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さよならビリー編

 ハピネスセンター行きのバス「大きくてスイマセン号」が出る。

 そうアナウンスが聞こえた。

 ニガみ走ったアフリカ系アメリカンが言っていた通り、とても時間通りとは言えなかった。

 おれは時計を捨てるべきか?

 いや、こいつらの脳みそに時計を埋め込むべきだろう。チク、タク、チク、タク。

 秒針が動くより遅いニューロンなんて持ってどうする?それともプロテスタントどもの労働は祈りだから鈍いのか?


 

 白い豚どもが、次の戦争まで余興としての社会をやってるから仕方ない。

 本来なら他人の土地を奪って終わりのはずが、いまじゃ惑星イースの法律を輸入しちまったもんだから文明は終わりかけている。

 せっかくの資本主義だってそうさ、マンコ持ちを大事にし過ぎて価値観が逆流しちまった。

 男女平等の夢は破れたんだ、連邦も合衆も果たされたなかったように。

 だからベルリンの長城がそこかしこに建てられるのも仕方ない。

 おれたちは分裂した。精神みたいにな。


 腹が減ったので、鶏肉とカシューナッツの炒め物でもつまもうと、駅前にある中華系遊牧民のレストランに入った。

「この店の味には秘密があるんだぜ」

 勝手にテーブルの反対側に座った全身タトゥーだらけのモヒカン野郎は、自分をビリーだと紹介してから

「ウィリアムって呼ぶなよ、俺はその呼び方が嫌いなんだ」と言って笑った。


 テキサスブロンコでも間抜けだオランダ野郎でも無さそうだ。

 おれは追い払わずに話を続けることにした。

「それで、この店の秘密ってなんだ?」

 作り置きの揚げダンプリングを黒酢みたいな臭いのする安い醤油に浸して油を落としながら尋ねた。

 どうせ地溝油を使ってるとか何だとか言って、おれが吐いてる最中に荷物をかっぱらっていくんだろ?



「ここの油はヤバいぜ、ほらいま丁度やってるところだ」

 ほら見ろ、時代遅れでアクビが出そうになる。鎖国でもしてたのか?

 おれはビリーが顎で示す先を見もせずに

「地溝油だろ?だから色んな味がするんだよな」

 諦めたビリーは、おれの大皿に積まれた揚げダンプリングをひとつ、そのまま口に運んで噛んで笑った。

「なんだ、知ってたのかよ」

「俺の故郷でも鍋を洗わない奴がいるから、似たようなもんだろう」



 目の前にある醤油や揚げダンプリングの油鍋が何度復活したのか、その表面に張られた油膜にプロテスタンティズムと資本主義の精神を見ながら印を結んだ。

「それはなんだ?」

 今度はビリーが興味を引かれる番だ。

 おれは話を逸らせる。

「故郷にはキリストが9人いるんだ」

「クリスマスが9回あるのか、大変だな」

「変わらないさ、アブラハムには子供が7人いるだろ」

 そう言うことだよ、と言って席を立った。

 知ったかぶりビリーは分かりもしないのに納得した顔で便所に向かう。


 尿路結石気味のビリーがやたら長いションベンをする間に、おれは他人より一回多い夏休み気分で100sの煙草を吸い終えた。

 吸い殻を指で弾くと遠くまで飛んだ。

 その吸い殻を片付ける年老いて禿げつつある上に干した野菜みたいに醜い皺とスラムのカーペットにも似た無数のシミに皮膚を侵された掃除婦が、自分を懐胎した聖なる存在では無いことに感謝しつつ、ここ数世紀は仕組みの変わらない便器と言うものについての利権闘争を地面に落ちた陰毛から読み取ろうとしていた。


 ビリーの尿道が摩擦に耐えきれず赤い血を出し始めた頃になると、ハピネスセンター行きのバスは乗車を開始した。

 さようなら、もう二度も会うことはないだろう。

 別れは死ぬよりマシだ。

 服が汚れずに済む。


 おれは大きくてスイマセン号に乗り込むと、窓際にリュックを置いて通路側の椅子に座るシュメール人によく似た顔の男に声をかけた。

「欲しいものリストは乞食的な行為である、と言う一点に於いては君と同意だ。

 だがスノッブなおれやお前は、競馬場やパチンコに行こうがソープに行こうが──またはそれらを毛嫌いした格好つけで嘆こうが──酒を飲もうが煙草を吸おうが、どこまでいっても無頼には慣れず祝福されたりはしない」

 だからその鞄を窓から放り投げるか、大人しく席を譲れ。



 巨大な目のシュメールは眼鏡のレンズ内で血管を節足昆虫のように動かしながら黙っておれを見ていた。

 あと一押しだと感じて畳かける。

「おれたちは堕天使にはなれない。

 楽園を追放されたりしない。例え肉体を檻から外に出したとしても、その精神は絶対に檻から、柵から出たりはしない」

 シュメールは諦めて窓際の席に置いたリュックを座席の下に押し込んで椅子に座った。

 おれはため息と同時にシュメールが残した体温を感じられる座席に腰掛けた。


 次はシュメールの番だ。

「新日本と全日本はどっちが好きだ?」

 シュメールはおれに訊く。

 ウンザリさせて席を移させようって魂胆か?

「悪いな、俺はドラゴンゲートしか知らないんだ」

 眠らせてくれ、おれは疲れた。

 さもなくばお前も疲れる事になるぜ。



 

 そう、テキサスブロンコは死んだ。

 だからバスジャックは起こらなかったんだ。本当ならテキサスブロンコは、ニガ味走ったアフリカンアメリカンほどある馬並みのナイフを手に通路をうろついて、誰かを刺す前に高速警察に捕まるはずだった。

 だけどあいつは死んだ。

 おれが間抜けなオランダ野郎を爆殺した時に巻き込まれて死んだ。

 これで世界線はひとつに回収される。



 つまり今夜は安眠ができる。

 だから、これで終わりなんだ。

 だから、おやすみ。


 大きくてスイマセン号がバスターミナルを出るころ、ようやくションベンを終えたビリーは置いていかれたと思って泣いた。

 おれたちは知り合って間もないと言うのに、何がそんなに大切だったんだろうな。

 ハピネスセンターに行けばわかるだろう。

 おれは目を閉じた。

 開かなかったらどうしようか?

 でもハピネスセンターなら大丈夫だろう。


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