初陣
はやいもので、あれから一週間たった。
あれから家には『守りの壁』がつくられ、まぁなんともない日々を過ごしている。
「龍牙おはよー」
「んー」
夢翔が遅刻10分前に教室に来た。
今日はちゃんと制服だ。
夏らしい白のシャツに、レモン色のリボンがついてる。
学年ごとにリボンの色が違うけど。
スカートは藍色のチェック柄。
実は転入初日はちゃんと制服だったらしい。
道に迷って池に落ちたとかなんとか。
クリーニングに出していたみたいだ。
「りゅうごおはよー」
何食わぬ顔で白狐がいる。
「りゅうがだ」
夢翔の2日後に来た。
俺は、最初驚いてイスから落っこちた。嫌な思い出だ。
学校では『黒神 白』という名前で通っている。
そうこうしてる間にチャイムが鳴った。
例によって太めの教師が入ってくる。いつもどうりの朝。
1時間目は英語だった。隣で夢翔が放心してたのを、つっついて正気にしてやった。
白狐…もとい白は意外に勉強ができる方らしい。
あてられてもスラスラ答えを言っていた。
ときどきガガガガガ、と騒音がする。
うちの学校、そういえば工事してたんだっけ。
水道管が壊れたとか何とか。
2時間目は数学。この数学の教師があまり好きじゃない。
実は本来の数学教師が、ギックリ腰だか何だったかで2、3週間前から休んでおり、替わりの教師なのだ。
名前は七槐 麓。まだ若くて、見た目的には20代前半。
無造作な黒髪に、黒ぶちの眼鏡が似合ってた。
女子の大半がかっこいいと認めるほどのルックスで、授業中に写真を撮るような奴もいる。
まぁ、それだけだったら別にいい。
「ああ、じゃあ、龍牙君答えてください。」
―――、こいつ、俺が数学嫌いだといい加減分かっていいと思うんだが。
初日から俺が分からないような問題ばっかり当ててくる。
「―りゅうが…! 24だよ…!」
夢翔が小声で教えてきた。
「…24」
「正解です」
俺が答えると、ニコッと笑って黒板を向く。
ギックリ腰早く治ってくれ、教師よ。
3時間目は体育。
今はマット運動に入ってる。
「夢翔ちゃんもう一回!!」
クラスメイトの女子の声がしたかと思うと、バンっと勢いよく夢翔が跳んだ。
チラッと見えた顔は、やはり真っ赤だった。
どうやら女子と話すのが恥ずかしいらしい。思春期の男子か、お前は。
そのまま空中でひねりながら回転し、手をついてまた宙に浮く。
そして、二回転ほどするとストン と落ちて来た。
「…あいつどうなってんだ」
独り言をつぶやいていると、りゅうごー と名前じゃないけど名前を呼ばれる。
「んー?」
声のする方を見ると、白が手招きしてる。
マットを指差してこっちを見る。
俺の出番らしい。
マットの前に歩いて行くと、端を少し踏んだ。
助走もつけづに跳ぶと、一回転して着地。
しゃがんだ状態で手をつくと、思いっきり足をけり上げる。
手を押し付けて宙に浮く。ひねって着地。
「龍牙やるねぇ」
間抜けな声がしたと思ったら、夢翔が目の前にいた。
声にこそ出さなかったが、俺が後ろにひっくり返ったのは言うまでもない。
「…なんだよお前」
ボソッと言うと、夢翔が耳打ちしてきた。
「ステージ脇、何かいるよ。」
バッとそっちを見ると、確かに何かがこっちを見てる。
「気ぃつけなはれや~?」
ベタな関西弁を残して、夢翔は俺から離れていった。
白はもう気付いているらしい。
警戒心がひしひしと伝わってきた。
それにしても、前のやつ(メケだっけ?)とは比べられないぐらいの大きさがある。
四つん這いでグリンとした目玉。長い舌は先が二つに分かれてて不気味。
体が奥の方まであるのを見ると、相当なでかさだ。
(何事もなきゃいいけど…)
そう思ったが無理のようである。
相手からの威圧感が生半可なものじゃない。
変な緊張感を持った俺をよそに、授業は着々と進んでる。
夢翔と白は、警戒こそしているものの緊張はない。
まるで何度もあったかのように。
しばらくして、授業の終わりのチャイムが鳴った。
授業中に何もなかったのはいいが、このまま体育館を出たらついてきそうだ。
皆が体育館を後にする中、白と夢翔が目配せをしてきた。
友人の輪から抜け出すと二人のもとへ行く。
夢翔が相手を睨みつけながら俺に言った。
「アイツは『ガータ』。メケよりは強いし、動きも速い。暴れ出すと、仲間を呼ぶ匂いを体中から出すんだ」
「俺、何もできないけど」
そう言うと、夢翔がニッと笑う。
その手には金属パイプ。
「白狐に持ってきてもらった」
俺に渡しながら夢翔が言う。
鉄パイプを握りしめると、紙のようなざらっとした感触がある。
見ると、何かが貼ってあった。
夢翔が説明をしていく。
「御札。うまく突きさせたら、適当に思いついた言葉を言って。」
まさかとは思うが、これで戦えとか言うんじゃねぇだろうな。
「白狐と一緒にガータの動きを止めて」
相手から視線を反らすと、夢翔が真剣な顔でこっちを見た。
「危なくなったら援護する。」
茶色の瞳に自分の顔が映る。
なぜかは分からないが、その言葉にひどく安心してる自分もいた。
「分かった。やるよ。…援護はいらない」
覚悟を決めて相手を見る。
白狐が唸りはじめた。
「いくよ」
その言葉が終わるか終らないか、ガータが消えた。ように見えた。
いきなり目の前に現れる。
白狐が蹴りあげると、ガータは空中で消えた。
「夢翔!」
白狐が叫んだ。
夢翔のすぐ横にガータがいる。
顔色一つ変えずに、夢翔は何かを唱えた。
途端にガータが苦しみ始める。
暴れ出した。このままじゃまずいと本能が告げた。
仲間を呼ぶための臭いだろうか、異様な臭いがほのかにする。
がむしゃらに、ガータに向かって金属パイプをブン投げた。
どんな偶然かガータの額に突き刺さる。
「御神の札、我に応えよ 汝を主に捧ぐ」
自然に体が動いた。人差し指と中指を立てると、顔の前に置く。
「奏で、呼べよ 龍神の駕籠を!」
十字を切る。
その途端、青白い光とともに轟音が走った。
光の先端がガータを貫く。
「…!」
夢翔が鈴を取り出した。
「この世に来たる闇のものよ 汝、主の導きのもと 聖なる音色へ帰れ」
スッ、と手をあげる。鈴が透き通るように鳴った。
「臨!」
鈴の中にガータが吸い込まれていく。
呆然としてると、白狐と夢翔が駆け寄ってくる。
「龍牙ナイス!!」
俺は手のひらを肩の位置まであげた。パァンと爽快な音が鳴る。
初めて戦いに参加した。
勝手に体が動いた、あの感覚。
見てるだけだった前回とは絶対に違う感情。
何が何だか分からないけど、これだけは言える。
これからこの『恐れ』と戦わなくてはいけないということは。
ボーっとしてる俺をよそに、4時間目始まりのチャイムがゆっくりと鳴った。




