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【まいにち投稿】結婚できない女が『普通の男でいいのに』って言ってたら、神様が本気で婚活させに来た。/『泡沫 月華の縁結び〜だから、普通の人でいいんです〜』  作者: 蜂屋すずめ
地獄の自由恋愛まつり

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第七話:笑顔の奥に、なにが見える?


「結衣子さん、場所変えませんか。この店の雰囲気、ちょっと合わなくて……もう少し静かなとこ、知ってるんです」


風間がグラスを置き、穏やかな表情を向ける。


一瞬、風間の表情が翳った気がした。けれど、すぐに笑顔に戻る。


横浜を模した幻想の街に、夜風がゆらりと吹き抜ける。

駅前に並ぶ和洋折衷の楼閣が、提灯とネオンを同時に灯しはじめる頃。

街路樹の青葉がそよぎ、どこかで風鈴が微かに鳴った。

結衣子は、その幻想に身を預けるように、小さく頷いた。


(大丈夫……だよね?)


街コン。参加費、女性は1,500円、男性は7,500円。

安くはない金額だ。わざわざそんなお金を払ってまで、ただの遊び目的なんてことある?


無料のマッチングアプリなら、そういう男もいた。何人もいた。でも今日は違う。



「その角を曲がったら、すぐなんだ」



風間はそう言って、柔らかく手招きする。


(──ほらね、やっぱり優しい)


彼は、あの短い時間で、何度も私のことを褒めてくれた。

趣味が合って、ノリもぴったり。今日の出会いは、たぶん運命。

いや、運命であってほしいと、そう願ってた。


誘われるままに、一歩。

次の角を、曲がる。


(お願い、二軒目。ちゃんとしたバーであって)


だが、その先にあったのは──

欲望が迷い込む、艶と妖のあわいだった。


駅から少し離れたこの一帯は、提灯と瓦屋根が連なる“艶の裏路地”

──地元の者でさえ足を踏み入れるのをためらう、夜の花街。


路地の隙間には、朧のように灯る看板がいくつも揺れている。

“湯屋風隠れ宿”、“男女逢瀬処”、“癒しと悦楽の桜館”──

艶やかな紅と金の光が、夜の帳を妖しく染めていた。


(ちがう、こんなはずじゃなかったのに……)


風間が、ふと足を止める。

その視線の先──


千本格子の扉と金屏風を模した外観。

白く光る“花宴”の文字が、いやらしく浮かび上がっていた。


「ここ。ちょっとだけ、休憩しよ?」


そう、──ラブホテルだった。


(……なんでよ…)


笑顔が、張り付く。

頬がひきつっているのが自分でもわかった。


「どういうこと……?」


思わず漏れた声に、風間は肩をすくめる。


「いや、ちょっとだけ。歩き疲れたし、ゆっくり話せる場所の方がいいかなって」

「静かなとこで、ちゃんと話したいんだ。ね?」


その声音は、優しかった。

でも──どこか、甘すぎる。


(……こんなこと、何度も経験してきた)


最初は戸惑うのに、言いくるめられて……

最後には、目の前の出来事を、自分に都合よく解釈しようとする。


(だって……今日は街コンだよ?)

(マッチングアプリじゃない。男の人は高いお金払って来てるんだよ?)


──本気で、結婚したいんじゃない?

あんなに褒めてくれて。笑ってくれて。

もしも結婚するなら、体の相性も大事って思うの、普通じゃない?一緒に過ごす人なら、全部が合う方がいいはずで──


(……ちがう)

(これ、全部、“行っていい理由”を探してるだけだ)


