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【最強の男に拾われたら、一生離してもらえなくなりました】

神殿を追放された「偽」聖女の私、実は真の聖女と判明。隣国ーの最強神官が「神よりも君を愛している」と禁欲を捨て、背徳の館で24時間甘々に囲ってくれました

作者: 唯崎りいち
掲載日:2026/03/23

 「偽」聖女と言われて十年以上暮らした神殿を追放された私は、「やっぱり」としか思わなかった。


 両親の死に目にも会えなかったし、今更どうでもいいこと。


 けれど、今は、真の聖女と呼ばれて隣国の最強神官に囲われている。


◇◇◇


 八歳の誕生日にそれは起こった。


 神殿から使者が来て、私を『聖女』と呼んだのだ。


 偉い人がいると言う神殿の大人が、自分に頭を下げて、丁重に扱われる事が誇らしかった。


 誕生日には特別なことが起こるものなんだ。


 両親が暗い顔をしていたのには気づかなかった。


 神殿に連れて行かれて、その夜に両親だけが帰って行く。


 ここで初めて、聖女は神殿で暮らし、両親とは暮らせない事を知る。


「わあ! 神殿の中ってこうなってたんだ!」


 昼間にそう感嘆した中央の回廊を通って自分に与えられた部屋に着く。


 部屋についても、何も知らなかった昼間の自分が、幻影になって回廊にまだいる気がした。


 何年経っても、この回廊を通る時は、ふとあの幻影を思い出して胸が苦しくなった。



 聖女にされて最初の頃は神殿も両親が来ることを許してくれた。


 私が神殿に慣れてくると、両親が神殿に入ることは許されなくなっていった。


 九歳の誕生日は一人で過ごした。


 十四歳の時に久しぶりにお母さんに会えた。


「お父さんが病気になってしまったの……」


 そう言って堪え切れずに泣き出した、お母さん。


 私は、おとうさんがもう長くない事を悟った。


 でも、お父さんのことと同じくらいお母さんも心配だった。


「帰れるように神官長に頼んでみます」


 お母さんを抱きしめて別れた足ですぐに神官長の元へ向かった。


 神官長は、聖女を外に出すわけにはいかないと言うばかりで埒が開かなかった。


 司教にも許可を取りに行き、ダメなら大司教の所までお願いしに行く。


 それでもダメなら、聖座にも手紙を書いた。


 私の手紙など国の神殿のトップである聖座が相手にするわけもなく、お母さんの死を知らせる手紙の方が早く届いた。


 葬儀にも行けないまま、お母さんが亡くなってお父さんがどうしているか気になっていると、お父さんが亡くなったと知らせが届いた。


 つい先日、お母さんと別れた場所に、また幻影が出来た。


 私はお母さんを見送りもしないで、神官長のもとへ走った。


 あの時は、きっと帰してくれると思っていたから、それが最善だった。


 でも、ここに留まってお母さんの背中を見守っていた方が良かったのかもしれない。


 私がこの場所からいなくなった後に、お母さんが振り返る。


 私がもういない事に気づいて、見捨てられたと絶望したかもしれない。


 私がまだお母さんを見ている事を知ったら、一人じゃないと力が湧いてきていたかもしれない。


 あの日の幻影が私を追い詰める。



「偽聖女め、よくも神殿を騙したな!」


 大司教、司教、神官長、他の神官たちが集まって私を糾弾する。


 私はニヤっと笑った。


 十年以上神殿に暮らして祈りを捧げてきたけど、奇跡なんて起きなかった。


 私が偽物の聖女なのは、私が一番よく知っていた。


 勝手に連れてこられて、両親と過ごすべきだった時間を奪われた。


 聖女を騙るなど本来なら投獄されることだが、子供だったと言うことで国外追放で許された。


 十年以上経ってやっと戻れた生家には別の人が住んでいた。


 お母さんの妹の旦那さんのやっている店に行く。


 おじいちゃんも住んでいるから、隣国へ行く前に挨拶をしようとしただけ……。


「なんてことをしてくれたんだ……! 死んだお前の両親がやったことかもしれないが、偽聖女の親戚なんてことが広まったら客が来なくなる! 二度と近づくんじゃない!」


 冷たく追い出された。


 子供の頃の優しかった記憶しかなかったから驚いた。


