出会い
出会いは普通だったんだ。
出会って5分で普通じゃなくなった。
5分間で俺の人生は、180度向きを変えた。
でもよかったと思えるのは、お前がいたからだと思う。
「おい、リュウ!起きろよー!」
月曜日の放課後、同級生の声で目を覚ました。
いつの間に寝たんだろう。ボーっとしながら頭をかく。
「何寝てんだよ!早く来い!」
同級生の一人が興奮気味に腕を引っぱる。
状況が読めません、という表情をすると説明が入った。
「A組の花音さんが、お前に言いたいことがあるってー!」
「はぁ・・・」
またか。今週は3回こういうことがあった。
うれしくないわけでは無いが、正直断るのがめんどくさい。
今回だって、断ったら絶対泣かれる。
(泣かれるとどうしていいか分かんねーんだよなぁ)
無理、と言って立ち上がった。同級生が必死になる。
「花音さんって、めっちゃ可愛いから!一回会ってこいよ!」
「いやだ。帰る」
「―――で、龍牙はどうしたの」
次の日の朝、幼馴染と登校してる間に昨日のことを追及される。
綿アメみたいな真っ白い雲が、青々とした夏の空にひろがっていた。
蝉の声が鬱陶しいぐらいによく響く。
「だから、そのまま帰って来たっつの」
カワイソー、と美菜が言った。
学校に着くと、美菜から離れて教室に行く。
同級生と挨拶を交わしながら席に着いた。
他愛もない会話をしていると、時間を告げるチャイムが鳴る。
生徒があわただしく席に着く。ドアが開くと、やや太めの教師が入ってきた。
隣には、初めてみる女の子。転入生だ。
教室がざわつく、そりゃあそうだろう。
初日にジャージを着てくるとは、どんな奴だ。
前髪をまとめて上にピンで止めている。
タレ目で、色素の薄い瞳をしていた。
先生が、自己紹介をしてください と言う。
すると、くるりと黒板の方を向いて名前を書いた。
カッカッ、と軽い音が響く。やがてカンッとチョークを置くと、振り返った。
「松乃夢翔」
やけにはっきりした声だ。想像してた声とは違った。
「じゃあ、席は・・・龍牙の隣にするか」
先生が俺を指差す。うっかり頬杖から落ちるところだった。
音もなく隣に座る。近くで見ると細い。すごく華奢な奴。
変にジロジロ見たせいか、目があった。
「よろしくおねがいします」
小声で言って手を差し出される。反射的に握手した。
その瞬間、思いっきり腕を引かれた。女の子とは思えない力で。
バランスを崩す。その華奢な体に覆いかぶさった。
教室のざわめき。その中に透き通った音が響く。――鈴?
「ついてきなよ、相手してあげる」
「は?」
俺の下にいる奴が、上をまっすぐ向いて言った。
目線がこっちじゃない。勢いよく天井を見た。
(な、なんだ、アレ・・・)
真っ黒な物体が天井を這ってる。
目のあたりはくぼんでて、口は不気味に笑っていた。
みんなは気付いてない。
目が合った。くぼんでるのに、直感的に目が合ったと感じた。
『お前、見えるのか』
「え、うぁ!」
頭に直接声が響く。恐怖で固まっていると、また引っ張られた。
そのまま教室の外に引っ張り出される。
「おい、お前!」
「騒ぐ前に走った方いいよー?」
ピッと指差された方向には、あの黒い物体がいた。
ガサガサとこっちに向かってくる。
「こっち」
背中を押されて走り出した。
長い廊下を全速力で走りきると、つきあたりにある階段を二段飛ばしで駆けあがる。
「こ、この学校って、屋上あるー!?」
息を切らしながら、前の奴が尋ねてくる。間髪いれずに返した。
「このまま登りきれ!」
「分、かった」
そう返事すると、少しスピードをあげた。
こんなに階段を全力疾走したのは初めてだ。
目の前に扉が見えた。
バンッ!と派手に扉を開くと、屋上に転がり込んだ。扉を閉める。
「おい!アレ何なんだよ!お前何だよ!ここにきてどーすんだよ!?」
溜まっていた感情をぶつけると、静かに答えた。
「あいつはメケ。あたしは夢翔。ここに来たのはあいつを倒すため。」
「はぁ…」
頭が混乱してる。メケ?なんだよその生き物。倒すってどーやって。
いろいろ聞きたいけど頭に口が追いつかない。
夢翔が口を開いた。
「そろそろ来るよ」
一瞬疑問に思ったが、すぐに分かった。
扉にできた黒い滲み。閉めた時には無かったものだ。
ズズッと、かたまりが出てきた。
ゆっくりと原型に戻る。
さっきと同じ形の口元、くぼんだ目。
「どうやって倒すん…」
俺が聞く前に、何かが横をすり抜けた。
そのままメケに突っ込むと、回し蹴りで吹っ飛ばす。
白銀の髪に黒の瞳、スラっと伸びた長身。
不思議な雰囲気をした男が立っている。
夢翔が何かを取り出した。凛とした音が響く。
鈴だ。
「この世に来たる闇のものよ 主の導きのもと 聖なる音色へ帰れ」
バッと手を上げる。鈴が鳴った。
「臨!」
言い終わった途端、ブワァっと風邪が巻き起こる。
さっきの蹴りで気絶していたメケが、ふわっと宙に浮いた。
そのまま、風と一緒に鈴に吸い込まれる。
風がやんだ、あたりは静けさを取り戻していた。
とりあえず座って、フェンスに背を預ける。
少し落ち着いてから、夢翔に尋ねた。
「ところで、なんで俺まで連れてくる必要あったんだよ」
すると、隣に腰掛けながら夢翔が答える。
「上からメケがお前を狙ってたんだ。弱いけど憑かれると面倒だし。」
喋り終わると同時に、授業の終わりのチャイムが鳴った。
いろいろあって、授業とか今はどうでもいい。
「一時間さぼっちまった」
ボーっとしたまま言う。何か忘れてる気がするけど、今は考えたくない。
「あ」
夢翔が声をあげる。
何?という顔で見ると、まっすぐこっちを見て言った。
「お前の家って、『護りの壁』あるか?」
「は?」
守りの壁?なんだそれは?
