宿泊
「おじゃましまーす」
「誰もいねーから」
部屋を指差して、あがれと言った。
今日は両親がいないから都合がいい。
だがしかし、白狐の後ろにいる人影が気になる。
「なんで、お前もいるんだよ」
「いや、お前の両親いなさそうだったし、今日泊まるとこないし」
白狐の陰からちょっと顔を出して夢翔が言った。
まぁ、親が旅行なら別にいいか。
―いろいろ聞きたい事もあるし。
ぞろぞろと俺の部屋に行くと、夢翔はベットに腰掛けた。
白狐はその隣に座る。俺は自分のイスに座った。
「なぁ、今日でてきたアイツらの事だけど…」
そこまで言って二人を見ると、こっちの話を聞いてない。
二人の目線の先を見ると、自分の龍笛(横笛)があった。
昔、祖父に作ってもらった特注品だ。
夢翔が俺を見る。白狐も俺を見る。
「…なんだよ。弾けってか。」
二人一緒に頷く。打ち合わせでもしてたかのようにぴったりと。
「やれやれ」
ため息交じりにそう言うと、立ち上がる。
龍笛を手に取り、唇をあてた。
「ちょっとだけだぞ。夜だし」
二人の返事を聞く前に、静かに笛が鳴りはじめた。
笛じゃない、他の音が一瞬。聞こえた気がした。
「…終わり」
そう言って龍笛を置くと、二人を見る。
夢翔が目をキラキラさせながらこっちを見ていた。
「すごいな!龍牙すごいな!」
小さい子みたいにはしゃいでほめる。
なんか、照れくさかった。
「どーでもいいけど、早く風呂入れ。」
顔を見られたくなくて、わざと顔を反らして言った。
夢翔は相変わらずキラキラしながら部屋を出る。
風呂の場所は探すだろう。
出ていったのを確認してから、イスに座った。
白狐を見ると、寝てる。多分演奏してるときから。
まだなんか照れくさい。頭をかきまわして自分を落ち着かせる。
「なんなんだよ…」
「なにがだ」
一瞬時が止まった。いつの間にか白狐が起きてた。
白狐があくびをしてるところを見ると、さっきまで寝ていたことは確かだ。
「なぁ」
「ん」
白狐が口を開く。
「お前、夢翔好きか?」
また時が止まる。
好きかって、出会って初日でそれはないだろう。
友達としてって事か?どうなんだ?
とりあえず答える。
「友達だったら面白い」
「そうなのか?」
白狐が目を丸くして俺を見る。
俺はとりあえず頷いた。
すると、白狐がズカズカと近づいてきた。
「アイツの友達か!?」
その言葉に違和感を覚えたが、頷いた。
いきなり体が宙に浮く。
なんつー力してんだこいつ。
175センチ以上の俺を簡単に持ちあげやがった。
「って、おい。降ろせ」
さすがに自分と同じ年ごろの男に持ち上げられるのはダメだろ。
白狐は素直に降ろした。
「お前いい奴だな! 名前なんだっけ、りゅうご?」
「りゅうがだ」
そうそう、といいながら白狐は上機嫌でベットに座った。
俺はまた自分のイスに座る。
「なぁ」
さっき感じた違和感。
まるで、いままで誰とも親しくしたことがない みたいな言い方。
「夢翔ってここに来る前は、どこに?」
白狐が目を伏せた。
重たい沈黙が長い時間続く。
「それは…」
「どひゃーーーー!!」
やっと白狐が口を開いたと思ったら、とんだムードクラッシャーだ。
俺は驚いてイスから落ちる。
白狐はベッドにひっくり返ってた。
「なんなんだよお前!!」
俺が叫ぶと、夢翔は濡れた髪を振り乱して言った。
「階段!階段にゴキブリが!!」
どっから持って来たんだか、新聞紙を丸めて俺に渡す。
こいつ、あのバケモノは平気なのにゴキブリは嫌なのか。
意外に思いつつ廊下に出る。夢翔が後ろからヒョコヒョコついてくる。
上から5段目に黒光りするものがいる。
つぶすのはさすがに嫌だな。
軽ーく叩いて気絶させた後、新聞で丁寧に包んできちんと燃えるごみに捨てる。
…このゴキブリめ。
せっかく聞けそうだった話が、聞けなかったじゃねーか。
もう出てくることは無いであろうそれを少しにらむと、ごみ箱のふたを閉じた。
その夜は何も起きなかった。
夜、誰も知らないところで 龍笛が光っていたこと以外は―