 しばらく呆然と街の外へ向かって歩いていると、声が後ろから追いかけてきた。


 子供の頃に遊んだ年下の従兄弟だった。


「ごめん! お姉ちゃん! お姉ちゃんが聖女だって言われて、店はずっと繁盛してたんだ。でも、聖女を騙っていたなんてことになったら、店がどうなるかわからなくて……。

 お姉ちゃんのお母さんが、あの子は聖女なんかじゃないのにってずっと言ってたから、みんな神殿の間違いだってことは知ってるんだけど……」


 神殿の間違いにみんな振り回されてるんだ。


「追いかけてきてくれてありがとう」


 私は従兄弟に笑いかけた。


 従兄弟は赤くなっている。


 密かに私を偽聖女だと警戒して見ていた周りに人たちの心も溶かす笑顔だった。


「おじいちゃんに会えないのは残念だけど足を悪くしたと聞いているし、これ、私が作ったお守りなの。偽聖女のお守りだから効果はないけど、おじいちゃんの願いが叶うように気持ちだけは込めたから」


 祭服の残り糸で作った色とりどりのブレスレットを渡した。


 前世の記憶で作ったミサンガだ。


「ずっと身につけて自然に切れたら願いが叶うのよ」


「わかった。絶対にじいちゃんに届けるよ」


 こうして従兄弟と別れた。


 直後に声をかけられる。


「あなた追放された聖女で隣国に行くんでしょう? 私たちもちょうど隣国に帰るところなの」


 見ると商人一家の馬車で、買い付けた品物が荷台に山ほど積まれていた。


「さっきのブレスレットは他にないの? うちの店で売らせてくれるなら、代金と隣国まで運ぶわよ」


 奥さんの言葉に、趣味で作っていたブレスレットを数十個見せた。


「なんて綺麗なの! これは売れるわよ! 住む家も決まってないんでしょう? これをもっと作ってくれるなら、住む場所はウチで面倒見るわ!」


 なんだか、とんとん拍子に隣国での居場所が決まってしまった。


◇◇◇


「代行者神官様、ご存知ですか? 今街で大人気の隣国の偽聖女が作ったブレスレット!」


 見習いの神官が腕につけたブレスレットを見せてくる。


 悪い人ではないんですが、話が長いので私はこの見習い神官が苦手です。


 いつもは会わないように別の道を通るのに、今日は木が倒れたとかで通れませんでした。


「偽物もたくさん出てますが、これは正真正銘の本物です。偽聖女を保護している店で買って、聖女様にもお会いしましたから!」


「聖女様って……偽物なのでしょう?」


 見る限りは美しいブレスレットだが……。


 見習い神官の腕に巻かれたブレスレットに触れる。


「! これは!!?」


 聖なる力が溢れている!


◇◇◇


 神殿の神官数人が私を聖女だとして迎えにきた。


「わ、私は隣国で偽物の聖女と言われて追放されたんです。また、この国でも勘違いで後から追放されても困ります!」


「私はただの神官で聖女様の力を判断できる力がありません。神殿に行けば司教や大司教がちゃんと見分けてくれますよ」


 その、司教や大司教が間違えて私に十年以上も無駄な時間を過ごさせたのよ……!


「隣国ではずっと神殿に監禁されて親の死に目にも会えなかったって言うんだ。神殿なんかに渡せないよ」


 お店の女将さんが私を守ってくれる。


「聖女のブレスレットで娘の病気が治ったんだ!」


「神殿に祈って何もならないのにお布施だけ取られる! 俺たちの聖女まで取り上げるな!」


 店の客や、近所の人も集まってくれる。


 尋ねて来た数人の神官が後ずさって行く。


 これなら、連れて行かれずに済むかも……!


 ホッとしたのも束の間で、ざわめきが大きくなる。


 神殿騎士が来ていた。


 隣国で聖女をしていた時も、私とお母さんとお父さんの面会を後ろの方で神殿騎士が見ていた。


 心温まる時間に影を落とす、恐怖を呼び覚ますもの……。


「神殿騎士を差し向けるなんて神殿はどう言うつもりだ!


 私を守ってくれる人々も興奮状態になる。


 これ以上はいけない……わ、私が、神殿に行けばこの場は収まるの……!?


 止めなければと思っても、身体が硬くなって動かない。


「待ちなさい! 私に聖女と話をさせてください」


 落ち着いた、よく通る声だった。


「代行者様!」


「なに? 代行者神官だって!?」


 両方の陣営から驚きの声が上がる。


 代行者……?


