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【完結】結婚できない女が『普通の男でいいのに』って言ってたら、神様が本気で婚活させに来た。/『泡沫 月華の縁結び〜だから、普通の人でいいんです〜』  作者: 蜂屋
私らしさが未来になる

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エピローグ〜人情の神・清玄は〜


——ここまで読んでくれて、ありがとよ。


お話は、これでおしまいだ。


え、俺?

“上司”とか“おっさん”って呼ばれてた神サマだよ。


……元人間だったって?

ふふん、それ覚えてるってことは、ちゃんと読んでたな。合格、合格。


……でもまあ、俺の人生なんざ、語るほどのもんでもねぇよ。


さ、行きな。


………


………


……え?どうしてもって?


まったく……ほんっと、読者ってのは欲しがりなんだからよ。


……しゃーねぇなぁ。


んじゃあ、聞かせてやるよ。


俺の話を。



***



平安の都に、その姿ひとつで人の目を奪う若者がいた。

名を、白鷺 清玄という。


面長の端正な顔立ちに、切れ長の目。

この時代には珍しい長身で、腰まで流れる黒髪を束ね、緋色の狩衣を身にまとう。

その姿は、まるで「絵巻から抜け出たかのようだ」と噂されていた。


——そりゃあもう、モテた。

泣く子も黙るどころか、姫君が泣きながら寄ってきた。


「まこと、まこと美しゅうございまする……!」

「お願い申しまする、我がために琵琶を奏でて……!」

「清玄さま、こちらのお召し物をぜひ……!」

「違いまする!清玄さまには、この藤色こそが最もお似合いにございます!」

「あぁん……尊き……!なんと尊きお方……ッ!」


そんな騒ぎは、日常茶飯事。

だが当の本人は、涼しい顔でそれを楽しんでいた。


「……ったく。今日も騒がしきこったな」


袖をひらりと翻し、女たちの前をゆるりと通り抜ける。

口元には笑み、目元には余裕。

若さ、美貌、そして高貴な血筋。恋の舞台に立てば、都じゅうの姫君がひれ伏すほどだった。


そんな清玄も、十八歳。

親たちからは「そろそろ妻を迎えろ」と急かされていたが、本人は聞く耳を持たない。


「焦るこたぁなかろう。我くらいの男ともなれば、女のほうから寄って参るってもんよ」


そう豪語しながら、今日も気ままに都を歩いていた。


——そんなある日のことだった。


京の五条、夕暮れの露店通り。

屋台の喧騒の中、風に乗って胡弓の音がかすかに響く。


その人波の中に、ひときわ目を引く女がいた。

涼やかな目元に、艶やかな所作。歩く姿も、扇の一振りすらも、どこか舞のようだった。

人並みに紛れていながら、まるで光の届かぬ水底で揺れる月影のように、現実からわずかに浮いて見えた。


小首をかしげて笑った、その瞬間だった。


清玄の目が、ぴたりと止まった。


「……ほぅ。なんだありゃ。愛らしいな」


家来の伝七が、ぎょっと目を見開く。


「ま、またですか清玄さま!?昨日も一条戻橋の姫君に……!」


「うるせぇな。佳き女を見かけて声を掛けぬなど、無作法ってもんだろ?」


緋の狩衣が風をはらみ、ひときわ鮮やかに翻る。

その瞬間、黒髪が陽の光を受けて艶やかに舞った。


「——そなた。名と齢、聞いてもいいか?」


女は一瞬、瞬きをした。

けれどすぐに目元を伏せ、扇を唇に添えて、ふわりと笑う。


「……紫乃と申します。十五にございます」


「紫乃、か。良き名だな。我の名は白鷺 清玄。……まぁ、我の名を知らぬなんてこと、言わせねぇけどな?」


「……まさか、あの“白鷺の美丈夫”……?」


目を見開く紫乃に、清玄はにやりと笑ってみせた。


「左様。例の“天が二物を与えし美丈夫”ってやつのな」


「……お噂は、かねがね。まさか、こうしてお目通り叶うとは……」


伏し目がちに頬を染め、そっと袖を握る紫乃。

