夜明けの方舟
◆ Prologue
大人になるという事は、えてして大きな苦痛と変革を伴うものです。
規律から逸脱した行為すら「若気の至り」として無条件に容認される子供という免罪符は、多くの場合、成長と共にその効力を失っていきます。私たちは誰しも青春期という甘やかな庇護の温室から容赦なく追い出される運命にあるのです。背中を突き飛ばすのは時間という冷酷な押し売りであり、私たちがどれほど足を踏ん張り抵抗運動を試みようと、全ての子どもは容赦なく大人という名の荒野へ突き落とされるのです。 そうして、成長の過程で思い描いた不相応な理想を一つひとつ手放し、眼前に佇立する極めて冷徹で酷薄な現実を直視する必要に迫られるのです。
私のモラトリアムは過ぎさりました。子供のままでいたいという哀切な願いは社会とか神様とかに突っぱねられましたが、さりとて社会から大人と認められたからにはその責任を果たさなければなりません。中身が変わらないまま外側だけ成長するなんて見苦しい事はしません。不相応な理想を掲げる事もやめます。現実で上手くいかずに甘い空想の世界に逃げ込むこともしません。暗い未来に辟易するのもやめます。本音と建前もそつなく使い分けますし、会話の最初を、「でも」とか「だって」みたいな否定や言い訳から入るようなつまらない真似もしません。努力不足を周囲のせいにするのも、気に入らない事があれば喚き散らすのも、責任を逃れるのも、世の中を知ったような口調も、思慮が不足した発言も、あれもこれも全部やめです。嫌な仕事も文句ひとつ言わずにやります。社会に出た折には教育と勤労と納税の義務もしっかり果たす所存です。 私は今までの3年と半年を経て、持っていても何一つ意味を成さないセンサイでジュンシンなコドモゴコロを社会の歯車にポイと投げ捨てて粉々に砕き、すっかり理想を諦めて現実を受け入れたのです。
……ええ、本当です。嘘偽りのない、本当の事なんです。
◆
私の通う大学は有史以来様々な歴史の分岐点の傍らで続いてきたと言われています。かの本能寺の変における裏工作や小田原征伐における兵糧攻めの策、明治維新の黒幕たる人物の擁立に至るまで、ことごとく我が大学の卒業生が一枚も二枚も噛んでいたと、事の真偽はともかく脈々と伝説として語り継がれています。かつて資料室の奥底で発掘された古びた紙束の記録によれば、このキャンパスが隆盛を極めていた頃には数千人もの学生が押し合いへし合いしながら講義室へと怒涛の勢いでなだれ込む様子があり、またサークル勧誘の立て看板とパイプフレー厶のテントが大学中の通路を埋め尽くしていたといいます。サークル活動の主体となる三回生や四回生は、初めてのキャンパスライフに心を躍らせる新入生の手に勧誘のチラシを無理やりねじりこみ、両手が塞がっていれば口の中にすらねじりこむのが美しい伝統(?)となっていたそうです。野蛮な時代もあったものです。
キャンパスライフ。幾多の青春の謳歌。期待に胸を膨らませて進学した私を待っていたのは、しかし、見事なまでの限界集落でした。それもそのはず、大学が賑わっていたのは一世紀以上前の出来事です。今の講義室は昼夜問わずガランドウで、生徒数が2桁を上回る事など奇跡に等しい惨状でした。サークル活動も、教授と全学生の顔と名前が一致するどころか家族構成や誰が誰にフラれて夜通し涙を涸らしたとかという秘しておきたいアレコレも筒抜けになるくらい人数が少ない昨今では困難を極めるものです。
人はいない。サークルはない。友人や恋人は……察シテクダサイ。かくして半強制的に押し付けられた退屈と引き換えに手渡されたのは、好きなだけ講義を受け、好きなだけ勉強し、好きなだけサボタージュするチケットでした。
そしてここ数日のところ、チケットは専ら怠惰を貪るために浪費されていました。
人はいつから足元しか見られなくなるのか、疑問に思います。 これは精神的な比喩ではなく、物理的な現実としての素朴な問いです。 まだ年端のいかない少年少女の時代は、誰しも溢れんばかりの希望を抱き前を見て進み、満杯の夜空に心を躍らせたものです。ですがどうでしょう。大人は歩道に落ちているゴミや自分の擦り切れた靴先を見るばかりで、頭上に広がる無限の空にはまるで関心を払おうとしないのです。 精神の視野狭窄が肉体に伝染するかのように。