 私はそっと窓の外から覗く。


 普通の神官服を着た神官がいるけど、背が高く、伸ばして切り揃えられた髪が輝くような金色で目を引いた。


「神の代行者様だ……」


 私の横で支えてくれていた女将さんが言う。


 そう呼ばれる最強の神官がこの国にはいるらしい。


「聖女! この国の神殿は隣国とは違います。聖女として請い来ていたただいたのに、間違いであったからとそのまま追い出すことはありません」


 誠実な話し方だ。


「女将さん、このまま騒ぎを大きくできないから、あの人と話してきます……」


 女将さんは悲しそうな顔をする。


 騒ぎの広がりに、女将さんも私と同じく震えていた。


「何かあったら、ここに帰ってくるんだよ……」


「ありがとう……」


 私が、店の外に出るとざわめきが広がった。


「聖女……」


 私の姿を見て代行者神官の動きが止まった。


 息を飲んで、落ち着いてから話し出す。


「……神殿に直接行くのは不安でしょう。私の私邸がありますから、そこで神殿との話し合いがつくまで保護します」


「私……邸……ですか?」


 神殿に直接行くよりはだいぶ安心だけど……。


 この人は神官なのに私邸を持っているの?


「代行者神官は、侯爵でもあるんだ」


 誰かが教えてくれる。


「聖なる力が強すぎて、神官になるように神殿から強く求められて神官になったらしい」


 侯爵様でも神殿からは逃れられないの……。


「わかりました、代行者様の私邸に行きます……!」


 人々の間にざわめきが起こった。


 神官や神殿騎士はあからさまにホッとしている。


 私はお店やみんなに頭を下げると、代行者様の用意した馬車に乗り込んだ。


◇◇◇


 代行者様の私邸はそれほど大きくないけど庭園が整えられて屋敷の外観と合っていて、とても美しかった。


「ここは本当に私が休みに訪れるだけの場所です。神殿や侯爵邸と違って人も訪れない静かな場所ですよ。

 ブレスレットは回収されて、司教や大司教、聖座が、ブレスレットから君の力を聖女かどうか判定します……」


「回収……! あれは……一人一人の願いに合わせて作ったものなのに……!」


「気持ちはわかりますが、一人一人の願いを叶えてしまうのは問題があるんです。全ての人に君のブレスレットが行き渡らない以上は争いの元になるし、君自身が狙われることになります」


 ……。


 想像して、恐ろしくなった。


「娘さんの病気を治したいってお母さんの依頼があったばかりなんです……。でも、他にもみんな違う切実な願いがあって……。全部に答えることは難しかった……」


 震える声で私は話した。


「個人を特定しない、病気の治癒などの願いを込めたらいいんですよ。それでも十分に効果はあるでしょうから……」


 代行者様の話を聞いて、そうしよう……と思った時に頭がクラっとした。


 私はよろけてそのまま倒れる。


 代行者様が受け止めてくれて地面に倒れはしなかったけれど、そのまま意識を失ってしまう。


 

