具体と想像
月明かりに照らされた廊下には散らばったドアの残骸。それを踏みしめながら、黒い外套を羽織った美澄会長は廊下へと歩を進める。三人もそれに続き廊下へとつづく。
辺りは相も変わらず、無音で不気味な程である。生徒会室に逃げ込む羽目となった原因の生徒達は近くには居ないようである。
「あぁそうだ。これを三人とも付けておくといい」
後ろを振り返った美澄会長は、懐から小さな銀色のリングを取り出し三人に1つづつ弾く。銀のリングは綺麗な弧を描きそれぞれの手元に飛んでくる。
「これは?」
「セーフリングって呼んでる遺物だ。一定以上のダメージを一度無効化するおまけがついてる。これがあれば不意打ち食らっても大丈夫って訳だ」
「……落下のダメージも防げる?」
「試した事は無いが何故だ?」
心底不思議そうに美澄会長は和真に聞き返す。
「……仕様の理解はしといた方がいいかなって。あと落下ダメは防がないシールドに心当たりが」
「相変わらずのゲーム脳だな」
「そうなのか? 君はゲームが得意なのか。得意な事があるのは良い。現実においても、ここにおいても」
美澄会長はそういうと、外套のうちに両手を滑り込ませる。腕が交差し、引き抜かれる。そして、姿を表すのは刃渡り六十センチはありそうな片刃の刀剣。
そして、進行方向。教室の入口からのそりと姿を現す女生徒。先程三人が見かけたモノとは人が違っているが、相も変わらず目隠しに、口枷と首輪。それを三人が認識するや否や、崩れ落ちる女生徒。そして、いつの間にか二振りの刀剣を振り抜き女生徒の背中側に回り込んでいた美澄会長。
「下卑た格好だ。うちの生徒達を模しているのが尚のこと腹が立つ」
刹那の間に、女生徒のアキレス腱を切断し動きを奪った美澄会長が言う。
「一応聞くけど、見えた?琉希」
「悪いけど全くだ。悪いけど敵対はしないぞ?」
あまりの捷さに明は恐る恐る琉希に聞く。ところが、この中で最も攻撃に晒され、眼が鍛えられているであろう琉希も見えなかったと口に出す。
「そういえばだ、君達はどういった能力を持っている? それが分かればありがたいのだが」
女生徒の形の怪物は切られ、立てなくなったが、尚も廊下に這いつくばった状態で動いている。そんな様子に目もくれず、美澄会長は右手に持つ一刀で流れるように首を飛ばす。
「しまったな。今のに能力を発動してもらえばよかったね。無力化していたから安全だったのに」
人型であったのに、見てくれだけは紛うことなき人間であった怪物を迷いなく切り伏せて見せた会長。その姿にえもしれぬ怖さを感じた事を三人は隠せなかった。
「ん?あぁ。人型とはいえ中身は、そこらの影の怪物と変わらないよ。抵抗を感じるというのは理解できるが、それを避けることは許さん。いずれ人と変わらぬ姿のモノと戦う事も有るだろうからね」
接敵からトドメそして今、表情筋を一切かえぬままの美澄会長。その後ろで、動かなくなった女生徒の身体と頭が黒い塵になって消えていっている。
「それも優しさなんですよね?」
「もちろん優しさだとも。今であれば、躊躇った上に出来る隙もカバーしてやれる。こうやって手本すら見せてやれる」
そういうと、再び三人に背を向け廊下を西に歩いてゆく。その躊躇のない背中は、今まで一人で虚構世界で戦ってきた故に出来たものなのであろうか。三人は自身が、人と遜色つかない怪物と出会った時非情になれるのかと考えながら後ろを追う。
そんな疑問を試すタイミングは、さほどしないうちにやってきた。今度は男子生徒と女子生徒の二人分の怪物である。今まで遭遇した姿とはまた違う生徒。しかしながら、拘束箇所は男子生徒が目隠しに、手枷、首枷。女生徒が目隠しに口枷、首枷というお決まりのセットである。
「ここまで統一感があると少し気味が悪いね」
「そうなんよな。イレギュラーでまとめちまえるっちゃそうなんだが」
美澄会長の後ろにいるからなのか少々緊張感にかけた明、それに同意しつつも最低限の警戒に意識は割いている琉希が話す。