視野狭窄な私が芝生に寝転がって空を見上げるのは実に数年ぶりの事でした。
平日の午後にキャンパスの隅でだらけるのは、謂われない背徳感と快感があります。だらけてばかりの私の頭上を、一羽のカラスが羽音も立てずに飛び去っていきます。
午後の講義が終わり、下宿への帰宅を残すだけになったものの、帰宅したところで待っているのは薄暗い部屋と静寂だけです。だからずっと、キャンパスの隅で涼しい秋の風を全身で浴びて時間を潰していました。大抵この時間帯は、僅かに残った学生が数人帰路につき、その後は誰も通りません。世界が私一人を残して静かに休止状態に入ったかのような錯覚に陥ります。
だから、その来訪は私の警戒の埒外にありました。頭上を覆っていた木漏れ日が、すっと影に遮られます。逆さまの教授の顔が私を覗き込んでいました。アンティークショップの陳列棚に飾るべきレベルのオンボロなノートパソコンを片手に抱え、使い込まれた革のブックカバーに入った厚い資料を携えていました。
「もう大学を閉める。出て行きなさい」
容赦のない声が降ってきました。 予想外の通告に私は体を起こし、キャンパスの中央に佇む時計塔を見上げます。二本の針は11時14分を指したまま、何年間も止まったままでした。自分の手首にはめた安い腕時計に視線を落とし、時計塔と交互に見比べながら首を傾げました。
「まだ午前です」
「17時だ。阿呆者」
「最近は閉めるのが早すぎませんか。まだ日も落ちていません」
「授業もない、教授も学生ももうおらん。課題の提出に来る学生もおらん……私が何もしないまま待つのも億劫だ。そういえば卒業制作の中間審査、今回は早期に提出されてるのが多い。一人を除いて全員だ」
ここで教授の言う全員とは、両手の指で数えて余る人数を指しています。私はベンチの上で膝を抱え直し、バツの悪さを誤魔化すように言います。
「今日の勉強はもう終わりました。今は、次の案を考えていただけです」
「そう言ってサボタージュを決めるつもりだろう。顔に面倒くさいと書いてあるぞ」
「むぅ……確かにそうです。ですけど、これ以上勉強しても役に立つことなんてありません。自然を知って、人類の歴史を学んで、国際社会のアレコレを学んで、建築の法律や歴史も学んで、一体何になるっていうんです。社会は高齢期を迎えたんです。明るい未来なんて、文明が健やかだった時代の贅沢品です。私一人で努力して、どう上手くやる事もできません」
「それは、そうだろうが……その捻くれた性根は、死ぬまで直らんものなのか?」
教授は、深海5000mくらいに生息してる珍妙な深海生物を見るような目で私を見ていました。次いで深いため息をします。何も言わないのに、視線が痛い。
「そんなかわいそうな目で見ないでください。それじゃまるで私がかわいそうな人みたいじゃないですか」
教授は、陸地に打ち上げられて目玉が飛び出た珍妙な深海生物を見るような目で私を見ていました。一段グレードアップです。
「……建築学科は今年度で正式に閉鎖される。君が我が学科における最後の卒業生だ。単位未認定だと書類上こちらが非常に困るが、まあ、好きなようにやりなさい。未完成の図面でも、白紙でなければ卒業させてやる」
「最大の侮辱ですね。私の誇りが傷つきます」
「誇りがあるなら期限までに提出しなさい」
そう言って背を向けた教授の影が小さくなっていくのを見て、私は文句を言いながら後ろをついていきました。気分は捨て犬です。 大学の正門で私と教授は反対方向の帰途につきました。背後で、錆びついた鉄製の大扉がギイギイと嫌な音を立てて閉まりました。
人口の減少が社会問題として取り上げられ始めたのは21世紀の初頭と記憶しています。人類という種の緩慢な老いは、誰が決めたわけでもなく、緩やかに移行していたようでした。理由を辿れば些細な事がきっかけの積み重ねだったそうです。個々で見れば当時の社会情勢や風潮によるものでしょう。世界中で出生率の低下が懸念され、自然死でいなくなっていく年配者は増えるのに、新しく生まれてくる子供の数は一向に増えません。 やがて世界人口がある境を経て決定的な下落曲線を描き始めたことを、人々は理解しました。
あ、これは無理だなー、って。人類もおしまいだなー、って。