絵巻から抜け出したような、その仕草に、清玄の気分は最高潮に達した。


「へへっ、まったく、罪深き男よのう!我ってやつは」


——こうして、“愚かな恋”が、始まってしまった。


都中の姫君を泣かせた清玄が、たった一人の女に泣かされることになるなんて。

——本人はもちろん、都じゅう誰一人、夢にも思っていなかった。





清玄は、あれ以来——

ほとんど毎日のように、五条へ足を運んでいた。


「たまたま通りかかったまでにて候」などと、もっともらしい言い訳を口にしながら、わざわざ徒歩で。

髪は結い直され、衣も香をたっぷりと焚いた、完璧な“お出かけ仕様”である。


——そして今日もまた、いた。


露店の団子をつまみながら、ふと通りを見やる、その姿。


「……あ、いたぁ!」


ぱっと顔を輝かせる主人を見て、後ろの伝七はげんなりと嘆息した。


「……またでございますか、若君」


「おぉい、紫〜乃っ♡」


道端で積んできた、薄紫色の花を手渡す。


「なんとまぁ、麗しき花を……!」

「またお越しくださったのですね!清玄さまぁ♡」


小首を傾げ、扇で口元を隠すその仕草。

どう見ても“そういう”女子である。にもかかわらず——


「あーっっ!いま名を、名を呼んでくれた!!紫乃ちゃんが、我が名を呼んでくれたーー!!いと可愛しーー!!」


「まぁ。かように喜ばれたら、わたくし、つけあがってしまいまするぞ♡」

「清玄さまにいただいたお花、すべて押し花の栞に仕立てましたの。……ご覧いただけまする?」


ちょこちょこと近付いたかと思えば、上目遣いでボディタッチをかます紫乃。


「えっ、えっ、うそ、ちょ、近っ……!紫乃ちゃん、今日も天照の末裔のごとしッ……!」


「まぁ。お嫌い、でした?」


「いやいやいやいや……嫌いとかでは決してなく……むしろ、あい好み申すというか……っ!!って、ああもう無理っ!!その笑顔ずるいっ!!尊しっ!!」


「う・ふ・ふ♡」


——伝七は、天を仰いだ。


「……だめだこりゃ……」


なまじ顔がいいものだから、余計に腹が立つ。

惚れた女の前でだけアホになる仕様らしく、しかも堂々と見せつけるタイプときた。


「こうなるともう駄目なんだ。うちの若様は……」


ぼやいた声も、当の本人には届かない。

今日もまた、ひとりの家来が、浮かれた若様の背中を、深いため息と共に見送るのであった。





その日も、食後すぐに父上が口火を切った。


「——清玄。そろそろ、妻を迎えてはどうだ」


「……また、その話でございますか」


清玄は肘をつき、目をそらしながら、茶をすすった。


「“また”ではない。これで三度目ぞ。年頃の男子が、いつまでも独り身というのも、聞こえがよろしくなかろう」


「わたくし、かようなことに興味はございませぬ。まだ早うございますし、しばしは自由に……心静かに暮らしたく思うておりまする」


「さては——」


父君は盃を傾け、静かに息子に目を向けた。


「心寄せる女子でも、できたか?」


「なっ……べ、別に……っ!そ、そんなわけ、あるはずがございませぬっ!」


「ほう…。よしよし、どこの姫君だ?三条中将の娘か?それとも、昨秋の御前試合で見かけた——」


「ちがいまする!」


清玄は机をばんと叩いて立ち上がると、咳払いひとつ、そそくさと腰を下ろした。


「ふむ……」


父君は、手元の盃をそっと置くと、俯く清玄に視線を落とす。


「……まさかとは思うが。身分の、低き女子か?」


「……」


清玄は答えず、湯呑をじっと見つめていた。

ふと、父君の眉がわずかに動く。


「そうか」


父君はひとつ、静かに長く息を吐いた。


「気持ちは、わからぬでもない。——されど、身分を越えた恋など、おぬしが苦労するばかりぞ。ましてや、“白鷺の家”の跡継ぎともなれば、なおさら……」


「……承知しております……」


清玄の声は、わずかに揺れていた。


けれどその目は、胸の奥の“たからもの”を、そっと守っているようだった。





