プロローグ
「お願いっ。どうかお願い。お願いだから。ね。」
さっきからこればかりで話ができていない。先ほど、「話があるから家に来てくれない?」と幼馴染である音無 一姫に呼ばれたのは一時間ほど前。もしやこれは告白されるのか?と考えたが、すぐにあいつのことだからありえないだろう、と考えを改め、特に落胆もせずに自分の家を出たのは四十五分前。俺の家と一姫の家は少ししか離れていないので、移動には五分も経っていないだろう。つまり、四十分もこのままということだ。よし、状況は分かった。
「とりあえず分かったから、ちょっと落ち着こうね。」
もともとこいつはここまでテンションが上がることはないはずなので、一旦抑えてやればすぐに落ち着くと予想する。結果は……とりあえずそれから二十分かかったとだけ言っておく。
「で、お願いって何?」
やっと落ち着いた一姫に先ほどから気になっていた事を聞いてみる。そう、一姫はその『お願い』の内容を一度も口にしていないのだ。
「あれ、言ってなかったっけ、まあいいや。そのお願いっていうのは、まあ簡単に言えば、今度始まるVRMMOのアバターを交換して、って事。」
「ちょっと待て、お前今アバターを交換して、って言ったか?」
「うん、言った。」
…これは予想の斜め上が来たぞ、と思う。今度始まるVRMMOというのは分かる。たしかアバターは体を機械で測ってメモリとしてわたされるんだよな。
「えっと、確かこのスティック型メモリに入ってるはずだが。」
「これね。ありがと。」
そう言うと一姫は手の中からするりと奪い取り、それをPCに挿し何かし始めた。
「ちょっと待て、アバター丸ごと変えたら動かせなくなるだろうが。俺はキャパをそんなものに使う気はないぞ。」
これは結構重要で、もともとVRは医療用とかで、アバターを実際の容姿から変えるなんて事は想定していなかったらしい。しかし必要コストの削減と、国が大きく補助をすることが決まったために、娯楽利用が開始されることになった。
この時、βテストを行なおうとして、その選考が大変なことになって結局中止になったのは誰もが知るところである。
とまあ、VRMMOのサービスが始まるときに、アバターが変えられないのはつまらないということで、アバター変更用のソフトが体を計測するときに一緒に配布されることになった。
しかしここからが重要で、アバターが実際の体と大きく変わってしまうと、脳がうまく動かせなくなってしまい、ゲームとしてほとんど成り立たなくなってしまうらしい。
この時の脳との連絡率はVR機に接続した時に数値化され、確認できるようになっている。この数値は実際の体をそのままアバターとして使ったときに大体100で、そこから変化させていくと少しずつ上下していき、この数値が60を切ると動きに支障が出るようになるそうだ。
上下する、というのはまだ理由が分かっていないが、脳が実際の体よりもアバターのほうが動かしやすい場合があるようなのだ。このあたりはまだ詳しく分かっていないらしいが、大きく変えるほど上がる場合は少ないらしい。
「私は大丈夫。性別を変えたアバターでも下がらないから。そっちも大丈夫でしょ、たぶん。」
「大丈夫なわけあるかよ。」
「よし終わった。これ、ちょっと試しに入ってみようよ。」
「無視かよ…。まあいいけど動かせるか分からないぞ。あと今VR機持ってきてないから一旦家帰るよ。」
こんなことになるとは思ってなかったので、もちろんVR機本体は家に置いてきてある。このメモリをもってきていただけで運が良かったといえるだろう。
「大丈夫だよ、ここに二台あるから。」
さらりとこいつは言ってのけやがった。そう、こいつは自分の目標があるときに限ってすごいスキルを発揮するのだ。
「まあいいからいいから、じゃあ入るよー。」
「ちょっと待て、待つんだ、せめて数値確認してからにしろよ…」
その言葉も虚しくそのまま俺の意識は闇に包まれていった。
更新は不定期になると思われます。
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