社会構造は、次第に少ない労働人口と残された時間とリソースでどれだけ延命できるかという持久戦へ移ろいます。地方でインフラが維持できなくなると、政府や自治体は住宅や公共施設、人が最低限度の文化的な生活を謳歌できる一切合切のインフラ設備をいくつかの大都市圏に集約し、身を寄せ合うようになります。人口減少を食い止めるために若い人々には積極的な異性間交遊が推奨され、そのような政策も当人の預かり知らぬところでたくさん作られたみたいです(長期的には逆効果だったみたいですが)。私はというと、受験勉強と国家試験対策の二足の草鞋で頑張っていた頃に、結婚適齢期は過ぎていきました。私が今まで緩やかに廃れていく文明に対して何一つ貢献できていないという事実に、そして社会の一員としての役目を果たせない未来に、チクリと刺すような寂寥とうしろめたさがありました。今時はそんな若者の方が多いのですけどね。
下宿へ戻ったのは帳が下りた宵の口のことです。この下宿というのは、かの渓澗に聳え立つ、近代建築の巨匠フランク・ロイド・ライトが設計し実業家カウフマンとその家族が生涯を共にしたとされる落水荘にも似たドラマチックな建築です。
……嘘をつきました。崖っぷちにへばりつくように建てられた築●●年(プライバシー保護と精神衛生のため伏せさせていただきます)の今にも崩れそうな賃貸アパートの一角です。滝は流れていませんが雨の日は軋む音と、どこかから雨漏りの音が響きます。高名な巨匠の格言に倣うならLess is more少ないことは豊かであるどころかLess is poorユー貧しいネ!と言うのが相応しそうな、貧相な一室です。古風な趣があるといえば聞こえはいいので、この際そうしておきます。
広いのだけは取柄であるものの、人と物がなければ寂しさを増幅するだけです。本棚を埋め尽くす書籍とCD群が、どうにか殺風景を和らげていました。
部屋の全てを手中に収められない虚無感に包まれながら、私はパイプ椅子に腰を下ろしました。そうして、思索に耽ります。
思索というのはもちろん、次に描くべき卒業制作の建築物についてです。
建築とは社会の写し鏡です。時代や世相、文化、法律、立地、そして経済。あらゆる外部要因によってその姿を柔軟に変え、歴史の生き証人として我々に対して寡黙に、されど雄弁に語りかけてくる存在です。4年間の集大成として、事前に決められた敷地、容積、建蔽率、用途地域による制限、そして工期と予算。既存の文化を踏襲しつつ、独自性や施工主の意志も組まなければならない。これから衰退していく社会を僅かでも担っていく者として、私は完璧な設計図を作り上げなければなりませんでした。
けれど、カンペキな設計図を描くというのは想像以上に大きな困難を伴うものです。まして、自分自身でも納得できるものとなると難易度は跳ね上がります。
実のところ、教授が懸念した課題提出の期限の差し迫るのとは裏腹に、いくつかの案は既に完成していました。しかし。私が卒業制作に向けて描いた図面はどれもコンセプトに沿ったオリジナリティ溢れる独創的なアイデアを含んでいたはずですが、どこか精彩を欠いているような気がしてなりませんでした。
卓上のケント紙に描かれているのは、芸術と光を主軸に人々が交流する場というテーマで描かれた文化会館でした。
鉄骨構造を大胆に露出させた構造は、有機的な曲線を描く大屋根を支え、巨大な天窓からは柔らかな自然光がホール全体に降り注ぐ構造になっています。ガラスの曲げ加工技術を駆使して作られたヴェール状のダブルスキン外壁は、太陽の移動や刻一刻と変わる時刻によって表情を変化させ、建物内部にいる人々にまるで海底から地上を見上げているかのような陶酔感を与える設計でした。
現代建築の基礎的な構造を組み込みつつ、可動式パーティションによる柔軟な空間区切り、立体的な階層のスムーズな接続、そして立体トラス構造を活用した大断面の梁を採用することでプライベーシティと空間の一体感を高次元で両立させた、自他ともに認める意欲作……のはずでした。
私がこの4年間の内に書いた図面の中で最も良いものに違いなく、このまま提出しても十分に良い評価は貰えそうなものですし、本制作へ移行できるだけの情報量も持っています。
ですが、悪く言えば、これは既存の建築の域を出ないものです。