 目が覚めると、横に代行者様が座っていた。


 ベッドに寝かされた私の右手が代行者様に握られている。


「大丈夫ですか、聖女。急に倒れられて心配しました」


 私は右手を自分の方に戻して左手で握る。


 代行者様は純粋に心配して私を見ているのに、私は触られた右手が熱くなって恥ずかしくて隠してしまう。


「夜遅くまでブレスレットを作っていたそうですね。君が倒れては救えるはずの人も救えなくなります。無理をしてはいけませんよ」


 代行者様に叱られてしまう。


「わ、私は聖女じゃありませんから!」


 叱られて、恥ずかしくて反発してしまう。


「君が何者でも、私が心配なんです」


 代行者様は、私の反発なんて意に介さずに、聖職者として全てを包み込んでくれる。


 メイドが食事を運んでくる。


「あ、ありがとうございます。でも、私ちゃんと食堂で食べれます」


 言って立ちあがろうとするけど、


「無理をしてはいけないと言ったでしょう? 食べさせて差し上げますから、君はゆっくり休んでください」


 代行者様は私の口にスプーンを近づける。


「た、食べさせるって! じ、自分で、食べられます!」


「いえ、ダメです。ついて早々に私の目の前で倒れられたのです。すっかり健康になっていただけるまで逃しませんよ」


「わ、私は健康ですよ!」


 ……と言っても目の前で倒れたんです、説得力がありません。


「はい……。代行者様……」


 代行者様はフーフーと料理を冷まして、私の口に運んでくれる。


「次は何が食べたいですか?」


 一口づつ好みを聞いてくれて……。


「お、お肉が食べたいです……」


 そう言って、少しだけ恥ずかしくて目を逸らす。


「私もお肉は大好きですよ。この若鶏の白ワイン煮込みも美味しいですが、おすすめは成熟牛のハチミツローストです。今度、作らせますね」


「は、はい……。楽しみです」


 食べ物の好みを全部知られて、丸裸にされているようで恥ずかしい。


◇◇◇


 代行者様は食事のたびに私に食べさせてくれますし、細々とした不快や不便さにも気を配ってくれます。


 とても快適に過ごせていますが、やることがなくて暇です。


「聖女は祭服の残り糸でブレスレットを作っていたんですよね? 残り糸とは別に、新品でも使えない糸もあるんですが、捨てるだけだと言うので買い取ってきました。君がよければ使ってください」


 代行者様が持って来てくれたのは、大量の色とりどりの糸でした。


「こ、こんなにですか!? か、買い取ったって、いくらするんですか!?」


「祭事は神聖なものですから、些細なことでも糸が使えなくなってしまうようなんです。他に転用したくても高価すぎて使い道がなかったと機屋が言っていたものなんですよ。

 買い取ることで彼らの暮らしの足しになるのです。神殿にずっとこもっていると、商人や職人の暮らしに疎くなってしまいますね。聖女のおかげで人助けができました」


 代行者様の私への感謝の微笑みが眩しすぎます。


「私は、ただ好きなことをしていただけで、利点に気付いた代行者様が素晴らしいんです。せっかくの糸を無駄にしないようにいっぱいブレスレットを作りますね!」


「……それはダメですよ、聖女。無理せずに少しづつみんなのために作ってください。あなたが倒れることなく祈り続けることが、最大数の幸福につながるんですからね」


 また叱られてしまった。


「……はい、代行者様……」


 私は代行者様に顔を見られないよう後ろを向いた。


 涙が流れていた。


「すみません。君に怒ったわけではないんですよ。心配なのですよ。君に何かあれば、自由を奪ってでも閉じ込めて置かなければならなくなりますから。

 君には自由なままでここにいて欲しいんです……」


 私はずっと代行者様に背を向けています。


 不意に強い力で抱きしめられる。


「聖女、機嫌を直してください。このままでは本当にここに閉じ込めますよ。君は自分で自分を守らなくては行けないのに……」


 抱きしめられた身体は全身が心臓みたいになって脈打っている。


 代行者様は、純粋に私を心配してくれているだけなのに!


「……わかりました、無理しません……」


 私は代行者様に向き直って言う。


「私は、君が心配なんです」


 代行者様は純粋な善意の塊で……。


 なのに、私は、特別扱いにドキドキしている。


◇◇◇


 お店に少しづつ私のブレスレットを届けられるようになったけど、人気すぎるから、そのままは売れなくなってしまったよう。


 私が健康祈願で作ったブレスレットと同じものを別の人たちが作ってそれを売っているらしい。


 私の祈りは入っていないし、全然、別物になってしまったと思う。


 騙してしまってるようで前ほどにブレスレット作りに熱中できない。


 女将さんやお店の人たちからは感謝されているけど……。


 そんな中で、隣国にいる従兄弟から手紙が届いた。


 隣国でも代行者様は有名人で、そこに保護されているのはすごいとか、おじいちゃんのブレスレットは切れたけど、足は治っていないって内容だった。


 神殿にこもっていた私が代行者様のことを知らなくても仕方ないのかもしれないけど……。


 神殿には子供は私だけで、優しくしてくれた巫女もいたけど、私が成長するにつれて聖女って肩書きに嫉妬が交じっていった……。


 情報にはかなり疎かったって、神殿の外に出て実感する。


 ブレスレッドの売り方なんかも目まぐるしく変わるし、ついていけない。


 私は、おじいちゃんの足も治せない、偽聖女なのに……。


 この国で、私のブレスレットで病気が治ったと言われて、もしかしたら本当に聖女だったような気になってしまっていたけど……。


 神殿からの調査の結果が出るまでもなくはっきりしてる。


「どうしました、聖女?」


 食事の時間に、代行者様に私の瞳が濡れていることを気づかれてしまう。


「代行者様、いつもありがとうございます。……代行者様に保護していただいて、とっても幸せです。……でも、私は聖女じゃないから、元の国へ帰りたいんです。おじいちゃんの足が私のブレスレットじゃ治せなくて、やっぱり私は偽物だから、そばにいてお世話するのが一番なんです。