月が高く昇った夜更け、紫乃の部屋の前。


「——紫乃!」


障子が勢いよく開かれ、風をまとった清玄が現れた。

髪は乱れ、目はまっすぐに紫乃を射抜いている。

その面持ちは、まるで月明かりを背に舞い降りた星のように、きらきらと輝いていた。


「……清玄様?このような夜更けに、いかがなされましたか……?」


「決めたのだ。そなたさえおれば、我は身分も、御殿も、何も要らぬ!」


「……まあ!」


「身分の違いなど、知ったことか!——紫乃、我が妻となれ!」


紫乃の瞳がそっと揺れる。

彼女は布団をかき合わせ、ゆるりと立ち上がった。


「……わたくしも、あなたをお慕い申しております」

「身分などではなく、あなたというお方を。たとえ逆境にあろうとも、共に歩んでまいります」


清玄は満面の笑みを浮かべ、ひとつ頷いた。


「うむ、ならば話は早い!」


「……え?」


「いざ、参ろう!」


「…………はっ?」


「駆け落ちじゃ!」


「ぅえええええぇぇぇえええええぇぇぇっ!?!?」


紫乃はその場で固まり、叫んだ。


「ま、まさか今すぐ!?夜も更けておりますし、簪も、履物も、まだ……!本気で駆け落ちなさるおつもりで!?」


「案ずるな、すべて我が背負う!」


「いや、安心できませぬっ!結婚とは、御殿に住むものではございませぬかっ!」


清玄はそんな紫乃の手を、優しく、しかし力強く取った。


「紫乃。そなたと共に生きられるのならば、身分も御殿も、すべて要らぬ!さあ、ゆこう!どこへなりとも!」


「えっ、えっ、ちょ、ちょっとぉおおおおおお……っ!」


——こうして二人は、月明かりのもと、あらよあらよと駆け落ちしていったのである。





山奥の小さな庵にて、清玄と紫乃は「慎ましき新婚生活」を送っていた。

——慎ましすぎて、もはや仙人の領域である。


清玄は毎日、ご機嫌だ。

薪を割り、野草を摘み、魚を獲り、畑を耕す。

「わが姫君のために」と、朝から晩まで働き詰めである。


だが——姫君の機嫌は、ひと月前から右肩下がり。

今や地底に達している。


「……あの、清玄さま。本日の汁も、草の味しかしませぬが」


「うむ!本日は殊に苦味が強うてな!薬効が高い証ぞ!」


「ほう……それで?いずこに効くと?」


「……たぶん……腸?いや、肝?今日の気分は肝だな!」


「……」


「あとは……そうだ、汁の匂い!そなたの美貌を引き立てておると思うたのだが」


紫乃は草汁の椀をそっと床に置き、それきり箸には触れなかった。


「ほれ、洗濯もしておいたぞ!昨日より白うなった気がする!」


「……これ、紅の絹ですけど?白うなったら、怪異ですわ」


「いや、これは……高貴な黄ばみが抜けて、神の御業のような透け感が——」


「もう結構」


紫乃は、そっと息を吐き、ゆるやかに立ち上がると、荒れた庵をぐるりと見渡した。

——土気色の壁、煤けた囲炉裏、床には草、鍋には灰。

その暮らしは、静かに絶望を煮しめていた。


「……ねぇ、清玄さま。御殿からのお迎え、まだかしら」


清玄は、にこにこと笑って応じた。


「迎えなど来ぬ。もう、すっぽり抜けたぞ、身分」


「…………」


姫君の眉間に刻まれた皺は、もはや地層である。


「我は、そなたといられるならば、身分も御殿も要らぬと申したであろう?ほれ!」


囲炉裏に薪をくべながら、懐から取り出した薄紫の花を差し出す。


「そなたの瞳の色に似ておるだろう?……なあに、朝露に濡れた藤の花に見えぬこともない」


清玄は今日も、脳内桜満開である。


紫乃は、花をしばらく睨んだ。


「……ええ、申しておられましたね?されど!!」


花を投げ捨て、鍋の蓋を掴み、ばぁんと床に叩きつける。


「半年ですわよ!?半年!!ずっと耐えてまいりましたわよ!?こんな……毎日が雑草と羽虫と煤まみれの生活!!」


「いや、しかしこの囲炉裏の煙が……そなたの横顔を、美しく霞ませておるぞ……幽玄の美というやつじゃ」