ある意味で、目に見えるわかりやすい欠陥がある構造物よりもたちが悪いと言えるでしょう。破綻がないのは既存の建築を巧みにトレースし、安全な領域から一歩も出ていない結果だからです。何も知らない素人なら騙せるでしょうが、目の肥えた審査員や教授が見れば、それが他人の作品を少しずつ模倣した創造性のないパッチワークととらえられることでしょう。
直近の目標は、これを単にまとめることではなく、この退屈な正解をいかにして突き破り、自分らしさを突き詰めていくか、という点にありました。しかし、答えがない問いを埋めるのは想像以上に困難です。
0を1にする作業は、今まで言われた事を卒なくこなすことだけに注力してきた私には困難極まります。まして、刻一刻と差し迫る期限の中では思うように頭も回りません。独創性という言葉は賽の河原のように思えました。積んでも積んでもやり直し。独創性は、逆境の中では見出されませんでした。
色々迷って、とっかかりを探す為に補足資料を探しました。
部屋の押し入れの奥をひっかき回していると、専門書や大量の歴史書が雪崩のように転がり出てきます。 その中に、一冊の古びたキャンパスノートが混ざっていました。大学一回生の頃に使っていた授業のメモ書きや、当時考えていたいくつかの拙い物語のプロット案が書き殴られたものでした。
こんなもの、いつ書いたのでしょうね。確認も兼ねて開いてみました。
『こんな絶望的な世界は間違っている。なぜ自分はもっと早くこの狂気に気づかなかったのだろうか。あらゆる深刻な社会問題は放棄され、若者の未来は閉ざされている。意欲の減退。労働の強制。そして資源の減少。これは過去の甘美な遺産を貪り食い、この不条理な現代社会を作り上げた身勝手な大人たちの無責任な罪であり——」
そっ閉じしました。
イヤーッ!と心の中で悲鳴を上げます。背中を嫌な汗が伝います。 猜疑心と妄執に囚われ、毛を逆立てたハリネズミの如くチクチク世界を攻撃し、悲劇のヒロインとして空想の世界へ逃げていた過去がそこにありました。大学一年生、思い描くキャンパスライフと現実との乖離。いずれ来たる就職という懲役四十余年への根拠なき恐怖。あれもこれもどれも上手くいかないすべてを周囲のせいにしていたイタい記録がそこにありました。すっかり忘れていた……一生忘れたままでいたかった……。
窓を思い切り全開にしてポイと投げ捨てたらさぞ気分も晴れるだろうと思いましたが、万が一にも誰かに拾われたら死んでも死にきれない・・・・・・いや間違いなく恥ずか死を遂げる事になるので思い直して引き出しの奥深くに封印しました。できるならこのまま鍵を掛けて二度と誰も開けないようにしたい。
これはアイデアの引き出しではありません。もっと、良いアイデアは別にあったはずです。こんなものではなく。そう、それはなんであったか……。思い出すに足るきっかけはつかめず、ほどけた思考は指の隙間からすり抜けていきました。
◇
その日は空を曇天が覆っていました。午後からは雨が降ってくるかもしれず、気分は平時よりも少し晴れやかでした。私は、卒業制作の補足資料を探すため久しぶりに大学の付属図書館へと赴きました。 木製の扉をくぐると、掲示板に一枚の重要そうな通達が張り出されているのが目に入りました。
『利用者の不在、および維持管理費削減のため、当図書館は本年3月を以て正式に閉館いたします』
どうということはありませんでした。以前より老朽化の話は聞かされていましたから「ああ、ついに来たか」という感想を持つだけです。予想していたよりも少しだけ時期が早かったということ以外は。
館内では自治体の廃棄処理ルートや公共団体への寄付へと回される予定の書籍が、ダンボール箱に山積みにされていました。 カウンターにいた老管理人に声をかけると、処分予定の本なら好きなだけ持っていっていいと力のない笑顔で言われました。処分するにも人件費と輸送費がかかる時代。無料で引き取ってくれるなら、大学側としても願ったり叶ったりなのでしょう。
しかし、国民の税金や先人たちの寄付によって集められた知識の集積を、個人がタダで大量にせしめるというのは、何やら不当に利益を享受しているようで、ほんの少しの後ろめたい不安が残ります。……そんな憂いは、同じ本を狙うライバル学生がいたらどうしようと考えた瞬間に霧散しました。急いで掘り出し物を確保しなければ!