「あるのか?」
夢翔がもう一回言った。とりあえず答えは一つしかない。
「あるわけないだろ」
俺が答えると、ふーむとあごに手を当てて考え始めた。
そして、ウンとうなずくと、俺の方を見ていった。
「お前の家に泊まる」
「え?」
二時間目の始まりのチャイムが鳴る。
けど、そんなことはどうでもいい。
「なんで」
とりあえず理由を聞いた。納得できるか分からないけど。
すると、夢翔が答え始めた。
「お前はあいつらが見えただろ?それで…、メケと目があった。ちがう?」
確かに、あの時目があった。俺は頷く。
「じゃ、お前の存在はメケみたいなやつらに全部知れ渡った。
あいつらは自分たちが見えてる人間を見つけては襲ってくるからね
とりあえず番してあげる」
なんてこった。
あの時目を合わせただけで、襲われるのか!?
「守りの壁は明日つくってあげる。ま、あいつらが来るか来ないかは分かんないけど…」
「でも泊まるったってお前女だし…」
一番気になっていたことを言うと、夢翔がハッとする。
まさか、考えてなかったのか。
しばらくしてからパッと顔をあげた。
「男のかっこうすれば…!」
「声でばれるだろ」
また下を向く。その時、急に思いだした。
「なぁ、あの メケを吹っ飛ばしたアイツどこ行ったんだよ」
すると、夢翔がバァッと顔をあげる。
「そっか、白狐に行かせればいいんだ」
「えー、俺行くの?」
ビックリして上を見る。影が真上を横切った。トッ、と軽い音を立て着地する。
さっき一瞬だけ見た銀色の髪。
「いたんだ」
夢翔が意外そうに白狐を見て言った。
「戻るのめんどくさかったしね。」
頭をかきながら言う。
「じゃ、白狐は今夜よろしく」
俺の隣の奴にそう言われると、白狐はムスッとしながらもヘイヘイと言った。
「今日一日散々だった」
「いやー、すいませんね」
生徒がぞろぞろと帰っていく中、二人で机に向かって問題用紙を解いている。
あの後勿論先生に叱られた。
その時に、このプリントを放課後に解いて持ってこいと言われたのだ。
内容はそう難しくない。中三に習った範囲の英語だ。
「まあ、これぐらいならすぐ終われるか。」
そう言いながら夢翔の方を見ると、手が止まってる。
「夢翔?」
「解けん」
「へ?…これ去年の範囲だけど」
「英語は嫌い」
プクッと頬を膨らませて、そっぽ向く。
膨らんだほっぺって、どうしても押したくなる。
そーっと指を近づけると、グッと力を入れた。
「ブッ」
「っはははは!!」
「ちょ、コラ!」
夢翔が真っ赤になって掴みかかってくる。
って、いつからこんなに仲良くなった?
たった一日で。
「龍ー、帰ろー!」
ガラッと扉をあける音と同時に、明るい声がとんできた。
「美菜」
見慣れた幼馴染が帰り支度をして立っていた。
夢翔が美菜を見てきょとんとしてる。
「あいつ、幼馴染。」
軽く指差して教えた。指差された美菜がああ、と夢翔に近づく。
「転校してきた子でしょ?」
美菜がスッと右手を出した。
「えっ、あ、えぇぇ、あのっ」
夢翔が真っ赤になってわたわたしてる。
なんだ、俺の時はこんな表情してないぞ。こいつ。
美菜はクスッと笑って夢翔の右手をとった。
「あたしは華野美菜。龍牙の幼馴染だから。みなってよんでね!」
右手の先でトマトみたいに真っ赤になってる奴がいる。
「ま、まつのむと 」
思わずロボットかとつっこんでしまいそうなぐらい、カクカクの自己紹介。
―――と、そんなことしてる場合じゃなかった。
「夢翔、英語なら美菜が得意だし 教えてもらえ」
「え、とぇぇう?」
落ち着け、と言いたくなるがあえて黙っておいた。
美菜は首だけ反らして必死に笑いをこらえてる。
1人テンパってる夢翔を見て、カラスが笑いながら飛んで行った。




