素質
「龍牙は才能あったみたいだね」
「は?」
昼休みの屋上。3人で昼飯を食べている時、夢翔が急に言う。
俺の時間が一瞬止まった。
「才能ってなんの」
唐突すぎて話が読めない。
パンを口いっぱいに詰めた夢翔に聞いても、返事はすぐに返ってこなかった。
オレンジジュースを飲みながら答えを待つ。
ようやく全部飲み込むと、ストローを銜えながら夢翔が言った。
「アイツらを倒す才能があった。龍牙にはね。」
言い終わると、ストローをかじる。
白いストローの中を、ミルクティーが登っていった。
少し目を伏せると、ほとんど空になった弁当箱が目に入る。
俺はジュースのパックを置くと、夢翔と白狐を見た。
「そろそろ、話してくれてもいいんじゃねえか?」
夢翔の色素の薄い瞳と、白狐の黒い瞳が、微かに見開いた。
空高くにいる雲雀が笛のような鳴き声を出す。
「アイツらの事と、お前らの事。」
夢翔がストローから口を離した。
白狐は視線を下に落とす。
しばしの沈黙の後、夢翔がその静寂を破った。
「あいつらは、総称『バクペゲ』。幽霊とか、妖怪とかその辺とはちょっと違うんだ。」
そう言うと、夢翔は胸ポケットから鈴と御札を取り出す。
「あいつらは、動きを封じた後に完全に封印する必要がある。封印と言っても、最終的には御神に捧げる物だけど。」
話しながら鈴を持つ。チリンと音が鳴った。
「動きの封じ方は、妖怪とかと同じ。だから、御札とかも効くんだ。けど、封印は違う。」
顔をあげた。夢翔と目が合う。
「封印は、何かの神が憑いた『物』でしかできない。あたしの鈴には、『青龍』がいるんだ」
鈴の色は、空と海を足したような、きれいな青色をしていた。
「物って、何でもいいのか?」
なんとなく思いついた疑問を口にすると、夢翔が首を横に振った。
「う~ん。音がでるものかな? 楽器みたいなもの。」
鈴を持ち上げてチリチリと鳴らす。
「じゃあ、その神ってのはどうやったら憑くんだ?」
知れば知るほどに、疑問がわいた。
夢翔がん~と首をかしげた。
「音を気に入られたら、その神が憑く。」
音を気に入られたら?じゃあ神はしょっちゅう人間が弾いてる物を聞いてるのか。
正直ちょっと信じがたいが、事実を目の当たりにしては否定もできない。
「神が憑いた楽器とかって、どうやったら分かる?」
目に見えない物をどうやって認識するのか、という疑問もわいた。
「あっちから語りかけてくるよ。」
夢翔がためらわずに答える。
「語りかけるって?」
どういうふうに。
その質問に、夢翔は首をかしげた。
「龍牙はもう聞いたでしょ?」
その言葉を理解するのに3秒ぐらいかかった。
「龍笛。あれには『朱雀』が憑いてる」
夢翔がパンの袋を手に取った。
「じゃなきゃ、御札が使えた事に説明がつかない」
ビリっと袋を破くと、キツネ色をしたパンを一口かじる。
御札って、さっきのアレか?
思いついた言葉を言えって…
「…! あの時のか!」
ハッとした俺に夢翔が頷く。
「そう、あの札は特別でね。『神憑き』じゃないと使えないんだよ」
「じゃあ、俺って…」
「『神憑き』だね」
信じられないけど、否定できない現実に、俺も入ってしまったらしい。
確かに御札を突き刺した時、声がした。
その声に重なるように自分も言葉を唱えてた。
「神憑き…」
呆然とその言葉を繰り返していた。
夢翔がふと視線を落としてボソッと呟いた。
「試してたんだ。龍笛を聞いたときから、龍牙には何かあるって思ってたから」
その時、白狐が目を細める。
そして俺たちを見ると人差し指を立てて唇の前に置いた。
この話は終わり。その合図である。
人が来たのだ。
「あ、ここにいた!」
「美菜…」
にこやかな笑顔を浮かべて、美菜がひょっこり顔を出した。
「七槐先生が、そこの三人呼んできてって!職員室に。何かしたの?」
「何もしてないけど… なんかしたのかな。」
白がきょとんとした顔をする。
俺だって分からん。
「…行ってみるか」
状況が見えないのでとりあえず立ち上がった。
「…夢翔~、動きづらい」
「ふぇい」
そういえば美菜が来てから夢翔が喋ってない。
何かと思えば、こいつ、思春期の男子よりも女子の事を意識してしまうらしい。
白の腰に腕を回して顔を背中に埋めていた。
美菜がそんな夢翔を見て、また笑いをこらえてた。
「やれやれ」
白が苦笑しながら夢翔をおんぶした。
女子の中では背は高めの夢翔も、白にかかれば小さい女の子だ。
屋上から職員室は結構距離がある。
人通りも多いから、こんな声がときどき聞こえた。
「ね、夢翔ちゃんと白くんって付き合ってるの!?」
「うそ!あたし白くんタイプなのにー!」
ひそひそ話だろうが、少なからず俺と美菜にはばっちり聞こえてた。
当の本人たちは全く聞こえていなかったが。
それにしても、何の用だろうか。
俺としては関わりたくない人物だけに、足取りは重かった。




