アホンダラの夕べ
掲載日:2026/09/01
陽が西に沈みかけていた。蒸し風呂のようなひといきれも解消し、ようやく 一息つける思いだった。
『何やってんねんアホンダラ!』
そんな声が何処からともなく聞こえた。
私は振り向くこともなく、歩を進めていた。しかし、その言葉はわたしに向けられたとのなのだろうか?
でも、辺に知る者などはいない。誰に向けられた言葉とも言えない。
道路工事のがたがたという圧搾音が聞こえる。
作業員に檄を飛ばす現場監督の声らしかった。でも だからと言って、私に向けられた声じゃないということもできない。そんな時 私は悟りを開く。無心になる。無我の境地にたどり着く。
周りの喧騒は遠のき、世界は徐々に色彩を失っていく。工事現場の圧搾音も、怒号の残響も、すべてはただの背景音へと姿を変えた。
私が私でなくなる瞬間。自分の境界線が曖昧になり、街の空気とひとつに溶けていく。誰の罵倒も、どんな視線も、素通りして消えていく。
だが、肩を強く叩く手があった。
「聞いてんのか、自分!」
振り返ると、見知らぬ男が息を切らせて立っていた。無我の境地は、あっさりと崩れ去った。
視線は前を向き
声は空へと消えてゆく
喧騒の中に静寂を抱き
歩みは途切れることなく続いていく
けれど世界は
私を置き去りにはしてくれない
冷たい手が現実へと引き戻し
物語は再び動き出す