 ……追放されているから、帰れないことも、わかっているけど……」


 私の目から涙がこぼれ落ちる。


 代行者様を、心配させたくないのに、話してるうちに、止まらなくなってしまう……。


「聖女……」


 代行者様が私に手を伸ばそうとして、一瞬、ためらう。


「ここにいてください。私が貴方を一生守りますから。君がこれ以上、隣国のことで涙を流さなくていいように、なんでもします。だから、神が与えた運命を悲しまないで……」


 代行者様は、私を優しく包み込んでくれた。


「……一生ですか? ち、違うのはわかっていますけど、プロポーズみたいで嬉しいです、代行者様……!」


 私が嬉しくてつい言ってしまったことで、代行者様が固まってしまう。


 代行者様の純粋な善意を邪な気持ちで受け取っていた事がバレてしまった。


「わ、わかってます。私も神殿にいたから、神官の禁欲の決まりは。隣国ではルールを守らない人もいて……私は、恋人にならないかって誘われて、断りましたけど……」


「こ、恋人…だって……? 君の!?」


 代行者様がとても怒っている……。


「神殿がちゃんとしている、こちらの国ではあり得ないことだと思いますから、代行者様が怒るのも当然です!」


「……そうですね。神官が禁欲を破るなど絶対にありませんから……」


 自分で言ったことだけど代行者様の言葉に胸が痛む……。


「でも、……私は聖女じゃないから、心の中で代行者様を好きでいてもいいですよね?」


「え?」


 代行者様が驚いて、視線が私の扱いに迷っている。


「……司教になれば、妻帯が許されますが……。私は中級神官なので……」


「代行者様なら、お年を召したら司教になれますよね。代行者様はおいくつなんですか? ……私、待っていていいですか?」


「待つって……私の年齢だと十年以上は、司教になれませんよ……」


 代行者様の年齢が思ったより若くて驚いた。


 叱られて、代行者様にとって私は子どもなんだと思ったら悲しくて泣いてしまったけど、そんなことはなかったのかも。


 でも、歳が近いからこそ、私の考え方が幼過ぎて見えるのかな……。


 代行者様が司教になるまでに、代行者様のような大人な考え方が出来るようになりたいな。


「……聖女……」


 代行者様は何か言おうとして言い淀む。


「……食事にしましょう」


 そういっていつもみたいに食べさせてくれる。


「美味しいです。……でも、今度は私が代行者様に食べさせてあげたいです……」


「そ、それは、禁欲に反します、聖女」


「でも、代行者様は私のことをなんとも思っていないから、私が好きなだけだものいいですよね? 私は聖女じゃないし……聖女だったとしても、聖女には禁欲の決まりはありませんし……」


「……」


「私は、聖女じゃなくても、お母さんやおじいちゃんのことで後悔するばかりだから、次に好きな人が出来たら後悔したくないんです。代行者様が司祭になられて、別の人を好きなら、仕方ないけど……今は、私にもお世話させてください」