「いやさ、それは私も思うんだけどね。半端な統一感気持ち悪いなって。けどさ君達さ、次は君たちが戦うんだよ?」
若干呆れの色が混じる声色で、後ろを振り向きながら三人に会長は言う。
「……本気?俺らじゃ勝てないよ。さっき試した」
「勿論だとも。この位相手に出来ないと、いずれ死ぬ。それは私の良しとする事じゃないからね。さ、でも1人ずつとは言わないからさ」
穏やかな笑みで三人に笑いかける美澄会長。その笑みを見て観念したのか、琉希が前に歩いてゆき会長を追い越す。
そして怪物の前に立ち塞がり、半身に構えるといつものオーラをノータイムで発動させる。立ち上がった赫いオーラは満遍なく体を覆う。琉希はそのオーラをゆっくりと前面、特に両腕を厚くオーラで保護した。
「へぇ、度胸があるのは知ってたけどこれ程とはね。敵わないと思っている敵二体を前にして、こうも堂々と立てるなんてね」
「『精神麻薬』 まさか、怖くて怖くて堪らんですよ。けど会長の事は信頼してるのでね」
お馴染みの精神を安定させる能力を琉希は発動させる。半身でつま先を上げ、いつでも動き出せる様に体勢を維持する。然しながら、琉希の膝は小さく震えているように見えた。
「その信頼には答えよう」
そんな発言を会長がした刹那、男子生徒が突進してくる。弾かれた様な速さで、およそ人が取れそうにない人の可動域で腕を振るう。
腕は鞭のようにしなり、風を切り琉希を襲う。琉希はその攻撃から目を逸らすことなく攻撃を正面から見据える。左上方から叩き付けるような軌道の攻撃を、左手を添えた右腕で攻撃を逸らしにかかる。
男子生徒の鞭のような腕と琉希待とう赫いオーラがぶっかる。不快な引っ掻き音。
そして、何度か聞いた。聞く度に背筋がゾクリとするオーラの破壊音。その音が鳴ると共に、琉希の体が廊下の壁に叩きつけられる。大きな音ともに大穴が壁にあけられる。
飛ばされオーラが消えた琉希の体に緑色の光が纏う。何度もあってはいけないのに、何度もあった光景。今まででいちばん早い明の回復が体を癒そうとするが、傷は急に癒えきらない。その死に体の状態に追撃をしようと踏み込んだ男子生徒。その膝と肘そして脇腹にピンポイントで光の弾が、弾というには少々細長すぎる弾が突き刺さる。
それは、男子生徒のバランスを大きく狂わせ、追撃までの時間を捻出する。その時間は刹那な程であったが、その間に琉希は目を覚まし、再びオーラを展開することに成功した。
「ふむ、なるほど。今の君たちの今の実力がよくわかった」
背後で、美澄会長が言う。そんな事お構い無しに、弾き飛ばされた男子生徒が倒れたままの琉希を襲う。再びの鞭のような腕での攻撃を避ける術を彼は持たない。
バキィ。予想に反し、肉が肉にぶつかる音ではなく、枯れ木が折れたような音が響く。しかし、その攻撃は琉希に届く直前で会長の手のひらによって阻まれていた。その手のひらは少々赤くなっているものの大した傷はない。
それ所か、なぜか殴りかかった男子生徒の腕が肩口からボキりと落ちてる状態であった。
「セーフリングは1つしか渡してなかったからね。これ以上はさせないよ。すまないね、怖い思いをさせて」
会長は前半を殴りかかってきた男子生徒に、後半を琉希に向けて言う。状況が上手く飲み込めていないのか、目をぱちくりさせる琉希。そしてその手に何処から取り出したのか、ペットボトルのドリンクを握らせる会長。
「それを飲むか身体にかけるといい。明くんの回復でもいいけれど、消耗は最小限の方がいいからね」
「あ、ありがとうございます。美澄会長」
「礼は要らないよ。さて」
と言い、会長は壁にめり込んでいる琉希から怪物の方に向き直る。先程見た指輪の力なのかいつの間にか一体は磔にされている。腕が破壊男子生徒の方は、動き出しの始点の肘やら腰を和真が弾で撃ち、反動で男子生徒は壁際に追いやられている。
「ほう、君もやるじゃないか。倒せないなら足止めを、しかも最低限のリソースで」
「お褒めに預かり光栄です。けどガチきついんで代わってもらって」
「あれ?君一拍置かずとも喋れたんだね」