もうひとりの自分が、冷たく囁く。

風間の笑顔の裏側に、うっすらと透けて見える何か。


その声が、はっきりと形を持って言葉になったのは──

たぶん、神様とハッピーの存在を、思い出したから。


──風間さんは、私を選ばない。


あの二人なら、きっとそう言う。


私は、ただ寂しかっただけ。

誰かに肯定されたくて、夢を見ていたかっただけ。


「風間さん。ごめんなさい」


そっと、彼の手を振りほどく。


「私は……行かない」


風間が、目を見開いた。


「え、いや、ちょっと待って?怖くなっちゃった?大丈夫、何もしないって」

「ただ、ゆっくりしたいだけだから」


「ちがうの。……私、本気で、結婚したい人と、こういうことしたい」

「大事にしてくれる人とじゃなきゃ、嫌なの」


一歩、下がる。


「……ねえ、そんな硬く考えないでよ。大人同士なんだしさ」

「てか、俺、結衣子ちゃんのこと、すごくタイプなんだよ?」



口調が、少しだけ雑になる。

目元の笑みが、妙に引きつっていた。


「……大丈夫だから、ね?ね?」


「……っ、やめてくださいっ」


腕を掴まれた。引き寄せられる。


「っ、いやぁッ!!」


その叫びと同時に──


——ズドォォォン!!!!!!


夜空が裂けた。


白く閃く稲妻が、建物の壁面を貫くように落ちた。


「ぎゃあああああああああああああッ!?!?」


「ええええええええええええ!?!?!?!?」


(……なんともない。掴まれてたのに、私には落ちなかった…?)


雷は、風間だけを選んでいた。


雷光のなかから、ゆっくりと現れる長身の影。

真っ白な和装をまとい、冷ややかな目で風間を見下ろす。


後ろには──腕を組み、じと目で睨むハッピー。


「言ったはずだ。“差のあるふたり”であろうとも、心を重ねれば縁は結べると」

「故に——静かに見守っていた」


その目が、そっと結衣子を捉えた。


「だがこの男……煩悩の皮を被った欺瞞の塊に過ぎぬ」

「こんな者に縋っていては、いずれ本当に——戻れなくなるぞ」


「貴様、この娘と結婚する気はあったのか?」


神が風間に問いかける。表情は静かで、ひとつの怒りも見せていない。


「は、はぁ!?も、もちろんっすよ!」


——ズドン!!!


「ぎゃあああああああ!!!!!」


風間の背中に、再び雷が落ちる。


「……すまない。言い忘れていたようだ」

「この世界で私に“嘘”をつくと、雷が落ちる仕様になっていてな。何度でもだ。正直に話せ」


ハッピーがふっと笑い、肩をすくめる。


「よう言うわ……落としたいだけやろ」


「っ、く……ふざけんじゃねぇ……!!」


風間が立ち上がる。目が据わっていた。


「ああ、わかったよ!クソ女ァ!!てめぇ、その程度のナリで美人局とかしてんじゃねーよ!!畜生が!!!」


「……!」


「チッ……大して可愛くもねぇくせに。夢見てんじゃねーよ」

「胸もねぇ、年も食ってる、なのに理想ばっか語ってさ。誰がてめぇなんかと結婚すんだよ。——一発ヤって終わりに決まってんだろ、バーカ」


……ばちん、と何かが弾けた。


「……ッ」


身体がこわばる。頭が真っ白になる。


言葉よりも、温度が先にきた。


ハッピーは、何も言わずに結衣子を抱きしめていた。


「……言いたいことはそれだけか?」


「ッハ……この雷撃、どうやってんのか知らねぇけどよォ、俺にこんなことしてタダで済むと思うなよ……!」

「俺のバックにはなぁ……“そういう筋”の人間がついてんだよ……!!」


(それって……なんか、“ヤバい系の人”ってこと?)


「ど、どうしよう……」


結衣子がふるえながら神を見上げる。


「心配はいらん。目が覚めたときには、我らの存在など、綺麗さっぱり忘れていよう」

「——ただし、この痛みと、震えるような恐怖だけは……その身に深く刻みつけておく」


「……なっ……!?お、おい待て、やめ──」


——ドォン!!


「ぎゃああああああああッ!!」


「女遊びは分不相応だ」


——ドォオオオオオン!!!


