すると、そいつは不敵に笑って、
「おかえり。おにいちゃん」
「お帰りじゃねえよ!!危うく地面にお還りしちゃうわ!!」
ヤツ……妹は、そんな俺に悪びれもせず、ただ笑っている。こいつ……妹じゃなかったら殴り倒してたぞ。
痛む鼻を押さえながら、やけに冷たい床から立ち上がる。せめてお前くらい俺に温かくしてくれたっていいじゃないか、床よ。
「おにいちゃん鼻血出てるよ?いくら私が可愛くても、妹に欲情するのはないと思うな」
「ふざけんな、馬鹿野郎。てめえの膝のせいだろうが!」
「膝に興奮するの……?おにいちゃん、さすがにちょっと引くよ」
「ちげえよ!!」
殴られ蹴られラリアット、ボーナスステージで飛び膝蹴り。それを食らってもツッコめる俺は、結構すごいと思う。就職とか便利そうだ。
話を戻して、そうだ。俺はそんな奇跡の四連鎖を食らったからもうぎりぎりなんだよ。だから、はやく寝させてくれ。
そんな俺の心労に気づくこともなく、妹――朱里は、
「なぁ、おにいちゃん。私暇なんだよな。遊んでよ」
「無理だ。眠い、寝たい、寝させろ。以上だ」
もうこんなヤツにかまってる程元気はない。赤坂康ぶふぉおお!!は疲れてるんだ。
――だから、貴様が今つかんでいる俺の手首を離せ!!もげる!もげるから!
「お兄ちゃん、遊んでよー」
「手を離せ!!もげるもげる!」
「筋肉バスターさせてよー」
「ヤメロヤメロ死にたくなーい!!」
なんでこの妹はもっと女の子趣味じゃないんだ!!筋肉バスターなんて、今の中学生は知らないだろ、普通!!
――と、俺と妹が玄関で命の駆け引きをしてるところに、
「なにやってるんです?兄さんと、朱里さんは」
救世主――妹が現れた。