「あんまり調子乗ってると階段から突き落とすわよ!」と脅されましても
「あなた最近調子乗りすぎよ!いい?ハミルトン様があなたの婚約者なのは、家同士の取り決めだから仕方が無くなの!本当にあなたのことを愛しているわけでは無いわ!」
学園の階段の踊り場で、カーミラー伯爵令嬢とその取り巻き三人に囲まれた。カーミラーを含め四人の包囲網は、私を踊り場から逃がさないように、柔らかく周りにまとわりつく。まるで漁業で使う網みたいだ。
「そうですか。家同士の取り決めは事実ですし、ハミルトン様が何を考えているかは知りません。本当に愛しているわけでは無いかもしれませんね。……ではそろそろ上の階に行きたいので、失礼してもよろしいでしょうか?」
「良いわけ無いでしょう!そういう態度が気に食わないのよ!――今ここで階段から突き落としてやっても良いのよ!」
カーミラーはそう言って私の左肩を勢いよく押す。私はよろけて、下りの階段側へ一歩後ずさる。階段下をチラリと見て、私は言った。
「階段から突き落とす、ですか……やる度胸もないのにそういった発言されるの、やめておいた方がいいですよ?」
「はぁ!?やる度胸が無いですって!?舐めてんじゃ無いわよ!」
カーミラーは私の胸元の服をつかむと、下りの階段側へ体を押してくる。私はよろよろと一歩後退する。私が一歩下がればカーミラーは一歩前に出る。それを何度か繰り返すと、カーミラーが立ち止まったとき、私のすぐ後ろに段差があった。
「今私があなたの体を押せば、あなたは階段から無様に転がり落ちるわ!ほら!謝りなさいよ!舐めてごめんなさいって、惨めに涙でも流しながら!土下座して私の靴を舐めるのでしたら、許してあげますわ!」
カーミラーはそう言って鼻で笑う。周りの取り巻きもそれを見ながらクスクスと笑う。
「強がり言っちゃって。――結局突き落として無いじゃない」
私は彼女たちを逆に笑った。瞬間、カーミラーの顔はみるみる赤くなっていく。
「舐めんな!クソアマ!」
カーミラーはそう吠えると、私の胸元をつかんでいた右腕を突き出し、思いっきり押した。崩れる体勢。私の体は階段の底へと吸い込まれていく。
でも一人じゃいけないわよね。
「一緒に落ちましょう、カーミラー様」
私はカーミラーが伸ばした右手をがっちりとつかむ。驚いた顔のカーミラー。振り落とそうとするが、私は離さない。離すわけがない。カーミラーの体も踊り場から身を投げた。
転がる。一緒に。上下左右が分からなくなっても、どんなに体が痛くても、カーミラーの腕は離さない。
気が付くと止まっていた。カーミラーと、下敷き役を交代しながら転がったお陰か、そこまで体は痛くない。そして、それはカーミラーも同じだったようだ。
「この、クソアマが!私を道連れにするだなんて、どんな教育受けてんのよ!いいわ!チクってやる!あなたに落とされたってチクってやるわ!」
「もう手遅れだと思いますけど」
「何が手遅れよ!何が……」
起き上がったカーミラーはようやく気が付いたようだ。
私たちが学園の生徒に囲まれていることに。
「あんなに踊り場で大きな声を出していたのですから、人が集まらない方が不思議でしょう?」
カーミラーは驚愕のあまり声帯を失ったようだ。口を開けているのに、うめき声を漏らすだけ。何か言葉をしゃべる様子はない。
私は彼女の耳元に近づいて、こそりとつぶやく
「たしか『土下座して靴でも舐めたら許す』のでしたよね――いえ、やっぱり結構よ。だってあなたの汚い口で、靴なんて舐められたくないもの」
******
この件は、一部始終を見ていた者が数名いたため、すぐに決着が付いた。カーミラーは男爵家の者を殺そうとしたと、今は牢屋に捉えられている。ハミルトンに惚れてしまい、その婚約者である私が憎くなったらしい。逆恨みにも程がある。その取り巻き達もは、それぞれの自宅で謹慎処分中だ。
「ごめん。俺のせいで迷惑をかけてしまって……」
私の婚約者ハミルトンが、頭を下げる。
「ハミルトン様が悪いわけではありませんわ。あの女がすべて悪いのです。……それに私、あの手のおバカ、嫌いじゃありませんのよ」
私はそう言って満面の笑みを浮かべた。
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