◇◇◇


 初めて聖女のブレスレットを見た日。


 溢れる聖なる力に私は自分と同じものを感じた。


 神の代行者様と呼ばれて侯爵でありながら、神殿の次期聖座になるように請われるほどの私と同じ力だと……。


 なのに、彼女は隣国での扱いから自分の聖なる力に無自覚で、神殿を信用していない。


 街の店で迎えに行った神官を追い返して、神殿騎士が出ていくほどの騒ぎを起こした聖女。


 自己評価の低さと、自分の意思を貫こうとする強さ。


 両方が同居する彼女の姿を一目見た時から、私の理性は振り切れてしまった。


 中立の保護を装って私の私邸に連れてきて、聖女を私だけのものにしようとした。


 私は一目君を見た時から、神よりも君を愛している。


 でも、聖女はそれを許さない——。


 神殿の不誠実なルールに振り回された彼女は、私にもルールを守ることを求める。


 自覚があるのか、無自覚なのか。


 彼女はこれで、私が自分に相応しい相手なのか試している。


「はい、代行者様」


 聖女がスプーンですくってスープを私に食べさせる。


 母親や祖父に出来なかったことをしたいと言われて、下心のない親切な神官なら断らないだろう。


 下心があればますます断れないが……。


 私の一挙手一投足を逃さないように聖女が見つめる。


「代行者様に見つめられて……食べさせるのも、食べさせて貰うのと同じくらい恥ずかしいんですね……」


 恥ずかしそうに横を向く聖女。


 どこまでも私の理性を試してくる。


「つ、次は、お肉にしましょうね。代行者様」


 聖女が肉をすくって私の口に運ぶ。


 けれど、タイミングがずれて私の口の周りに大量にソースがついてしまう。


「ご、ごめんなさい!」


 聖女は、私の口の周りについたソースを急いで自分の指で拭う。


 すると、聖女の顔が私に迫ってきて、聖女はごく自然に指についたソースを舐めた。


 ペロッ


 至近距離で指を舐める聖女の舌の動きは、私の理性を吹き飛ばすのに有り余るほどの威力があった。


 私は無意識のうちに聖女を抱き寄せると、聖女の唇をむさぼっていた。


 自分の行動に気づいて、慌てて聖女を引き離す。


 聖女は驚いた顔をしている。


「す、すみません……。聖女にこんなことをしてしまうなんて! 禁欲を破ってしまった。に、二度と破りません」


 聖女は驚いたままだ。


「……聖女……! 本当に、私は、反省してます……! 二度と理性のタガを外すことはないので……」


「……代行者様でも……理性のタガが外れるの……?」


「そ、それは、人間なので……。守りたいとは思っています……!」


 聖女は俯いている。


「……」


 完全に信用を失った……!


 いや、聖女のまぶたが揺れている。


 まだ、聖女は迷っている。


◇◇◇


 そんなことがあった後の午後。


 聖女はブレスレットを作っていた。


 自室でも作れるが、私が部屋で食事を食べさせて、そのまま自室でブレスレットを作っていたら、外に出る暇がない。


 だから、私の部屋のそばに作業室を作っていた。


 「夜遅くまで作業できないように見張っていますからね」とはいったが、ただ聖女をそばに置いておきたいだけだ。


 私が自室で仕事をしていると、聖女が糸選びに迷っている声や、メイドたちと聖女が話している声が聞こえる。


 たまに男の使用人の声が聞こえると飛んでいくが、執事には「旦那様に殺されるのがわかっていて用もなく話しかけるものはいません。どうしても必要だから聖女と話しているんです」と言われる。


 しかし、必ず私が飛んでいくので、聖女への要件は私を通すということが暗黙の了解になっていた。


 新しい色の使用不可の糸が機屋から届いたと、使用人が私に持ってくる。


 聖女に合う口実ができて、喜んで聖女の所へ行く。


「聖女、新しい糸が届きましたよ」


 私の声に、聖女の肩が跳ねる。


 怯えている……。


「あ、ありがとうございます!」


 意図を受け取る聖女の指先が震えている。


 私は、感情のない瞳でそれを見ていた。


 完全な失敗だ。


 聖女を怯えさせている。


 囲い込んで私のものにするつもりだったのに……。


 聖女が私を見ている。


 まだ、私のことを嫌いきれていない顔をしている。


 私は、この可愛い人を手放すなんて出来ない……!