ですが、私の危機感は完全な杞憂に終わりました。
この宝の山を前に目を輝かせながら品定めにうつつを抜かす学生がいれば後ろから刺すくらいの気概でいましたが、私以外にその無用な気概を持つ者は一人もいませんでした。このだだっ広い館内にいる学生は一人だけです。
さて。良書ばかりと思っても、意外と一度読んだだけで満足してしまい、手元に置き続けたいと思わない本は多いものです。私はこの宝の山を前にして、不自然な手持無沙汰を演じる羽目になります。
幼い頃に角が擦り切れるほど愛読したサン=テグジュペリの星の王子さまLe Petit Princeや絵本作家のアンディライリーによるコミカルな自殺うさぎの本THE BOOK OF BUNNY SUICIDES。何十年か昔に休刊になった“新建築”のバックナンバーや端が擦り切れた建築基準関連法令集(ずいぶん昔に法律が変わったので試験では使えません)まで興味をそそられる書籍はありますが、読み返すほどのものではありません。
館内には、本の整理を進める大人が数人働いていました。その中に、見覚えのある白髪の頭がありました。教授は作業の手を止め、私に気づくと本から顔を上げました。
「なんだ。お前もいたのか」
「この節はどうも。卒制の中間、遅れていてすみません」
「言っても無駄だから催促はせん」
教授も他の大人たちと同様に閉館に伴う資料選別作業のために駆り出されているようでした。手にしているのはレイ・ブラッドベリの華氏451度です。それも旧訳版。変色して黄色どころか茶褐色に染まり、湿気を含んでページが波打っています。
「英文学、お好きなんですね」
「好きだった、というのが正しかろう。もう今では本を読んだとして何の役にも立たん」
レイブラッドベリが描いた華氏451度は、人々が思考を捨て、自発的に本を手放した末に訪れるディストピアを描いた作品でした。かつて中等教育を受けていた頃の私は、その未来を先見したような内容や残酷な社会構造に、なんと恐ろしい未来風刺かと身震いしたものです。しかし現実がたどった足跡と比べれば、レイブラッドベリの世界観もどこか楽観的で華やかに思えます。少なくとも、登場人物の多くは思い描く幸福に向かって努力していたはずです。
「もしこの世界に昇火士がいたとしてですよ……」
ふと、あの書籍を読んで抱いた疑問を口にします。
「世界にこれほど本を読む人間が少なくなってしまったなら、いっそ本を焼くよりも『本を読む数少ない人間』の方をピンポイントで焼いチャった方が効率が良いんじゃないですかね」
「その場合、真っ先に焼かれるのは君になるが」
「やだなあ。私は誰がどう見ても人畜無害で善良な学生です。社会に対して不満なんて抱いていません」
教授は手にしていた本から目を上げ、私の顔をじっと見つめました。それから何度目かの短いため息を吐き、茶色いページに指を挟んで本を閉じます。
「善良な学生は、効率的な知識人の減らし方を考えたりせんだろう」
「さようでございますか」
華氏451度は処分予定の箱に再び戻されます。 古い書籍と言えど、それなりに価値はありそうなものでしたが。
「処分予定の書籍のほとんどは著作権の保護が切れているようでな。タブレット端末で読めるように電子化もされているだろう。物理媒体で所有する事に価値を見出さないならこれらは無用の長物だ。焼かれたとして、どうもならん」
新潮社から出版されていた斜陽(初版?)や昔の講義の録音資料も混ざっていました。
「最近の本はないんですか?」
「書く人がおらんよ」
「ですよねぇ」
処分用のダンボール箱に入っていた斜陽を興味本位から手に取ったものの、表紙の裏に虫食いが発生していました。何やらの本の中で小さなナニカが蠢いた気がしたので悲鳴を噛み殺して手を放してしまいました。横に置いてあった古いテープは既に劣化を始めており、持ち上げようと端を掴んだらなんの抵抗もなく割れました。プラスチックのボビンに巻かれていた磁気テープがぴよよーんと跳ねて解けていきました。なるほどこれは破棄も納得です。 何か面白い資料があればと思ったのですが。