「いぎゃあああああああああッッ!!」

「……ひゅ……ひゅみまひぇんれひた……」


「も、もういいよ……!ありがとう!ありがとう、神様!」

「……私が、私が悪かったの!ついていった私が……!!だからもう、やめてあげて……!」


「……ふん」


神がひとつ鼻を鳴らす。

風間はその場に転がり、ピクピクと痙攣していた。


「……忘れるな。我らの目は、常にお前の上にある」


——その言葉を残し、風間を転がしたまま、結衣子は神とハッピーと共に、夜の闇に溶けていった。





「結衣子ぉ……怪我はないか?」


ハッピーが、そっと顔を覗き込む。


艶の裏路地を抜け、三人は“幻灯の大通り”へと出た。

染め抜きの暖簾が風に揺れ、灯篭の光が石畳にやわらかく滲んでいる。

並び立つ楼閣は、和と洋の意匠が溶けあった幻想建築。──どこか現実の記憶をかすめる、不思議な通りだった。


「……うん、大丈夫。……でも」


ぽつり、ぽつりと、言葉がこぼれる。


「……やっぱり、ダメだった。“街コンなら安心”なんて、都合よく信じちゃって」

「参加費が高いから本気──なんて、言い訳でしかなかった」

「夢見て、勝手に期待して、勝手に裏切られて。……たぶん、ただ“運命”って、思いたかったのよ」


少しの間を置いて、神は静かに口を開いた。


「出会いの場は多くあれど、“即座に人と交わる”ことを是とするこの仕組みは、真実を求める者にも、欲望のままに動く者にも、平等に開かれている」

「それ即ち、“無防備である”ということ。欲に囚われた者にとって、これほど都合の良い“狩場”もあるまい」


神の言葉が、やけに冷静に響いた。


「……どうすれば、見抜けたのかな……?」


「せやなぁ〜……話しぶりとか、視線の動きで分かることもあるんやけど……まぁ、難しいわな」


「真偽を見定めるくらい、たやすいことだ」


ハッピーが、口元をゆるませた。


「おぉ!せやせや、さっきの見抜き方、最高やったで!」


「さっきの……?」


「例のモニタリング……“神モニター”の、サーモグラフィーモードで確認してみたんやけどな」


「サーモグラフィーモードって!?」


結衣子が思わず身を乗り出すと、ハッピーが、したり顔でモニターを表示する。


「ほれ。脳みそより先に、股間の方が真っ赤っ赤やったわ」


「ぎゃあああ!!!私あいつの股間と会話してたんかい!!!ばっかじゃないの!?」


怒鳴った自分に、結衣子は少しだけ驚く。でも──声に、力が戻っていた。


「……ほんまに安心なんは、入会金払って身分も年収も証明された、結婚相談所だけや」

「神さんの紹介も、それに近いと思ったらええな」


(……やっぱり、私にはお見合いしかないんだ)