「黙らっしゃいませ!!」


紫乃は振り返りざま、怒りの権化のような眼差しで清玄を睨む。


「わたくしはねぇ!!御殿からお迎えが来て、豪奢な膳をいただき、侍女に髪を梳かせ、香の焚かれた局で暮らす……そういう高貴な日々を夢見ていたのです!!」


「……で、でも、“身分ではなく、あなたをお慕いしているのです”って——」


「言いましたとも!?あの場の空気にて!!高貴な身分を手に入れて、御殿に入るために、ですわ!!」


紫乃は荒れた髪をかき上げ、煤けた袖を睨みつける。


「それがなに!?髪は乱れ、着物は焦げ、香も焚けぬ!これが“愛の暮らし”と申されますの!?」

「そなたなんぞ、身分を取ったらただの阿呆な色男!何か申せば、二言目には美貌、美貌と……!わたくしの取柄は、顔ばかりにございまするか!?」

「朝な夕な、羽虫にたかられ、雑草を煮た汁をすすり、着物はすべて煤まみれ!!わたくし、炊事のたびに命懸けなのですけど!?火の粉で眉毛、燃えたのですけどぉぉぉ!?」


清玄は息をのんだ。


「……でも、あれじゃろ?眉毛、筆で描いておったから気づかなんだぞ。むしろ凛々しゅう——」


「三日間ずっと、木炭でしのいでおりましたのよ!?……炭!!顔面に炭!!」


清玄は黙っていた。囲炉裏の火が、申し訳なさそうにぱちぱちと鳴る。


紫乃は荒々しく戸を開け放ち、冷たい山風の中へ飛び出していった。


「無理!無理無理無理ぃっ!!雑草と煤と阿呆に囲まれて死ぬなど、絶対に無理ぃぃぃ!!」


「し、紫乃ぉぉぉ〜〜〜〜〜!!」


叫びは、しょんぼりと山に吸い込まれていった。


清玄は、ひとり鍋を見つめた。

——湯気は立っても、希望は立たぬ。


草汁の香りが、しんしんと夜に溶けていく。

そして、焦げた眉毛の亡霊だけが、ふわりと残った。





紫乃がいなくなったのは、そのひと月後の朝だった。


わずかな着物と、わずかではない金目のものを風呂敷に包み、どこぞの男とともに、音もなく姿を消した。


清玄は、三日ほど呆けたのち、親のもとへ出向いて土下座した。


「……申し訳ありませぬ。姫君は……男と逃げました」


ぼたぼたと、畳に涙を落とす清玄。

父上は、ため息ひとつ、肩をポンと叩いた。


そして、間もなく縁談を組んでもらうこととなった。


相手は、紫乃ほど華やかではないが、いつも機嫌がよく、子を産み、育て、白鷺家の嫁としてよく働く女だった。


たぶん、火の粉で怒ることもなく、草汁にも文句を言わず、着物に穴が開けば笑って繕ってくれる、そんなタイプの嫁。


清玄は、穏やかで、実に人間らしく、満ち足りた毎日を過ごした。


その妻に支えられ、政の才を磨き、出世して、人々に慕われた。


そして五十七の春、囲炉裏の火を眺めながら——


「……ありがてぇ人生だった」


静かに、笑って、息を引き取った。


妻と子、孫たちに囲まれて。

庭の片隅、咲き遅れた菜の花が、囲炉裏の湯気の向こうで、静かに風に揺れていた。





目が覚めると、そこは真っ白な部屋だった。


「あ、ここが天国かぁ。……本当にあったんだぁ」


「天国!?んなもんあるかぁ!!」


怒号とともに、机がどんと鳴る。吠えたのは——馬だった。

人間のように立っている。というか、馬なのは顔だけで、体はどう見ても人間だ。


「え!?ないの!?てか馬が喋ってる!なんで!!……あ、わかった!牛頭馬頭ってやつ!?」


「はぁ!?なんだそれ、知らねぇよ!神だからに決まってんだろが、この野郎!!」


「……あ、あぁそう……」


机の上には、「人間カルマ集計」「業深度リスト」など、物騒な書類が山積みだ。

奥から、牛が現れる。こいつも顔だけ牛。


「……生き物は死んだらなぁ、魂がここ、天界に集まって、良い魂から順に転生してくんだよ」


馬頭がうなずく。


「良い魂は、次も人間になりてぇとか、ここの家に生まれてぇとか……転生先もある程度選べる。でも悪い魂は……俺たちの采配で、ミジンコにでもしてやろうか!ギャハハハ!」


