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【まいにち投稿】結婚できない女が『普通の男でいいのに』って言ってたら、神様が本気で婚活させに来た。/『泡沫 月華の縁結び〜だから、普通の人でいいんです〜』  作者: 蜂屋すずめ
地獄の自由恋愛まつり

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第六話:逃走先の街コンで


「……やっと、会えたかも」


笑っていた。自然に、心から。

結衣子は、自分でも驚いていた。


そうそう。

こういう、普通に清潔感があって、ちゃんと会話が成立して、こっちの話も聞いてくれて、笑わせてくれる——


そういう、“普通の人”を、ずっと探していたのだ。





若葉が揺れ、木漏れ日が風にさらわれていく。

やわらかな風が、袖の先をそっと撫でた。


ここは——神様がつくった、“結婚しなければ帰れない”婚活専用の異世界。


32歳、崖っぷち拗らせ婚活女・椿 結衣子。


ハイスペばかりと付き合ってきた彼女は、神に紹介された“釣り合いの取れた男たち”と向き合うなかで、思い知ることになる。


——現実って、こんなにシビアだったの!?


夢も理想も砕け散って、それでもあきらめきれなくて。

せめて、“普通の人”と出会いたい——その一心で、神の元を飛び出した。


いまは、“出会い”の時代。


自分の足で歩き、自分の目で確かめ、自分を好きになってくれる誰かを探していく。


その先に、“運命の人”が待っていると信じて。





──時は少し、遡る。


掲示板に貼られた《街コン開催!参加者募集中》というチラシが、ふと目に入った。


気になって、そこに記された詳細を読み込んでいくと——

“1人参加限定”の文字が飛び込んできた。


(……やった!)


結衣子の心に、火がついた。


“1人参加限定”というその条件が、まるで希望の光のように輝いて見えた。


「これなら……勝てる!」


即エントリーを済ませて、会場へ。

到着してすぐ、受付でもらったネーム札を胸につけながら、結衣子は深呼吸する。


(今日は“ソロ限定”の街コン!)


(つまり、友達同士の身内ノリとか、結婚する気ないのに相方に無理やり連れてこられた人とかは、いないってことよね……!)


(ならば……パッとしない男とマンツーマンで数時間を消耗するより、数打ちゃ当たる多対多!効率の良い婚活戦法で行く!!)


……そう、思っていた。

思っていたのだ。ほんの数分前までは。


しかし現実は、残酷だった。



会場内。

ほんのり灯るモダンな提灯が、空間全体をやわらかく照らしている。


壁際には、紫陽花と風鈴をあしらった小さな装飾。


時折ふわりと風が通り抜けるような気がして、それが仕組まれた風だとは思えなかった。


テーブルの上には、ろうそくのように揺れる、幻想の灯り。


聞き慣れない楽器のようなBGMがかすかに流れていて、現実のような、夢のような空気がそこにあった。


男性は4人、女性は2人。

女性が一人ずつテーブルを回って話すスタイルだった。


(……つまり、数打ちゃ当たる婚活戦法にぴったりってこと!)


目の前の席には、すでに3人の男性たちが腰を下ろしていた。

誰もが、何かしらの「不安材料」をまとっている気配。


(……うん、まぁ、見た目だけで判断するのはよくない。うん、よくない)


(問題は中身。トークだよ、トーク……!)



◆1人目:オオクボ(38)


「……」


「あ、あの……趣味とか……」


「ないです」


(喋った!!……いやでも、トーン低ッ!?)

(なに?威圧系?武士?それとも上司に“そろそろ君も落ち着きなさい”って言わてれて渋々参加してる人…とか!?)


「…………」


(……え、あの……何しに来たの???)


目線はずっと下。姿勢も固く、顔色も暗い。

笑顔ナシ。言葉ナシ。あたりに漂うのは、息苦しいほどの静けさだった。


(ちょっと待って、なんか、酸素薄くない?わたし、ここで死ぬ??)


1分後、結衣子は静かに箸置きを見つめた。



◆2人目:ナカジマ(26)


「俺ってマジで共感力すごいんすよ!マジで!」

「小動物の気配とかすぐ感じるし、職場の女子の髪型の変化にも3秒で気づくって言われて!」


「そ、そうなんですか……」


「あと俺、保育園の頃にひとりだけ昼寝できなかったタイプで!」


「お、おう……」


(ちょ、待って、なんで情報量だけ無限大!?)


(むしろ今、目の前の“この女の子の変化”に気づいてくれ!!)


目が合うたびに目力が来る。

手の動きも大きくて、終始ハイテンション。

どこまでも、“彼の中の”共感力だけが空回っている。


(うん……次。次いこ……)



◆3人目:フセ(34)


「…実家が、寺なんですよ」


「あっ、そうなんですか。落ち着いた雰囲気、すごく素敵です……」


(……なんかこの感じ、覚えある……)

(そうだ、佐久間さん……あのときと同じ、“こっちから盛り上げないと話が弾まない系”……!)


