その暗闇の中に一筋の光が見えました
静かな病室で、それは告げられた。
母親と父親が医師の言葉を聞いて絶句した。
俺も同じような反応だった。
一人、兄だけは「そうなんですか」と淡々と呟いていた。
なんで俺の兄貴が?
そう思っても、やっぱり良い意味でも嫌な意味でも、人間は平等なんだろう。
「で、先生。俺はいつも通り学校に通っててもいいわけ?」
「できれば安静にしていた方がいい。……と言いたいところだが……。君は学校に通いたいのかい」
「あぁ。友達にも会いたいし。俺の病気って他人には移らないよな?」
「移らない」
普通に医師の人と話をする兄の声は、いつも通りだった。
俺はその声を聞いて、あぁ、兄貴は強がってるんだな、と思った。
兄貴は明るい人だ。学校の教室では我がクラスのムードメーカーと言われる程に明るい人だった。
明るくて優しい兄貴は、俺達をこれ以上心配させないように配慮したに違いない。
俺はそのことに気付いて涙目になりながら、病室のベッドに、病人のように寝ていた兄の顔をふと見て、驚愕した。
「っしゃぁぁっ!! 父さん母さん! 俺明日から学校に行くから!」
兄は満面の笑顔でそう言った。
俺の兄貴は、不治の病、らしい。
治す方法が無い。
その事実は、人を絶望に至らしめる。
誰だって「君はいつ死ぬかも分からない病気を持っている」と言われたら、茫然として、我に返ったら悲観するだろう。
俺は、兄貴のことで悲しんでいたのに、となんだかよく分からない怒りが込み上げた。
「何いってんだよ兄貴! 人に移らないからって、こんな時まで他人の心配かよ! 自分の心配しろよ! 病院で寝てろよ!」
「あぁっ!? なんだと! テメェ今まで俺とケンカしてたクセに、俺が病気持ちだと知った途端に俺を可哀想な奴呼ばわりすんのかぁ!?」
「可哀想だとか、そんなこと言ってないだろ!?」
「テメェの態度がそう言ってるんだよ!」
兄貴がベッドから跳ね起きて俺に殴りかかってきた。
兄貴の拳をモロに頬に食らい、イスから転げ落ちる。
いきなり殴られたことに怒って、ベッドの上で仁王立ちする兄貴に殴りかかろうとして、……止めた。
そんな俺を、兄貴は鼻で笑った。
「だろうな」
と。
それから兄は、俺と一緒に普通の学校生活を送っている。
いつも通りだ。いつも通りに兄はクラスを盛り上げる。
友人に囲まれたその中心で兄は笑う。
俺はそんな兄を見ていられなかった。
どうして、俺の兄貴が。
別に俺に関係が無い他人でも良かっただろ。
授業中、ずっとそんなことを考えていた。
周りの人間達は、兄貴が病気を患っているということを知らない。
だから、今まで兄貴に突っかかって殴りあいになっていたのに、急にしおらしくなった俺を友達が心配してきた。
俺は、そんな友達連中をうっとうしいと思った。
なんで、兄貴が。
なんで、他人じゃなかった。
兄貴じゃないのなら、俺の友達でも良い。
誰でもいい。兄貴じゃないのなら、なんで、兄貴が……。
そう考えながら過ごす日々は、俺にとって計り知れない苦痛を伴った。
よく分からない。
なんでこんなに苦しいのかも分からない。
兄が、兄が、兄貴が、家族の輪に入って、盛り上げる兄貴が、
いなくなる。
俺は、絶望を感じた。絶望を感じていた。
何回も何回も、秒単位で刷り込まれるような絶望が。
俺は。兄貴を、家族を、失いたく、ない……。
そう思っても、時間は残酷で、現実は非情だった。
俺は兄の葬式に来てくれた人たちの列を見ていた。
同級生から先生、俺の知らない大人、他校の学生、色々な人が兄のために来てくれた。
俺は、遠くからその列を見ていた。
ぽっかりと胸が空いたような空虚感。
俺はそれを味わいながら、最後まで笑っていた兄の顔を思い出す。
なんで、死ぬと分かっていて笑っていられるんだ。
兄の死の間際に呟いた俺に、兄はこう言った。
『だって、俺が笑ってたら皆笑うからさ。それがたまんねーの』
頬に涙が伝う。
やりきれなかった。
言葉に表せれない悲しみが、俺を満たしていく。
なんだって兄貴が、あの、いつも笑っていた兄貴が。
今度は、そんな俺の疑問に答えてくれる人は、いなかった。
幸福論者は欠片を語り、絶望を味わう人間はそれに涙する。
何が大事なものなのか、いつも最後にその答えが出てくる。
幸福論者は幸せでした。
「絶望はいつだって傍にあるよ」
……これを無理矢理ギャグな方面に持っていくと、兄貴が幽霊になって「よぅ弟! 化けて出てやったぞ!」とか言ってくるに違いない!