◇◇◇


 夕食の時間。


 いつものように、聖女の部屋に行く。


 彼女はいつもと同じように待っていた。


 私に怯えているはずなのに、それを隠している。


 いつもならメイドが夕食を運んでくるが、今日は来ない。


「メイドさん、きませんね……」


 聖女はただ不思議に思っている。


 私が、来なくていいと止めたのだ。


 私は聖女を抱きしめる。


「聖女は私を好きなんですよね?」


「……は、はい……」


 聖女が私の意図が読めずに戸惑っている。


「君が私を好きなうちに、君の全てを私のものにします」


「……え?」


「その後で、いくらでも私を嫌いになってくれていい。君が私を嫌っても、私は君を永遠にここに閉じ込めます」


「だ、代行者様……」


「最初だけは、好きな男との幸せな記憶にしてください、聖女」


 私は、聖女に優しくキスする。


 聖女は、もう私を嫌っていて、素早く唇を横に逸らす。


 私はその動作に傷ついて、より深く聖女の唇を求めた。


「だ、代行者様! 誤解です! 何か勘違いされています……」


「勘違い……? 君は禁欲を守れないような男は嫌いでしょう」


「そ、そんなことないです! む、むしろ、す、好きです」


「え……?」


「禁欲を破って欲しくて……今日はずっと待っていました! 代行者様が、私と禁欲を破ってくれるなら、嬉しいです……」


 聖女が真っ赤になって震えている。


 私の理性は完全に吹き飛んだ。


 聖女への口付けが止められない。


 でも、聖女が許してくれるなら、この先はゆっくりと禁欲を破っていこうと思う。


 聖女と二人で——。


◇◇◇


 聖女の部屋で食事を食べさせる。


 合間にキスを挟んで。


 聖女は禁欲が破られることは喜んでいたけど、これには呆れている。


「とても嬉しいけど、さすがに代行者様が心配です」


「君が魅力的すぎるからですよ。神よりもずっと君を深く愛してます」


 どんどんタガが外れていくのは私も自覚している。


 前はもう少し理性が持ったのに……。


 ずっと聖女と一緒にいたい、閉じこめて私だけのものにしたい。


 聖女が私のものだと世間に認めさせたい! 結婚したい!


 欲望はとどまることをしらない……。


 そうだ、結婚……。


 聖女が聖女だと認定されて、神殿で儀式がある。


 一緒に私も司教にしてもらいましょう。


 次期聖座なんかよりずっといい。


 聖女の夫になれる!


 私はすぐに首都にある聖座のいる神殿にいた。


 何事かと大司教や司教が集まってくる。


「聖座、貴方は長く生きすぎました。聖なる力を失って、私の力がなければ、国の結界も張り続けられない」


「神の代行者様よ。クーデターを起こすつもりか!?」


 司教のうちの誰かが言った。


「そんなつもりはありません。聖座など自由もなく、なりたいとも思っていません。次期聖座が誰でも実質的な力は私が提供しますよ。ただ、私は司教にはなりたいのです。聖女と結ばれるために」