これ以上、二人を振り回すわけにはいかない。

自分で選ぶって決めたのに——結局、私ひとりじゃ、何も見抜けなかった。

……その結果が、このザマだ。


結衣子は、軽く肩を揺らした。

震えを隠すように、両腕をそっと抱きしめる。


深呼吸をひとつして、顔を上げた。


「……もう一度、お見合いをお願いできますか」


その言葉に、神が首を振った。


「いや、いい」


「──え……?」


「今の君は、まだ“納得していない”ようだ」

「このまま結婚できたとしても──それは“幸せな結婚”とは言えない。……そうだろう、犬」


「……うちも、そう思う」


ハッピーの声は、いつになく真剣だった。


「でも、私……」


視線が伏せられたまま、結衣子の声がかすれる。


「案ずるな。我々は後ろにいる。納得できるまで、やってみろ」


神の言葉に、結衣子の視界がじわりと滲んだ。


「……ありがとう。ありがとう……!わたし、やれるだけ、やってみる!」


「ワッハッハ!こんなサービス、普通は無いで!?」

「まーったく……結衣子はしっかり見といてやらな、危なっかしくて敵わんわ!」


ハッピーがしっぽをふりふりしながら、声を張る。


「うちが人間の姿に化けて、ついていかなアカンかもな!」


「えっ!?そんなこと、できるの!?」


「へっへーん!すごいやろ!なぁ、神さん、化けてええ?」


「やめておけ。うるさくなるだけだ」


「ひどッ!」


ふたりの掛け合いに、思わず吹き出す。

結衣子は、涙の名残をそっとぬぐった。

ほんの少しだけ、心の靄が晴れていた。


…その時、神の肩から、ぬるりと何かが這い出た。


「ぎゃあああああっ!?!?」


通りを横切っていったのは──

人間ほどの大きさのカエルの妖怪。

ぬめっとした肌に提灯をぶら下げ、ぺた、ぺた、と足音を響かせながら進んでいく。


その背がぴたりと止まり、ちらりとこちらを振り返った。

じと目で結衣子を一瞥し、何とも言えない顔をして──

また無言で、ぺたぺたと歩き去っていった。


「い、今のなに!?出てきたよ!?神様の肩から!!」


結衣子が指差す先を、神はちらりとも見ずに答えた。


「通行人だ。我らが見えていないだけだ」


「あ、そういうこと!?……てことは、今の私、一人で叫んでるヤバい女じゃん!?」

「そういうの先に言ってよ!!」


「…すまない」


「ダ〜ッハッハッハ!忘れとったわ!」


「わ、忘れんな!!てか、今もめっちゃ見られてるから、ちょっとこっち来て!」


人気の少ない裏通りへ、ふたりをぐいっと引っ張る。


「……もう、恥ずかしいからさ。みんなにも見えるようにしといてよ!」


「えー?いややわ面倒くさい」


「……私のような者が常に隣にいれば、君に好意を寄せる男性たちが引いてしまうだろう」


「……たしかに、こんな神々しいイケメンがいたら…って、違う!こんなヤバい女、男どころか、人っ子ひとり寄り付かなくなるわよ!」


「それ、おもろいな」


「おもろくなーい!!……てか、見えないんなら、お見合いの時にわざわざ離れてモニタリングする意味なかったじゃん!」


「……我らが全ての会話を聞くとなれば、君たちの間か、真後ろに立つことになる。私は構わんが、君はそれでもよいのか?」


「よくないです。続けてください」


「ほな、行くでぇ。うちら、なるだけ黙っとくさかい」


三人は再び、大通りへと戻っていく。


「お姉さんひとり〜?俺と遊ばない?」


声をかけてきたのは、着崩した着物姿のチャラ男──

……に見えて、馬のような顔をした妖怪だった。


「……確認なんだけど、お兄さん、いくつ?」


「え、おれぇ?34〜!」


「……よ」


「へ?」


「嫁を大切にしろおおおおお!!」


ドゴッ!!


結衣子の腹パンが、妖怪を貫く。


「ぐはっ!?」


「地獄へ堕ちやァ!!」


ハッピーが姿を現し、顔面に引っ掻き三連撃。


「うわっ!?いでででで!!」


「……まったく」


神の雷撃が、トドメのごとく馬面に落ちた。


「ぎゃあああああああああああ!!!」


黒コゲになった妖怪が、道端に転がる。


「……まあ、必要に応じて姿は見せる。安心しろ」


「こいつの記憶も、消しとかんな」


「よ、よろしくお願いします……」


(……ほんと、婚活に特化しすぎだよ、この世界)





神殿の森へと足を踏み入れると、あたりはすでに闇に沈んでいた。


「……さて、“出会いの時代”と言ったな。あてはあるのか?」


「うん。行ってみたい場所があるの」


「ならば導け。“納得できるまで”とは言ったが──あまり悠長にはしていられないからな」


結衣子は頷いた。強く。

ひとつ深呼吸して、前を向く。


(──次に向かうのは、独りで婚活していた頃の私自身には、縁のなかった場所)


出会いに向かう怖さを、また思い知った。でも──


(今の私には、ふたりがいる。だから進もう)


逃げても、迷っても。

それでも、ちゃんと自分で決めたって思えるように。





次回:ご縁ガチャ、回してみた。

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