(……頑張れ、私……きっと彼は誠実タイプ……!)


「……先祖代々、禅宗で。いまは父が住職を……」


「あっ。じゃあ、将来的には跡を継がれるんですか……?」


「いえ、まだそこまでは……。ただ、祖父の代から——」



そのとき、静かに扉が開いた。


「……失礼します、遅れました」



(……あれ、今の声……)



一瞬、会場の空気がふわっと変わった気がした。

横を通り過ぎていく男性。黒と灰を基調にした羽織、刀帯、雪駄。

他の男性たちと同じはずの装いなのに——


(……あれ?和装って、こんなに……かっこよかったっけ?)


柔らかく整った髪、笑ったときの目元、さらりと着こなす姿勢。

それだけで、空気がひとつ変わった気がした。


「“悟りとは、日常の延長にある”と申しますが……」


(ちょ、無理。今、煩悩めっちゃこっち来てる。わたしの心の障子、今バキバキに破れてる)


「——たとえば、日々の掃除も“修行”として……」


(きゃー!いま笑った!……この世界、和装のポテンシャル高すぎない!?…え、なに?ごめん聞いてなかった。掃除がなんだって?)


「……うちの寺では、月初めに“心の塵払い”として——」


(…ごめん、ほんとにごめん。私、煩悩と戦う前から完封負けしてる)


——寺の君に集中できない理由が、“煩悩”そのもので本当にごめんなさい。



——南無三!!





「はじめまして。風間っていいます」


「あ、えっと……椿です」


「ネーム札、ちょっと曲がってますよ」


「……え、あっ、ありがとうございます……」


(ちょ、なにこの人……!)


声も、反応も、テンションも“ちょうどいい”。

地味すぎず、チャラすぎず、こちらの話にちゃんと笑ってくれる。


目を見て話すけど、じっと見すぎない。

“普通”って、こういうことじゃなかったっけ——?


「転職、考えてるんですよ。今は商社なんですけど……もっと広い世界で、自分の力を試してみたいなって」


「へえ……すごい。しっかり考えてるんですね」


「いやいや、そんな。椿さんの方がすごいですよ」

「……最初に話しはじめたときから、空気感がなんか、柔らかくて」


「えっ、わ、私ですか!?」


(えっ……なにこれ……えっ、なにこれ!?)


「うまく言えないんですけど、“一緒にいて落ち着く人だな”って、直感で思いました」


「そ、そんな……!」


「いや、本当に。声も落ち着いてて話しやすいし。ちょっと笑うときの目元も……」


「え、ちょっと、やめてください、そんな……!」


「あっ、照れてる!…かわいい」


(やばいやばいやばい!!こんなん……落ちる!!)

(やっぱ今日、来てよかったぁぁぁ!!)


風間は、手元のプロフィールカードにふと視線を落とす。

さりげなく内容を確認すると、自然な笑みを浮かべながら顔を上げた。


「旅行、お好きなんですか?」


「はい、最近は国内が多いですけど……屋久島とか、行ってみたくて」


「えっ、僕も!縄文杉、絶対見てみたいって思ってたんです!」


「うそ!?」


「ほんとです。俺、長時間移動とか平気なタイプで、車で8時間とか普通に走れちゃうんですよ」


「え、えっ、そんな人いるんだ……!」


「運転は任せてください。助手席、絶対退屈させませんから」


「きゃっ!楽しみにしてます〜〜!!」


自然と笑いがこぼれる。

心が、ふわっと軽くなるのがわかる。


「椿さんって……どんな人がタイプなんですか?」


「え、私?えっと……普通に清潔感があって、ちゃんと話聞いてくれる人が……」


「じゃあ僕、けっこう当てはまってるかも」


「……あ……はは……」


「こういうとこで出会って“なんとなく”って始まる恋も、悪くないですよね。タイミングって、大事だと思うんです」


(えええええ、待って!?待って!?)

(この流れって、まさか、運命とか、そういうやつ……!?)


「僕、実は今日あんまり気乗りしてなかったんですけど——来てよかったな、って、今すごく思ってます」


(あっぶな……あっぶな……落ちるって……)

(もう半分くらい落ちてるって……!!)


風間がふと身を乗り出し、手を伸ばしてきた。

指先がそっと髪をかき分け、頬に触れる。


「……あ。ちょっと汗、にじんでる」


そう言って、葡萄染のハンカチで、そっと結衣子の頬を拭った。


「この部屋、少し暑いですね。空調、頼んできますね」


(……やば。優しさの暴力……)


(え、え、これって“次がある”流れじゃない!?)

(風間さんと“次”の約束してる……え、付き合うの?え、婚活、終わるの?)


(もう……この人でいいかも……)


(だって、ちゃんと話聞いてくれて、笑わせてくれて、褒めてくれて、共通点もあって……)


(これって、運命……?)


(あっ、また同じこと考えてる……)

(……だめだ、好き。もう好き。付き合って、結婚して、今すぐ名字変えさせて……!!)