ふと、貸出カウンターの隅に目が留まりました。
いつからか勝手に置かれている、作りかけのサグラダファミリアの紙の模型。誰も触らないから、本物がたどった数奇な境遇と似ていつまでも竣工を迎えないままです。
「このサグラダファミリアの模型、完成させる気なかったんですね」
「完成したらサグラダ・ファミリアではなかろう」
この未完成の紙の塔は、図書館か、図書館の蔵書と同じくらい長い歴史をたどっていそうなもので、全体が大きく退色しておりました。指で軽く突っつくとカサカサと切ない音が響きます。未完成である事がアイデンティティになるのはずるいなーと思いました。じっと紙の塔を見ていると、教授は何かを察したのかサグラダファミリアを私の手に押し付けます。
「君の卒業制作にそれを出してもいいぞ」
「ズルして卒業しても嬉しくないです 」
「空いた時間は資格勉強に使えばいい」
「よくないよくない」
「卒制展では学外から著名な建築家や審査員が来るだろうが 」
「なおさらよくない!」
大慌てで紙の塔を教授の手へと押し戻します。教授はつまらなさそうにそれを元のカウンターの隅へ戻しました。危ないところでした。
「お前、この後の予定はあるか」
「ちょうど昼寝の予定が控えていたところです」
「その調子ではどうせ暇だろう。人手が足りなくて困っていたところだ。手伝いなさい」
「私なんてとても力にはなれません」
「謙遜するものではない。力になれなくとも気にせん」
「教授が気にしなくても私は気にします」
結局のところ、最初から選択の自由はありませんでした。それでも何もせず自宅で鬱々とするよりはマシだったのですけどね。体を動かせば、何かひらめきも浮かぶものでしょう。
手伝わされた作業というのは、閉架書庫から廃却対象の古い資料を引っ張り出し、ダンボール箱に詰めて搬出口まで運ぶという単純労働を指します。指示された通りに箱を運ぶだけの作業は退屈でしたが、大人になるための訓練と自分に言い聞かせ文句も言わずに淡々とこなしました。
図書館の構造や建築的な動線設計自体は、講義で設計する時に学びました。ですが、こうして関係者以外立ち入り禁止の裏側に立ち入るのは初めての体験です。「図書館の裏側って、こんな迷宮みたいになっているんだ」と、胸の奥が少しだけ高鳴ります。
作業の合間、私はずっと胸の内にくすぶっていた悩みを、教授に打ち明けるべきかどうか深く迷っていました。なんだか少し気恥ずかしい気分です。けれど、他に頼れる友人や先輩もいない私は、意を決して問いかけてみることにします。
「教授……少し聞いてもいいですか」
「ああ、なんだ」
「あれからいくつか図面を考えてみたんです……ただ、どうにも上手くいかなくて。どうしても、どこか退屈で、テーマや軸が薄いなって感じてしまうんです」
教授は抱えていた本を箱に収めると振り返ります。
「君自身、好きな建築はあるのか」
「休日が好きです」
「建築の話を問うたつもりだが」
「あー……えーとですね、良い建物は、基本的に好きです。でも、テーマやコンセプトがはっきりしてる建築はもっと好きです。三鷹天命反転住宅とかキューブハウスとか……本当に好きな物、良い物を作ろうという意志が伝わってくると、違うなと思います。伝えたいものがあるって素敵ですよね」
私が答えると、教授は静かに腕を組み私を見つめ返しました。
「今のお前が書いている図面には、好きだと思う事が詰まっているのか?」
「それは……」
私は次の言葉を詰まらせました。教授にしてみれば何気ない問いだったのでしょう。怒られないため。褒められるための芸術。そこに自分がどうしたいという意志はあったでしょうか?
好きだから作るという気持ちは、当初はあったのでしょう。しかし今の自分にそれがあるか問われると、途端に自身をなくしていくのです。好きを否定されたくなかったから、逃げていたのでしょうか?