牛は巻物を読み上げながら、すぐ横で逃げかけた魂をムチで打ち、巻物でぐるぐるにして回収している。


「あーー、やっちゃってんな?てめぇ。好物は牛です。だとぉ!?」

「我らを家畜と呼び、こき使い、挙句に喰らいやがって!この恨み、家畜百回転生の刑でも足りぬわ!!」


「……え、えぇ……何それ、私情100パー……?」


清玄は引きつった笑みを浮かべた。


馬の神がジト目で見てくる。


「……で、お前、どうすんの?」


「……え、なにが?」


「転生先だよ。お前の記録見たけど、選べるらしいぜ?」


「あ、いいの?我、牛、好物だけど」


「馬食ってねぇからセーフ。運がいいな」


「あ……そういう感じ。……てか、人間って、ずっとこんな扱いされてんの……?」


清玄は、思わず立ち尽くした。

そこには、慈悲も同情も、ましてや愛もない。

ただただ、恨みを晴らすためだけに働く“神”たち。もはや復讐代行業である。


「……なんつーか、神様って、もっとこう、ありがたい存在じゃなかったんだ……?」


「さぁな。俺たちゃ元家畜だ。俺もあいつも、人間への恨みを晴らすために神になったんだ!」


清玄は、しばし考える。


「……なぁ、紫乃って、どうなんの?」


「紫乃ぉ?あー、お前の元嫁ね」

「……うわ、こりゃすげぇな!まさに悪女!!これ、そうそう転生できねぇな。ここで俺らのサンドバッグになりながら、ミジンコ輪廻地獄ってとこだ!」


馬頭は、俺の人生記録っぽい巻物を指差してゲラゲラと笑った。


「……そうか」


「なに?情でも湧いたか?無駄無駄。人間ごときが何を言おうが!文句があるなら神になってから言えっての!」


「……人間って、神になれねぇの?」


「なれるさ。希望すりゃ誰でも。ただし一度なったら輪廻にゃ戻れねぇ。耐えられる奴はいねぇよ」


「……そっか」


「お前もここで働くか?天界は常に人手不足でよ。“紫乃”に恨みがあるなら、一緒に懲らしめてやってもいいぜ?」


「………」


清玄は、じっと自分の手を見つめた。


魂だけの状態とは、なんとも心許ない。

生きていた時と変わらぬようでありながら、どこか決定的に“足りていない”。

その無力さが、剥き出しのまま、じわじわと心を侵食してくる。


どうしようもない寂しさと、寒さ。

それよりも、もっと深くにある、得体の知れない恐怖。


——なるほど、これはなかなか。


「資料を見せろ。そこにあるか」


「は?」


清玄は、物騒な資料が乱雑に積んである机を指差す。


「“天界の仕事”の内容を見るんだよ」


“虫でもわかる神さま入門〜基礎編〜”。

馬頭に渡された資料を、清玄はざっと読んだ。


「……そうか」


ため息をひとつ。


「……仕組みとしては、概ね合理的。だが、お前たちの作る天界には、根本的に欠けているものがあるな」


「なんだと?」


「“人情”さ」


沈黙。


「……“俺”、やるわ」


「は?やめとけやめとけ!どうせ後悔す……ヒッ!?」


馬の神が一歩、後ずさる。清玄の目が、本気だったからだ。


——紫乃。


あんときの俺は、馬鹿だった。


お互いのことを、よく知りもせず、いっときの感情だけで暴走して。