 私の切実な思いだったのですが、大司教たちは拍子抜けしていた。


「聖女と一緒にいられないのなら、国など守る価値もない場所です。クーデターを起こすより力を引き上げるだけですよ」


 ゾクッと大司教たちが怯える。


 結局は、私も聖女と一緒に司教に任ぜられる事になった。


 そんな瑣末な事より、私の宣言により空いた次期聖座の座へ話題は移ったようだ。


 私のやる事は変わらない。


 しかし、私の価値は上がったらしい、


 聖女との時間の確保が上手くいった。


 後はどうでもいいことだ。


◇◇◇


 この国で私が聖女だと認定されました。


 おじいちゃんの足も治せないのに……。


 綺麗な純白の正装をさせられて、司教になった代行者様の認定式も一緒だったから、結婚式のようでした。


 私はずっと代行者様にドキドキしっぱなしでした。


 また別の日に私邸で結婚式をしていただきました。


 女将さんやお店や機屋の方を呼んで、侯爵家だったら絶対に許されない式だったけど、私がこの国でで出会った大切な人に祝って貰えて幸せでした。


 私は代行者様が素敵すぎて、やっぱりドキドキしているだけでした。


 どちらにもたくさんの幸せの幻影が生まれた。


 通るたびに思い出す。


 従兄弟からまた手紙が届く。


 私がこちらの国で聖女に認定されたことで、あちらの国の神殿では責任問題になっているらしい。


 ブレスレットもお守りとしてあちらの国でも評判で、従兄弟の店でも売り出したいと、聖女の親戚だと宣伝に使ってもいいかと許可を求める手紙です。


 あちらの国の国王が神殿の腐敗をやっと調査する気になって、私が偽聖女と言われた理由もわかったと書かれている。


 実は大司教など神殿の上層部はほとんどが聖なる力などなく、お金で地位を買う者たちばかりになっていた。


 本物の聖女である私が大人になり、実態を暴かれる事を恐れて追放したという。


 今は全ての大司教と司教が粛清されたらしい。


 聖座は老齢で力が弱くなり止められず、何年も前から私の手紙なども見れないほど弱った状態だったとか。


 今は私に戻ってきて欲しいと聖座や国王、国中の人たちが言っているけど、従兄弟はこんな勝手な国に帰って来る必要はないと思っていると書かれている。


 おじいちゃんも、新しく健康祈願のブレスレットをつけて足が良くなったそう。


 以前のおじいちゃんの願いを叶えるブレスレットは、私が素敵な人と出会えるように祈ってくれたらしい。


 ……。


「また隣国からの手紙ですか? いつも、君を悩ませますね」


「ち、違います、代行者様! 私の聖なる力についてですが……」


 今は、代行者様ではなく、私の旦那様だけど、慣れません……!


「我が国の聖座や、大司教たちによって、君の作るブレスレットの色の組み合わせ自体に奇跡は込められていると認定されましたね。だから、他の人が作っても奇跡の力は変わらないと」


「はい、あまり大きな祈りは込めないようにしていたんですが、おじいちゃんの足が治ったみたいなんです」


「……それは、健康祈願の全体に向けた祈りの中でも、聖女にとっての大切な人への祈りが特に強くなっていたから、効果も大きかったんでしょう」


 さすが代行者様です。


 納得できます。


「でも、……やっぱり、私は聖女なのでしょうか?」


「間違いなくそうですよ。私が君のブレスレッドに触れてすぐに聖なる力の大きさに驚きましたから」


 私自身は変わらないのに、認めてくれる人がいるだけでこんなに変わるなんて!


「でも、問題なのはそっちなんです。最初にブレスレットに触れるのが代行者様ではなかった可能性もあるんですよね?」


「そうですね。偶然にブレスレットを見せて貰って気づいたので。問題なんですか?」


 私はおじいちゃんの願いのことを話す。


「……」


 代行者様が絶句している。


「そうですね……。あの日、私は木が倒れていなければブレスレットに触れていません……」


「……私、代行者様に会えませんでしたね……」


「君は神殿に必ず連れてこられたでしょうから、私は必ず君を愛しましたよ……。ただ、今よりもずっと長い間、禁欲していたと思います……」


 代行者様が私を抱きしめて、遠い目をしている。


「私も待つつもりだったので、どんなに好きでも代行者様には近付きませんでした……」


 二人で顔を見合わせた。


 おじいちゃんが、願ってくれて良かった。


 聖女の力があって良かった。


「……隣国では私に戻ってきて欲しいと言っているらしいけど……」


「聖女、私が絶対に許しませんよ」


 代行者様の笑顔が怖い。


 隣国の回廊に置いてある悲しい幻影たち。


 あれは、隣国の神殿にずっと閉じ込めておこう。


「私、代行者様になら、ずっと閉じ込められたいです」


 私の言葉に代行者様が答える


「神よりも愛してる君を、私に大切に祀らせてください」


 大袈裟な代行者様に私は笑みを返す。


◇◇◇


 聖女の力はイメージの力だった。


 ブレスレットの色の組み合わせを願いによってイメージして作り上げる。


 人を惹きつける祈りのイメージになる。


 そして、聖女が隣国で見ていた辛い思い出幻影も聖女の力によるものだった。


 対処すべき歪みがイメージとなり見えているのに、隣国の神殿では無視して、偽物だと排除した。


 大司教や司教が腐っていても、聖なる力のわかる神官や巫女はいただろうに。


 見ることをやめても歪みは消えることはない。


 聖女の悲しみの幻影が未だ神殿内に残っているという。


 隣国の神殿が聖女に対処方法を泣きついてくればまだマシな方だが……。


 他国のことに干渉するわけにいかないが、私だったら一刻も早く幻影に対処するが……。


 一度、無視した歪みを正せるほどの者は隣国の神殿には残っていないのだろう。


 聖女の悲しみのイメージによって、荒廃する隣国の姿が見える気がする。


「代行者様?」


 聖女が私を心配そうに覗き込む。


「難しい顔をしていました……」


「なんでもないですよ」


 私の笑顔に、聖女も同じく笑顔を見せる。


「この笑顔を永遠に私のものに出来て世界一幸せです」


「違いますよ、世界一は私だから、代行者様は二番目です……」


「でも、代行者様を私が一番幸せにしたいです」


 ……どの道、私は君と屋敷中の幸せな君の幻影たちと一生一緒だ——。


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