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孤児院育ちのリリア  作者: 雨天


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1/1

第一話 孤児院の娘は王女と呼ばれた



 王都の孤児院は、城壁の内側にありながら、王城から最も遠い場所にあった。


 石畳は細く、日当たりは悪く、冬になれば冷たい風が必ず吹き溜まる。だが、それでも人はそこに集められた。親を失った子ども、捨てられた子ども、戦争や疫病で行き場をなくした子どもたち。

 リリアは、その中の一人だった。


 彼女は特別に不幸だったわけではない。

 むしろ、孤児院の中では恵まれている方だった。体は丈夫で、病に伏すことも少なく、読み書きを教えてくれる修道女にも好かれていた。子ども同士の小さな諍いにも、積極的に関わらず、かといって孤立もしない。

 誰かの後ろに、いつも半歩下がって立つような少女だった。


 運命が彼女を見つけたのは、彼女が十三歳になった年の春だった。


 王城からの使者が孤児院を訪れた日、修道女たちはひどく緊張していた。

 王都では噂が流れていた。王妃の体調が優れないこと、王宮内で不穏な動きがあること、そして北方国境で戦雲が立ち始めていること。


 使者は、孤児院の子どもたちを一列に並ばせた。

 その視線は冷静で、感情がない。子どもを見る目ではなく、物品を検分する目だった。


 リリアは、呼ばれもしないのに前に出たわけではない。

 ただ、列の中で立っていただけだ。


 それでも、使者の視線は彼女の前で止まった。


「……王妃陛下に、よく似ておられる」


 その一言が、彼女の人生を分断した。


 翌日、リリアは王城へ連れて行かれた。

 着古した孤児院の服のまま、馬車に乗せられ、重厚な城門をくぐった。王城は、彼女が想像していたよりも静かだった。豪奢な装飾も、煌びやかな宴もない。あるのは、張り詰めた沈黙と、戦を前にした国の重さだった。


 王妃は、リリアを見た瞬間に顔を背けた。


「……似ている、ですって?」


 その声には、嫌悪と、恐怖と、そして拒絶が混じっていた。

 王妃にとってリリアは、自分の代替でも、慰めでもなかった。ただの不吉な鏡だった。


 王は、リリアを見なかった。

 正確には、見たが、記憶に留めなかった。王にとって彼女は「必要な存在」ではあっても、「意味のある存在」ではなかった。


 こうしてリリアは、「王女」として育てられることになった。


 だが、それは愛される王女ではない。

 公式の場に姿を見せることはなく、学ばされるのは礼儀と歴史、そして「王家の血統が尊い理由」ばかりだった。剣術も、政治も、戦のことも教えられない。

 彼女は、飾りだった。

 あるいは、失われたものを補うための影だった。


 その影に、戦争の足音が忍び寄っていた。


 カルトパロナ平野。

 王国が建国以来、一度も敗れたことのない要衝であり、王軍の誇りだった場所。


 敗報が王都に届いた日、城は一瞬で変わった。


 伝令の声は震えていた。

 軍は壊滅。将軍は討ち死に。旗は踏みにじられ、兵は散り散りになったという。


 その夜、王城の灯は消えなかった。

 だが、誰もが理解していた。王都は、もう守れない。


 リリアは、自室の窓から夜空を見上げていた。

 孤児院にいた頃と同じ星が、同じ位置で瞬いている。世界は何も変わっていないように見えた。


 それでも、彼女の中で何かが静かに崩れていくのを、確かに感じていた。


 ――私は、何のためにここにいるのだろう。


 王妃に拒まれ、王に顧みられず、それでも王女と呼ばれている。

 名前だけの存在。血の繋がらない王族。


 だが、その問いに答えが与えられる前に、王都は陥落する。


 そして、孤児院で育った一人の少女が、

 この国に残された最後の「物語」になることを、

 まだ誰も知らなかった。


 王都の孤児院は、城壁の内側にありながら、王城から最も遠い場所にあった。


 石畳は細く、日当たりは悪く、冬になれば冷たい風が必ず吹き溜まる。だが、それでも人はそこに集められた。親を失った子ども、捨てられた子ども、戦争や疫病で行き場をなくした子どもたち。

 リリアは、その中の一人だった。


 彼女は特別に不幸だったわけではない。

 むしろ、孤児院の中では恵まれている方だった。体は丈夫で、病に伏すことも少なく、読み書きを教えてくれる修道女にも好かれていた。子ども同士の小さな諍いにも、積極的に関わらず、かといって孤立もしない。

 誰かの後ろに、いつも半歩下がって立つような少女だった。


 運命が彼女を見つけたのは、彼女が十三歳になった年の春だった。


 王城からの使者が孤児院を訪れた日、修道女たちはひどく緊張していた。

 王都では噂が流れていた。王妃の体調が優れないこと、王宮内で不穏な動きがあること、そして北方国境で戦雲が立ち始めていること。


 使者は、孤児院の子どもたちを一列に並ばせた。

 その視線は冷静で、感情がない。子どもを見る目ではなく、物品を検分する目だった。


 リリアは、呼ばれもしないのに前に出たわけではない。

 ただ、列の中で立っていただけだ。


 それでも、使者の視線は彼女の前で止まった。


「……王妃陛下に、よく似ておられる」


 その一言が、彼女の人生を分断した。


 翌日、リリアは王城へ連れて行かれた。

 着古した孤児院の服のまま、馬車に乗せられ、重厚な城門をくぐった。王城は、彼女が想像していたよりも静かだった。豪奢な装飾も、煌びやかな宴もない。あるのは、張り詰めた沈黙と、戦を前にした国の重さだった。


 王妃は、リリアを見た瞬間に顔を背けた。


「……似ている、ですって?」


 その声には、嫌悪と、恐怖と、そして拒絶が混じっていた。

 王妃にとってリリアは、自分の代替でも、慰めでもなかった。ただの不吉な鏡だった。


 王は、リリアを見なかった。

 正確には、見たが、記憶に留めなかった。王にとって彼女は「必要な存在」ではあっても、「意味のある存在」ではなかった。


 こうしてリリアは、「王女」として育てられることになった。


 だが、それは愛される王女ではない。

 公式の場に姿を見せることはなく、学ばされるのは礼儀と歴史、そして「王家の血統が尊い理由」ばかりだった。剣術も、政治も、戦のことも教えられない。

 彼女は、飾りだった。

 あるいは、失われたものを補うための影だった。


 その影に、戦争の足音が忍び寄っていた。


 カルトパロナ平野。

 王国が建国以来、一度も敗れたことのない要衝であり、王軍の誇りだった場所。


 敗報が王都に届いた日、城は一瞬で変わった。


 伝令の声は震えていた。

 軍は壊滅。将軍は討ち死に。旗は踏みにじられ、兵は散り散りになったという。


 その夜、王城の灯は消えなかった。

 だが、誰もが理解していた。王都は、もう守れない。


 リリアは、自室の窓から夜空を見上げていた。

 孤児院にいた頃と同じ星が、同じ位置で瞬いている。世界は何も変わっていないように見えた。


 それでも、彼女の中で何かが静かに崩れていくのを、確かに感じていた。


 ――私は、何のためにここにいるのだろう。


 王妃に拒まれ、王に顧みられず、それでも王女と呼ばれている。

 名前だけの存在。血の繋がらない王族。


 だが、その問いに答えが与えられる前に、王都は陥落する。


 そして、孤児院で育った一人の少女が、

 この国に残された最後の「物語」になることを、

 まだ誰も知らなかった。

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