結婚してからも、お前の気持ちに、ちゃんと寄り添ってやらなかった。


んで、多分、お前も馬鹿だった。

俺の身分だけに惚れて、簡単に愛を囁いて。


でもさぁ、短い間だったけど、俺、楽しかったんだよ。


そんなお前が、安心してこっちに来られるように。

俺が整えといてやる。


だから、死ぬまでの間、悪事はほどほどにな。


——お前だけじゃない。

世話んなった奴ら、みんなのためにも。


俺は——人間が好きなんだ。


清玄は、まっすぐ馬の神を見据えた。


「……俺がやる。この天界の“人情”担当を」


「……お前みたいなやつ、見たことねぇ」


馬頭が呆れているのを見て、清玄はそっと目を伏せた。


「……人間にも、いろいろいるんだよ」


その瞬間、天界に、ほのかにあたたかい風が吹いた気がした。





紫乃が天界に辿り着いたのは、清玄が神となって間もない頃だった。


あの時の男とのあいだにできた子には、すでに縁を切られていたという。

彼女は、それからの人生——いくつかの罪は犯したものの、どれも、情状酌量の余地があるような、貧しさからくる小さなほころびだった。

それでも、人並みに笑って、楽しんで生きてきたようだった。


すでに清玄の手で整備された天界では、紫乃もまた正当に裁かれ、いまは——貧しくも温かな家庭への転生を、静かに待っているという。


「……会わなくてよかったのか?」


馬頭の問いに、清玄はゆっくりと首を振った。


「いいんだよ。会って、もし謝られてみろ。……謝らせるために待ってたみたいじゃねぇか。そんな惨めなこと、できるかよ」


——これで、いいんだよ。


神になってからというもの、清玄の仕事は忙しかった。


天界の“人情”担当などという、前代未聞の役職。

毎日が手探りだったが、それでも誰かの想いに応えるたびに、どこかで「悪くないな」と思えていた。


人間だった頃、政で培った知恵と調整力が、まさかこんなかたちで役に立つとはな。


そんなある日——神託が下る。


——椿 結衣子という女に、子を産ませよ。


断ることなど、できない。


けれど清玄は、すぐには動かなかった。


この女、相当に拗らせている。

収入、容姿、家柄——いわゆる“スペック”に囚われ、我らの手が入らねば、生涯独身のままだという。


……まったく。あのときの紫乃に、よく似てる。


「さて……どうしたもんかね」


記録を辿るうち、ひとりの男の名が目にとまった。


桐島 誠一。33歳で事故死予定。

小学生の頃から、椿 結衣子を一途に想い続けていたという。


——うわ、こいつの人生、ほとんど“結衣子ちゃんのため”じゃん。

……バカじゃねぇの。

いや、人間なんてみんなバカか。俺もだけど。


清玄は黙って記録を見つめた。


自分とは違う、想いの長さ。想いの深さ。

……素直に、感心した。


こいつなら、彼女を導けるかもしれない。


「……よし。仲人にしてみるか」


だが、この提案に——牛頭・馬頭は猛反発した。


「はぁ!?仲人!?そんなの信用できるか!!」


「こちとらな、人間をいたぶるために神になったんだよ!それなのに、てめぇが作ったルールのせいで、最近なーんもできねぇんだぞ!!てめぇの言う事なんか、誰が聞くかってんだ」