「好きなようにやりなさいと言ったはずだ。本気で好きなものを、人は笑ったりしない」
教授からのありがたいお言葉を聞いた後も、胸を覆う重い憂いは消え去りませんでした。
◆
専門誌のバックナンバーと、レポートの為に必要な最近(といってここ20年内に)出版されたいくつかの本だけを抱えて、私は図書館を後にしました。うつつを抜かす者がいれば後ろから刺すくらいの気概を持った学生に刺されてはいけないので、足早に図書館を去らねばなりませんでした。現代社会は何かと物騒ですからね。
当初はそのまま帰る心づもりでした。
外に出たなら他にもついでの用事を済ませようと考えたのは、つまるところただの気まぐれに過ぎませんでした。いつも通っている駅を反対方向に乗り、卒制の敷地として指定されている場所へ赴きました。久しぶりのフィールドワークです。
ここは取り壊しの決まった公園でした。かつては国際的な博覧会の会場として莫大な予算を講じて作られた敷地なのだそうです。次代の技術が毎年のように考えられていた時代。まだ人々が未来に進んでいこうとしていた時代の栄華です。人は希望を思い描いて進んでいくものです。その頃の人々は希望を未来に見出していたのでしょう。
博覧会が終わっても膨大な敷地跡は残ります。更地になった場所には商業施設が作られ、会場がなくなってからも毎年賑わいを見せていたようでした。 まあでも、それも過去のお話です。一度老いてしまった文明は二度と若返りません。始まりと終わりはいつも一緒で、どちらか片方だけという都合の良い事はあり得ないのです。 もう二度と動かない観覧車の鉄骨。何も照らさない街灯。ぴったりと閉じられた商業施設の窓ガラス。手入れを失って雑草が生え放題になった花壇。誰もいない体育館。誰もいない屋内展示場。誰もいない広場。誰もいない公園。
空を覆うコンクリートの巨大な屋根が屋外と同化して見えました。見上げてみると、開かれた天窓から雨がぽつりと落ちてきます。もう雨か、と他人事のように考えます。雨は好きでした。薄暗くてジメジメしているのが飛び切りに最高です。
私は過去に両親と暮らした町の記憶を、この場所に不思議と重ねていました。町といいましても、都心から離れた山間にある閑静な地域です。
一歩外に出れば山野が見渡す限り続き、コンクリートの橋梁が大きな河川を跨ぎ、古い村が沈むダムがあり、どこへ繋がるのか分からないモノレールの軌道が遠くへ伸び、一番高い山の上に鉄塔が聳え立っている……そんな場所でした。
あの町にあったものといえばそれくらいでした。まだ政府の保護が人々の生活にまで侵食していなかった頃の記憶です。
郊外での暮らしは、ある日終わりを告げました。人口集約の方針に従い、慣れ親しんだ山々の風景から切り離され、都心の狭隘な区画へと移り住むことになったのです。狭い借家での新しい生活に適応するのは困難を極めました。その頃両親は余裕がなく、幼い私に愛情が向けられる機会は多くありませんでした。
友人との離別。環境の変化によるストレス。両親の会話が減っていく生活。そんなことがいっぺんにあったからか、私はいつしか誰かに感情を伝えることが苦手になり、誰かに期待することも減っていきました。
元々自分の考えを話すのが得意ではなかった私は、自身の不満を伝えるために癇癪を起して周囲を困らせるよりも、心を韜晦する方に向かってしまいました。本心を隠してばかりいて、笑顔もない。そんな態度だから余計人が寄り付かなくなって、悩みを打ち明けられる関係も持てなくなる、その悪循環です。
本当はみんなと仲良く話したかったんです。でも幼い心は素直じゃないんです。大丈夫って言葉は、本当は反対の意味なんです。
……自閉しかけていた心を開く最初のきっかけとなったのは、ある芸術の展示会に連れて行かれた時のことでした。
そこには言葉のいらない場所がありました。人と、人の温もりに触れられる場所でした。静けさの中に差す光と、そこに佇む人々の息遣い。作品を通して伝わってくる情熱。 私は、きっと感動したんです。そして自分に何ができて、何ができないのかも。言葉で感情を伝えるのが苦手な私でも、絵や空間で表現していくことはできるでしょう。