***




——あの日、少しだけさかのぼると。



「しばらく……ほっといて……っ!!」


結衣子は、勢いよく立ち上がり、神殿を飛び出していった。

神が止めようとするのを、ハッピーがそっと制する。


「……神さん。ええんや」


「だが……彼女には時間がない。こんな寄り道をしている余裕は――」


「せやけど、急がば回れって言うやろ?」


風が吹き抜け、縁側の風鈴がチリリと鳴った。


しばらくの沈黙のあと、ハッピーがぽつりと言う。


「今までの恋愛と、お見合いで出された男たちのスペックの差……頭ではわかっとっても、心が追いつかへんのやないかな」

「このまま誰かを“選ばされて”もうたら……きっと、ずっとモヤモヤしたまんまやで」

「それって、ほんまの“幸せな結婚”とは、ちゃうやろ?」


ふっと、やさしく笑って、続けた。


「せやから、今は……走らせたったらええねん。納得するまで、あの子のやり方でやってみたらええ。」

「長い目で見たら、これがいちばんの近道やでな」


神は目を閉じて、しばらく風を感じていた。


「……お前が補佐でよかった。」

「女心というのは……本当に、難しいものだな」


「せやろ?ハッピーちゃん様〜言う気になったか?」


「フッ、バカを言え」


どこかあきれたように肩をすくめながらも、神は微笑を浮かべた。


「……とか言うて!今の心を入れ替えた結衣子やったら、サクーッといい男見つけて結婚してしまうかもしれんな!ワッハッハ!」


「そうだといいがな………」

「……まぁ」



「……まぁ?」


ハッピーが不思議そうに神の横顔を見上げた——




***




「結衣子さん、場所変えませんか。この店の雰囲気、ちょっと合わなくて……もう少し静かなとこ、知ってるんです」


風間が、グラスを置いて笑った。


(え、えっ!?二次会のお誘い!?)


心臓が、ひと跳ねした。


(え、うそ……これ、“次”の流れじゃない!?)


「でも……」


(なんか……なんか、今……急に……)


ほんのさっきまで、あんなにやわらかく感じていた空気が。

ふと、少しだけ……濁ったように見えた。


声のトーンは同じ。

笑顔も同じ。

でも、何かが違う。

ほんの一秒前と、なにかが。


(……気のせい、かな?)


いや、たぶん……違う。

さっきまでと同じ表情なのに、なぜかそこに“温度”が感じられなかった。


でも、結衣子は頷いた。


「……はい、少しだけなら」


その瞬間、風間の目が細くなったように見えた。

笑っている。けれど、その奥が、読めない。


彼はすっと立ち上がる。


「じゃ、行きましょうか」


背筋は伸びていて、歩き方も軽やかで、迷いなんてまったくなかった。

その背中を、結衣子は思わず追いかけてしまう。


(……ま、まぁ、でも……)

(変な人ってわけじゃないし、優しいし、楽しかったし……)


(それに、せっかく誘ってくれたんだし……)


足音が夜の街に吸い込まれていく。

——風間の少しだけ後ろを歩きながら、結衣子は話を弾ませていた。


「……それで私、“君”とか、“ちょっと”みたいな感じで、その部署の上司に一回も名前で呼ばれたことないんですよ〜!それがずっと引っかかってて〜」


「へぇ〜……いいじゃん、それ」


(……ん?)


声の調子が、ほんの少し遅れて返ってきた。

まるで、気持ちが少し遅れて追いついてきたような——


「……あ、ごめん。今のって、なんの話だっけ?」


「あ、いえ……そういえば、日が長くなってきましたね」


「……うん、たしかに」


(……まぁ、たまたまだよね…)


夜の街へ消えていく、ふたりの影。

店の灯りが遠ざかり、足音が並ぶ。


……はずだった。


(……あれ…)


気づけば、風間さんの歩幅がほんの少し早まっていた。

いや、それだけじゃない。返事のテンポも、なんとなく——ズレている。


話しかけても、一拍遅れて返ってくる感じ。

まるで、用意されたセリフを探してから答えてるみたいだった。


(さっきの話、やっぱ聞いてなかったよね……)


背中が、遠く感じる。

歩く速さだけじゃない。少しずつ、心が離れていくみたいだった。


声も、笑顔も変わらないのに、あたたかさだけが抜け落ちていく。


空気の中に、微かにひっかかるものが混じっていた。

気のせいかもしれない。でも、それはたしかにそこにあった。


風間の口元が、わずかに歪んだ。





神は縁側に座ったまま、夜風を受けていた。

遠くで、鈴の音がひとつ鳴った。


あの時の会話が、風の中でふっとよみがえる。


『……サクーッと、いい男見つけて、結婚してしまうかもしれへんな!ワッハッハ!』


『そうだといいがな……』

『……まぁ』


『……まぁ?』


目を細め、遠くを見つめた。


……まぁ。


——本当に、いい男、ならな。



次回:笑顔の奥に、なにが見える?

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