「そもそも“繁殖”が目的なら、そこらの男に襲わせりゃ済む話だろうが!!」


清玄の眉がぴくりと動いた。


そして、静かに立ち上がる。


「……バカ言ってんじゃねぇ。人間は、家畜じゃねぇんだよ」


牛頭と馬頭が、きょとんとする。


清玄はふっと笑って、ぽつりと呟いた。


「……そうか。あんたら、“そうやって繁殖させられてきた”んだったな」


けれど次の瞬間、清玄はニカッと笑い、懐から一枚の板を取り出す。


「こういう事も、あろうかと。ね」


「なんだそれ」


「令和時代の“スマホ”をもとに、天界仕様に作ってみた。“ゲーム”もいくつか入れといたよ」


「ぉおっ!?ぴこぴこしてる!!弾が飛ぶ!!おい、なんだこれ楽しいなオイ!!」


馬頭は高笑いしながら、夢中でシューティングゲームを始めた。


牛頭の方は無言で覗き込み、しばしの後、低く唸る。


「……これ、どうやって作った。おれにも作らせろ」


「また教えるさ。人間の作るもんも、悪くないだろ?」


二頭の神は、ふたたび無言になった。


しばしの静寂のあと、清玄が口を開く。


「んでさ。この桐島 誠一ってやつが、無事に椿 結衣子を成婚させたらさ……仲人の成功報酬として、“死ななかったこと”にしてやれないかな?」


「………」


馬頭がぽつりと呟く。


「……前例が、ねぇな」


「知ってる」


牛頭が頷いた。


「……だが、掛け合っては、みる」


「……ありがとよ」


馬頭は鼻で笑う。


「ぶっちゃけ、人間なんかさっさと滅べって思ってたけどよ。……こうして遊べるなら、あいつらの作る未来、ちょっと興味湧いてきたかもな」


清玄は、にかっと笑った。


「……だろ?」


それは、天界史上初の提案だったが——最終的に了承された。

ただし、条件が出された。


生者との接触は、記憶の改竄など、天界の干渉が容易な複製世界に限る。


現世の時間は、婚活の過程で生じる未来変動への対処を円滑に行うため、一時的に停止する。


複製世界における時間の進行は、現世を停止できる最長期間に準じ、一年を超えてはならぬ。

天界がそれ以上の猶予を持たぬためであり、期限を過ぎても成婚に至らぬ場合は、椿 結衣子の魂を直ちに現世へ還し、最高効率で使命を遂行させる。


桐島誠一を仲人とする場合、神として三百年分の労働を課す。

その上で、天界の機密事項は必要最低限にしか伝えてはならぬ。


理由はひとつ。——現世でベラベラ喋られたら困るから、である。


「……了解」


清玄は、静かに頷いた。


けれど最後まで悩んだのは、“最初の出会わせ方”だった。


——桐島を神として現し、椿 結衣子に運命を伝えたさせたとして。

その選択肢に“桐島”も含まれるとしたら?


たぶん、すぐに二人は結ばれるだろう。

でも、それって……本当に“選んだ”って言えるのか?