過去にはあったはずです。突拍子もない案や現実的に不可能な出来事を愛する気持ちが。なぜ建築士を志したのでしょう?好きだったからです。 私は芸術が心から好きなんです。言葉を使わずとも他人に気持ちを伝えられるからです。誰かを喜ばせる事ができるからです。どんな大層な夢も、始まりはそんな純粋な欲求の為でしょう。ただ、記憶の片隅からすっぽり抜け落ちて忘れていました。傷つかないために諦めたフリをして逃げていただけかもしれないし、失敗したくなかっただけなのかもしれません。でも、どうして気づかなかったのでしょうね。 好きな事を伝えるのは、最初から難しい事ではないなんて。
いつでも手元に置いているメモ帳に書き留めてみます。好きな事や嫌いな事、そして本当の本当に作りたいと思っていたもの。音楽が好きです。雨が好きです。建物を見上げるのが好きです。 コンクリートの打ちっぱなしを見るとワクワクします。自然と人工物とが調和している風景が好きです。でもやっぱりピーマンは嫌いです。勉強も頑張ってはいますが好きにはなれません。
そんな他愛ないコトを書くためにペンを動かしていると、不思議と昔の感覚が戻っていきます。
でも、子供時代の出来事は克明に思い出されますが、今は違います。世界を変える特別な主人公ではありませんし、不自由ない生活ともオサラバです。甘い空想への逃避もやめました。けれど、理想や夢を抱くことと決してノットイコールではありません。
私は人が好きです。人が自由に暮らせる場所が好きです。どんな優れた芸術や建物を作ろうと努力しても、人や人の温かみの無しじゃ意味がありません。誰かを喜ばせたい、人に楽しんでもらいたいって気持ちがなきゃいけないんです。どんな優れた名建築も、訪れる人がいなければ寂しいだけです。見る人のいない芸術ほど退屈なものはないでしょう。
私は小さいメモ帳に壮大な計画のアイデアを書き留めていきました。今度は、きっと上手くいくと信じて。
Epilogue
未知の出来事は代り映えのない繰り返しの日常へと移ろい、自覚的な時間は加速していくものです。 かの偉大な物理学者であるアインシュタインはこれを一般相対性理論と名付けたそうで……あれ、違いましたっけ。時間の進み方は観測者の状態によって変化するという話だった気がするので、あながち間違いでもないはずです。
つまるところ、大学生の最後の一年はあっという間に過ぎるということです。
かの一件から半年を経た後、私は学校を出る最後の建築士として卒業を迎えることになります。卒業制作を見せた後、あの気難しそうな教授は、私と出会ってから初めて満足そうな笑みを浮かべていました。それは私が四年間で初めて見た表情でした。
卒業を迎えたからには社会人生活が始まります。実際に社会に出て事務所で仕事を始めてみると、覚えるべき仕事は山積みで毎日が激務でした。学校で学んだ知識では対応しきれない場面も多く、未熟だと気付かされる日々です。けれど、誰かが私が手がけてきた仕事や成果を見て、かつて私が抱いたのと同じ憧れや夢を持つ人が現れればいいなと願うたびに、辛い事も忘れられるのです。
良いこともありました。かけがえのない友人ができたのはその筆頭と言えるでしょう。好きな事で語り合える友人がいるのは素晴らしいものだと改めて認識させられます。学校では、教授やかつていた一つ上の先輩を除いては、本当の意味で語り合える存在はいなかったのですから。
少しずつ責任ある仕事を任されるようになっているのも良いことだと言えるでしょう。これまで人の上に立った経験のなかった私は的確な判断や自分から率先して行動する事が苦手でしたから、必死に直しているところです。
これからのことはわかりません。
私の名が世界中で知られるように、これから何十年かの月日を頑張っていくつもりです。結果として誰にも知られなかったとしても、誰かの日常を支える屋根くらいにはなっているはずです。
ですが、その後の詳しい顛末をこの後に長々と書き連ねるのは差し控えておきます。いつか訪れた建物が、もしかしたら私が設計したものかもしれない。それくらいの余白を残しておく方がロマンチックでしょう。
追伸
長年の課題であった苦手なピーマンの克服につきましては、誠に勝手ながら無期限に延期されることとなりました。大人になるとは完全無欠な人間になることではなく、自身の瑕瑾や障害、些細な嫌悪と折り合いをつけて共存していく技術を身に着ける事も含まれているはずです。