会長はなんて言いながら、和真の作る弾幕の中へ飛び込む。高速で敵に迫る弾に一発足りとも当たることなく男子生徒へ肉薄。先程も使っていた刀で、腰上から肩口まで一太刀で切り飛ばす。男子生徒は端からどんどん塵になってゆく。
「……うぜぇ」
「貫け『解放:指定 異教の神を殺す槍』」
和真の悪態に応えるかのように会長は、手のひらを向け呪文を唱える。複数ついた指輪のうち、別の一つが赤い光を放つ。そして、熱戦。眩い赤い光が辺りを照らしたと思った時にはその光は消えていた。ただその光は、熱戦の標的になった拘束された女生徒を、瞬く間に消失されていた。
「また戻った。なにか理由があるのかね?」
「……ただの吃音。喋るセリフを決めてから喋らないと大体噛む」
「なるほど。そういった理由だったか、さて君達反省会の時間だ」
和真の吃音の発言に特に深堀りする事もなく美澄会長は告げ、和真と明にも、琉希に渡したような色違いのドリンクが入ったペットボトルを手渡すと廊下に座り込む。
三人も釣られるように座り込み、促されるままペットボトルを開く。ペットボトルを開き匂いを嗅いだ明が問う。
「これってなんなんです?」
「身体を癒すアイテムだ。これもある種の遺物という訳だ。琉希にはダメージを、残る二人には精神力を回復する効能のあるモノを渡している。飲むのに抵抗があるなら身体にかけるでもいい。もたらす効果はさして変わらん」
そういうと会長自身も外套の中から器に入った飲み物を取り出し口につける。琉希と明は、会長と同じように飲み物に口をつける。和真は飲まずにかける方を選んだようだ。
一番劇的な効果があったのは琉希で、身体の傷がみるみる塞がっていく。回復しなくても良い全快状態になったと明が驚いている。
「さて、君達は能力が綺麗に同時運用する前提になっている。この不自然さは一旦置いておくとして、能力の使い方がなってない」
「なっていない、ですか?」
「そうだ。能力は人によって方向性は違うけれど、想像の可否が非常に重要な訳だ。だからそうだな……アニメなんかで言う詠唱。あれなんか良い例だ。決まったフレーズを口に出す。その間に自身の中でその結果起こる事象がより明確になる。そのうち回数をこなす内に省略出来るようになる」
「その位俺らもやってますよ?会長。俺はワンフレーズ言うぐらいになりましたし、コイツらに関しては殆ど何も言ってないっすよ」
琉希が親指で、明と和真を指さす。指さされた明と和真はうんうんと頷く。
「……なんなら、明は端から言ってない」
「あれ?そうだったかな?忘れちゃったよ」
「話はまだ続きがあるんだよ。想像した事の具体性が高ければ高い程能力の強度は上がる。例えば琉希、君の能力は壁役に寄ったモノだ。しかし、鎧を着込んだ重戦士のように受けきるのか、格闘技のよある程度受けつつも基本は受け流すのかそこがブレている。身体にオーラを纏うのは前者よりで、君の攻撃に対する動きは後者よりになっている」
先程の戦闘での統一されていない方向性それについて言及する美澄会長。その発言に、三人は感心した様に頷く。琉希はしばし考え込んだあと尋ねる。
「そこの不一致はわかりました。どちらかにイメージを固定すべきという事ですよね。会長ならどちらにしますか?」
「固定すべきとは言っていないよ。具体的なイメージ像がブレると中途半端になると言っているだけでね。あとどちらにするかという質問だけどね、それは外に答えを求めてはいけない問いだよ」
そういうと、飲みかけていたボトルをしめ、美澄会長は立ち上がる。
「敵ですか?」
その動作に、明は自分が気付いていない敵が近づいてきたのを、美澄会長が気付いたのかと思い問う。
「いいや、傷も癒えただろう。残りは進みながら話そうと思うがいいかな?」
同意した三人は、再び美澄会長を戦闘に歩き始める。会長の話は分かりやすく、長年の積み重ねによる能力に対する理解力が凄まじかった。三人は自身の能力の理解力の低さを恥ずかしく思うと共に、この人と敵対する事にならずに済んでよかったと心の底から思うのであっ
た。