そんな奇跡で始まる恋なんて、“長続き”するわけがない。


俺が、誰よりも、それを知ってる。


——なにより、相手は紫乃そっくりの女だからな。


清玄は、結論を出した。


桐島には、見た目を変えさせ、生き返らせることは伏せたまま、“仲人”として彼に使命を託す。


二人が結ばれたとしても、椿 結衣子が、婚活を通して己と向き合い、確固たる意思で、その手を選び取れるように。


……非効率。面倒。まわりくどい。


だが、これが俺の仕事だ。


これが、“人情”。


そして——これが、俺が神になった理由だ。





清玄は、呼び出しを受け、“ある神”のもとを訪れていた。


それは——この世界のすべてを見通す、沈黙の存在。



「結衣子ちゃん、成婚したよ」

「心配してた人類の絶滅も、これで大丈夫みたいだ」


「……まわりくどいって、思う?」

「でも、悪くないだろ。こういう、人間くさいやり方もさ」


「誠一とハッピーちゃんも、約束通り、輪廻に戻してくれてありがとね」


「あんたさ……俺たちの計画、最初からお見通しだったんだろ?」


もし成婚できなかったら——結衣子を“自死”として扱い、異世界のループに、魂ごと閉じ込めて守るつもりだった。あれも、俺たちなりの“策”だったんだ。


「でも、あんたは知ってても、何もしてこないと思ってたよ」

「……だって、あんた、人間のことが、大好きだもんな」


「だけどさ、あんた何でも、規模が違いすぎるよ」

「育て方も、愛し方も、ぜんぶさ。デカすぎんのよ」


「——転生したいのかって?」


「……まぁ、結果的には俺が仲人みたいなもんだったけど」

「でも、俺はいいよ」


「仕事は山積みで、終わる気もしないけど」

「あんたのそばで、ここの“人情”として、これからも——楽しくやってくさ」


「……じゃ、また来ますね」





「おい、見てみろ!“天界ふにふにパズル”コンプリートしたぞ!!」


馬頭が、得意げに叫んだ。


「ざんねーん。俺、もうコンプリート済みでした〜」


清玄がベェっと舌を出し、手をひらひら振ると、馬頭は机をバンバン叩いて悔しがる。


「くっそぉおおおお!!負けた!!」


そこへ、牛頭がひょいと顔を出す。


「……ねぇねぇ。“天界ふにふにパズル2”、できたけど。やる?」


「「うぉおおおお!!やるーーー!!」」


盛り上がる三人の背後で、バンッと扉が開いた。



「……清玄さまっ……!」



振り返ると、そこには——紫乃。


その隣には、青い鳥の姿をした神獣が付き添っている。


「……紫乃。どうして……」


清玄が立ち上がると、馬頭がぼりぼりと頭をかきながら言った。


「そこの鳥に言っといたんだよ。転生前に、お前がいること、伝えてくれってな」


紫乃は、ずいぶん歳を重ねた姿になっていた。

けれど、その瞳だけは、あの頃のままだ。


「……ずいぶん、長く待たされてたのね。しんどくなかった?」


「いえ……その……あの……」


言葉を探す紫乃に、清玄はふっと笑う。


「……ありがとね」


その一言に、紫乃の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。


彼女はその場にしゃがみこみ、嗚咽をこらえながら言った。


「わたくし、あの後、子を成しましたが……産む前に捨てられました。そのときに気づいたのです」

「本当に愛してくださったのは、清玄さまだけだった……わたくしは、愚かで……」


「愚かだったのは、俺もだよ。でもさ——楽しかったよ」


清玄の言葉に、紫乃は目を見開き、しばらく黙っていた。


「……お互いさまだ。だから、謝ったりすんなよ」


紫乃は、ぐっと唇を結び、着物の懐から何かを取り出す。


それは、たくさんの押し花のしおりだった。


「……これを、渡したくて」


清玄は目を見張る。


薄い紫色の花——あの日、俺が紫乃に贈ったやつだ。


——持っていたということは。

亡くなる時、これを……


「ひとつ、持っていてください。残りは、わたくしが持って行きます」


そう言って、紫乃は一枚のしおりを差し出す。

清玄は、黙ってそれを受け取った。


「……わたくし、幸せでした。本当に……」

「ありがとうございました」


清玄も、ふっと笑う。


「……気ぃつけてな」


「……はいっ!」


そう言って笑った紫乃の顔は、あの頃と何も変わらず——綺麗だった。


鳥の神獣に導かれ、紫乃は静かに、転生の扉へと消えていった。





俺の毎日は、今日も変わらず続いていく。


「いたい!いたいってば!!ちゃんと仕事してたから!!つつくのやめてーー!!」


鳥の神獣に頭を突かれながら、清玄は天界の書類整理に追われていた。


そのとき——資料の束から、ひらりと落ちる。


一枚の、薄紫の花のしおり。


清玄はそれを拾い上げ、ふっと目を細めた。


そのとき、鳥の神獣が、湯気の立つ茶を差し出してきた。


「……え、どしたの?……優しいじゃん。ありがと」


鳥の瞳は、どこか寄り添うように穏やかで、あたたかかった。


牛頭と馬頭が、視察の土産だと置いていった菓子を手に取り、茶を啜る。


「……ここのやつらも、ちょっとは“満たされた”のかな」


——その瞬間。


ブリュ


「……え?……うわあぁあぁあ!!いまフンした!?ねぇ!?俺の頭!!信じらんない!!おいこら!……ちくしょぉおお!!」


鳥は高笑いしながら、菓子をひとつ盗んで飛び去っていった。


この天界は、とにかく仕事が多い。


俺の担当は日本だけとはいえ、それでも魂は何億とある。


転生先を選び、未来を視て、歴史を整える——それが、神の仕事。


でも俺は、忘れないでいようと思う。


“人情”を。


……たまに放り出したくなるし、実際ゲームで遊びすぎて怒られてるけど。


まぁ、先は長いしな。


ほどほどに頑張って、なんとかやっていきますよ。


——大好きな、人間のために。


……あ、この見返りは、新作ゲームで頼むわな。



【あとがき】


最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

本作をここまで読んでくださった皆さまに、心より感謝申し上げます。


この物語が、誰かの心に残る“ご縁”となっていたら──

それ以上に嬉しいことはありません。


……と、こうして真面目に書いていると、だんだんむずがゆくなってくるので

結婚したいあなたへ、最後に一言だけ。


異世界飛ばされる前に、早めに相談所いこうぜ。


──それではまた、どこかでお会いできますように。


蜂屋 すずめ


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